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津田ベーカリー



「あの、本当に大丈夫? 重くない?」



「はは、大丈夫だよ。さっきまでこの状態で走り回ってたワケだしね」



 ようやく落ち着いた津田さんが、ぽつりぽつりと話しかけてくるようになってきた。

 さっきまではだんまりな状態で非常に気まずかったのだが、まずは一安心だ。



「あ…、そのさっきは変な感じになっちゃったけど、ありがとうね、夕日の世話して貰っちゃって……。本当はもっと早く迎えに行く筈だったんだけど、急にバイト入れられちゃってさ……」



「それは災難だったね……。夕日の事に関しては全然問題ないよ。俺も病み上がりで鈍っていた体をほぐせて丁度良かったし」



 俺は前世で貧弱だった分、今はしっかりと体を鍛えていた。

 大人になってから、あの頃もっと鍛えておけば……、だとか、もっと勉強しておけば……、みたいな後悔は誰にでもあると思う。

 他にも、もう少し異性に優しく接すべきだったとか、もっと親孝行しておくべきだったなどもあるだろう。

 俺はそういった後悔した事柄について、今世ではどれも意識して取り組むことが出来たと思っている。

 だから、前世の人生をそのままやり直しているわけでは無くとも、十分に転生のメリットを得られていると言えた。



(以前リア充だなどと言われたことがあったが、あながち間違っていないのかもしれないな……)



「…そういえば神山って、インテリっぽいのに結構ガッチリした体してるよね? 尾田ゴリラと違ってマッチョって感じじゃないけど……。何かやってたりするの?」



 尾田ゴリラ……

 失礼だが、あまりにも語呂が良いのでしっくり来てしまった……



「…何か、という程でも無いけど、筋トレの類はほぼ毎日欠かさずやっているな。流石に寝込んでいる間は控えていたけど」



 ひとまず尾田ゴリラの件は置いておくとして、当たり障りのない回答を返す。



「へぇ……、凄いね。私なんかダイエットでたまに運動したりするけど、すぐサボっちゃうよ……」



 うーむ、正直ダイエットが必要な体型には見えないが……

 女性の理想と男性の理想は違うと言うが、まさにそれなのかもな。

 俺からすれば、彼女の素晴らしいおっぱいの形が崩れる事の方が余程心配なのだが……



「…俺から見たら、津田さんにダイエットは必要ないと思うけど?」



「結構みんなそう言うんだけどねぇ……。実際お腹の辺りとか二の腕とかプニプニだし、結構気になるんだよ~。でも、いざ運動し始めると続かなくてさぁ……」



 そのプニプニがむしろ可愛いと思うのは、俺が異端だからだろうか?

 っと、このままだと思考が下ネタに傾いていきそうなので切り替えることにしよう……



「…まあ、気持ちはわかるよ。俺も最初のうちは辛かったしね……。だから最初は自分で出来そうな緩い内容にして、徐々に量を増やしていくやり方がオススメかな」



「マジでそんなんでいいの? 腕立て伏せ二回とかで平気?」



「良いと思うよ」



 まあ、二回だと流石に簡単すぎるし、すぐにステップアップする事になると思うけどな。



「ん~、それなら少し頑張ってみようかなぁ…。あっ、そこのカドを曲がったらウチが見えるよ!」



 ウチが見えると言われても、俺には津田さんの家だと判断する術は無いんだがな……

 それとも、実は凄い豪邸だったりするのだろうか?

 まあ、見てみればわかる事だが……



「ほら、アレがウチだよ!」



 曲がった先で津田さんが指を指した先、それは一軒のこじんまりとしたパン屋であった。



「津田ベーカリー……。驚いたな、津田さんのウチはパン屋を経営していたのか……」



 この場所は少し離れているとはいえ、地元と言ってもいい場所である。

 にも関わらず、俺はこの店の事を知らなかった。

 大抵の場合は駅前のスーパーで事が足りるせいでもあるが……



「へへ、あんまり繁盛はしていないんだけどね……。でも、味には自信あるんだよ? 近所の人の中には常連さんも結構いるし」



 だろうなぁ……

 どう見ても繁盛しているようには見えない。

 しかし、味に自信があるというのには少し興味が引かれる。



「それは興味深いな」



 美味しいパンというのは余り食べたことが無いが、以前父がお土産に買ってきた有名店のパンは本当に美味しかった。

 もし地元であのレベルのパンが食べられるとしたら、俺も常連になってしまうかもしれない。



「あ、オモテからは流石に入れないからコッチ来て!」



 店前まで到着すると、津田さんはそう言って裏手に回るよう手招きしてくる。



(食料を扱う店なんだし、当然と言えば当然か……)



 俺はその手招きに従い、店の裏手に回る。

 そこには簡易な裏口が設置されており、津田さんは鍵を開けて扉を開くと、俺に中にはいるよう手招きを再開した。



「ちょっと狭いけど、気にせず入っちゃって! 私、鍵かけなきゃいけないから」



「わかった」



 確かに裏口は小さく、人が一人入るのが精一杯のようであった。

 俺は招かれるまま、津田家に入る。

 しかしよくよく考えてみると、一重や静子以外の女子の家にお邪魔するのは初めてだな……

 今更だが、少し緊張してきたぞ……?



「ちょっと! 止まってないでさっさと進んじゃって!」



「あ、ああ……」



 本当にこのまま中に入っても良いのか迷っていると、津田さんから急かす声が上がる。

 仕方ないのでそのまま進むことにしたが、進んだ先は丁度リビングになっており、そこで一人の少女と目が合ってしまった。



「………」



 少女は俺を見て、何も反応をしなかった。

 叫ばれても困るのだが、中々に気まずい空気である。



「…や、やあ、津田さんの妹さん、かな?」



 その沈黙に耐えられず、俺は自分から声をかけることにした。

 声をかけても少女は暫し何の反応も示さなかったが、不意に立ち上がるとリビングを出て行ってしまう。

 一瞬逃げられたのかと思ったが、続いて聞こえてくる声にそうでは無かったことが判明した。



「お母さーん! お父さーん! お姉ちゃんが彼氏連れてきたよ!」



「っ!?」



 彼氏……、だと……?

 まさか、俺がか……?



「ちょ、ちょっと真昼! アンタ何を言い出して!?」



 施錠を終えて中に入ってきた津田さんが、妹さんと思しき人物の声を聞いて血相を変えて駆けていく。

 しかし、それと入れ替わるようにして二人の年配の方がリビングに駆け込んで来てしまった。

 これは……、不味いのではないだろうか……?



「あらあら、結構カッコイイ子じゃない?」



「む、娘の彼氏とは、君の事か!?」



 ああ……、ほらやっぱり、面倒な事になった……






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