新しい関係
シリルにエスコートされて、騎士団の訓練場を訪れていた。花子へのご褒美ではなく、シリルに花子の存在がばれてしまったため。流石にシリルには説明しなくてはいけない。
花子は今、ミナの籠の中から騎士たちを観察している。カバーをかけているが、もぞもぞと動いている。余りにも不自然な動きに、見咎める人が出てきてもおかしくない。
「……ちっとも反省していない」
エメラインはため息交じりに嘆いた。約束を破ったことについて、きっちりと叱っているが花子にはあまり響いていないようだ。
「人形が動いたから、呪具か何かだと思ったよ」
「一応、わたくしの中にいた何かなのよね。ハアナはわたくしの前世だと言い張っているけれども……少し疑わしいわ」
花子がエメラインの中に出てきたきっかけから今日までの出来事を説明する。シリルはエメラインの話の腰を折ることなく、興味深く聞き入った。
「なるほど。そういう不思議なこともあるんだね。前世でも幽霊でも、エメラインにとって害がないようでよかった」
シリルは不思議だと言いつつ、素直に受け入れた。エメラインはそちらの方が信じられなくて、まじまじと隣に立つシリルを見上げる。
「どうした?」
「いえ、シリルがハアナを冷静に受け入れるからびっくりして」
「話だけだったら信じられないかもしれない。でも、目の前に現実があるからね。あれだけ叫んで喚いて動いていれば、流石に受け入れるしかない」
苦笑気味に言われて、納得しかない。花子はエメラインとの約束をぶっちぎり、シリルの前に現れただけでなく、図々しくもシリルの体に触れたのだ。
見ていて恥ずかしいぐらいの興奮具合でシリルの周りを飛び回り、人形の手でシリルをあちらこちら触っていた。これが人間だったら、ごく普通に変質者である。ある程度の所で、ミナがシリルから花子を引きはがし籠の中に押し込んでいた。
「でも、本当に筋肉が好きなんだな。あんなにも食い入るように見ている令嬢はほとんどいないのに」
シリルの言葉に、エメラインが花子の方へと目を向けた。ミナの持つ籠の中にいるものの、カバーを被りながら前のめり気味に見入っている。時々、激しくカバーが動いているのは悶えているのだろう。
花子の欲望に満ちた動きを見ているうちに、エメラインは恥ずかしくなってくる。そして言い訳じみた何かを口にした。
「騒がしくしてごめんなさい。わたくしも同じと思われても仕方がないのよね……」
「前世は前世、エメラインはエメラインだろう? あれだけ性格が違うのだから気にすることない」
「そう言ってもらえると助かるわ」
ほっとしたエメラインは笑みを見せた。
「僕としては、ハアナに感謝しているんだ」
「え?」
「だって彼女が大騒ぎしたおかげで、エメラインは普通に僕と会話している。幼馴染として思われるのは望まないが、避けられるのはもっと嫌なんだ」
シリルは目を細めて、嬉しそうに笑った。その笑顔に、シリルに会う前の気持ちを思い出して息が止まる。意識してしまえば、否が応でも顔が熱くなる。顔を隠そうと俯いた時、彼の手が伸びてきた。そっと顔を包み込まれ、視線が合う。
「急がせるつもりはないんだ。前のように、色々なことを一緒にしたい」
「屋敷を抜け出して、お祭りに参加したときのように?」
前のように、と言われて思い出したのは領地での豊穣の祭り。抜け出したものの、祭りの場所にはたどり着けずに、探しに来た護衛達に捕獲されてしまった。
「そう。それから、子供ではできないようなことを」
「シリル、さっき、急がないと言ったわ」
「うん。でもこれぐらいグイグイいかないと、エメラインは僕の気持ちをわかってくれないから。頑張って口説くから覚悟して」
シリルは昔と変わらない笑顔で告げた。
◆
シリルは宣言通り、翌日から色々と行動を起こした。
毎日のメッセージは当然のことで、シリルの休みの日には外出に誘われ。そのたびに、贈り物が届く。どれもこれも拒否するほど高価ではなく。
「作戦勝ちですね」
ミナもそう言うほど、さり気ないものが多かった。
「しかもどれも可愛らしくて、わたくしの好みに合っているから拒否しにくい……」
「いいではありませんか。シリル様は正式に婚約者になりましたし。このぐらいの贈り物は当然です」
「そうね、もう正式な婚約者になったのよね」
婚約者になったのはつい一週間前。何度もシリルと出かけ、彼といることがとても自然で。シリルとの交流で、キャメロンがいかにエメラインを軽視していたかがわかってしまった。
キャメロンは最低限の交流すらも持とうとしなかった。一緒に観劇や音楽会に行くことも、庭園へ散策へ行くこともなかった。前はそういうものかと思っていたが、そうではないのだ。
「なんだか毎日がふわふわしてしまって。もう三か月もこんな状態で……いいのかしら」
「これが普通です」
「ねえ、ハアナも普通だと思う?」
エメラインはテーブルの上に座っている花子に声を掛けた。だが、すぐに返事が返ってこない。不安に思って、エメラインは人形の頬を撫でた。いつもなら色々な反応を見せる花子であるが、今日はその反応がない。人形の中から戻っているのかと、慌てて自分の中を探す。だが、そこにも花子の存在はなかった。
「ハアナ、ここにいるの?」
もう一度人形に話しかければ、人形が揺れた。
「エメライン、呼んだ?」
「元気がないのね、どうしたの?」
「なんだかとても眠くて。エメラインが幸せだと、ふわーとした気持ちになって眠くなるのよ」
欠伸をしながら、大きく伸びをする。眠いと聞いて、エメラインは不安を覚えた。
「眠いだけ?」
「そうよ。ぼーっとするの。もしかしたら、エメラインが幸せだからかも」
「何よ、それ」
「だって、エメラインが不幸になるかもっていう時に表に出て来たじゃない? 幸せならわたしは眠っているものかもしれない」
エメラインは人形を優しく撫でた。
「まあ、だったら殿下にも感謝しなければ。ハアナに会えたのだから」
「あんな、もやし筋肉。感謝しなくてもいいわよ。エメラインに辛く当たったのは、ギルティよ」
いつもの明るい調子で応じる。そのことに安心して、エメラインはほっと息を吐く。
「よかった。随分と大人しくなってしまったから調子が悪いのかと」
「眠いのもあるけれども、やっぱりデートを邪魔できないじゃない。もしわたしのことを気にしてくれているのなら、シリルにぎゅっと抱き着いたり、筋肉を触ってほしいわ。エメラインの感覚も共有できるから、わたしがすごく嬉しい」
「淑女はむやみやたらに男性を触らないのよ」
恥ずかしい要求に、エメラインは頬を染める。花子はにやにやした。
「その割にはもうキスしているじゃない。ちょっと唇に触れる程度だけど。もっと濃厚なキスでもいいのにね」
「ハアナ!?」
まさか花子にエメラインの触れた感覚まで伝わっているとは思わず、思わず声を上げた。
「それで、プロポーズは?」
「プロポーズ?」
聞きなれない言葉に、エメラインは首を傾げた。
「こっちの世界ではあまりないのかなぁ? 僕と結婚してください! っていうやつ」
「ああ、婚約の事ね。すでに整っているわ」
「いつの間に!」
それから花子にあれこれと質問攻めにされ。エメラインは恥ずかしく思いながらも、素直に話した。
「エメライン、すごく幸せそう」
「そうね、とても幸せだと思うわ。シリルといると守られていると感じることが多いの」
「もやし筋肉じゃないところもポイント高いしね!」
二人でくすくすと笑いあった。
「そうだわ。ついさっきシリルからドレスが届いたの」
「ドレス? お忍びデート用?」
「違うわ、今度の夜会のためのドレスよ。シリルに婚約者としてエスコートしてもらうの」
一緒に見ましょう、と花子を誘った。ミナはシリルから届いた衣装箱を広げる。いつも街へ出かける時とは違う、見るからに高級なドレスがそこにあった。
「すごく素敵。きっとエメラインが一番きれいだわ。わたしもしっかり見ておかないと」
「余計なことを騒がないでね?」
「心配しなくても大丈夫よ」
エメラインは疑うような眼差しを花子に向ける。花子もエメラインが何を言いたいのか理解したのか、ほんのわずかだけ視線を逸らした。




