帰宅と後悔
痛む頬を放置したまま、トボトボと重い足取りを引きずるように、人気のない廊下を歩く。
(愛美ちゃんを傷つけるつもりなんて無かったのに……)
少なくとも風花は明良に気が付いたばかりの自分の感情を告げるつもりなど無かったのだ。
「だいっきらい……かぁ……当然かな」
親友の恋を応援していたはずなのに、親友の恋の相手に恋慕を寄せるなど裏切り以外の何ものでもない。
教室には既に人気がなく、風花は自分の割り当てられた机に向かう。
机の天板の上に大きく鉛筆で『ブス』と書かれていた。
「本当に、何やってるんだろう私……」
幸い私物は荒らされている様子がなかった為、スクールバッグからペンケースを取り出して消しゴムを天板に掛けていく。
もしかしたら消しゴムを掛けて消しても、明日にはまた何が書かれているかもしれないから、消しても無駄かもしれないけれど。
「明日は除光液かエタノールでも持ってこようかな……」
ポタリポタリと天板に水滴が落ちる。
濡れた頬を制服の袖口で拭い去り、天板を綺麗に掃除して風花は帰宅した。
「風花おかえり」
「ただいま……」
玄関を開けると聞こえてきた声に返事を返す。
「あら、元気ないわね」
洗い物でもしていたのだろう母が身に着けたエプロンで両手を拭きながら顔を出した。
「うん、ちょっと調子が悪いからもう寝るね」
「あら大変、熱は? 薬飲む?」
「大丈夫だよ、多分寝れば治ると思う」
「そう、夕食食べられそう?」
「要らない」
夕食を食べれる気がしなくて断り、自分の割り当てられた部屋に戻り、スクールバッグを投げ捨てて制服から部屋着に着替えるとベッドに倒れ込んだ。
目を瞑れば愛美の睨みつける顔がちらつく。
意気投合してから今まで喧嘩らしい喧嘩をしたことが無い、それだけに大嫌いの言葉は風花の心にグッさりと刺さった棘……いや杭のようだ。
「愛美ちゃん……ごめんなさい」
浮かんだ涙が枕に吸い取られ、風花は眠りに引き込まれた。




