六十四話
香菜姫が、領主から是非にと誘われた茶席の場に、その一報はもたらされた。
「領主様、大変です。バビジ護送の一団が、魔獣の群れに襲われました!」
「なんと!それで、皆の安否は!?全員、無事なのか?」
「それが、その……」
伝令の兵士は、ちらりと香菜姫の方を向くと、言いにくそうにする。しかし、直ぐに当の護衛の一員らしき兵士が走り現れたため、そこからは、その兵士が説明をする事になった。
「護送途中で魔獣の群れに遭遇し、五名では到底対抗出来ないと判断し、恥ずかしながら逃げる事に致しました」
「では、護送していた者はどうした?共に戻ったのだろうな」
「……申しわけありません。護送馬車を護りながらでは、逃げ切れないと思いました。かと言って、囚人を檻から出して馬に乗せるわけにも行かず、結局、その場に置いたままに……」
「なんと、置き去りにしたのか?!」
眉をしかめて報告を聞いている領主を、香菜姫は向いの席に腰掛けたまま、見ていた。
「申し訳ありません!」
頭を下げる兵士に対して、領主は大きなため息を一つ、ついただけで責めることなく頷くと、
「起きてしまった事は、致し方ない。陛下には、わしからお詫びと、事情を説明する手紙を送っておく。明日、捜索隊を出すから、詳しい場所をサイモンに伝えておくように」
そう言って下がらせようとした。だから。
「最後に一つだけ、聞いて良いか?馬車を引いていた馬達は、どうしたのじゃ?」
「そのままでは、生きたまま魔獣に喰われてしまいますので、馬車から外してやりました。その後は我らの後を付いて走り、こちらに戻っております」
「あい判った。もう、下がって良いぞ」
(なるほどの。馬は助かり、囚人は喰われたか……)
先程の領主と兵士のやり取りが、姫の目には、どこか芝居じみて見えていた。それどころか、この場に報告がもたらされた事自体が、予め、決められていた事のように思える。
(観客は、さしずめ妾か。じゃとすると、敢えてバビジが生きたまま魔獣に喰われるよう、仕組んだ、とも考えられるの)
「聖女様。今回の事は非常に申し訳なく思う。ただ、兵士達には常日頃から、魔獣相手の場合は無理な戦闘はせず、先ずは命を大事にするよう言っておりまして……」
「かまわぬ。あの者を捕えた事実が、変わるわけではない。手配書にも、生死は問わぬとあったしの」
言いながらも、香菜姫は昨日の時点で、この様な事態になるのではという予感があった。昨夜、捕えた商人を前に、殆んど言葉を発しなかった領主の姿は、そう予感させるものを、多分に含んでいたからだ。
平静を装ってはいたが、歯を食いしばっているのだろう、顎は酷く強張り、腰掛けに付いた肘置きを掴んでいた手の先は、白くなっていた。あまりにきつく握っているので、木の肘置きが砕けるのではと、思う程に。
(どれ程の想いを、堪えておったのか……今回の事は領主が、何らかの指示を与えた結果と考えてよかろう。あの男も、延々と謝罪と反省の言葉を言い続ければ、少しは温情を掛けてもらえたかもしれぬが、あのように、露骨に保身に走ればの……)
もっとも、散々悪事を働いた悪党の末路としては、相応しい物だと結論付けた姫は、己の予感や仮説の全てを、忘れる事にした。
それから二日間は、アベケット領地の各地を周りながら、大きめの魔素溜まりの浄化を行ったが、大量の魔獣の氷漬けをもたらしてくれる聖女一行は、何処へ行っても歓迎を受けていた。
どうやらカエルに似た魔獣からは、保存食が作れるらしく、付近の住民総出で解体作業にあたるという。
これで作られる干し肉や燻製は、これから寒さが厳しい季節の大事な食料となるのだろう。皆、張り切って作業していた。
「少し、味見してみますか?」
その様子を眺めていた香菜姫に、バーリーが笑いを含んだ顔で聞いてきたが、姫は無言のまま、酷く嫌そうな顔を向ける。
「意外と美味しいですよ!」
燻製された肉を手にエリアナが寄ってくるが、すかさず華王に跨り、先に戻ると言うと、その場を離れた。
(流石に、あれを食する気には、なれぬ……)
香菜姫が領主屋敷に戻ると、留守役をしていたガレリアから、訓練場の隅で、ソフィーナが手持ちの硝石を使って試作した、火薬の実験をしていると聞いた為、連れ立って様子を見に行くことに。
すると、そこでは火薬が気に入ったらしいサイモンが、ソフィーナの実験を手伝っているようだった。しかし。
「ソフィーナ、これ少し、もらって良いか?」
「良いけど、何に使うの」
「ちょっと試したい事があって」
言いながらサイモンは、ソフィーナが毒袋を採る為に、常温に戻していた魔獣数体のうち、一番端の魔獣の口をこじ開けると、火をつけた試薬玉をその中に放り込んだ。
ブバンッ!ベチャッ!
破裂音と同時に、細切れになった魔獣の肉や内蔵等が辺り一面に飛び散り、悲惨な状態を作り上げた。
身体中に肉片を浴びたソフィーナが、顔に張り付いた眼玉の欠片を払い落としながら、同じく肉片だらけで、千切れた舌を頭に乗せたサイモンの襟首を掴み、詰め寄る。
「サイモン。言い訳があるなら、少しだけ聞いてあげます。何で、こんな馬鹿な事をしたんです?」
「いやぁ、上手く行けば、顔だけがポンと飛ぶかと」
「それはそれで、怖いです!というか、二度としないと約束して下さい!でないとその口に、火をつけた試薬を放り込みますよ!」
「判った。もう口に入れたりはしない!絶対だ。約束する!」
「それと、今すぐ掃除して!」
「判った!」
そんな二人のやり取りを、遠目に見ていた姫は、
「のう、ガレリア。嫁は、あれで良いのではないか?」
「そうですね。身分的なものも、今回の功績を考えれば問題ないですし。残る問題は、領地の管理でしょうか。
どちらも、やりたい事が多すぎて、したがらない気がします」
「誰ぞ、優秀な者を雇えば良かろう」
「確かに。そういえば、ソフィーナの従兄に、計算に強いものがいると聞いた事があります。一度、会ってみても良いかもしれません」
今度は魔獣の尻の穴に試薬玉を入れようとして、叱られている兄を見ながら、ガレリアは答えた。
バビジと一緒に捕えた者たちの取り調べは、順調に進んでいた。特にバビジが護送中に死んだと聞かされた後は、全員、驚くほど口が軽くなったらしい。
既に硝石の材料を運んだ場所も特定され、今は姫の式が見張りを務めている。ロウェイ王国の兵を模した者が二人ほど常に居るが、特に何かをする様子もないので、今のところは放ってあった。
討伐隊のアベケット領地の滞在も六日目となり、大方の魔素溜まりの浄化を終えた香菜姫達は、王都ウィルソルに戻る事にした。
***
王宮へと戻った香菜姫は、早々にウィリアムとオルドリッチに、バビジの死と、勇者と火薬について伝える為に、オルドリッチの執務室へと向かった。幸い、ウィリアムもその場にいた為、アベケット伯爵から預かった手紙を渡しながら、事の次第を説明した。
バビジに関しては、恐らく生きたまま喰われただろうと言う姫の言葉に、二人して溜息をついたものの、どこかホッとしたようにも見えた。
しかし、勇者と火薬については、大きな衝撃を与えたようで、特にオルドリッチは深刻な顔をしている。
「二年も前に、勇者を召喚していたとは。しかも、蠱毒の材料提供に、火薬の製造まで行っていたとすると、既に帝国と手を結んだと考えたほうが、良いかもしれませんな」
「その事じゃが、決めつけるのは、些か早計じゃ。実は、勇者は妾と同じ世界の御仁のようでの。当人が火薬の製造に詳しく、独自に作っていた可能性があるのじゃ」
「それはそれで、問題ですね」
オルドリッチが眉をしかめる。この国では、ようやく研究が始まった火薬が、帝国だけでなく、ロウェイ王国でも既に存在するのだ。それどころか、量産されている可能性まである。
「じゃから、そこらを確認するためにも、妾が正式に訪ねようと思うてな」
ウィリアムに、何か必要な手続き等あるなら、早急に取って欲しいと言うと、ここ二年ほどは、殆ど交流が無かったものの、一応、友好国のため、正式な訪問を伝える書類を送れば問題はないとの事で、直ぐに親書を送る事が、決まった。
その後、シャイラも交えて話し合った結果、訪問は三日後、そして香菜姫の同行者として、ガレリアとデラノ・エジャートン、そしてクラレンス翁の三人が選ばれた。
***
ロウェイ王国。
「ノブナガ殿、ランチャ殿。レストウィック王国からの、正式な訪問を知らせる親書が届きました!」
手紙を手にしたラウルが、小走りで信長の執務室へと入って来た。
「ようやく来たか!それで、いつだ?」
「三日後、と書かれています」
「しかし、隣国の使者が到着したという知らせは、受けていませんが。いったい誰が、それを受け取ったんです?」
蘭丸の疑問はもっともな物だ。通常は、親書を携えた使者が、謁見を求めて来るからだ。その後、王、もしくは国務に携わる者が受け取る運びとなる。
「あー、実は紙で出来た鳥によって、運ばれて来まして。こういう物は初めて見ましたが、聖女様の魔法ですかね?でも、正式な封蝋がされていたので、間違いない筈です」
ラウルが封筒をヒラヒラさせながら、答える。
「それにしても、変わった紙ですね。材料は、植物みたいですが。それに、何か書いてあるけど、絵か文字かさえ、私には判りませんし」
信長がそれを取り上げ、広げて見ると、そこには流麗な文字で急急如律令・望配届達と、書かれててある。
(やはり陰陽術か……)
あの後、慎重に調べた結果、小屋では何らかの呪物が作られていたことがわかった。爆発で吹き飛んだ物の中に、その仕様書の一部がみつかったのだ。
そして、火薬の保管倉庫からは、持ち出された形跡はなかった。結果として、信長達は、火薬はあの聖女が持っていたと結論づけていた。
「なぁ、蘭ちゃん。奴ら、どうやって来ると思う?」
「そりゃあ、飛んで来られる、でしょうね」
蘭丸には、それ以外、考えられなかった。そしてそれは正しい事が証明された。それから三日後、聖女とその一行は、空を駆ける白狐に乗って、王宮に現れたからだ。
「暫くぶりじゃの。信長殿に蘭丸殿!」




