番外編6 相手にとって不足ない
イスパニア。
ヨーロッパだけでなく、海外全土に領土を持つ、太陽が沈まぬ国。
西欧随一の強大国にして、レパントの海戦でオスマン帝国を破った地中海の覇者。
「ふむ……抗議?」
マニラを経て届けられた国王フェリペ2世直々の抗議文である。
渡されて、日ノ本の統治者である織田信忠は首をかしげた。
日本とイスパニアの関係は悪くない。
イスパニアも、統一が果たされ、東洋の軍事強国となった日本を警戒はしているものの、交易を通じてたがいに有益かつ友好的な関係を築いている。
抗議文は、ごくごく丁寧ながら、意訳するとこうなる。
新大陸で襲撃してきたインディアンにサムライが混じってたぞ。ワレわしのシマでなに上等くれてんだ? とにかく説明しろ。事と次第によっちゃただじゃおかねえ。
――なにをした親父殿ぉーっ!?
心の中の父の襟首つかんでぶんぶんふりまわしながらも、信忠は努めて平静を装い、使者に返答する。
「ふむ、にわかに信じがたい。調べてみるが……しかし、熱田にいすぱにあの暴徒が出るのだ。新大陸――“あめりか”に日ノ本の暴れ者が居てもおかしくなかろう?」
三年前、熱田でイスパニアの商人が騒ぎを起こしている。
駆動機の基幹技術をなんとか入手しようとして、職人の誘拐を図り、失敗したのだ。
調べから、フェリペ2世の密命を受けたことが明らかになった。
だが、信忠はこのとき目をつぶった。
交易相手と無用な摩擦を起こすべきではないと思ったからだ。
ただし、技術流出への対策は速やかに行われた。もっとも、あまりに飛躍した技術ゆえ、たとえ漏れても再現に十年や二十年の時が必要だろうが。
ともあれ、信忠は言ったのだ。
「目くじらを立てるな」と。
世界中の富を集める西欧の覇権国相手にそれが出来る。
相手がはるか遠国というだけではない。天下人織田信忠にはそれだけの実力と自負がある……と、使者は見た。
信忠も内心冷や汗をかいているのだが。
相手が父だけならともかく、山田正道までいる以上、無下に切り捨てに出来ないのが辛いところである。
◆
とにかく、事情を把握する必要がある。
信忠は急遽熱田より山田三郎忠正を呼び寄せた。
信長や正道の動向は、この男がまだしもわかっている。
「三郎殿、親父殿や父御の消息は届いておらぬか?」
「いえ、届いておりませんが……父たちがなにか?」
「なにかも何もないわ! いすぱにあ王から新大陸で侍に襲われたと非難があったわ! 間違いなく親父殿であろう!」
「ははあ……」
「犯人の処罰を求められてはたまらぬ。突っぱねたが、まずは情報が欲しい。それで主を呼んだのだ」
「なるほど、では、確認いたしますか」
三郎がうなずいた。
情報などほとんど共有されているが、現状を整理する必要がある。
「まず、父たちの乗る船――“熱田丸”が熱田を出たのが六年前になります。それから“世界地図”の通り“あめりか”に向かい一直線に進んだところ、嵐に遭い、“はわい”に漂着いたしました」
うむ、と信忠はうなずく。
「船の修理中、部下にした部族に助力して“はわい”を統一しました。その折、彼らに船を作らせて、日本にこのことを伝えさせております」
「珍妙な異人に突然“オダ ノ キョーダイ ノ ムスコサマ デスカ ヒート!”などと言われて、ひっくり返るかと思ったわ」
「まあ、その後、我らも“はわい”に船を出し、所在を確認。かの地を守っていた森忠正殿にそのまま統治を任せております」
「住民が妙におびえておったらしいが」
「なぜでしょうね……ともあれ、我々の船が着く以前に父達は“はわい”を出立し、“あめりか”に向かいました。三年ほど前です。それから三年。“熱田丸”並の巨船も数がそろいつつあります。此度のことをよい機会として、新大陸に船を送ってみては?」
「いすぱにあを刺激せぬか? 戦は避けられんぞ?」
「なぜ避ける必要があるのです?」
三郎は。日本に冠たる大商業都市、熱田の若き主は言い切った。
「――織田信長が、山田正道が、あえて敵に回した相手です。遠慮など無用でしょう……それに、奴らは熱田に上等くれやがった。ここで叩くもまた良しってもんでしょう?」
「裏の顔が覗いておるぞ三郎殿……しかし、デアルカ」
外洋に出る手段を手に入れた日本にとって、世界の海を我がものとするイスパニアは、潜在的には敵、ということになるだろう。
日本一国を治め、その支配権を確立しつつある信忠にとっても、ここは無鉄砲な不良中年どものやらかしを奇貨とし、外に目を向けるべきなのかもしれない。
「よし。“あめりか”に将兵を送る。誰がよい?」
「なにぶん難儀の沙汰。志願を募るのがよろしいかと……もっとも」
「ふむ?」
気を持たせる三郎を、信忠は促す。
若き熱田の主は、苦笑しながら言った。
「なに、選りすぐるのに手間がかかるであろうと思ったまでです」
※
織田信忠「新大陸行きたい人!」
九鬼嘉隆「はい!」
柴田勝家「はーいっ!」
鬼武蔵「はいっ!」
伊達政宗「(スッ ドヤァ」
浅井長政「泳 い で で も 参 る ぞ !!」
戸沢盛安「泳ぐ!?(ガタッ」
羽柴秀吉「じゃあわしマカオ!」
大友宗麟「キリスト教は棄てました」
島津忠恒「琉球欲しいです」
亀井茲矩「琉球はワシのものだ!」
戦国リーゼントにおつき合いいただき、ありがとうございます。
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