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滴水古書堂の名状しがたき事件簿  作者: 黒崎江治
Episode8 一万年の光
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-1- 加狩山の噂

 いつか埋め合わせをしてもらう、という言葉。大抵はそのまま、改めて履行を求められることなく過ぎてしまうケースが多いように思う。しかし少なくとも、安那さんはそういったことを曖昧にせず、しっかりと債務の返済を迫るタイプのようだった。


 先日、奇妙な夢に捕らわれた私と古戸さんは、平穏な眠りを取り戻すため、独自の情報網を持つ彼女に協力を仰いだ。結果として際限なく広がると思われた夢は終息し、その元凶となった男は永遠に姿を消した。


 協力の対価として安那さんが求めたのは、仕事の手伝い、すなわち彼女が運営するオカルトブログ〝メヒコーマ〟に載せる記事の作成だった。


 ある場所に赴き、取材と資料の収集をおこない、ブログの記事を書いて提出してくれ。テーマは既に用意してある。元々そういう計画があったのかと疑わざるを得ないほど、段取りはスムーズだった。


 あえて古戸さんの知識を活用したオリジナルのテーマを出す、という選択肢もあるにはあったが、彼は自分の商売を切り売りするのを嫌がった。結局は安那さんの提案通り、遠路はるばる調査に出かけることとなった。


「案外すんなり受けたじゃないか。僕の誘いはいつも渋るのに」


 国道を走るライトバンの助手席で、古戸さんがぼやいた。この車は以前ダメになったものの代わりに、先日購入したものだ。白いボディが眩しいピカピカの新車。古書堂で使うものだが、注文から手続きまですべて私がやった。


「色々考えることがあったんですよ」


 提案に抵抗しなかった理由。それはこの機会に、ライターとしてのキャリアを模索してみよう、という気になったためだ。


 私は今古書堂のアルバイトとして月八万円程度の収入を得ているが、ずっとそれでやっていくわけにはいかない。まともなところにフルタイムで就職できればいいのだが、未だその自信が湧いてきていない私は、保険となる収益源を探しておこう、という秘かな考えを抱いていた。


 安那さんに話を聞き、また自分で調べてみたところによると、ブログの記事を書くという仕事はかなりありふれていて、フリーランスや副業で収入を得ている人は多いらしい。


 ブログ運営のノウハウも習得し、記事を売る側から買う側になれば、それだけで生計を立てていくのも不可能ではないのだとか。


 しかしそれは普通に就職活動をして普通に正社員になるのと同等か、それ以上の努力を必要とする。もちろん才能だって大いに関係するはずだ。


 それでも試しにやってみなければ、収益の可能性も向き不向きも分からない。だから今回の調査は、私が新しい領域に踏み込むための、思いがけない機会なのだった。


 横浜から四時間ほど車を走らせると、目的地が近づいてくる。私はカーナビを確認しつつ、レストランやホームセンターが並ぶ国道を逸れ、紅葉のはじまった山に向かって進路を変えた。


 秋空に映える加狩山かがりやまと、その麓にある那砂町なすなちょう。今回の調査、もとい取材の舞台となる場所だ。


 那砂町は人口三万五千の自治体で、片田舎というほど寂れてはいないが、地方都市というほど栄えてもいない。主な産業は酒造と観光。以前は炭鉱の町としても栄えたらしいが、鉱山は昭和中期に操業を停止していた。


 加狩山は高さ六百メートルほどの低山。傾斜はなだらかで、頂上まで登山道が整備され、初心者でも気軽に訪れることができる。中腹には加狩集落と呼ばれる場所があり、土産物屋や民宿、食事処などが並んでいる。


 私たちの主な目的は、この山にまつわる噂を調べることだ。その詳細を明らかにして、あるいは適当に粉飾してそれらしい記事にすれば、安那さんへの義理を果たすことができる。


 取材に先立って、彼女からは加狩山にまつわる三つの噂を教えてもらっていた。


 一つ目はたびたび発生する行方不明者。オカルト風に言うならば神隠し。この山では一年に一人か二人、登山客が姿を消す。遭難を疑われて捜索されるが、なぜだか――死体や遺留品も含めて――発見された試しがない。


 二つ目は奇妙な音。主に加狩集落の近辺で聞かれ、雷に似た響きを持つ。しばしば晴天であっても起こり、雷光を伴わないこともある。このことから、加狩山を〝かみなり山〟の別称で呼ぶ地元住民もいる。


 三つ目は謎の影。これは二週間ほど前の話で、山の西側に、丸い円盤らしきものが下りていくのを見かけた人がいた。詳しい調査がされたかどうかは不明。少なくともなにか特別なものが発見されたという報告はない。


 これらをもとに事実や資料を集め、記事を作っていくことになる。ちなみに旅費は自己負担。古戸さんは搾取だと抗議したが、いい記事を書けば今後は経費を出してもいい、と躱された。


「三つがすべて同一の原因によるものか、あるいは別個の事象なのか。全部バラバラだと記事が散らかりそうだけど。さて、どうするか」


「あくまでも噂ですから、なにも見つからないって可能性もあるんじゃないですか」


「そしたら適当にツチノコの記事にしようよ」


「今どき流行りませんよツチノコなんて」


「いいじゃないか。尻尾を振り回して空を飛び、雷を吐くツチノコだ」


 そうなるともはやツチノコではない。


 他愛ない話をしながら車を走らせる。山の中腹にある集落まで車道があり、移動にそれほど苦労はなさそうだ。


 時刻は午後一時。既に国道沿いで昼食を済ませていた私たちは、石畳風に舗装された道路を通り、集落の端にある駐車場にライトバンを停めた。


 秋の行楽シーズンを迎えているとはいえ、人口密集地から離れた加狩山は人出が多いとは言えない。雰囲気は案外観光地然としているが、奥多摩や丹沢といった場所と比べると、景観もさすがに一段劣る。


 すれ違うのはリタイア後のゆったりした時間を楽しむ高齢者が主で、私たちのような組み合わせは珍しかった。とはいえ今は以前に購入した登山服に身を包んでいるので、いつものような――大抵は古戸さんの白衣姿のせいで――浮き方はしていない。


 私たちはまず、丸太小屋を模したビジターセンターに入った。ややひっそりとしたその建物の中には、山の植生やかつてあった炭鉱を紹介する資料、それらの映像を流しっぱなしにしている視聴室、ロの字型にベンチが置かれた休憩スペースなどがあった。


 見たところ、オカルトな噂を押し出しているような様子はない。


 私たちのほかに客はおらず、普段もあまり人の出入りはなさそうだ。カウンターのような場所には若い女性スタッフが座っていて、柔らかい表情でこちらに会釈した。


「すいません、地図はありますか?」


 会話のとっかかりに私が尋ねると、女性はカウンターの裏からやや埃っぽいパンフレットを手渡してくれた。登山ルートと見晴らしのよい場所が示してあるくらいで、事前に調べた情報以上のものはない。


「ここ、晴れてるのに雷が鳴るとか、行方不明者が出るとかって聞いたんですけど……」


 地元の人間にオカルトな噂の真偽を尋ねるのは失礼だとは思うが、ビジターセンターの職員ならば、耳に入る噂もあるだろう。


 案の定、女性はなにかを知ってるようだった。それに、尋ねられるのに慣れているのか、さほど驚いたり困惑したりといった様子はなかった。


「二十年ぐらいにブームになったらしいんですけど、最近またそういうの聞いてくる人が増えましたね。動画配信? する人も多くて。もしかしてお客さんも……」


「あ、いえ。私たちはもっとアナログなメディアで」


「ははあ」


 私たちの目的がうまく伝わっているのかどうかは分からないが、ひとまず邪険にするつもりはないらしい。


「実際になにかを見たり聞いたりした人はいるんですか?」


「晴れ間の雷は私も実際に聞いたことがありますよ。なにかの鳴き声じゃないかっていう人もいるんですけど、カーン、って結構鋭く鳴るんで、私は実際に雷みたいなものじゃないかと思うんですよね」


「行方不明の人が出るって話は……」


「ええ、実際に出て、その都度知らせが来ます。ただ雷に撃たれて、っていうのとは違うんじゃないかなと……」


 女性は奇妙な音と行方不明の関連を否定した。にもかかわらずその顔はどこか不安げで、言葉の歯切れは悪かった。私が無言でプレッシャーをかけ続けると、彼女はもごもごとその理由を話した。


「でもこういう話をするとすごく嫌がる人がいるんですよ。実はこの山、東側の半分ぐらいは私有地になってるんです」


 彼女は先程のパンフレットと同じものを開き、該当するエリアを指で示した。


「昔炭鉱があったところなんですけど、今はミサト興業っていう会社の土地になってるんです。で、ここの人、あんまりガラがよくないんですよ。行方不明の人はミサト興業とトラブルがあったんじゃないか、っていう話もあるぐらいで」


「土建の会社ですか」


「ええ、一応そうなってるはずです」


 口振りからすると、会社の名前だけで、あまり実体はないのだろう。こんな交通の便が悪いところに会社を構えるメリットがありそうもないし、もしかすると暴力団かなにかと繋がっていて、非合法なあれやこれやで利益を得ているのかもしれない。


 そうなると、オカルトうんぬんは別にして、周辺を嗅ぎ回られるのにいい顔はしないはずだ。


「だから、よそではあんまり言わない方がいいですよ」


 女性はそう忠告してくれた。とはいえ彼女も会話には飢えていたようで、結果として得られた情報は少なくなかった。


 すべての相手がこうならば、取材も中々面白いかもしれない。


 私は女性に礼を言って、古戸さんの方に戻った。彼は腕を組みながら、壁にかけてある大きな見取り図を眺めていた。


「見てごらん、当時の炭鉱らしい」


 そこにはかつて使われていた坑道がイラストつきで描かれていた。縦横に伸びる様子は、アリの巣にも似ている。こういう場所で働く人間の気持ちはどんなものだろうか。


「今でも入れるのかな?」


「ダンジョンのゲームじゃないんですから、廃坑に入るのはちょっと……」


「奥を極めようってわけじゃないんだ。ちょっと入って写真を撮ればいい」


 しかし地図を確認したところ、炭鉱の入口は先程の私有地内にあるようだった。うっかり入って怖い人に見咎められたり、違法な取引現場を見つけてしまったりするのはまずい気がする。


「円盤の話はどうだった?」


 そういえば、聞きそびれてしまった。


「まあ、知らんだろうねえ、きっと」


 目撃情報によると、円盤らしきものが降り立ったのは山の西側。立ち入りは禁止されていないが、登山道からは少し離れたところにある。


「とりあえず西にこう行って、尾根沿いに頂上に行って、東側に入れないかどうか、試してみようか。私有地って言っても、監視があるわけじゃないと思うから」


 古戸さんはパンフレットの地図を指でなぞり、探索のコースを提案した。道なき道をどれくらい進むかにもよるが、おそらく日暮れまでには集落に戻って来られるだろう。


 おおまかな探索の方針を決めた私たちは、ビジターセンターを出てから、集落の写真を――安那さんが貸してくれた高級なデジタルカメラで――何枚か撮り、オカルト話のネタを集めるべく、黄と紅の天蓋が見事な登山道に足を踏み入れた。

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