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戦国リーゼント  作者: 寛喜堂秀介


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番外編2 あいつの息子も並みじゃない

明けましておめでとうございます。お久しぶりです。

活動報告で募集しておりましたリクエスト短編です。

 尾張国熱田。

 かつてこの地は、伊勢湾海運の一翼を担う都市のひとつにすぎなかった。



 ――彼らが来るまでは。



 山田党。

 たった百名ほどの荒くれ者たちは、顔に似合わぬ知識を持っていた。

 富を集め、またばら撒く術を心得ていた。人を集める人気じんきを備えていた。


 結果、熱田は膨れ上がった。

 庇護者である織田信長の急速な成長もあって、熱田は伊勢湾海運を牛耳る大勢力へと発展した。

 さらに、山田党が職人たちに作らせた駆動機エンジン。それが必要とする駿河の油田を、これも山田党が抑えたため、熱田は太平洋海運の、そして東海、畿内陸運の雄となった。


 山田党党首の名を山田正道やまだまさみちという。

 織田信長の信頼厚い妹婿であるこの男は、熱田を支配し、脅威的に発展させただけではなく、織田家の外交においても重要な役割を果たし、またその神威的武名を、三方ヶ原撤退戦において完全なものにした。


 だが、正道は織田信長と、佐久間信盛の処遇をめぐって対立。逐電ちくでんする。

 その行方はようとして知れず、また織田信長も、本能寺の変で明智光秀に討たれた……表向きは。



「あれから三年、ですか」



 活気にあふれる熱田の街並みと、広がる海原をながめながら、三郎はつぶやいた。

 山田三郎忠正ただまさ。山田正道の名跡を継いだ、それが三郎の名である。



「父は無事に“あめりか”へたどり着けたのでしょうか」


「着いてくれぬと困るわ」



 隣に座っていた織田信忠が眉をひそめた。

 明智光秀討伐後、父の後を継いだ彼は、しぶとく生きていた信長から、黙って隠居する代償としてスクリューエンジン搭載の巨船を強請り取られ、また信長と正道のアメリカ渡航の支援をこれでもかというほどやらされている。



「親父殿もお主の父御ててごも、面倒事を放り投げて好き勝手に生きよって」



 本能寺の変より三年。

 すでにその威勢は関東東北や、中国四国にまで及んでおり、信忠は二十代にして事実上の天下人になっている。

 その責務の重さがわかるようになってきた彼にとって、自由を謳歌おうかしているであろう中年二人は小憎らしい存在に違いない。



「羽柴殿も、九州征伐が終わればぜひとも海外へと繰り出したいと言っておられましたな。“これからは石油の時代じゃ! 石油を産する地を抑えるんじゃ!”だとか」


「あの猿……」


「まあ、羽柴殿は先代様が大好きですからね」


「……それがまたしゃくに障るのだ」



 鬱憤うっぷんを吐きだしてから、信忠は差し出された茶をあおるように飲んだ。

 織田家にとって、織田信長という存在は巨大すぎた。事あるごとに比べられることは、信忠にとって深刻な負担になっている。


 だからこうして、同じ境遇である三郎に、愚痴ぐちを吐きに来るのだ。



「主も辛かろう。偉大な先代を持つ身なればな」


「もとより、私は父のような豪気も武勇も持ち合わせておりませぬ。党の皆が私を立ててくれているので、なんとかなっております」


「うらやましいことだ」



 信忠がため息をつく。

 と、唐突に、ぱらりらぱらりらという奇声が聞こえてきた。

 ややあって、庭先に飛びこんできたのは、山田党の一人だ。



「若ぁっ!」


「どうしました?」


「大変だぜ! “いすぱにあ”とかいう連中が街の連中と喧嘩をおっぱじめやがりましたぜ!」


「なにィ!? 外国人がこの熱田で上等くれやがったか! 野郎ども、行くぞ! 殿、ちょっと失礼しますぜ!」



 鉄砲玉のように飛びだしていった三郎の残像をながめながら、織田信忠はため息をついた。



「まったく。普段は落ちついておるのに、ああいうところは父親そっくりではないか……」



 人を呼び、もう一服、茶を所望してから、信忠はつぶやく。



「今後のためにも妹の三重殿を側室に、と思うておったが……まさか三重殿まで父に似ておらぬよな?」



 そのつぶやきに答えるものは、誰も居ない。

 熱田の空は、からりと晴れていた。



「……本当に、親父殿はいまごろ、どうしているのやら」







松姫「ジーッ」


信忠「……なんか寒気が」







「……山田の」



 からりと晴れた淡い青空をながめながら、織田信長は隣の男につぶやく。



「なんだァ? 織田のォ」


「お主、言ったよな? “あめりか”は世界の頂点てっぺんだと」


「ああ。言ったなァ」


「では、これはなんだっ!?」



 信長がばっと指し示したさきは。



「ダチ!」「ダチ!」「ホンダ!」「ヒート!」「酋長チーフ!」



 どう贔屓ひいき目に見ても近代という言葉とは無縁のアメリカン・インディアンの集団だった。

 あたりには一切開発された形跡がない。未開まっさかりだ。


 西暦にして1583年。

 北アメリカには、西洋人の大規模入植すらろくに始まっていない。

 しかも西海岸だ。大都会尾張をイメージしていた信長の期待は、粉微塵に粉砕された。



「これでは途中で漂着した――“はわい”と変わらぬではないか!?」


「心配するな織田のォ」



 山田正道はにやりと笑い、リーゼントを高々と誇示する。

 その偉大な髪に、インディアンたちは惜しみない賞賛の声をあげた。



「――ニューヨークは都会だぜェ? なんせアメリカの首都だからなァ!」



 ニューヨークはアメリカの首都ではないし、正道が居るのは十六世紀のアメリカで、そんな大都市は存在しないどころか、かの地をそう呼ぶ人間すらまだ存在していないのだが、それはともかく。


 山田正道は確信と自信にあふれていた。

 だから信長は信じてしまった。


 十年後、信長が「また騙されたっ!」と絶叫するのはさておき。

 山田正道と織田信長のアメリカ建国神話は、ここから始まる。






 スペイン「地雷踏んだ予感」




松姫……武田信玄の娘。織田信忠の元婚約者。現嫁。



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