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戦国リーゼント  作者: 寛喜堂秀介


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20/34

権威を捨てても大差ない



「おい、山田さまの武勇伝、聞いたか?」


「ああ。三方ヶ原の戦で、単騎で殿しんがりを買って出て、敵将をちぎっては投げちぎっては投げの大立ち回り。さすがの武田信玄もあっぱれなるかなその姿、と手放しの絶賛だ」


「さすが、わしらの山田さまじゃのう」


「熱田神宮の御神器(草薙の剣)様じゃ」


「ありがたや、ありがたや」



 三方ヶ原での正道の活躍は、熱田でも熱をもって語られている。

 すっかり尾ひれがついて、実態とはかけ離れた英雄像になっているのが困りものである。



「おいィ、図書のとっつぁん。どうにかなんねーのかよ」


「いや、わしもせがれを助けていただいた身ですので、山田様を拝みたい気持ちはかわりませぬよ」


「勘弁してくれェ、とっつあんよォ」



 正道は頭を押さえる。

 三方ヶ原の戦いは、完全な負け戦だ。

 武田信玄に嘗めさせられた苦杯の味は、ケツ持ちで多少暴れたくらいでは忘れられるものではない。



「――待ってろよォ、武田のォ。ぜってェリベンジ決めてやるからなァ」



 妙なものに祀り上げられつつある正道は、それに気づかないまま、武田に勝つ方法を練っている。

 一心不乱の筋トレである。







 武田軍の三河侵攻に呼応し、京の将軍義昭が挙兵する。

 岩村城の秋山虎繁あきやまとらしげに対するため、岐阜に詰めていた信長は、即座に兵を集めて京に攻めのぼる。

 京に着くと、細川藤孝ほそかわふじたかなど目端の利く幕臣たちが、即座に臣従を申し出た。義昭を見限ったのだ。


 義昭はさんざんに脅しあげられてから、正親町おうぎまち天皇からの勅命に従い、信長と和睦する。


 翌年、一乗谷が、そして小谷城が落ちる。

 越前国主 朝倉義景あさくらよしかげ、北近江国主後見 浅井久政あざいひさまさ、ともに切腹。浅井万福丸まんぷくまるは出家。

 越前は織田領となり、北近江旧浅井領の多くが織田家一門 浅井長政のものとなった。

 一部は織田家家臣の領地となったが、これは長政の働き次第で領地替えが約束されている。


 そして。

 三河国野田城を攻めていた武田信玄は、この時期、謎の帰国を果たす。

 実はすでに陣没しているのだが、その事実は秘された。



「……もはや、無用の長物か」



 信長はつぶやいた。


 権威は惜しい。

 武田、上杉、本願寺。

 力一つで従えるには、信長の力はまだ足りない。



「迷ったかァ? 織田のォ」


「そうだな。わしはまだ、旧来の行政機構ばくふに未練があった」



 正道の問いに、信長は答える。



「――だが、もはやそれも、害でしかない。これよりは、力ひとつで」


「いいじゃねえか織田のォ。そりゃあ、ヒートだぜェ」


「まったく、お主はそればかりだ」



 七月。

 ふたたび義昭が立つ。

 信長はこれを破り、京から追放する。

 以後も足利義昭は将軍を名乗り続ける。

 だが、後の世には。これをもって室町幕府は滅亡したとされる。







「ちちうえ」


「ちちうえ!」


「おお、三郎ォ、三重みえェ。抱っこかァ?」


「高いー」


「たかいー」


「あっ、もう。すみませぬ、正道さま」



 庭先で抱きあげられる子供たちを、はらはらと見やりながら、妻の文が正道に謝る。

 正道は片手にひとりずつ、子供を抱えながら笑って言う。



「いいってことよォ。ガキはよォ。元気がいいってもんよォ」


「――兄貴」



 そこに姿を現したのは、正道の弟、高道たかみちだ。



「おおォ高道ィ。どうしたァ?」


「どうしたじゃねーよ。気ままに出歩いて。こっちは銭勘定で忙しくてならんってのに」


「そうかァ、どんな具合だァ?」


「兄貴に説明してもわからんと思うが……まあ、熱田神宮の資産がとんでもないことになってるかな。それとは別に兄貴や山田党の資産もあほみたいにあるし……図書の親父にも言われたが、これちゃんと回しとかないと伊勢湾の経済が傾く規模なんだからな? 胃が痛てぇよ」



 ちなみに高道は、加藤図書助の家から嫁を貰っている。

 先を越されて、千秋家はじめ近隣有力者たちは地団太じだんだ踏んでくやしがった……という話が、まことしやかに語られている。



「銭に細かいだけだった男が、立派になったもんだなァ、高道ィ」


「よせやい兄貴、照れるぜ」


「よう、ヘッド



 兄弟の話に、すっと入ってきたのは、副ヘッドの佐々木歳三だ。



「おお、トシ、どうだ。そっちのガキどもは元気してるか?」


桃枝ももえも小次郎も元気だよ。おまえんとこにはかなわんがな」


「そりゃあ、当たり前じゃねェかァ」



 正道は胸を張る。

 それに苦笑しながら、歳三は言った。



「坂本の明智光秀さんから、また付け届けだぜ? 木下藤吉郎のヤツも、城持ちになっていま物入りだろうし、季節の挨拶にでもあわせて、いろいろ送っておくぞ」


「おう。高道や図書のとっつぁんに相談して、適当に頼むぜェ」


「また巡り巡ってウチに戻ってくるんだろうなぁ……これ以上銭抱えたくねぇよ……」







 熱田神宮 山田屋敷の庭先に、人だかりができている。

 山田正道の舎弟たちや、各地から熱田に集まった職人たちだ。


 その輪の中央に、シゲルはいた。



「……シゲルぅ。本気かよ」


「ああ。わいも男じゃ。二言は無いわい!」



 不安そうに呼びかける舎弟のひとりに、あぐらをかき、目を閉じたシゲルははずみをつけるように叫んだ。


 声をかけた舎弟の前には、バイクがある。

 シゲルのバイクだ。今日この時、このバイクは分解される。


 シゲルがそう申し出たのだ。

 使わなくなって十余年。それでも愛車は愛車だ。

 正道も、舎弟たちも、余人にはほとんど触れさせもしない魂の相棒。


 だが、このまま使えなくなるより。



「熱田の職人どもに、作ってもらえばいいんじゃねェかァ?」



 例によって、リーゼントのヘッドは気軽に言った。

 だが、オーバーテクノロジーもいいところな物体を、職人が気軽に作れるはずがない。

 そしてヤンキーどもが、そんな複雑な仕組みを、ちゃんと理解して説明できるはずがない。



「せめて、カラクリの仕組みを見せていただけませぬと……」



 恐る恐る申し出た職人の言葉に、舎弟たちは渋った。

 バイクを、エンジン部分に至るまで分解される。そしておそらくは二度と元に戻らない。


 愛車にそのような仕打ちをしたい走り屋が、居るはずがない。

 そこに唯一、手を挙げたのがシゲルだったのだ。



 ――どうせ売れんのじゃ。バイクなんぞ作れるはずはないじゃろうが、ここはひとつ、馬鹿どもに男見せたるわい!



 バイクは分解され、職人たちによってネジの一本に至るまで検分される。

 わずか数年で初歩的なエンジンが出来上がるとは、この場に居るヤンキーども(シゲル除く)以外、誰も考えていない、






 職人「オート大八車できたよー」


 南蛮人「なにこれ。なにこれ。なにこれ」

 


とあるちょうちん職人「実物あるなら蒸気船も数年で余裕」


いや、まあ幕末の人ですけど。

そして大八車も未来技術な気もしますけど。


日本の職人のワザマエは異常。


そして一級フラグ建築師シゲル。

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