こいつが動けば怖くない
天正二年。
猛威を振るう越前一向一揆に対し、織田家一門 浅井長政率いる北近江勢が乱戦を繰り広げる。
西では、荒木村重が摂津の奪還に成功。
これを機に、信長は石山本願寺攻めに十万を号する大軍を動員。
本願寺との静かな対峙の中、河内国 高屋城の三好康長が降伏。その仲介で本願寺との一時的 和睦が成る。
信長に、余力が生じた。
武田攻めの絶好の機会だった。
「もうじき、武田攻めかァ」
「山田さま、まことに従軍されるので?」
加藤図書助が恐る恐る尋ねる。
「あァ。でなきゃあ、オレの腹の虫が、おさまんねェぜェ」
リーゼントをキメながら、正道は言う。
「――リベンジよォ。三方ヶ原のなァ」
しかし大丈夫だろうか、と図書助は思う。
武田信玄の後を継いだ勝頼は、武田の武名に恥じない驍将だ。
精強無類。武田の甲州兵はそのまま温存されており、各地でその武名をあげている。
数では勝ろう。
しかし、質ではどうか。
「心配性だな、図書のとっつぁんは」
気楽な正道の言葉に重なるように。
「か、頭ァ!! 大変、大変だぁーっ!!」
二人のもとに、舎弟が駆けてきた。
◆
「山田の、よく来てくれた。心強い限りよ」
「おお、織田のォ」
武田討伐の軍に合流した正道は、直々に出迎えた信長の挨拶を受ける。
「山田の、それは」
正道の姿を見て、信長が驚きを示す。
正道が乗っているのは、まぎれもない。
桶狭間の合戦で、今川方の陣を破った鉄の神馬だ。
「バイクよォ」
正道は口の端を釣り上げた。
舎弟があわてて伝えた「大変なこと」。
それはテツの帰還だった。
サハラ砂漠へ行くと言って船に乗り旅立っていった、チームの少年である。
彼は、船に陶器の甕を大量に乗せて、熱田湊に帰ってきた。その中に入っていたのは――石油だった。
「自分、サハラに行くつもりだったんですけど……」
テツは説明する。
ガソリンを探す使命に燃えるテツは、ちょうど熱田に船を止めていた船主に頼み込み、サハラに向かった。
しかし、船主が勘違いしたのか、それとも面倒だからと適当に放り出したのか。テツが下りた先は、遠江国相良湊だった。
「おかしいと思ってたんですけど、とりあえずガソリンのうわさを探して、それで相良川の上流にそれっぽいものが出るって聞いて、行ったんですよ。そしたら本気でガソリンっぽいのがあったんス」
後の相良油田がある場所だ。
世界的にもまれな軽質油で、なんと無精製でエンジンが動く。
「でも、怪しまれたのか、土地の領主さんとこに連れてかれて、オレちゃんと説明したんスけど、あんまりわかってくれなくて。オレもハラ決めて、とにかく使えるし金になるもんだから、掘らせてくれって。信用できないなら、信用できるまでオレをここで使って欲しいって言ったんスよ。それでその領主――川田家で働いてたんス」
それから、テツは懸命に働き、徐々に信用を得ていった。
誠実に働き続け、一族から嫁も貰い、ようやく開発の許可を得たテツは、人を使って掘削作業を開始する。
しかし、間が悪かった。
武田信玄と徳川家康によるたびたびの侵攻への対応に忙殺され、作業は思うように進まない。
その末に、ようやく石油のくみ出し精製に成功したのだ。
おりしも、武田勝頼による高天神城攻めが始まる直前。
領主の川田平兵衛親子が手勢を連れて高天神城に向かう中、テツは他ならぬ平兵衛の命令で、なけなしの石油を熱田に運んできたのだ。
「そうか、テツよ、よくやってくれたなァ」
じっくりと話を聞いていた正道は、そう言ってテツをねぎらうと、副頭の佐々木歳三に、川田家への手厚い謝礼を用意させ、テツに託ける。
「待ってなァ。お前ェの苦労は無駄にはしねェぜェ。かならず武田を、遠江から叩き出してやるからなァ!」
テツが持ってきた石油を、正道はバイクの整備をしてきた舎弟たちに試させる。
劣化はしているものの、メンテナンスは欠かしていない。キック数発で、エンジンは懐かしい駆動音を響かせ始める。
正道の前に、愛車が運ばれてきた。
馬に付けられていたバーツも、きちんと取りつけられている。
エンジンの機嫌を取りながら、二三回、噴かせて。
正道は笑った。
シゲルは泣いた。
◆
そして、設楽原。
織田・徳川連合軍と、その迎撃に出た武田軍は対峙する。
長大な馬防策の裏手で、バイクに跨りながら、山田正道とその舎弟たちは手ぐすねを引いている。
「山田の、頃合いだ」
「そうか。突っ込むなってなァ気にいらねェが……せいぜい派手に爆走らせてもらうぜェ」
武田軍の突撃を見計らっての、信長の言葉。
それに対し正道は口の端を釣り上げて笑うと、背後の舎弟たちに向けて手を振り上げる。
「いくぜェ野郎どもォ! 騎馬隊だろうがなんだろうが、こいつが動けば怖いもんはねェぜ!!」
合戦の幕を開くエンジン音。
正道の号令一下、舎弟たちがつぎつぎに飛び出していく。
その速度は、戦国の常識からは考えられない。
噴かすバイクのエンジン音が、地鳴りにも似た異様な響きで戦場にこだまする。
おびえた馬が、つぎつぎに度を失い、騎馬武者はこれをなだめつけるのに手いっぱいだ。
騎馬だけではない。
人も同様だ。聞いたことのない音を立てる鉄の神馬の存在に、動揺を隠せないでいる。
混乱が生じ、備が緩む。
その隙を逃すような武将は、信長軍団にはいない。
信長の号令と、各武将の突撃命令は、ほとんど重なるようにして下された。
のちに織田・徳川連合軍が空前の勝利を謳う、勝ち戦。
戦場を横一文字に突っ切った正道たちの短い働きは、しかし戦局を決定づけるものだった。
寝起きに無理をさせたせいで、逝ったバイクも何台かあったが、戦場で止まらなかったのは幸いだった。
「ちと、消化不良だがよォ」
バイクに跨り、リーゼントをはね上げながら。
敵陣を指差して、正道は宣言する。
「――ケリィつけたぜ。武田のォ」
※
信長「なにあれほしい。これで移動時間減らせば今の3倍くらい働けるんじゃね?」
家臣団「」




