30 頂上から
「私、こんなの登ってきたの!?
落ちたら死ぬでしょ、これ!?」
私は思わず喚いた。
目の前の絶壁には、恐怖しか感じない。
「こ……これは確かに……」
福井さんも同意している。
しかし、お母さんは──、
「2人とも落ち着いて。
これでも傾斜は30度ちょっとしかないのよ?」
「これで30度!?
嘘……私の目には90度くらいに見える……」
もう絶壁だよ、絶壁。
「でも実際には、そこまでの急斜面ではないのよ。
自分の目で見てみないと、分からないことってあると実感できたでしょ?
さあ、頂上からの景色も、自分で見てみないと分からない素晴らしさよ。
はやく登ってしまいましょう」
「う……うん」
頂上の景色云々よりも、こんな斜面にいつまでもいるのは怖いしね……。
私は残る力を振り絞って、頂上へ向かった。
そしてようやく頂上に辿り着いた私の目には、雄大な景色が飛び込んできた。
「ほわぁ──っ!」
思わず間抜けな声が出てしまった。
しかし目の前に広がる風景を見ると、そうなってしまうのは仕方がないと思う。
ここまで登ってくる過程で、背後の風景はチラチラ見えていたけど、やっぱり頂上から見た風景は全然違うのだ。
麓の町は全体を見渡せるし、遠くにはまだ山頂に雪が残っている大きな山も見える。
別の方向には海だって見えた。
この山や海って、数十kmも離れた場所にあったはずだけど、意外と近くに見えるんだな。
いや、大きすぎるからそう感じるのかな?
この風景を見たさくらちゃん達もテンションが上がっているようで、さっきから歓声を上げている。
「ふはははは、見ろ、人がゴミのようだ!」
って、久遠さんがおかしなことを言っている。
いや、ここから人なんて見えないでしょ?
建物でさえ豆みたいに小さく見えるんだから。
しかし──、
「ホントだ!
ミジンコみたい」
こぶしちゃん、見えてる!?
でもまあ、こぶしちゃんが言うのなら、本当に見えているのかしれない……。
あの子、嘘や冗談はあまり言わないし。
でもその視力、測定不能なレベルであるでしょ……。
「どう? 凄いでしょ」
その時、お母さんが声をかけてきた。
「私も小学生の頃にここに遠足で来たのよ。
登山自体は正直言って面倒臭かったけど、この風景だけは見ておいて良かったと今でも思っているわ」
「そう……かもしれないね」
私はお母さんの言葉へ、珍しく素直に同意しておく。
普段からこういうまともなことばかり言っているのなら、尊敬できるのだけどなぁ……。
「うん……凄く綺麗な風景だよ」
確かに今日、ここに来て良かった。
良かったのだが……これ……どうやって帰るんだ……。
「ちょっと……この絶壁を降るの、無理なんだけど……」
登る時は後ろ向きだったから、この絶壁を見ずに済んだけど、今度は常に見える状態で行かなければならない。
これは怖すぎるよ……。
「珠戸さん、今度こそ私が背負って行きますね……!!」
「いや、危ない、危ない」
福井さんの申し出はありがたいが、この急勾配で足場の悪いところを降る為には、人を背負った状態では無理だろう。
たぶん人外の力を持つこぶしちゃんや、久遠さんでも難しいと思う。
仮に可能だったとしても、背負われる私の方が怖いから嫌だ。
で、どうするの?……と、お母さんの方を見ると──。
「ああ、横の方に傾斜が緩いコースがあるから、そっちからなら安全に降りられると思うわよ。
ここ、スキーの上級者用コースだけど、いざリフトで登ってきたはいいけど、怖くて滑れない……って人が結構多いらしいから、そういう人たち用のコースみたいね」
なん……だと!?
「……そっちの方から登れば、もっと楽だったんじゃ……?」
「楽することばかり考えない。
なにごとも経験よ!」
「ぐぬぅ……」
確かにお母さんの言うことも、一理あるけどさぁ……。
そして後は帰るだけなのだが、下山こそが真の地獄だった。
傾斜の所為で、勝手に足が前に進むのだ。
ゆっくり歩けないので、凄く疲れる。
それにうっかりすると、スピードが出すぎて転んでしまいそうになるので、制動をかけなきゃならないけど、それにも体力を消費した。
ああ……、車でも坂道でブレーキを使いすぎると故障すると聞いたことがあるけど、こういう感じなのか……。
ともかく麓に辿り着いた頃には、私は半死半生の状態に陥っていた。
もう2度と登山なんかしない……!
まあ……色んな意味で、忘れられない思い出にはなったけどさぁ……。




