転生者
俺を取り押さえる奴らを振り回しながら、正面の男に拳を叩きつける。
骨の折れる感触が伝わってくるが、嫌悪感はあまり感じなかった。
恐らくこれも、神山の施した精神制御の術式とやらなのだろう。
精神の昂ぶりは感じるが、やり過ぎずにしっかりと手加減は出来ている。
「オラァ!! 大の男が寄ってたかってその程度かよ!」
俺は自分の腕に取りついた男を、背後から迫ってきた集団に叩きつける。
四人ほどがそれに巻き込まれ、腕に取りついていた男ごと吹っ飛んでいった。
「こ、このガキ、バケモンか…」
さっきまでは余裕の笑みを浮かべていた男達も、流石にこの状況では焦りを見せ始めている。
対する俺は、まだ息すら乱していなかった。
「バケモンとは酷い言い草だな。まあ、そう思うのも仕方ねぇとは思うがよ」
こんな力、恐らくは超重量級のレスラーですら出す事は不可能だろう。
もしかしたら短時間くらいなら可能かもしれないが、今の俺のように長時間持続させる事は絶対に出来ない筈。
相手からしてみれば、熊でも相手にしているような気分かも知れない。
「ッラァ!」
背後から迫ってきていた男が金属バットを振り下ろす。
俺はそれを振り返りもせず、片手で受け止めた。
「んな!?」
「不意打ちするなら、もっと静かにやれよ」
そうは言っても、この狭い空間では避けることは困難である。
増してや、普通の人間が金属バットを生身で受け止められるとは思っていなかったのだろう。
「大体、ココでこんなもん振り回したら仲間に当たるぞ? そのくらいわかるだろうが…」
階段の踊り場は多少広いとはいえ、人が数人いるだけでも大分手狭だ。
そんな所で長物を使っても、攻撃の軌道は縦に限られる上に仲間に当たる危険性も高かった。
俺が言った事を意識したのか、残った男達の何人かが懐に手を入れる。
まさか銃が出てくるなんて事は無いだろうが、刃物かスタンガン辺りは出てくるかもしれない。
「…ガキ、相当強ぇな、お前。卒業したらウチに入らねぇか? その腕っぷしなら大歓迎するぜ」
「悪いな。こう見えて俺は進学希望なんだよ。…まあ、そうじゃなくてもお断りだが」
「そうかい。だが、こっから先はマジで遊びじゃねぇ。死にたく無きゃ、お家に帰る事をオススメするぜ」
そう言いつつ男が取り出したのは、刃渡り30cm程の短刀だった。
そんな物をここで振り回すとも思えないので、これも脅しだろう。
「最初から遊びでこんな所に来やしねぇよ」
「…脅しだとでも思ってんのか? 言っておくが、俺達は別に躊躇ったりしねぇぞ?」
周囲の男達もスタンガンを取り出し、バチバチと音を出して威嚇してくる。
こちらは脅しではなく、本当に使ってきそうな様子だが…、問題は無かった。
「…やってみろよ」
◇
ガキ共を監禁している部屋まで来て、違和感に気づく。
鍵穴の向きが変わっていたのだ。
(鍵が開けられている? 誰が…)
一瞬、部下が味見をしに忍び込んだという可能性が頭を過ったが、恐らくそれは無い。
ここの鍵は自分が持っている分だけだし、ピッキングのスキルを持っている部下は外に出ているからだ。
(まさか、既に侵入されてた? って事は、さっきの襲撃は囮か…!)
焦りの感情がこみ上げ、ドアを強く開け放つ。
部屋に窓は無い為、すぐさま明かりを点けて中の様子を伺う。
幸いと言うべきかは怪しい所だが、人質のガキ共は連れ去られていなかった。
しかし…
「お前が立川か?」
「っ!?」
侵入者は、堂々とした態度で部屋の中心に佇んでいた。
「…そういうお前は、魔術師のガキか?」
「そうだ」
聞き覚えのある声に一応確認してみたが、やはり電話のガキであった。
自分の名前を知られていた事に驚きはあったが、相手が魔術師であればその位は当然やってくるだろう。
こちらも偽名を使っているし、特に問題はない。
「ふん。それで? 何故侵入に成功しておきながら、すぐに人質を連れて逃げなかったんだ?」
「愚問だな。魔術師が人質に何の仕込みもしていないワケが無い。それを解除しなければ逃げても意味が無いだろう」
「はっ、それこそ愚かというもんじゃないか? 俺が大人しくソレを解除すると思っているのかよ」
「無論、多少の苦労は織り込み済みだ。ただ、どの道お前の存在を放っておくつもりは無いからな。ついで、というヤツだよ」
この魔術師のガキ、確か神山と言ったか…
堂々とした態度といい、魔術の知識といい、ひょっとして…
「…お前、もしかして転生者か?」
「っ!?」
俺が尋ねると、神山は目を見開き初めて動揺らしい動揺を見せる。
どうやら、当たりだったようだ。
「成程な。どうりで手際が良いと思ったぜ。この世界の天然モンの術士にしちゃレベルが高いと思ったが、お仲間とはな」
「…ほう、じゃあアンタも転生者か」
「ああ。つまり、お前の先輩ってワケだな」
俺はこの世界に転生してから、もう三十年目である。
このガキは精々十六やそこらだろうから、俺の方が幾分かアドバンテージがあると言えるだろう。
「先輩、ね。その先輩様は、魔術を使って随分狡い真似をしているようだが、前世は小悪党か何かだったのかな?」
「安い挑発だな。ま、否定はしねぇよ」
俺の前世は盗賊だ。
この世界ではほぼ成り立たないような職業である。
同じような生き方をしようと思えば、この道しか進む道は無かった。
「そういうお前は生粋の魔術師か?」
「そうだ」
神山はそう言うが、結局の所それを鵜呑みにする事は出来ない。
本当に魔術師であればむしろ話が早いのだが、そうでなかった場合は多少面倒である。
もし強化で暴れまわるような戦士だと無駄な被害が出るため、さっさと交渉に移った方が良いだろう。
「さて、魔術師様。細かい話は抜きにして本題に移ろうじゃないか。俺の目的はわかっていると思うが、あの店の土地だ。それさえ手に入れば人質は解放してやる」
「話にならないな。人質の解放は自力で可能だ。それで取引をしているつもりか?」
「自力で解放、ねぇ…? 本当に出来ると思ってるのか?」
「思っているとも。アンタをここで叩きのめし、術式を解除する。それだけの事だろう?」
大した自信である。
俺を叩きのめすのはともかく、術式を解除する自信もあるとなれば、本当に魔術師である可能性も高くなってくるだろう。
…まあ、残念ながらどちらも不可能だが。
「ふん、叩きのめすとは物騒だな。だが、俺もそうならないよう手を打っていないワケじゃないぜ? もしお前が手を出せば、待機している部下が店に襲撃をかける。それでも強硬手段をとるのか?」
「当然、そんな事は織り込み済みだ。店にはもう一人の魔術師が待機している。ただのチンピラに突破は不可能だ」
もう一人の魔術師、ねぇ…?
そう易々と魔術師が用意出来るとは思えないが、このタイミングでハッタリを言う意味があるとも思えない。
ハッタリであろうとなかろうと、こちらが襲撃を躊躇う理由にはならないからだ。
「…仮に魔術師がいるとして、それがどうした? お前だって、こっちの戦力を正確に把握しているワケじゃないだろう?」
「そうだな。しかし、概算くらいは立てているぞ? その上で突破は不可能だと言っているんだ。なんなら試してみるといい」
…どういうつもりだ?
仮に言う通りだとしても、襲わせるメリットなど無い筈だが…
「…面白い。なら、試してみるか」
言葉で動揺を誘ってみるが、全くの無反応である。
であれば、こちらも遠慮はしない。
どの道、アイツらはただの捨て駒に過ぎないのだ。上手くいけばそれで良いし、失敗してもこちらは何も痛くないのだから…




