八十ニ話
ケンドリックが率いる騎馬隊は、事前に横穴を抜けて、秘密裏にゲートヘルム帝国側へと潜入していた。その数は二百程だが、全員が経験豊富な手練れだ。
しかもロウェイ王国の勇者から『焙烙火矢』という武器と、それを飛ばす為の『弩』も借り受けている。
出陣の際、諸々の注意と共に渡された聖女の札は、全員が作戦上の都合から、肌着に付けていた。隊長だけに渡された札も、同じだ。馬には札を首元に貼り、その上から布を巻いて、外れないようにしてある。
今は事前に用意していた、帝国軍を模した鎧を身に着けているが、隊の所属や目的を聞かれると面倒なため、皆、教わった呪文を絶やすことなく唱えていた。これは驚く程有効で、近くを通る者達でさえ、彼らに目を留める事がない。
勿論移動は全て十二に分けた小隊ごとに行い、街道から外れた林野を行く等、極力人目に付かぬよう、気を付けた上での話だ。
そんな行軍の中で、ケンドリック達は帝国民達の緊張感の無さに、驚いていた。隣国と戦争が起きているというのに、彼らは普通に街道を往来し、畑仕事をして、家畜の世話をやいていたからだ。
万が一に備え、領民を領都周辺に集め、いざとなれば領都に立て籠もるよう、指示して来たケンドリックからすると、それ等はあまりにも無防備に見えた。
もっとも戦争自体に関心が無い訳ではなく、市場や酒場等では、その話題で持ちきりだという。
ただし、それは『あくまでも自分達とは関係ない場所で行われている戦』に対しての、不安と興味のように思えた。
「レストウィックが、戦争を仕掛けて来たんだろう。小麦や芋なんかが値上がりするんじゃないかと、お袋が心配しててさ」
「なに、あんなものはすぐに終わるだろうから、気にしなくても大丈夫さ」
「そうとも。帝国に喧嘩を売るなんて、馬鹿な奴らだ。どうせ勝てやしないのに」
「違いない!」
街道脇の空き地で焚き火を囲み、ゲラゲラと笑いながら酒を酌み交わす男達の近くを、静かに通り過ぎながら、その能天気さに呆れる。
(他国との戦の最中だというのに、すぐ側に敵が潜んでいるかもしれない、等とは思いもしないのだな)
もっとも、そのおかげで帝都ファリゲイトまで、大した労力をかける事なく着けたので、ケンドリック達は帝国民の能天気さに、感謝した。
*
「勝利を確信しているのでしょう。皇帝は既に大本陣へと合流したようです。その為か現在皇城の警護は、通常よりも厳重になっているように思われます」
「帝都への出入りに関しては、これといって制限などはされておらず、戦中とは思えぬほどでした」
帝都近くの林の中で、行商人に扮して潜入していた者達が、次々に報告を上げていく。
「ならば、さっさと中に入ってしまおう。四ヶ所ある門のうち、兵士が通って怪しまれないのは、兵舎に最も近い東門だろう」
ケンドリックの決断は、早かった。この大陸最大の都であるファリゲイトは、巨大な城塞都市で四方に門を構えているが、通常開かれているのは、東門と北門の二ヶ所のみだと判った。
これは西側には貴族の邸宅が多いのと、南側には皇城がある為だと思われた。
そして東側には兵舎以外にも官舎や裁判所、牢獄等の公的な建物が並び、一般の人々の住居や商店等は、北側に集中している。
「先ずは貯蔵庫と武器庫の場所を、特定するぞ。それが済み次第、皇城横にある兵舎と厩舎に火を放ち、その後は貯蔵庫と武器庫にコレを何発か打ち込む」
ケンドリックが焙烙火矢を手に、弩を構えて撃つふりをしてみせる。
「そしたら、さっさと撤収だ。武器庫が皇城の敷地内にあった場合は、皇城へ入り込む必要が出てくる為、難易度が上がるが、まぁ、先ずは調べてからだ」
「占拠は、されないので?」
「流石にこの人数で、城の占拠は無理だ。せいぜい、留守にしている間に、荒らされた様を見せる程度だ」
だからこそ、盛大に荒らしてやろうと笑いながら、ケンドリックは一枚の地図を取り出した。
皇城及び、その周辺の配置図(建物と敷地、道などを書いたもの)だ。これは元アークライト公爵邸を捜索した際に、他の書類に紛れ込んでいた物で、その信用度はあまり高くない。
それでも広大な敷地を持つ皇城やその周辺を、無暗やたらと探し回るよりはましだろうと判断し、持ってきていた。兵舎や厩舎が、ここに書かれている通りなら、仕事が一つ減るからだ。
一頻りそれを眺めたケンドリックは、鎧に合せて用意していた旗章を掲げると、隊を率いて東門へと向かった。
*
小隊ごとに分かれ、調べる事、半日。
兵舎と厩舎は図面どおりに存在し、武器庫の目処は、早々に付いた。皇城と兵舎の間に、配置図に無い真新しい建物がニ棟、出来ていたからだ。
「例の建物ですが、非常に頑丈に作られており、また、至る処に火気に対する注意書きが貼られています。おそらくですが、火薬玉の貯蔵庫ではないかと」
「それと、そこに荷を運んで来た荷馬車が居りましたので、戻る際に後をつけたところ、帝都から少し離れた場所に作られた、平造りの工房の様な所へと入って行きました」
「判った。その工房がおそらく火薬玉の製造場所だろう」
(火薬玉は出来れば手に入れたいが、この隊にマジックボックスを持つ者はいない。ならいっそ荷馬車ごと奪うか?だが……)
この作戦の後は、ロウェイ王国の別動隊と合流する事になっている為、足枷となる重い荷を持つのは得策ではないと判断したケンドリックは、火薬玉に関する全てを徹底的に破壊して、この地を後にすると決めた。
「次に食料貯蔵庫ですが、こちらは三ヶ所確認できました。ここと、ここ。それから、こちらです」
配置図で示された場所の一つを見て、ケンドリックに笑みが浮かぶ。それは皇城の敷地内ではあるものの、兵舎からも見える所にあったからだ。結局ケンドリック達は皇城に入り込む事なく、目的を達せる事が判った。
***
ドォーン、ドォーーン!!
鼓膜が破れそうな爆音が次々に起こり、爆風が辺りを襲う。立つ事さえままならない中、先程まで兵舎と厩舎の消火にあたっていた兵達は、新たに火の手が上がった建物を見て、呆然とした。
そこに何が在るのか、彼等は重々に承知していたからだ。
新しく建てられた武器貯蔵庫には、皇帝の命令もあり、夥しい量の『爆炎粒』と『爆炎玉』が積み上げられている。そこに火が付いたのだ。
(これはもう、消火等という話ではなく、逃げるしかない)
そう判断した兵達は、口々に逃げるように周りに声をかけながら、自らも必死に走り出した。その背後を新たな爆音と爆風が襲い、逃げ惑う者達を飲み込んでいく。
バーーン!
今度は小麦貯蔵庫の屋根が吹き飛び、火の付いた瓦礫が飛び散る。
それ等は爆風に乗り、次々と皇城やその周辺へと降り注ぎ、瞬く間に辺りを瓦礫と炎の海へと、変えていった。
「死にたくなければ、城壁の外へ逃げろ!」
爆音と悲鳴の中で誰かが叫び、皆、一斉に火元から遠い北門を目指して走り出すが、その間も火の手は緩む事なく、広がり続けた。
特に庶民の住まいや店舗は、木を多用している上に密集している為、一度火が付くとあっという間に燃え広がっていく。ただ、早めに異変に気付いた北門の兵士が、避難を促す鐘を連打したおかげで、多くの者が逃げる事が出来ていた。
着の身着のまま、取るものも取らずに逃げて来た彼等は、灰へと変わっていく自分達の街を呆然と見ていた。時折、はぐれた家族を探す声が聞こえるものの、多くは無言で涙を流している。
そこに追い打ちをかけるように、背後で爆発が起き、新たな炎が舞い上がる。離れた場所だった為、彼等に被害は無かったが、恐怖を煽るには十分だった。
一方、貴族の邸宅街も又、恐慌状態に陥っていた。爆音に驚いた貴族の大半が、馬車で逃げようとした事から、数十台もの馬車が一斉に西門へと押し寄せたのだ。
その為、多くの馬車が身動き取れなくなった上に、音に怯えた馬が暴走し、横転する馬車まで出た事から、更に不安が掻き立てられ、辺りに悲鳴や怒鳴り声が飛び交う事となった。
幸い各々の敷地が広い事と、皇城自体が盾の役割を果たした為に、火災の被害はそれ程広がらなかったものの、権威と権力の象徴である皇城が、炎に包まれ崩れ落ちて行くのを、帝国貴族達は動かぬ馬車の中からただ、眺めるしかなかった。
ここにきて漸く、今が戦時中だという事を、帝国民達は認識したのだ。




