名前を呼んで
翌日いつも通り学校へ向かうと、風花は自分の席につくなり鞄から小説を取り出して読み始めた。
突然紙面に差した影に、思わず視線を上げると、風花の前の席になぜか明良が座っていた。
「おはよう、何読んでるんだ?」
そう言って風花の手から小説をヒョイっと奪い取ると足を組んだままペラペラと読み始めた。
普段明良は男子生徒とばかり居るため、女子からの人気は高いけれどなかなか声をかけられずにいるのだ。
もちろん明良が自分から女子生徒に声をかけるなんてほぼ皆無、バレンタイン以外の抜け駆け禁止が女子生徒の間で暗黙の了解。
シンと静まり返った教室に動揺とざわめきが起こる。
突き刺さる嫉妬と憎悪の視線が教室のあちらこちらから向けられて、冷や汗が風花の額を伝い落ちる。
「何なのあの女」
かすかに聞こえてきた侮蔑の言葉に戦慄し、風花は勢いよく席を立つとホームルームを告げるチャイムの音を無視して、教室に入ってきた教師の制止を振り切り逃げ出した。
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風花の前にある席は今朝がた本来の持ち主に頼んで、明良が今まで座っていた席と場所を替えて貰った。
いつも通り地味な格好で本を読む風花を驚かせたくて、明良は無言で近づき持っていた本を取り上げる。
「おはよう、何読んでるんだ?」
化粧をしていないからか、あまり大きくない目を驚愕に見開いて固まる風花が可愛くて、明良は交換してもらったばかりの席に座り本のページを捲る。
……ペラリペラリと捲っていたページに描かれた挿絵に手が止まる。
二次元のイケメンが二人で裸で縺れ合う挿絵にピキリと動きが固まった。
(見るんじゃなかった、まさかボーイズラブの本を堂々と教室で読む女子が居たとは思わなかった)
そうこうしていると、突然青い顔をした風花が椅子から立ち上がり、チャイムがなっているのに教室を飛び出した。
「なっ、風花!?」
飛び出していってしまった風花を追いかけようと席を立ち上がると、なぜか明良の前に立ちふさがったのは三人の女子生徒達。
「明良君おはよう」
「おはよう美咲さんちょっと風花を追いかけたいからどいてくれるかな?」
進路を塞ぐ彼女の名前は布施奏、クラスメイトで何かと明良に絡んでくる生徒だ。
よく話をする男子生徒の何人かが、彼女を女神だとか学校一可愛いとか言っているのを聞いたことがある。
「明良君が苗字じゃなくて名前で呼び捨てるほど沖田さんと仲が良かったなんて知らなかったわ」
「そうか?」
「えぇ、仲睦まじくて羨ましいわ。 私達とも仲良くしてほしいわ。 ねぇみんな?」
「そうですね、沖田さんだけずるい!」
「私達も名前で呼んでほしいです!」
そう言って擦り寄るように距離を詰めてくる奏たちから不自然にならないように離れる。
「わかったよ奏さん、ゆきみさん、りおさん」
名前で呼んでほしいと懇願してきた三人の名を呼べば、便時したように女子生徒が名前で呼ぶように強要してきた。
騒ぎは教師が止めに入るまで収まらず、ホームルームの時間は潰れた。




