-速水桐花の物語-
教室の前で静子と別れる。
その光景は速水 桐花を含むクラスメイトにしっかりと目撃されており、一時的に俺に対する注目が集まった。
もし俺がクラスメイトとそれなりに良好な関係を築いていれば、誂われるような展開もあったかもしれないが、残念(?)ながらそれは無い。
なにせ、今の俺は男女隔てなくクズ野郎と認識されているからである。
…もちろん、好きでなったワケではないが。
「よお、朝っぱらからお熱いじゃねぇか」
そんな俺に唯一話しかけてくるのは、同じ部活に所属している尾田君だ。
「おはよう、尾田君。別に、仲が良いのに朝も夜も関係ないだろ?」
「そりゃ、そうだがよ…」
俺は尾田君にそっけなく返事をし、授業の準備を始める。
尾田君は、やや何か言いたそうな素振りを見せるも、舌打ちしてから自分も授業の準備を始める。
もちろん、これは打ち合わせ通りの会話であり、お互いの行動は全て演技である。
尾田君の演技については少し心配もあったが、この分なら問題なさそうだ。
意外と演技派なのかもしれない。
…さて、今のやり取り、速水さんの目にはどう写っただろうか?
彼女がしっかりとこちらを見ていたことは確認済だ。
彼女の感情を正確に読むのは至難の業だが、少なくとも驚きの感情があったことは間違いない。
まずは上々、といったところだろう。
「おはようございます。それでは、朝礼を始めたいと思います」
担任の教師が教室に入り、朝礼が始まる。
さあ、演技も授業も、引き締めて挑もうじゃないか。
◇
神山君と山田さんが一緒に登校するようになって、今日で一週間が経った。
私は知らなかったけれど、元々あの山田 静子という女生徒は、神山君との関係を疑われていたらしい。
それが、今になって堂々と関係を顕にするのは、何故か?
雨宮さんと何かあったのだろうか?
先週は、クラス中がそんな噂話で持ち切りだった。
私もみんなに合わせて、そんな噂話に乗っかっていたけど、胸中では別のことを考えていた。
皆は神山くんと山田さん、そして雨宮さんの事ばかり気にしていたけど、変化したことはそれだけじゃなかった。
気づいているのは私だけ?
「神山、飯行こうぜ?」
「いや、静子と食べるから失礼するよ」
「…そうか」
尾田君の誘いを、神山君はそっけなく断る。
どうにも、神山君の尾田君に対する態度が、明らかに冷めているようなのである。
これが意味することを私は考えないようにしていたが、一週間も続くと段々と嫌な考えが過ってしまう。
ここの所、毎日のように遊びに来ていた如月君も、パタリと来なくなってしまっていた。
こっそりと部室を覗いてみたが、どうやら部活にも出ていないらしい。
「はぁ…」
思わずため息をついてしまう。
こんな事は昔にもあった。
あれは思い出したくもない程辛い事だったけれども、また繰り返してしまうのだろうか。
「どうしたの速水さん? ため息なんかついちゃって?」
「あ、いえ、その、何でも無い、ですよ?」
「嘘だぁ~! あ、やっぱり例の件が気になってるとか?」
例の件とは、もちろん神山君達の事だろう。
「そういえば速水さんも、神山くんと少し噂されてたもんね~。…実際の所、どうなの? 神山君と雨宮さんて、別れたのかな?」
そんな事はありえない、と思いたい。
神山君と雨宮さん、そして尾田君は、正面から向かい合い全てを受け入れていたハズだ。
三人と、それに新たに加わった如月君は、その背徳めいた関係性から、より強い絆で結ばれているだろう…
なのに、どうして…?
「…ううん、それはないと思う。きっと、何か事情があるんだよ」
「えぇ~、でもさ、もし神山君と雨宮さんが別れてたら、速水さんにもチャンスあるんだよ?」
「わ、私は、別にそういうのじゃ…。それに、たとえそうだとしても、山田さんがいるし、ね?」
クラスの話題は先週とは異なり、神山君と雨宮さんが別れている前提の話に切り替わりつつある。
特に男子は、今がまたとないチャンスだと、目に見えて興奮気味の者までいる始末だ。
今まで神山君にべったりだったが故にほとんど恋人候補に上がらなかった雨宮さんが、再びクラスの女子人気トップになっているらしい。
これには、一部の女子達が少し不満気になっているようである。
「でもさ、山田さんも可愛いけど、雨宮さんよりはチャンスありそうじゃない? 実際、速水さんなら山田さんに負けてないと思うしさぁ~」
「そんなことないよ…。私って暗いし、地味だから…」
「そんなこと全然ないって! 今だってこうやって私と盛り上がってるワケだし、全然暗くないよ! …まあ、地味っていうのは確かに少し当てはまるかもだけど、それを言ったら山田さんなんてもっと地味だよ?」
私が地味なことに自覚はあるけど、こうも堂々と言われてしまうと少し凹んでしまう。
でも、まあ事実は事実なので、そこを否定するつもりはなかった。
恐らく彼女…、津田さんも、悪気があって言ったワケではないだろう。
「それにさ、山田さんて、クラスじゃほとんど喋らないらしいよ? 帰りもすんごい早く教室出ていっちゃうらしいし。人付き合い悪い上に何考えているかわからないから、一部の女子から避けられているって話も聞いたな…」
そのことについては、私も少し調べているから知っている情報だった。
山田さんは、私以上に社交性がなく、無口で、運動神経も良くないのだとか…
成績も、この学校の中では良い方だけど、学校の偏差値から考えれば全国平均でも下の方だろう。
調べれば調べるほど、彼女は地味な存在であった。
それも、恐らくは私以上に、である。
ああ、その彼女が、何故この物語に現れたのだろう?
本来であれば、私と同じ、端役にすらなれないハズの彼女が、何故…?
「速水さん?」
「あ、ごめんなさい! 少し考え込んじゃって!」
「あ、なんだ、やっぱり悩んでいるんじゃない! ってことは、そういうことだよね!?」
…そうなのかもしれない。
確かに私は、神山君と山田さんの関係を良く思っていない。
もちろん、津田さんの言っている内容とは、少しズレているけれど。
「これは速水さん、狙っちゃう感じ!?」
「…そう、かも。狙って、みようかな…」
「おぉぉぉ! 大胆発言! 私、そういうの大好きだよ!?」
…そうだ。
これが私の物語である以上、ある程度は私の手で調整していく必要があるだろう。
物語の渦中に私はいないけど、私には作者として最低限の設定を守る義務がある。
以前はそれをして、失敗してしまったが、今回は成功させてみせる。
傍観者するのは、もうやめにしよう。
私は再び、自分の手で物語を守ることを決心した。




