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再封印



 あれから一週間が経った。

 私は神山に助けられてから、特に何事もなく学校生活に復帰することができている。

 同じように助けられた夕日に関しても、特に怪我などは無かったため、今日も元気に幼稚園に通っている。

 ……あれだけのことがあったというのに、なんだか変な気分だ。


 そんな風にモヤモヤとしていると、珍しくハヤミンの方から私に声をかけてくる。



「津田さん、大丈夫?」



「……え? 何が?」



「えっと、なんだかボーっとしてるから……」



「あー……、確かにまだ病み上がりだから、少しボケ気味かも」



「そう……。あんまり無理しないでね?」



「うん。ありがとうね。ハヤミン」



 私がお礼を言うと、ハヤミンはまだ何か言いたそうな顔をしていたが、結局何も言わずに席に戻っていった。



(……やっぱり、変に思うよね)



 いつもの私ならもっとテンション高めだし、そもそも自分からハヤミンに絡んでいっているハズだ。だからこそハヤミンも私のことを(いぶか)しんだのだろう。



(でも、話しかけてくるだけ、ハヤミンは優しいよね……)



 他の友達は、私から距離を取っているようで、全く話しかけてこない。

 理由はなんとなくわかる。

 恐らくだけど、私が休んでいる間に何か変な噂でも流れたのだろう。

 元々私は遊んでいる(・・・・・)と思われていたし、そうだとしても不思議ではなかった



(……普段の私だったら、この空気に耐えられなくて自分から話しかけにいくんだろうけど……)



 そうすれば、例え変な誤解があったとしても弁解くらいはできただろう。

 でも、今の私は全くそんな気持ちになれなかった。

 周りの事など、正直どうでもいいとさえ感じている。



「はぁ……」



「おはよう、津田さん」



「っ!?」



 急に声をかけられ、私は飛び上がりそうになってしまう。

 それは驚いたからというより、その声の主が誰かすぐにわかったからだ。



「か、神山……」



 神山の登場に、何故だか私だけでなく他のクラスメートもざわざわと動揺している。

 約一週間ぶりの登校に驚いているという感じではない。何かもっと、違うことを意識しているような……



「久しぶり。体の方の調子は大丈夫かな?」



「そ、それは、大丈夫だけど……」



 頭の中にあの時の映像が再生され、顔が一気に熱くなる。

 動悸も激しくなり、神山の顔をまともに見ることができない。



「……それなら良かった。それで、一つお願いがあるんだけど、放課後、少し時間をくれないか?」



「っ!?」



 じ、時間を? 一体、なんのために……?



「放課後になったら、『正義部』の部室に来て欲しい。……それじゃ」



 神山は、私の返事を待たず、そう言い残して自分の席に戻っていった。



(ど、どうしよう……)





 ◇





 今日の授業の内容は、全くと言っていいほど頭に入って来なかった。

 それもこれも、全て神山のせいである。



(ここ、だよね……)



 結局私は、神山に言われた通り、『正義部』とやらの部室に来てしまった。

 正直本当に行くかどうか迷ったのだけど、何故か来なくてはならないという使命感のようなものが生まれ、来ざるを得なかったのである。



「……失礼します」



「正義部へようこそ。津田さん」



 恐る恐るドアを開けると、神山は待ち構えていたかのように私を部室内へ招き入れる。

 後ろ手にドアが閉められ、なんとなくビクリとしてしまう。



「……か、神山だけ? 他の皆さんは?」



「みんなには席を外して貰ったよ。二人きりが良かったからね」



 その言葉に私は再びドキリとさせられる。

 二人きりが良かったとは、どういうことだろうか?



「ど、どういう、こと?」



 胸の高鳴りを押さえつけながら、私はなんとか声を絞り出す。



「理由は色々あるよ。ただ、他の誰かに見られるのは、津田さんも憚られるハズだからね」



 神山はそう言いながら、ガチャリとドアを施錠してしまった。

 その行動には、流石に身の危険を感じ始める



「な、何!? 何なの!? どういうこと!?」



「落ち着いて津田さん。別に取って食おうというワケじゃないから」



 神山がそう言うと、さっきまでの動揺が嘘のように消えていく。

 不思議な感覚であった。



(もしかして、何かされたのだろうか?)



 あの日のことは、私の記憶にしっかりと刻まれている。

 だから、神山が何か不思議な力を持っていることも、理解していた。



「今、何かした……?」



「ああ。心を落ち着かせる魔術を使わせて貰ったよ。その様子だと、ちゃんと効いたようだね」



 魔術……

 どんなモノかわからないからちょっと怖いけど、不思議と嫌な感じはしない。



「立ち話もなんだし、座って話そうか」



 そう促され、私は素直に着席する。

 私が座ったのを確認し、神山は私の正面の席に座った。



「さて、今日津田さんに来てもらったのは、謝罪と、君の体のことについて説明するためだ」



「謝罪……? なんの?」



「君を助けるのが遅れてしまったことだよ。俺がもう少し早く行動していれば……、いや、そもそもこうなることを想定して動いていれば、あんなことにはならなかっただろうからね」



「そんなの、神山が謝ることじゃないよ……。全部私の自業自得だし……。私が余計なことしようとしなければ、あんなことにはならなかったハズだもん」



「それでも謝らせてくれ。結果として君の体は、とても健康とは言えない状態になってしまったのだからね……」



 っ!?

 あの時の光景が再び脳裏に蘇る。

 まさか、私はまだ、アレの影響を受けているのだろうか。



「……それって、どういうことなの?」



「君の体は、『淫魔の角』という……薬物のようなものに侵されている。今は俺が封じ込めているから症状は表れていないが、その封印は完全ではないんだ」



 ゾワリという悪寒が走る。

 完全ではないということは、私はまた、あの恐ろしい情動に襲われるってこと……?



「……怖がらせて済まない。しかし心配しないでくれ。定期的に封印をかけなおせば、『淫魔の角』の効果はちゃんと封じ込めることができる」



 良かった……

 と、安心するも聞き逃せない単語があることに気づく。



「定期的に、封印を、かけなおす……?」



 私が何をされたのかは、はっきりと覚えている。

 脳が痺れるような甘い感触と味が蘇り、急速に頭に血が昇っていく。

 心を落ち着かせるための魔術とやらは、どうやらもう効果切れらしい。



「安心してくれ。あの時のように体液を経由するような必要はない。ただ……」



 そこで神山は、少し言いづらそうに言葉を切る。

 そんな切り方をされては、気になって仕方がない。

 そもそも、体液という生々しい単語だけで、私の頭は沸騰寸前だというのに……



「……ただ、なに?」



 堪らず私は自分から言葉を催促してしまう。

 ……私はもしかして、何かを期待しているのだろうか。



「魔力の循環を、密に行う必要がある。具体的には過度の密着が必要なんだ」



「過度の、密着?」



「より具体的に言えば、君を抱きしめて行う必要があるということだ」



「っ!?」



 神山が、私を、抱きしめる?



「嫌な思いをさせて申し訳ない。ただ、残念ながら君に拒否権はないと思ってくれ」



 そう言って神山は席を立ち、私の背後に回る。



「ちょ、ちょっと待って!? まさか、今するの!?」



 拒否権がない、というのは理解できる。

 私がまた、ああ(・・)なってしまえば、きっと取り返しのつかないことになるから。

 でも、流石に今の流れだけでは、心の準備などできているワケがなかった。



「こうして俺が近づくだけで、今の君は平静を保っていられないだろう? その原因は、封印が解けかかっているからなんだ」



 ……え? じゃあ、この異常のまでのドキドキは、そのせいってこと?



「封印の効果はおよそ一週間。もうあまり時間は残されていないんだ。許してくれ」



 許すも許さないもない。だって、私は……



「正義君!」



 私はもう耐えられず、自ら神山の胸に飛び込んでいた。



「そんなこと、気にしないでよ。私、また正義君に助けられて嬉しかったよ? 抱きしめられるのだって、全然嫌じゃない」



 神山に触れられるのも、抱きしめられるのも、嫌悪感なんてない。

 むしろ、望む所だと言ってもいい。

 封印が解けかかっているせい?

 ううん、絶対に違う。それだけで、こんな気持ちになるハズがない。

 だって私は……



「津田さん……」



 もう、自分の気持ちを偽ることはできない。

 私は昔、正義君のことが好きだった。

 その気持ちは時とともに薄れていったけど、今はまた、はっきりと色濃くなってきているのがわかる。

 雨宮さんや山田さん、そしてハヤミンへの遠慮みたいな気持ちはまだあるけど、それでも、もう止まる気にはなれない。


 私は、神山が好きだ。



「神山、私にまた、魔法をかけて……」



「……わかった。目を閉じて、俺を受け入れてくれ」



 神山の手が私の背に回される。

 それだけでも、胸が一杯になる気持ちだった。



「行くよ」



 そして、その直後に、私は今まで体験したことの無いような多幸感を味わったのであった。




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