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戦国リーゼント  作者: 寛喜堂秀介


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番外編4 王と呼ぶにはまだ足りない


 松永弾正久秀まつながだんじょうひさひでという男が居る。

 主を殺し、大仏を焼き、将軍足利義輝を殺した天下の梟雄。そううわさされ、恐れられる男だ。


 多聞山たもんやま城の屋敷内の一室。脇息に体を預けながら、松永弾正は目の前に広げられているものを見る。


 セーラー服である。

 山田党が作ったというこの一品をためすがめつながめて、松永弾正は深く息をついた。



「これはよきものぞ」


「で、ありまするか」



 答えたのは息子の松永久通ひさみちだ。



「うむ。この仕立て。この手触り。美しくもどこか異国を感じさせる。思わず着てみたくなったわ」


「女人用、と伝え聞いておりますが……」



 久通は老体の父がセーラー服を着た姿を想像してげんなりする。



「うむ。そうであったな。であれば……」


「義母に着させるのも、出来ればやめていただきたく」



 久通は先手を打った。

 あの義母のしわ顔でセーラー服を着ている姿など見たくはない。



「そうであるな。このような手足をさらすがごとき衣は、ひとつ間違わば下人の装いに堕す。ふむ……たとえばほとびかけたつぼみのような年若い娘に着させるのが、似合いであろうか」


「父上……御用というのは、この衣に似合いの娘を語るためではございますまい」


「それも一興、であるが、まあそうだ。せがれよ。お主に用というのは、これを作ったという熱田の山田党についてよ」


「ふむ……熱田を支配し、不思議の知恵で栄えさせる山田党。党首の山田正道と申す者は織田信長殿の妹婿だとか……拙者は見ませなんだが、父上はお会いになったことが?」


「ちらとは見た。天を衝くような変わり髷の巨人よ。数寄者すきしゃ心をくすぐる見事な衣装を着ておっての。腹の据わった面をしておったわ」



 サングラスに長ランリーゼントの騎馬武者姿である。

 彼の姿を見た時、将軍足利義昭よしあきが妙におびえた様子だったのが気にかかったが、ともかく。



「このような異風の知恵をもつ山田党を調べろ。あるいはよしみを通じてこい、ですか……そしてあわよくばその知恵を吸い上げろ、と?」



 推察しながら久通が問う。

 だが、息子の言葉に、松永弾正は首をゆっくりと横に振り、言った。



「いや、この衣装が気に入ったので、噂に聞く“たいそうふく”と“ぶるまぁ”も手に入れて欲しいのじゃ」



 ――ダメだこの親父。



 純粋に数寄者として山田党のファンになってしまっている父親に、久通は頭を抱えた。





弾正「……スクール水着(ボソリ」


久通「!?」







 熱田山田党。

 個性豊かな彼らの間で、ひときわ異彩を放つ経歴を持つ者が居る。

 長谷川鉄平はせがわてっぺい。通称テツ。

 早くから山田正道の元を離れ、石油を求めて放浪の旅に出、そしてみごとこれを発見した男。


 その後、山田党からの資金提供を受け、精製の研究が進む。

 テツは相良油田の供給が安定してからは諸方に人をやり、羽後うご国秋田郡にて黒川油田を発見し、こちらの研究も人の手にゆだねている。


 そして、現在。

 この男はある決心をしていた。



「旦那様、やはり往かれるのですか」



 遠江とおとうみ国、榛原はいばら郡菅ヶ谷村。

 ほのかに薬品臭が香る屋敷の縁側で、夜天を見つめる夫に、小夜さよは言った。



「小夜。すまないっス」



 神妙に頭を下げる夫に、小夜は苦笑した。

 夫は、思えば出会ったときから腰が低かった。



 ――ここで石油が出るんスよ! 掘らせて下さいっス!



 父、川田平兵衛にそう言って頭を下げる姿を、幼いころの小夜は見ていた。

 当節流行りのかぶき者か、異様なる姿が似合わぬ真面目そうな若者だった。



 ――オレが信用できないんなら、オレをここで使ってくださいっス! すげえいいもんなんスよ!



 もしや一風変わった仕官願いだったのでは。

 話を終え、彼を川田家で雇い入れることを決めたあと、父はそう言って苦笑したものだ。


 だが、この男、とにかくよく働いた。

 よく気がつくし、人当たりも柔らかい。

 あちらに薪炭の手配に行けと言われれば、あちらに飛んでいく。こちらに用があると言えば、黙って準備をしてついて来る。

 そのうえで、わずかないとまを見つけては、その「いいもの」。小夜にとってはひどい臭いのする油のようなものを持ち帰り、調べていた。



「それは何なの?」



 鼻をつまみながら小夜が尋ねた時、この少年は苦笑しながら言った。



「ああ、小夜様。これは石油っス」


「石油?」


「これがあればバイクを転がせたり……まあ、いろいろ出来るんスよ」



 変わった人。

 小夜にとって長谷川鉄平はそんな男だった。



 ――素性はよくわからんが、とにかく気がつく。度胸もあるし見目もよい。その、なにやら申す物も、ぺてん・・・ではなさそうだ。



 時が流れ、父は折につけ、そう言うようになった。

 少年の面影を残していた彼は立派な青年となり、小夜が童女から少女になった、そんなあるとき、小夜は父に命じられた。



「長谷川鉄平をお主の婿として川田家に迎える。さよう心づもりせよ」



 小夜にとって寝耳に水だった。

 家人として好ましく思ってはいたが、まさかあの青年が自分の婿になるとは思いもしなかった。



「なにゆえにございますか」


「あやつが望んでおる掘削事業、やらせてみようと思うてな」



 父は言う。



「やらせる以上、これは家をあげての事業になる。なれば家中に取り込んだがよい」



 ――素性は知れんが、あれは役に立つ男だ。



 そう言った父の口が、長谷川鉄平の素性を知った時、顎の骨が外れたかと思うほどポカンと開きっぱなしになったことを思い出して、小夜はくすりと笑った。


 熱田山田党。

 織田信長の武を強固に支える財源である、伊勢湾海運の支配者。

 当主山田正道は、信長の妹婿にして、あの三方ヶ原の合戦で、単身殿しんがりを引き受け、味方を逃がし切った生ける武神だ。



「……山田党は不思議の知恵を持つという。であれば婿殿のあれ・・も、そうであったか」



 父はうなずきながら、己の行いが奇跡的に正しかった幸運に胸をなでおろしたものだ。

 武田勝頼かつよりの遠江侵攻に備え、高天神城に詰める直前、父はテツにありったけの石油を持たせ、熱田に遣わした。



「婿殿。熱田の山田殿によろしくお伝え下され」



 まさかこれが長篠の合戦における織田、徳川大勝利の決定打になるとは、父も思いもしなかっただろう。

 石油の「お礼」と称して運ばれてきた、見たこともない財物の山に、一族全員、腰を抜かさんばかりに驚いたものだ。


 それから、川田家は栄えた。

 駆動機エンジンの開発は、石油の需要をじわじわと高めていき、川田家の身代は膨れに膨れた。


 その事業を一手に任された長谷川鉄平の名もにわかに高まった。

 古くからの縁があり、また山田正道に個人的な恩もある徳川家康が、山田党の一員が差配する相良の利権に、深くくちばしを挟まなかったので余計だ。


 川田の石油大将。

 そう謳われる男は、その地位を後進に譲り、山田正道に従って、はるか海の果てへ旅に出ようとしている。



「正道のアニキは、本当にスゲエ男なんスよ……その、スゲエ男が世界に打って出る」



 曇りのない目で、少年のように、テツは語る。



「――目が離せるわけがない。ついてかないわけにはいかないっスよ」


「旦那様……」



 小夜は目を伏せた。

 これが今生の別れになることを覚悟し、翌朝、夫を見送った。


 後に小夜はアメリカの地で、テツと再会する。

 石油王夫人である。







テツ「み つ け た」


カリフォルニアの油田地帯「!?」






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