29 そこに頂上があるから
登山開始から2時間と少しが経過した頃、私達はようやくロッジのある中腹の広場に到着した。
ここでお弁当を食べるらしい。
さて、昨日から準備して、気合いを入れて作ったお弁当を披露するか。
私のリュックの中には、いくつものお弁当箱が入っている。
勿論、私一人では食べきれないので、皆で食べるつもりだ。
残ったら、さくらちゃんが全部片付けてくれるだろう。
「うわぁ~、豪勢ですねぇ。
えっ? これを全部珠戸さんが作ったのですか!?
すっ、凄いです!」
と、さっきまで疲弊しきった状態だった福井さんが、復活して褒めてくれた。
やはり料理で褒めてもらえるのが、一番嬉しい。
「みんな、遠慮無く食べてね」
「やったー!!」
さくらちゃんが超喜んでいる。
山登りは疲れるから嫌だったけど、このお弁当の時間は楽しいな。
やっぱり、来て良かったかも。
だが──、
「それではお弁当を食べ終わったら、頂上まで登りましょうか!」
お母さんがとんでもないことを言い出した。
「あの……頂上へ登るのは、任意だったはずでは……?」
そう、ここから頂上へ登る斜面は、スキー場で言えば上級者向けのコースで、傾斜がかなりキツイ。
転落などの事故も有り得るので、登るのは保護者の許可を得て、万が一の保険にも加入している任意の者だけのはずだ。
「勿論、書類などの手続きは終わっているわよ」
そうだ……忘れがちだけど、保護者だった、この人……。
「嫌だよ……。
もう疲れたよ……」
「そんなことを言わないで、凄く綺麗な景色だから、見に行きましょう。
たぶん、一生の思い出になるわよ」
ぐぬ……「一生の思い出」とか言われると、ちょっと興味は出てくるけど……。
「それに、さくらちゃん達も登るんだけど、独りで待っているつもり?」
「……う~ん、そういうことなら」
確かに独りで待っているのも嫌だけど、やっぱり気が進まないのも本音だなぁ……。
そんな私にお母さんは、
「はい、これ」
「なにこれ……」
軍手を渡してきた。
「軍手よ」
「いや、用途を聞いているんだけど……」
「ああ、頂上までの道は、あそこだから……」
お母さんが指さしたのは、コースの斜面にできた、深さが1m近くある溝だった。
「あの中で、溝の壁に手をつきながら登れば、斜面を転がり落ちるなんてことはないからね」
「なるほど……」
溝の中を見てみると、壁面がしっかりしていて、崩れる心配も無さそうだ。
この溝は、長い年月をかけて、雨水で削られてできたんだね。
確かにこれなら、ここを通る方が安全かも……。
とはいえ頂上までは、距離にして約50m。
平地を歩くのならともかく、登るのなら決して近い距離ではない。
しかも狭い溝の中では、誰かに背負われたり、手を引いてもらったりするということは難しいだろう。
完全に自力で登らなければならないのか……!
私がその事実に愕然としていると、さくらちゃんから声がかかる。
「綺美~いくよー!」
「はーい、今行くー!」
仕方が無い……頑張るか。
「ひいっ、ひいっ」
私は汗だくになりながら、斜面の溝の中を進む。
休みながら登っても、かなり身体がキツかった。
ちなみに溝は何本もあるので、誰かが休んでも、そんなに渋滞するようなことはないようだ。
そもそも私達が最後尾だし。
私の後ろには、福井さんとお母さんしかいない。
「おっ、お義母様、娘さんが落ちそうになったら、私が受け止めますね!」
「あら、無理しなくてもいいのよ?
でも、ありがとうね」
「いえ、お礼だなんて、そんな!
恐縮です」
……なんだかお母さんと福井さんが、いつの間にかちょっと仲良くなっていない?
福井さんって、もうちょっと人見知りするようなタイプだと思っていたんだけどなぁ……。
そしてこの2人が仲良くなるのは、あまり良くないことであるような気がするのは、何故なのだろうか……。
「やっほーっ!!」
え? 今の丹治易さんの声?
それらしき大声が上の方から聞こえてきた。
もう頂上に辿り着いたっていうの!?
丹治易さんのことだから、頂上への一番乗りを目指していたのだろうけど、それにしても早いよ……。
私はまだ半分も登っていないのに……。
それから暫くして、今度は先に頂上へ到達したらしい、さくらちゃん達が騒いでいるのが聞こえてきた。
「うわっ、すごっ!」
「これヤバイわ」
そんなに綺麗な景色なのか……。
ちょっと気になってくるな……。
その時、さくらちゃんが上から呼びかけてきた。
「綺美ー!
ちょっと後ろを見てみなーっ!」
後ろ……?
どういうこと?
私はチラリと、後ろを見る。
すると──、
「ひいっ!?」
私達が登ってきた斜面は、絶壁にしか見えなかった。
これもう崖じゃん!?
さくらちゃん達がヤバイって言っていたのは、こっちのことか!?




