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戦国リーゼント  作者: 寛喜堂秀介


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こいつが動けば怖くない



 天正二年。

 猛威を振るう越前一向一揆に対し、織田家一門 浅井長政率いる北近江勢が乱戦を繰り広げる。


 西では、荒木村重あらきむらしげ摂津せっつの奪還に成功。

 これを機に、信長は石山本願寺攻めに十万を号する大軍を動員。

 本願寺との静かな対峙の中、河内かわち高屋たかや城の三好康長やすながが降伏。その仲介で本願寺との一時的 和睦わぼくが成る。


 信長に、余力が生じた。

 武田攻めの絶好の機会だった。



「もうじき、武田攻めかァ」


「山田さま、まことに従軍されるので?」



 加藤図書助ずしょのすけが恐る恐る尋ねる。



「あァ。でなきゃあ、オレの腹の虫が、おさまんねェぜェ」



 リーゼントをキメながら、正道は言う。



「――リベンジよォ。三方ヶ原のなァ」



 しかし大丈夫だろうか、と図書助は思う。

 武田信玄の後を継いだ勝頼かつよりは、武田の武名に恥じない驍将だ。

 精強無類。武田の甲州兵はそのまま温存されており、各地でその武名をあげている。


 数では勝ろう。

 しかし、質ではどうか。



「心配性だな、図書のとっつぁんは」



 気楽な正道の言葉に重なるように。



「か、頭ァ!! 大変、大変だぁーっ!!」



 二人のもとに、舎弟が駆けてきた。









「山田の、よく来てくれた。心強い限りよ」


「おお、織田のォ」



 武田討伐の軍に合流した正道は、直々に出迎えた信長の挨拶を受ける。



「山田の、それは」



 正道の姿を見て、信長が驚きを示す。


 正道が乗っているのは、まぎれもない。

 桶狭間の合戦で、今川方の陣を破った鉄の神馬だ。



「バイクよォ」



 正道は口の端を釣り上げた。


 舎弟があわてて伝えた「大変なこと」。

 それはテツの帰還だった。


 サハラ砂漠へ行くと言って船に乗り旅立っていった、チームの少年である。

 彼は、船に陶器のかめを大量に乗せて、熱田みなとに帰ってきた。その中に入っていたのは――石油だった。



「自分、サハラに行くつもりだったんですけど……」



 テツは説明する。


 ガソリンを探す使命に燃えるテツは、ちょうど熱田に船を止めていた船主に頼み込み、サハラに向かった。

 しかし、船主が勘違いしたのか、それとも面倒だからと適当に放り出したのか。テツが下りた先は、遠江とおとうみ相良湊さがらみなとだった。



「おかしいと思ってたんですけど、とりあえずガソリンのうわさを探して、それで相良川の上流にそれっぽいものが出るって聞いて、行ったんですよ。そしたら本気でガソリンっぽいのがあったんス」



 後の相良油田がある場所だ。

 世界的にもまれな軽質油で、なんと無精製でエンジンが動く。



「でも、怪しまれたのか、土地の領主さんとこに連れてかれて、オレちゃんと説明したんスけど、あんまりわかってくれなくて。オレもハラ決めて、とにかく使えるし金になるもんだから、掘らせてくれって。信用できないなら、信用できるまでオレをここで使って欲しいって言ったんスよ。それでその領主――川田家で働いてたんス」



 それから、テツは懸命に働き、徐々に信用を得ていった。

 誠実に働き続け、一族から嫁も貰い、ようやく開発の許可を得たテツは、人を使って掘削作業を開始する。


 しかし、間が悪かった。

 武田信玄と徳川家康によるたびたびの侵攻への対応に忙殺され、作業は思うように進まない。

 その末に、ようやく石油のくみ出し精製に成功したのだ。


 おりしも、武田勝頼による高天神たかてんじん城攻めが始まる直前。

 領主の川田平兵衛親子が手勢を連れて高天神城に向かう中、テツは他ならぬ平兵衛の命令で、なけなしの石油を熱田に運んできたのだ。



「そうか、テツよ、よくやってくれたなァ」



 じっくりと話を聞いていた正道は、そう言ってテツをねぎらうと、副ヘッドの佐々木歳三に、川田家への手厚い謝礼を用意させ、テツに託ける。



「待ってなァ。お前ェの苦労は無駄にはしねェぜェ。かならず武田を、遠江から叩き出してやるからなァ!」



 テツが持ってきた石油を、正道はバイクの整備をしてきた舎弟たちに試させる。

 劣化はしているものの、メンテナンスは欠かしていない。キック数発で、エンジンは懐かしい駆動音を響かせ始める。


 正道の前に、愛車が運ばれてきた。

 馬に付けられていたバーツも、きちんと取りつけられている。

 エンジンの機嫌を取りながら、二三回、噴かせて。


 正道は笑った。





 シゲルは泣いた。







 そして、設楽原したらがはら

 織田・徳川連合軍と、その迎撃に出た武田軍は対峙する。

 長大な馬防策の裏手で、バイクにまたがりながら、山田正道とその舎弟たちは手ぐすねを引いている。



「山田の、頃合いだ」


「そうか。突っ込むなってなァ気にいらねェが……せいぜい派手に爆走はしらせてもらうぜェ」



 武田軍の突撃を見計らっての、信長の言葉。

 それに対し正道は口の端を釣り上げて笑うと、背後の舎弟たちに向けて手を振り上げる。



「いくぜェ野郎どもォ! 騎馬隊だろうがなんだろうが、こいつが動けば怖いもんはねェぜ!!」



 合戦の幕を開くエンジン音。

 正道の号令一下、舎弟たちがつぎつぎに飛び出していく。


 その速度は、戦国の常識からは考えられない。

 噴かすバイクのエンジン音が、地鳴りにも似た異様な響きで戦場にこだまする。

 おびえた馬が、つぎつぎに度を失い、騎馬武者はこれをなだめつけるのに手いっぱいだ。


 騎馬だけではない。

 人も同様だ。聞いたことのない音を立てる鉄の神馬の存在に、動揺を隠せないでいる。


 混乱が生じ、そなえが緩む。

 その隙を逃すような武将は、信長軍団にはいない。

 信長の号令と、各武将の突撃命令は、ほとんど重なるようにして下された。


 のちに織田・徳川連合軍が空前の勝利をうたう、勝ち戦。

 戦場を横一文字に突っ切った正道たちの短い働きは、しかし戦局を決定づけるものだった。

 寝起きに無理をさせたせいで、ったバイクも何台かあったが、戦場で止まらなかったのは幸いだった。



「ちと、消化不良だがよォ」



 バイクに跨り、リーゼントをはね上げながら。

 敵陣を指差して、正道は宣言する。



「――ケリィつけたぜ。武田のォ」






 信長「なにあれほしい。これで移動時間減らせば今の3倍くらい働けるんじゃね?」


 家臣団「」




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