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滴水古書堂の名状しがたき事件簿  作者: 黒崎江治
Episode6 時代の墓碑銘
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-4- 太古の玄室

 私たちはその日の夕方を買い出しに費やした。暗い空間を照らすためのヘッドライト、怪我を防ぐためのヘルメットと軍手、遺物を回収するためのプラスチックバッグ。


 それから武器になりそうなものとして、大きなシャベルを二つ。古代人とやらの耐久力が現代人と同程度なら、これでもある程度は対抗しうるはずだ。


 荷物を車に積んでから、市街にあるシティホテルで一泊し、翌日の探索に備える。


 そして朝。天気予報によれば日中は快晴。最高気温は三十三度。十分な暑さ対策を施して、私たちは再び発掘現場を目指した。


「そういえば、古代人と縄文人って別なんですよね」


 道中、私はハンドルを握りながら、助手席の古戸さんに話しかけた。前方には颯爽とバイクを駆るヴェラの姿がある。


「縄文人の技術で金属板は作れないからね」


「じゃあ、なんであそこに縄文の遺跡があるんです?」


 古戸さんは寝かせていた背もたれを起こし、脚を組んだ。


「楠田さんはネアンデルタール人って知ってるかな」


「名前ぐらいは」


「彼らは現生人類……ホモ・サピエンスと同じ祖先を持つけど、既に絶滅している。広い意味では人間と言えるのかもしれない。でも、トラとライオンみたいに種としては別の存在なんだよ。ちなみにトラとライオンの混血はタイゴンっていうらしい。雄雌が逆だとライガー」


 連綿と続く進化の系統樹。どこかの時点で、現生人類とネアンデルタール人は袂を分かった。片方は生き残って現生人類の祖となり、もう片方はこの世から永遠に姿を消した。


「絶滅の理由は?」


「負けたから。ホモ・サピエンスとの生存競争に。適応能力に優劣があったのかもしれないし、食料資源を奪い合った結果駆逐されたのかもしれない」


 それ自体は別段驚くべきことでもない。ここ数千年だけを考えても、同種同士が些細な理由で散々殺し合ってきたのだから。


「でも、ネアンデルタール人だったら、乾さんにも分かりますよね」


「うん。ネアンデルタール人はあくまでも例だよ。その古代人とやらは、多分かなり最近――といっても数千年前――までは生き残っていたんだろう。しかし最終的には縄文人に滅ぼされ、遺跡ごと葬られた。


 あそこに集落を築いていた人々は、それを監視してたのかもしれないね。種の仇敵が、再び墓から這い出てこないように。……まあ、乾の言ってることが本当なら、出てきちゃったんだろうけど」


 金属板を作れるほどの技術を持った存在が、縄文人に負けるのだろうか。しかしよくよく考えてみれば、拳銃を持った現代人が一人いたとして、槍で武装した十人に囲まれればどうしようもない。


 そうこうしているうちに、車は登山口付近に到着した。停まっている車はなく、人影もない。ひとまず、大学なり政府当局なりが遺跡を封鎖しているということはなさそうだ。私たちは車を降りて必要な装備を身に着け、発掘現場へと向かった。



 午前十時。私たちは山道を歩き、再び発掘現場の縁に立った。今のところ、変わった様子はない。乾さんが倒れていた場所は中央のあたり。そこには金属板と例の穴もある。さらに近寄ってみれば、穴には石の階段が付属していて、そのまま地下へと降りられるようになっていた。


「確かにこんなものが発掘現場から出てきたら、大騒ぎだろうね。しかし、なんで穴が出現したんだろう」


 古戸さんはそう言いながら、スマホのカメラで金属板を撮影している。


「今のところ、サタンの気配はありませんね」


 ヴェラが手近な土塊を拾い上げ、穴の中に投げ込んだ。それは軽い音を立てながら砕け、破片を闇の中に散らした。しかしそれ以上の物音はしない。なにかが飛び出してくるといったこともない。


「私が先に行きます。危険がなければ、呼びますね」


「大丈夫?」


「ええ、なにかあったとき、慌てて出るなら一人の方がいいです」


 穴の入口は人ひとりがやっと通れるくらいの大きさだ。ヴェラの言う通り、我先に出ようとして詰まっては目も当てられない。私は彼女を見送りつつシャベルを用意し、万が一の危険に備えた。


 ヴェラがヘッドライトを点灯させ、地下空間へと潜っていく。


 十秒、二十秒、三十秒待っていると、ヴェラの呼ぶ声がした。私は古戸さんと目配せをしてから、穴の中に足を踏み入れる。


 はじめ洞窟のようなものかと思われた穴は、意外にもしっかりとした構造を保っていた。石のステップはぐらつく様子も見せず、天井は頭上を気にする必要がない程度には高い。地下二階ほどの深さには、こちらを窺うヴェラのライトが見える。


 私は足元を照らしながら、一歩一歩慎重に降りていった。耳を押さえつけるような静けさと、傍らまで迫る壁で息が詰まりそうになる。直射日光に晒されていない空気が汗を冷やし、私は思わず身震いした。極度に乾燥した空気は死を想起させる。


 ほどなく下層に辿り着いた。ヘッドライトを正面に向けて辺りを窺う。


 空間の形状は単純な直方体だ。天井までの高さは四メートル。幅は八メートル。見通すことはできないが、最奥までは十メートル以上あるだろう。


 壁は切り出された石のブロックでできている。左右には同じ素材の太い柱が三本ずつ。その間、壁際には青っぽい箱のようなものがいくつか、等間隔で置かれている。


「酸素がちょっと心配だったけど、大丈夫みたいだね」

 古戸さんが言った。


 この場に私たち以外の動くものはない。突然大岩が転がってきたり、矢が飛び出してきたりする可能性もあるが、少なくとも目立った脅威はないように見える。


「ここは……なんでしょうかね」

 私は尋ねた。石壁に声が反響する。


「ピラミッドの中みたいだ。玄室ってとこだろう」


「やはりトゥームでしょうか」


 ヴェラは一番近い箱に近づいていった。私もそれに倣い、屈みこんで構造や材質を確かめる。大きさや形状から考えて、これは棺だろう。今は蓋が外されて、内部が露わになっていた。


 が、中身はない。


「これは、ガラス?」


 棺の表面を撫でながら、ヴェラが言った。どうやら大きな板ガラスを貼り合わせて作ったもののようだ。


 棺の底を覗き込むと、ヘッドライトの光を反射する白っぽい欠片がある。不用意だと思いつつも拾い上げると、枯葉のようなそれはパリパリと崩れて粉になった。


「副葬品には見えませんね」


 ヴェラが呟く。よく見れば、棺の中には同じような剥片がいくつも落ちていた。大きさは小指の先ほどのものから、掌の半分ほどのものまで。


 今度は壊さないように一つをつまみ、ビニールバッグに入れる。中で崩れるのは避けられないが、それは仕方がない。明るい場所で見てみれば分かることもあるだろう。


 古戸さんは写真を撮りながら、いつのまにか玄室の奥まで進んでいる。私とヴェラは、念のためほかの棺も調べてみることにした。


 棺は全部で四つ。そのうちの一つで、私はいかにも遺物めいたものを見つけた。


 それは装飾品というよりも、なにかの道具に見えた。どろりとした銀色の液体にまみれ、素手で触るのが憚られるような状態で置かれている。


 簡単に言えば、遺物は銃のような形をしていた。そのイメージが浮かんだのは、乾さんが攻撃されたという事実があったからかもしれない。


 ガラスの球体に把手のようなものがくっついており、それと直角を成すように、金属の棒が三本生えている。銀色の液体は、もともとガラス球の中に入っていたのだろう。


 私は直接触れないようにしながら、遺物を回収した。銀色の液体がビニールを腐食しないかと心配になったが、ひとまずは大丈夫そうだ。


「二人とも、こっちに来てごらん」

 古戸さんに呼ばれて奥へ行く。


 まず目についたのは、金属でできた大きなカクテルグラスのようなものだ。水盤、とでも言うのだろうか。


 その奥にあるのはやはり壁。しかしほかの部分と違うのは、巨大な二枚の板でできているということだ。高さはおよそ三メートル。


「扉ですか」

 ヴェラが言った。


「そのようだ。人力じゃあ押しても引いても動かない。おそらくその水盤になんらかの操作を加えると開くんだろう。上に乗ってもダメだったし、回転させようとしても無理だったけど」


「ちょっと、変な仕掛けが作動したらどうするんですか」


 私は抗議したが、古戸さんはそれを無視して扉の横を指し示した。


「これになにかしらヒントがあるんだろうと思う。あるいは、扉の奥にあるものの説明かな」


 そこには壁に埋め込まれた金属板があった。玄室の入口にあったものと酷似しているが、表面の文様は異なる気がした。その配置は、文化遺産の横に置かれている解説看板に見えなくもない。


「表面のこれってやっぱり文字ですよね。何語か分かります?」

 私は尋ねた。


「いや。既存の言語ではなさそうだ。文字を持っていることにはもう驚かないとしても、これはかなり成熟した、複雑な言語だと思うね。魔術的な意味があるのかもしれない」


 私たちはしばらく金属板を見つめたが、時間をかけたところで読めるはずもない。玄室のさらに奥があるのは間違いなかったが、今のところ進入する手段はなさそうだ。もっともそれができたとして、喜んで行く気にはなれなかっただろう。


「さて、一通りは見たかな」


 古戸さんは壁と棺をシャベルで削り取って破片を回収したあと、そう宣言した。滞在時間は三十分ほど。戻ってきた古代人とうっかり鉢合わせという可能性がある以上、あまり長居はしたくなかった。


「爆薬があれば、今すぐにでも埋めてしまいたいところですが……」


 去り際、ヴェラが過激な発言をした。私は古戸さんの反発を予想したが、彼の反応は意外にも穏当だった。


「最終的にそうするのはやぶさかでないけどね。まずはどういう役割の遺跡なのか、調べてからでも遅くはあるまいよ」


 そうして私たちは探索を打ち切り、玄室をあとにした。


 狭苦しい階段を通って明るい地上に戻ると、熱気や湿度が身体を包んだ。いつもならば不快に感じるところだが、今は冥界から現世に戻ったような、安心した気分になった。


 木陰でしばらく休む間、古戸さんは撮影したものを乾さんに送信した。体力を回復してから、いい加減見慣れつつある山道を下る。


 車のところまで戻り、荷物を積み込んだとき、黒い高級車が一台、少し離れた場所に停まった。降りてきたのは、灰色のスーツに身を包み、同じ色の帽子ハットを被った男性だ。


「君たち、そこでなにをしてる」


 男性は現れるなり、きつい口調でこちらを誰何した。幸運にも、軍手もシャベルも既に積み込んだあとだった。それらを身に着けていたら、盗掘者であることについて一切の言い訳ができなくなっていたところだ。


「失礼ですが、あなたは?」


 言い淀む私とヴェラの代わりに、古戸さんが余裕のある態度で応じた。


「埋蔵文化財団の者だ。ここは財団の管理下にある。すぐに立ち去りなさい」


 管理下にある、といってもここは公道だ。彼が私たちを遺跡から遠ざけようとしているのは明らかだった。


「そうですか。いやァ、運転中に腹が痛くなったんで、道端で用を足していたんですよ」


「変なこと言わなくていいですから」


 皮膚病かなにかを患っているのか、男の肌は黒ずんでいる。顎のないその顔に、嫌悪と怪訝の表情が浮かんだ。私はそれ以上事態がこじれる前に、古戸さんを助手席に押し込んだ。そのまま逃げるようにして車を発進させる。


 もし玄室を調べられれば、私たちが侵入したことはきっとバレてしまうだろう。


 まずいことにならなければいいが。バックミラーで確認すると、男性は長い間こちらを睨みつけていた。


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― 新着の感想 ―
[一言] 財団と聞いて真っ先に思い浮かぶのがS◯P。 こりゃ重症だ。
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