八十話
少し離れた所に設置された投石機は、5台全てに『爆炎玉』が装填されており、命令一つで投擲が可能だ。たとえ地面に仕掛けがあると判り、急いで安全な場所まで引いたとしても、飛距離のある攻撃からは逃がれられない。
策を知る多くの帝国兵が、惨めに逃げ惑う敵兵の姿を思い浮かべていた。
ズ、ズドゥン……ズド、ドゥン……ズ、ズドゥン…………
その時、爆発音とは別の、何か重い物が倒れるような音が響いた。
やがて土煙が少しおさまった時、そこに見えた光景に、帝国兵達は驚き、息を呑んだ。
「どういう事だ……」
呆然とする分隊長が、言葉を漏らす。
そこに不様に転がる敵兵の死体は一つも無く、それどころか『地爆』で埋め尽くされた地面の真ん中を、悠々と進んでくる姿が見えたからだ。
しかし、直ぐに三枚の鉄板が現れ、視界が塞がれる。
ズド……ゥン……
それ等が倒れると、再度進んで来る敵の姿が確認出来た。その先頭で、輝く毛並みに豪奢な飾りを着けた馬に跨る壮年の男が、不敵な笑みを浮かべながら、ゆっくりと手を上げる。
「弩方、撃て!」
男の号令と共に、幾つもの小型の弓型投石機によって、丸い物が帝国軍へと撃ち込まれた。しかもそれは兵の身体や地面に触れた途端、爆音を上げて破裂した為、瞬く間に帝国兵に被害が広がっていく。
「下がれ!相手の弓が届かない所まで、下がるんだ!」
悲鳴を上げ逃げ惑う兵達に、本隊長の声が飛ぶが、爆音にかき消される。他にも「盾で防げ!」「風魔法を使え!」という声も聞こえるが、逃げるのに必死な兵たちの耳には聞こえないのか、敵に背を向けたまま走る背中に容赦無く攻撃を受けては、吹き飛ばされ倒れていった。
特に掘り下げた場所地に隠れていた者達は、逃げる間もなく爆発に巻き込まれていた。当然、最前列で見物していた分隊長の身体は、最初の攻撃の餌食となった。
**
四半刻ほど前。
「策の為に、仲間を捨てたか」
敵の将らしき男が、単騎、駆け逃げるのを見た信長は、後方に合図を送った。大きな盾を守った部隊が走り出てきて、その後ろに十台の荷車が続く。
前方の敵の数は既に百を切っている上に、ある場所から先に逃げることが無いので、容易に倒せていた。
(あそこが『埋め火』との境界か)
「今敵がいる場所より、前には出るな」
大型の盾を持った者達に伝えると、頷いた彼等は一斉に走り出した。
最後の敵兵が倒れると同時に、ラウルが率いる魔術師団が、風魔法で『焙烙火矢』を飛ばし、次々に『埋め火』の爆発を誘発すると、最前列に盾を構えた者達が並び、爆風を防ぐ。その内側では兵達が声を張り上げて、悲鳴や叫び声を演じている。
(中々、楽しそうだな。さて、どこまで騙されてくれるか……)
相手の視界は、魔術師達が誘爆の際に起こした土煙で、奪ってある。ここから相手が弩の射程内に入る迄、一気に事を進めなければならない。その為信長は各部隊と、入念に打ち合わせをしていた。
息を荒げた荷車隊が最前列に到着すると、マジックボックス持ちの魔術師九人が、間隔を開けて三列に並び、最前の者から分厚い鉄板を出現させ、素早く地面へと敷いていく。
事前に誘爆させてはいるが、稀に敷いた鉄板の下でくぐもった爆音が聞こえ、鉄板が軽く弾む。しかし、その程度で壊れるほど薄くはない。
戦に兵を出し渋る領主達から、信長が半ば強制的に供出させた大量の鉄を、惜しむ事なく使ってあるからだ。
しかし、国に属するマジックボックス持ちは九名しか居らず、総員を以ってしても、用意した全ての鉄板を持つことは叶わなかった。各々が持てる質量に、限界があるからだ。
その為、残りは荷車十台に積み込み、交代で運んで来ていた。
もちろん敵の斥候に怪しまれない様、森に入る前に香菜姫に隠形の札を貼って貰い、その上、
「気休め程度じゃが」
そう言って、重さを軽減する札も貼られたおかげで、予定よりも早く動けている。
マジックボックスが空になった者は、後の者と交代して荷車へ急いで向かい、再度鉄板を可能な限り収納していく。そして空いた荷車は後ろへ下り、新たな荷車がその場に着く。それを急ぎ繰り返し、道を作り上げたのだ。
その間も相手を欺き、視界を遮る為の『焙烙火矢』による誘爆は続き、叫び声は工夫を凝らしたものへと変化していた。そして中程まで進んだ時、主役の登場となった。
これは九枚だけ用意された特別大きな鉄板で、その重さのせいで、各自一枚しか収納出来ない。それを一旦立てた状態で出現させ、相手方に向かって倒していく。
ズ、ズドゥン……ズド、ドゥン…………
それを合図に、誘爆は一時中断となる。鉄板の壁が倒れる様を、敵方に見せつける為だ。
そしてもう一つの主役である『弩』を抱えた部隊が信長の脇を固め、出番を待った。
**
「直ぐに『爆炎玉』を放て!」
思いも寄らぬ攻撃を受け、最前の兵を全て失った帝国軍の本隊長は、我に返ると慌てて命じた。投石機に配置されている各十名の兵が、投擲のためのロープを一斉に引く。しかし。
バァンッ!バンッ!ドンッ!
次の瞬間、投石機そのものが爆発を起こし、炎に包まれた。火の粉と共に、飛び損なった爆炎玉が帝国兵に降り注ぐ。次々に起こる爆発に悲鳴を上げて逃げ惑う兵達へ、追い討ちをかけるように新たな火種が打ち込まれる。
密かに山越えをして潜んでいた、エジャートン率いる部隊がこの時を見計らい、自前の改造弓で焙烙火矢を放ったのだ。
「火を消せ!急げ!」
正面の敵しか考慮していなかった帝国軍は、予期せぬ方向からの攻撃を受け、右往左往しながらも、何とか態勢をを整えようとした。
既に投石機が使い物にならなくなったのを見た本隊の隊長は、これ以上被害が拡大するのを防ぐ為、『爆炎玉』を回収するよう、命令を飛ばす。放置して置くと新たな火種になりかねない上に、下手をすると、敵の戦利品となってしまうからだ。それだけは、何としても防く必要がある。
水魔法で消火している横で、マジックボックス持ちの魔術師達が、急いで収納していくが、それを遠目に見ていた隻眼の副大将の口角が上る。
今帝国軍が収納した箱の半数以上が、先程の混乱に乗じて、偽物とすり替えられていたからだ。
もちろんある物が消えれば、即座に気づかれるが、隠形の札を付けた魔術師二人のうち一人が収納すると同時に、もう一人が出現させていた為、気付かれずに済んでいた。
当然だが、ぱっと見ただけでは判らないよう、外の木箱もそっくりに作ってある。
(我ながら、良い仕事をしたものだ)
香菜姫に領地へと連れ帰ってもらったクリント・エジャートンは、密命部隊が持ち帰った二つの火薬玉と、その入れ物である木箱の詳細な記録を元に、それ等の偽物を作るのに協力するよう、領民達に頼んでいたのだ。
木箱は大工の親方と密命部隊が、協力して作り上げた。大きさや形状、そして色までも、本物と見分けがつかない出来栄えだという事が、先程見た光景からも判る。
偽玉の中身は、藁やおが屑と粘土を混ぜたもので、それに色の黒い粘土を被せ、風魔法で乾かした後、火魔法で軽く焼き固めてある。
本物は鋳鉄で出来ている為、良く見れば、直ぐに違いが判る程度の代物だが、重さまで似せてある為、箱を開けて、じっくりと検分しない限り、バレないと確信していた。
(それにしても、肉屋の女将は流石だな)
偽玉作りに関しては、肉屋の女将が大活躍だった。普段から秤を使わなくても、注文ピッタリの重さに肉を切り分ける事で有名な彼女は、皆が丸めた偽玉を手に取り、重い、軽いを即時に判断すると、粘土を足したり減らしたりして、全ての玉を同じ重さにしてくれたのだ。
中には作った偽玉が、女将の手によってごっそり削られた事に腹を立てる者もいたが、クリントが試しにと、無作為に選んだ五つほどを秤で計ってみせると、黙って作業に戻っていった。見事なまでに、全て同じ重さだったからだ。
その時の女将のドヤ顔を思い出し、副大将の頬が緩む。
「さて、玉の補給も出来た事だし、敵さんにはもう一度、驚いてもらうとするか」
戻ってきた魔術師達が騎乗し準備が整うと、クリントは合図の指笛を吹き、敵軍の脇中程を目指して馬を駆った。それに続く山越え隊全員が、馬と我が身に御行の札をしっかりと貼り、謎の呪文も唱えている。
(オン マリ シェイ ソワカ、オン マリ シェイ ソワカ……)
香菜姫からは、相手と接触した時点で札の効果は無くなると思えと言われているが、なら、接触しない限りは、好き放題出来るのだとクリントは捉えていた。
目的の場所まで来ると、腰に付けた袋から先程奪った火薬玉を取り出し、自ら改造した弓を構える。出来るだけ己の位置がばれないよう、高い軌道を描く様に角度を考え、帝国軍目掛けて撃ち込んだ。他の者達も同じ様に改造弓を構え、撃ち放つ。
正面の敵から距離を取るように後退しながら、なんとか態勢を立て直そうとしていた帝国軍に、新たな恐怖が舞い降りた。




