八十一話
「なんと、敵から奪った火薬玉で、攻撃を仕掛けるとは!」
「しかも、敵にバレておりもせぬ!」
隠形の札を付けた周王が感嘆の声を上げると、華王も頷きながら褒めそやす。香菜姫達は、オルドリッジに戦況を報告するという名目で、戦場へと出向いていた。
今は信長隊の攻撃から逃れる為に、急いで後退する帝国軍の側面を、エジャートン達が狙い撃ちするのを眼下に見ている。
「偽物とすり替える早業は、見事でありもした」
「ほんに、あっという間で!」
気になっていたエジャートンの戦略を、直に見る事が出来た為、どちらも御満悦だ。
「それにしても、信長殿の『鉄板百畳敷』を見た時の敵の顔は、見ものでありもした」
「なんじゃ、その鉄板なんとかと云うのは」
「此度の戦を絵巻物にした時の、名でありもす」
呆れたような姫の問いに、周王が得意げに答えると、華王が異を唱える。
「我は『鉄板道中』の方が良いかと」
(どっちも、どっちじゃの。そもそも、誰がその絵を描くのじゃ?)
香菜姫は思ったものの、口には出さない。下では既に鉄板を敷き終えた信長隊が、逃げる帝国軍への攻撃の手を、更に強めている。
確かに上空から見る戰場は、まるで動く絵巻物の様にみえるが、実際は多くの者が傷つき、命を落としていた。特に帝国軍が逃げた跡には、数多な遺体が転がっている。その大半が手足や首を欠いているのは、その死が火薬玉や焙烙火矢によるものだからだろう。
(人と人が殺し合う。ここで起きておるのは、紛れもなく戦なのじゃな……)
その悲惨な光景を前に、香菜姫は心の臓がぎゅっと掴まれたように感じたものの、一つ間違えれば、あの場に横たわっていたのがエジャートンや信長達であった事を思うと、敵兵に同情する気には、なれなかった。
(そもそもあやつ等は、妾がこの地に呼ばれる元凶を作りし者の、手下共じゃ)
僅かに湧いた哀れみを振り切る様に、さらに上空へと上がると、バラバラと逃げゆく敵の目指す先に、新たな軍勢の姿があった。しかも、火薬玉を飛ばす仕掛けも二台、有るのが判る。
「周王、数は」
「二万ほどかと」
「華王、距離は」
「一里半(六キロ)といったところでありもす」
「あい、わかった」
香菜姫はその事を知らせるべく、矢立を用いて二枚の式を飛ばすと、逃げていく兵の後を追うよう白狐達に指示を出した。
「ちと、斥候の真似ごとでも、してみようかと思うての」
「それは、面白そうでありもすな」
「ならば急ぎ、追わねばなりもせぬ」
主の言葉を受け、弾む様に駆け出す華王の背上で、香菜姫は少し思案すると、再び矢立てを取り出して式を一つ作ると、懐にしまった。
先に飛ばした二枚の式は、それぞれの隊長の元に一目散に向かい、その側で旋回した為、直ぐ様それぞれの手中に収まった。
信長は問題なく、その内容を理解したが、エジャートンは事前にオルドリッジから渡されていた『読み解き表』を使う必要があった。
それでも大した時間をかける事なく読み解くと、隊を二手に分け、火薬玉を持つ魔術師を、それぞれの隊に組み入れる。
そうして一隊に指示を与えると、もう一隊を率いて駆け出した。先に待ち構えている敵の意表を突くためだ。
(しかし敵の位置や数が事前に判っているということが、これ程迄に有利だとは……)
一方信長は、後方から合流すべく進んでくるビートン隊に向け、伝令を走らせた。
その結果帝国の第二陣は、いざ敵に攻撃を仕掛ける段になって、漸く『爆炎玉』の箱が総て空箱となっていることに気づく事となった。
しかも、逃げ延びて来た一陣所属の魔術師の持つ『爆炎玉』の箱の中身もまた、その大半が偽物だと判った時には、既に敵の攻撃の射程内に入っていた為、禄に反撃することさえ叶わぬまま、前後から挟み撃ちを受け、壊滅した。
その際、敢えて破壊せずに残した二台の投石機は、信長隊の新たな戦力として、取り込まれる事となった。
***
ゲートヘルム帝国・陣営。
帝都ファリゲイトと『フェンリルの森』のほぼ中間に構えた大本陣には、多くの天幕が建ち並んでいた。その中でもひと際大きく豪奢な天幕に、戦況を知らせる伝令が駆け込んでいく。
「陛下!」
「なんだ、もう片が付いたのか。どうだ、奴らが逃げ惑う様は。見ものだったろう?」
酒の入ったグラスを手にしたクーンラート三世が、伝令の言葉を聞くことなく、勝利が確定したようにゲラゲラと笑った為、伝令は事実を伝える事に躊躇し、口を噤んでしまった。
「新兵器の威力を目の当たりにして、我が帝国に宣戦した事を、今頃は後悔しているでしょう。直ぐに降伏か、和睦を求める使者が来るのでは?」
今回の作戦のために、仕事を押し付けられた魔術師クープマンも又、自軍の勝ちを疑わずにグラスの酒を呷る。将軍であるクラーセンは、何も言わないが、
「どうやら、今回は我々の出番は無さそうですな」
「いや、まだ国境側が残ってますよ。もしかしたら、あちらから応援の要請が来るかもしれません。それに相手国内にはまだ多くの貴族が残っていますから、アイツラを全部片付けなければ、完全な勝利とは言えませんからな」
同席している二人の副将軍ディルク・ハールマンとヘルト・ブーデインも、伝令が報告する間を与える事なく、会話を続ける。
「主戦力を失った者達など、造作も無かろう。それに城を落とせば、逆らう気も失せる筈だ。そうしたら貴族の男は全員吊るして、女は奴隷にでもすればいい」
クーンラート三世が卑下た笑を浮かべながら語るが、そこで漸く、クラーセン将軍が伝令へと声をかけた。
「黙っていないで、報告を」
将軍の言葉に背を押されるように、伝令が口を開くが、その言葉は歯切れが悪く、
「陛下、それが……相手は五万以上の兵力でありまして、一方我が軍は僅か一万二千と少なく……その為……」
そこで漸く勝利の知らせではない事に、その場の者達は気付いた。それどころか、悪い知らせの可能性を察した皇帝の顔に、怒気が浮かぶ。
「だが、『地爆』と『爆炎玉』があるのだぞ。一万でも多いくらいだ。それに万が一に備えて、二陣の二万を近くに配していたであろうが!」
強まる語気に思わず怯むが、伝令としては、起きた事を何としても伝えなければならない。その使命感だけで、伝令役は言葉を続けた。
「しかし『地爆』は鉄板を用いて防がれ、『爆炎玉』も投石機自体を早々に破壊された為に、使用する事が叶いませんでした。その為我が軍は、一方的に攻撃を受ける事となり……」
「なんだと!あれほどの手間をかけた『地爆』が、たかだか数枚の鉄板で防げるわけが無かろう!しかも投石機が破壊されただと?!一体、隊長連中は何をしていたんだ。直ぐに奴らをここに連れてこい!説明次第によっては、その首、叩き切ってやる!」
「おそれながら、一陣の分隊長三名及び本隊長、そして二陣の隊長までも皆、戦死されました。生きて戻って来れたのは、騎馬兵五十名程です」
「そいつ等は戦いもせずに、むざむざと逃げ帰ったというわけか。役立たず共めが!」
伝令に向かって、持っていたグラスを投げつける。
ガチャン!
「ひっ……」
さすがにこれ以上悪い報告をすれば、己が殺されかねないと感じた伝令は、『敵が爆炎玉とよく似た兵器で、攻撃して来た』という言葉を飲み込んだ。
もちろん、事の重要性は判っていたので、後ほど将軍にだけは伝えようと、考えていた。そして。
「し、しかも、それだけではありません。その五万を超える軍勢は、今もこちらに向かって進軍中で、早ければ明日にでも……」
そこまで語った時点で、伝令役の命は終わった。皇帝が腰の剣で、斬り殺したのだ。しかも、それだけでは怒りが収まらないのだろう。伝令の屍を足で踏みつけ、悪しざまに罵った。
「あの様な報告を(ガンッ)、このわしにするとは!(ガンッ)しかも恥ずかし気も無く、べらべらと!(ガツン)」
散々踏みつけて、漸く気がすんだ皇帝が息も荒いまま、新しい酒を求め腰掛けるのを見計らい、将軍が立ち上がった。
「では、わたしが参りましょう」
皇帝の前で跪いて、頭を下げる。
「そうだな。無能な者を隊長に任命したのは、貴様だ。その責任をとってこい」
クーンラート三世は、意地の悪い視線をクラーセン将軍に向けながら、追い払う様に手を振ると、
「相手は五万程度だ。八万もあれば、余裕であろう」
「では、その人数で参ります」
将軍は深々と礼をすると、その場を後にした。
『敵は、五万程度』。その情報は既に古いものだということを、その場の誰一人として、知らずにいた。
信長隊が二陣と交戦している時既に、ビートン率いる八万の兵が森を抜けており、その後直ぐに合流している。
従って、ゲートヘルム帝国の大本陣に向けて進軍しているのは、十三万を越える軍勢だった。しかも二台の投石機を手に入れた為、その攻撃力は更に増している。
その後、そっと伝令の背から小さな白い物が飛び立ったが、その事に気づく者も、いなかった。それは天幕の上を一度旋回すると、敵の大将であるビートンの元へと飛び立っていった。




