七十五話
「おや、意外と根性無しでしたね。しかし、城に入り込んだ挙げ句に、この国の王女を拐おうとしたのに、何もされずに済むと思うとは、甘い!」
ズブッ!
「ぎゃあぁー!」
蘭丸の刀が、男の肩に深々と突き立てられた。
「それに軽くなる口は、別にあなたのものである必要は、ないですからね」
笑いながら刀を引き抜くと、飛び散った血飛沫を気にする事なく、椅子の上でうめき声を上げている男を、
ガンッ、ドゥンッ!
椅子ごと蹴り倒した。
「ぎひぃっ!」
「「ひっ……」」
倒れた男だけでなく、無惨に痛めつけられる仲間の様子を、ただ見ているしか出来ない者達からも、悲鳴が漏れる。
「お、俺達はただ、幽閉されている可哀想なサリア王女を、助けようと……」
「そ、そうだ。勇者等と名乗っている独裁者から、王女を救うため……」
「誰が独裁者だと?」
信長が床で血を流し、呻いている男の傷口を、ぎりぎりと踏みつける。
「ぎゃあぁっ」
「私はそんな表向きの話が聞きたいと言った覚えは、ありませんよ。やはり少し軽くした方が、良さそうですね」
仲間の血がついた刃を眼の前で振られ、男達の言葉が詰まる。
「第一、その可哀想な王女様自らが、あなた達を捕らえる手はずを整えたというのに」
「「えっ……」」
「おや、知らなかったのですか?」
**
「私も、甘く見られたものね」
一通の手紙を手に、サリアは呟いた。それは三日前、彼女が幽閉されている塔に届けられたものだが、正式な手順を踏んだものではなく、おそらく風魔法を使ったのだろう。塔の明かり取りから、舞い込んだものだった。
『サリア王女殿下
長期に渡り、御身が不自由な生活下におかれ続けた事を、臣下一同、非常に申し訳なく思っております。しかしこの度、ようやく殿下をお救いする準備が整いました。急ではありますが、明日の深夜、お迎えに参ります。
貴女様の忠実な臣下一同』
追記として、ご丁寧に持ち出す物の指示までされていて、下着や衣装の他に、王印や魔術書も、その一覧に含まれていた。確かにどちらも王女の手元に有るものだが、置いて行っても支障の無い物でもあった。
何故なら、そのどちらもが今現在、使用出来るのは彼女しかいない為だ。例え置いて逃げたとしても、悪用される心配は一切無い。
(なのに、わざわさ持って来るように言うとはね。欲しいのが何か、判り過ぎて笑えるわ。これが一年前なら、まだ、騙されたかもしれないけど、レストウィック王国との国交が回復し、帝国にされたことが判明したこの時期に、こんな物が来れば、疑って当然だというのに……)
そんな事にさえ気付かない愚か者だと、己が思われている事を腹立たしく感じたサリアは、早々に手紙の内容を勇者達に告げる事にした。
その結果、三人の男が捕らえられたという。
(どう考えても、ゲートヘルム帝国の手の者なのは明らかね。私を保護の名目で支配下に置いて、都合よく操れる子供でも、産ませるつもりだったんでしょうね……)
サリアとて、王族に生まれたからには、ある程度政略が絡んだ結婚でも、受け入れるつもりでいる。ただし、それは次期女王として、王配となるに相応しい相手を選ぶ為であり、その基準はあくまでも国の平穏や繁栄、国民の幸せだ。
(私欲で私を利用したり、操ろうとする者に、この身をまかせる様な事は、あってはならない)
忌々しい手紙を紙ばさみに挟み、書棚へと置くと、先程部屋に舞い込んできた、紙の鳥をそっと撫でる。役目を果たしたからか、その鳥が動くことはないが、友が訪ねて来る知らせを持って来たというだけで、その風変わりな仕様さえ可愛く思え、頬が緩む。
(先日の帰り際、次に来る時は、気に入りの本を持ってくると言っていた。もっとも、顔を見せてくれるだけで、十分嬉しいけど)
「直にガレリアが訪ねて来る。準備を!」
サリアは侍女を呼び、身支度を整え始めた。
**
王宮に着いた途端、王女様がお待ちですと言う侍女に、ガレリアが拐われるように連れて行かれた為、香菜姫達は蘭丸を立会人として、早々に浄化場所へと向かう事にした。
「わしも一緒に、い」
「ノブナガ殿は、まだお仕事が残っておりますので、ランチャ殿だけで、お願いします」
さり気なく一緒に行こうとする信長をラウルが留め、さっさと行くよう、手で一行を促した。
「周王殿に乗せて頂けるとは」
クラレンス翁の手を借りて、周王の背に乗り込んだ蘭丸が、嬉しげな声を上げた。
「内緒ですが、信長様も乗りたがっておられたのですよ」
そう言いながら笑う顔は普段よりも若く見え、香菜姫は相手がまだ二十歳位だという事を、思い出す。
「いずれ、機会があろう。なんなら、先日の味噌の礼としてもよいぞ」
「それは、きっと喜ばれるかと」
実際、侵入者達の調べが終わっていれば、信長も同行する予定だったのだが、困った事に捕らえた者達は、喋るより呻いている時間の方が長いため、調べは遅々として進まず、同行は叶わぬものとなったのだ。
(それにしても、なんと速い……)
蘭丸は今の愛馬・『曇天丸』に初めて乗った時に、そのあまりの速さに驚いたのだが、周王の翔ける様は、その比ではなかった。その速さと天翔ける爽快感は、実際に体験した者でなければ、判りようがない。
「これは是非とも、殿に自慢し、語らねば」
おそらく悔しげに話を聞くであろう主君の顔を思い浮かべ、思わず笑いが漏れた。
浄化を約束していた魔素溜まりは、二ヶ所共、魔獣の討伐も終わり、結界も解除されていた為、香菜姫は周王の手を借り、不動明王の真言を用いて早々に浄化を済ませた。
そうして再び城へと戻ると、そこには仏頂面の信長が待ち構えていた。
「昨夜、ちょっとした侵入騒ぎがあってな。わしはそれを命じた奴等のことが、どうにも気に食わんのだ」
そこで蘭丸が、サリア王女のもとに不審な手紙が届いた事や、昨夜塔に侵入しようとした男達を捕らえた事を、香菜姫達に説明する。
「取り調べの結果、今回の首謀者がゲートヘルム帝国皇帝の側近で、黒の魔術師と呼ばれる者だと判った」
信長が手にした扇をパチン、パチンと机に軽く打ち付けながら話す。
「わし等は異界に連れて来られた事に腹を立てながらも、この二年もの間、この国のために尽力してきた。魔獣を倒し、兵を鍛え、新たな武器を与えた。なのに、その原因を作った奴等は、わしを『独裁者』と呼び、保護下に置いている王女を、我欲のために拐おうとしよった。今わしは、心底腹が立っておる」
パンッ!
ひときわ強く、打ち付けられる。
「だから聖女の香菜姫、わしはレストウィック王国に協力を要請する」
扇を香菜姫に突き付けながら、にやりと笑う。そして。
「ゲートヘルム帝国に対して連合を組み、共に戦ってもらいたい!」
その言葉はさすがの香菜姫達も、驚きを隠せなかった。
(助力を願い出るどころか、同盟を申し込まれるとはの。思いもよらぬ展開じゃが、悪くは無いの)
姫はすぐ後ろにいるクラレンス翁やベックウィズが頷くのを確認すると、
「では近日中にこちらの王を伴い参ろうと思うが、日程を」
「いや、まどろっこしいのは面倒じゃ。どうせ今から戻るのであろう?ならば、共に行こうぞ!ラウル、蘭ちゃん、留守を頼んだ!」
今すぐにでも出立しようとする信長に、ラウルは急いでガレリアを呼び戻すよう、指示を出し、
「私が先に周王殿に乗った事を、根に持ってますね、あれは」
留守番を言い付けられた蘭丸は、ぽそりと呟いた。その言葉が耳に入った香菜姫は、思わず吹き出しそうになった。まさかそんな事はあるまいと思ったものの、周王に乗り込む信長の嬉しげな様子を見ると、存外そうかも知れぬと思い、再度笑いがこみ上げる。
ご満悦な信長を伴い、レストウィック王国へと戻った香菜姫は、直ぐにオルドリッジとウィリアムに、面会を求めた。
ウィリアムと信長が互いに挨拶を交わした後は、直ぐに信長が本題を切り出し、お互いに納得する結論に達するまでに、さほど時間は掛からなかった。
オルドリッジの手により、急ぎ書類が作られると、それを読み上げ、互いに署名する。その後固く手を握りあい、新たな条約が結ばれた事を、宣言した。
ここにレストウィック王国とロウェイ王国の連合軍が誕生した。これは双方の国の歴史が始まって以来、初のことであり、長年苦しめられた帝国との関係に、遂に終止符を打つのだという両国の意気込みが、込められていた。
***
レストウィック王国とゲートヘルム帝国は、その国境の大半が山脈だが、一部だけ、巨大な森を境としている箇所があった。
フェンリルの森と呼ばれる大森林で、魔獣も多く生息し、迂闊に入り込むと迷い出られなくなる事もあり、長年の間、中立地帯として扱われて来た場所だ。しかし今、その帝国側では、木々が伐採され始めていた。
「急げ!雪が来る前に仕上げろと、陛下の命令だ!」
近隣から駆り集められた男達に、クープマンが激を飛ばす。皇帝の命により、この場の責任者に任じられたのだ。
伐採した木の根は掘り起こされ、平地が少しずつ拡がっていく。そこには『爆炎粒』を使った新兵器、『地爆』が埋められる予定だ。
これはクープマンの部下の魔術師が開発した物で、『爆炎粒』を地面に埋め、その上を通ったら爆破する仕掛けが施されている。
その他にも、近年ではあまり使われていない投石機が、新たに複数設置される予定となっている。飛ばすのはもちろん、『爆炎粒』を詰め硬めた『爆炎玉』だ。
それ等全ての準備を、僅か月一つの間で終わらせるよう、クープマンは命じられていた。
(くそ!たった一月で、どうやったら終わるんだ?無茶を言うのも大概にしろ。第一、何で俺がわざわざ、こんなくそ寒い場所に来なきゃならないんだ。師団長だぞ、俺は!魔力の少ない小男のくせに、偉そうに命令しやがって!)
しかも今回は魔導書を置いていくように言われた為、余計に腹が立っていた。
(どうせ俺が魔力を貸してやらなけりゃ、使えないくせに。あんな奴に、あの魔導書は宝の持ち腐れでしかない)
冷えた身体を温めるために酒でも飲もうと、滞在場所として設置された天幕へと向かう間も、腹立ちの種が次々に湧いてくる。
(おまけに皇帝には内密に、サリア王女を手に入れようと密かに手を回してみたものの、未だに連絡が来ない。王女に関しては、皇帝も狙っているから、その前に手に入れてしまいたかったのに。どいつもこいつも本当に、役に立たないクズばかりだ!)
それでも専用の天幕に入ると、中の暖かさにホッとする。小さな薪ストーブの前に足を投げ出し温めながら、酒瓶を並べている机に手を伸ばすと、そこに見慣れない箱があることに気づいた。




