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訪ね人



 ――あれから一週間が経った。



「それでは一重ちゃん、お昼にまた。良助君は放課後にまた」



「またね」



「ああ」



 速水さんの件は、一応の決着がついた。

 俺は彼女自身に降りかかった呪詛を祓い、蝕まれた精神を可能な限り浄化することに成功した。

 その他にも、二度と呪物に手を出さないように暗示を仕込んだり、呪いに関する知識にロックをかけたりと色々ケアする必要はあったが、一先ずはこれで問題ない筈である。

 まあ、その代償として、俺は一週間近く寝込むことになったのだが…



「っ♪」



 問題が解決され、再び一緒に登校するようになった一重は、いつにも増してご機嫌そうである。

 これまでと違い、静子も一緒に登校するようになったのだが、一重としてはそれが嬉しいようであった。

 いきなり静子と登校しなくなると、また有らぬ噂が立ちかねないという理由からとった措置だが、一重も満足そうだしこのまま継続しても良いかもしれない。

 相変わらず男子からの敵意は強いが、俺達の関係が良好そうであれば女子からの軽蔑の眼差しは軽減される筈だ…

 多分…



「よう、もう体は大丈夫なのか?」



「おはよう尾田君。随分休ませてもらったし、体の方は大丈夫だよ。…今日からはきちんと授業に参加する予定さ」



「…いや、聞いておいてアレだが、顔色悪いぞ? 本当に平気なのかよ…」



「ああ、それについてはちょっと寝不足なだけさ。生活のリズムが狂ったせいで、昨日は中々寝付けなかったんだよ」



「ならいいけどよ。無理はすんなよ?」



 流石尾田君、気遣いの出来る良い男だなぁ…

 こんな良い男、中々いないと思うんだけどなぁ…

 俺の中の尾田君の評価は凄く高いんだが、残念ながら尾田君はクラスの女子からは人気が無い。というか怯えられている。

 間違いなく見た目のせいなのだが、なんとも世知辛い世の中である。



「心配してくれてありがとう、尾田君。やはり尾田君は優しいね」



「おい、だからそういう言い方やめろよ…。また変な噂立つだろうが…」



 そ、そうなのか…

 普通の反応だと思うんだが、俺には理解できない…



「か、神山!」



 そんなやり取りをしつつ席に着くと、今度は違う方向から声がかかる。

 そちらに目を向けると、津田さんがこちらに向かってくるところであった。



「ん…? ああ、おはよう、津田さん」



「おはよう、って普通に挨拶してるけど、大丈夫なの!?」



「ああ、ちょっとタチの悪い風邪にやられただけだよ。今は快復している」



「な、ならいいんだけど、その、心配したんだよ?」



 そわそわモジモジとする津田さん。

 見た目は派手なのに、中々可愛らしい仕草をするな…



「あ、心配してくれたんだ。ありがとう」



「ば、違くて! だってあの日から急に二人とも休むし! てっきり何かあったんじゃないかって…」



 俺は別に他意は無く、素直に礼を言っただけなんだけどな…

 これだけ反応が良いと、ついからかってみたくなるが、自重しよう。



(それよりも…)



 速水さんの座席を見るが、そこに彼女の姿は無かった。

 鞄もかかっていない為、恐らく登校していないのだろう。



(…そうか。やはり速水さんは、まだ学校に来ていないのか)



 一応、麗美や静子から話は聞いていたが、速水さんはあの日からずっと学校を休んでいるらしい。

 無理もない事だとは思うが、一週間を過ぎても来ていないとなると、治療をした手前少し心配になってくる。

 確かに、精神汚染自体は完全に浄化できたと思うが、俺の術では心のケアまでは出来るわけではない。

 ひょっとしたら、このまま学校に来ない事もあり得る。いや…、最悪自殺なんてことも…



「ちょっと!? 何深刻な顔して…? まさか、本当に何か…」



「いや、違うよ。速水さんが学校に来てないって初耳だったからさ。心配になっただけだよ」



「ほ、本当? じゃあ、あの時急に帰ったのは…」



「あれは家の事情だよ。結局あの後、速水さんとは連絡も取っていないんだ」



 俺は元々用意してあったシナリオ通り、津田さんに説明を続ける。

 しかし、速水さんの容体については本当に知らない為、津田さんの心配自体は取り除くことが出来ない。



「…今日は半日授業だし、もし良ければお見舞いにでも行ってみる?」



「わ、私と!?」



「いや、他に誰が…」



「い、いい! 神山一人で行ってきなよ! 私は今日、バイトあるから! じゃ、じゃあよろしくね!」



 そう言って津田さんは、あちこち机にぶつかりながら去っていく。

 全く、慌ただしい人だなぁ…





 ◇





 ――放課後。



 まあ放課後と言っても、今日は半日授業の為、まだ昼過ぎである。

 今日は『正義部』の活動もお休みの予定だが、みんなで食事をとるという理由でメンバーは全員部室に集合していた。



「で、なんでわざわざ集まったんだよ?」



 パックの牛乳を飲みながら、尾田君が面倒そうに尋ねてくる。



「ん? それはさっき伝えただろう? こうしてみんなで食事をする為さ」



「建前はいいんだよ。どうせお前の事だから、何かあるんだろうが」



 …相変わらず、尾田君は見た目の大雑把からは信じられないくらい機微に(さと)い。

 世が世なら、戦士ギルドの幹部なんかにぴったりの逸材な気がする。



「…ふむ。まあ、食事が主目的ではあるが、他意があった事は認めよう。…それにしても、君は実に牛乳パックの似合う男だね?」



「「「「確かに!」」」」



 俺以外のメンバー全員が相槌をうつ。

 だよなー。やっぱりみんな、そう思うよなー。



「んな!? お前ら、みんなして何を!?」



「いや、本当似合ってるからさ。専用装備にでも加えたらどうだろうか?」



「んだよ専用装備って! 一々話の腰折らねぇで答えやがれ!」



 口調は強いが、顔を真っ赤にしている尾田君に迫力は余りない。

 しかしまあ、これ以上からかうのも酷だし、話を進めようか。



「…そうだね。さて、尾田君が言うように、実はみんなに相談があるんだが…」





 ◇





 あれから何日経ったのだろうか…

 気づくと、私は自室のベッドで寝かされていた。

 そして私は、それからずっと、自分の部屋に引きこもっている。


 体は怠いし、頭も痛い。何もやる気が起きない。

 正直、トイレに立つのも億劫だ。

 ペットボトルで用を足すなんて真似はとても出来ないけど、そうしている人達の気持ちも少しわかる気がした。



(まさか、自分がこんな状態になるなんて、思いもしなかったな…)



 中学時代、あの事件の後…、私も結構凹んだし、人並みに悩みもした。

 でも、ここまでの精神状態になった事は無かった。



(…いや、それこそが異常だったのかもしれないけど、ね)



 …薄々、自分が精神的に人と違っている事くらい気づいていた。

 でも、それを問題だと思った事は一度も無い…。むしろ、自分は特別な存在なんだと思っていた。



(でも、違った…)



 それを私は、神山君に強制的(・・・)に理解させられた。

 私は特殊ではあったけど、特別ではなかったのだ。



「はぁ…、っ! こほっ、こほっ…」



 ため息をつくと、乾いていた喉に空気が通ろうとしてむせてしまう。

 水分は取るように言われていたが、油断するとそれすら忘れてしまう…

 私はベッドの脇に置かれたペットボトルから、一口ほど水を飲み込む。



「ふぅ…」



 水は常温で余り心地の良いものではなかったけど、ひとまず喉は潤った。

 …でも、例え喉は潤っても、私の心は乾いたままである。


 呆然自失という言葉があるが、今の私はまさにそんな状態なのだと思う。

 これなら、もう、いっそのこと…



 コンコン



 私の思考が悪い方向に傾きかけた時、まるでそれを引き留めるかのようなタイミングで部屋がノックされた。



「桐花、起きてる?」



「う、うん。丁度今、水を飲んだ、ところ」



「そう…。良かった。それで、あのね? 学校のお友達がお見舞いに来ているんだけど、顔、出せる?」



 友達…?

 誰だろう…?

 私の交友関係はそれなりに広いけれど、基本的には浅い関係ばかりだ。

 少なくとも、見舞いに来てくれるような友達に心当たりは無かった。



(…あっ、もしかして、津田さんかな…?)



 思考を巡らせていると、唯一思い当たる人物がいた。

 津田さんは最近話すようになっただけで、正直友人と言っていいかもわからない存在だ。

 でも、人の好い彼女であればもしかしたら、という気はする。



「あのね? 声をかけさせて欲しいって言うんで、実はもう上がって貰っちゃっているの。部屋から出れなくても、せめてお話だけでもと思って」



 …お母さんの気づかいは嬉しい。

 でも、今の私は、相手が津田さんであっても明るく振舞える気がしない…



「…あの、お母さん。悪いんだけど…」



「速水さん、お久しぶりです。山田 静子です。今日は、お見舞いに参りました」



「っ!?」



 悪いけど帰って貰おう。そう伝えようとした瞬間、割り込むように声が聞こえてくる。

 その声で、私は扉の向こうに誰がいるのか、すぐに理解出来た。



(や、山田…、さん!? 彼女が、何故…?)



 体が勝手に震えだす。

 心臓が高鳴り、じわじわと汗が出るのを感じる。

 私は間違いなく、彼女に対して恐怖の感情を抱いていた。







次がこの章のエピローグになります。

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