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恋人ごっこ



「それじゃあ良助、また学校で会いましょう」



「ああ、気をつけてな」



 俺達は普段一緒に登校をしているが、今日からは暫く別行動を取る予定である。

 速水 桐花(はやみ とうか)の世界を切り崩す為、まずは対外的な印象操作を行う作戦だ。



「任せてくださいマスター。この私が責任を持って、一重さんを外敵から守ってみせます!」



「う、うむ。ただ、あんまり余計な事はしないでくれよ?」



 具体的には、変な知識とか与える、とかな…



「心配はご無用です! さあ、行きましょう一重さん!」



「ええ、よろしくね! 麗美さん!」



 そうして二人は楽しそうに歩いていってしまう。

 未だ不安は拭えないが、二人共本当に楽しそうにしているし、まあいいだろう。



(いや、しかし…、ぐぬぬ…、やはり不安だ…)



「師匠、不安なのは解りますが、ここは麗美さんにお任せしましょう」



 どんどん離れていく一重達を落ち着き無く見ていると、静子に窘められてしまった。



「…すまん。しかし、やはりどうにも落ち着かなくてな…」



 なにせ、一重と登校しないのは高校に入ってからは初めてのことなのである。

 本来であれば、俺の知らない所であんな満員電車に一重を乗せるなど、考えたくもない…

 一応麗美にボディガードを頼んでいるとはいえ、麗美だって女なのだ。

 セットで不埒な行為に遭う可能性は十分にある。

 本当ならこの役目は尾田君辺りに頼みたかったんだが、下手をすれば速水さんの世界に新たな要素が加わる事になり得る。

 結果として、麗美に任せるしかなかったのだ。



「お気持ちはわかりますが、そう心配はいらないと思いますよ? あれだけの美人が揃うと、かえって近づきがたいものですから」



「…そんなものか?」



「ええ、そんなものです。それに、麗美さんは魔力も豊富なので、仮に手を出してくる輩がいたとしても撃退してくれるでしょう」



 静子の言うとおり、麗美の実力であればボディガードとして問題なく機能するだろう。

 そもそも麗美は、正攻法であれば俺でも敵わない程の戦闘力を持っているのだ。

 本来なら、心配すること自体おこがましいとさえ言える。

 しかし、先日のカラオケの件もあるしなぁ…



「…相変わらず、師匠は心配症ですね。でも、本命はあくまでこちらなのですから、出来れば私を見て欲しいのです…」



「…そうだったな。すまん」



 いかんいかん…。静子の言うとおりだ…

 俺、というか俺達がしっかり演じなければ、作戦自体が無駄になる可能性があるのだ

 こんな気苦労までしているのに、それでは全く意味がない。



「俺たちも行こうか、静子」



「ええ、よろしくお願いしますね。良助くん(・・・・)



 そう返事をして、体を寄せてくる静子。

 普段とは違う呼ばれ方に若干ドキリとしたが、俺は努めて平静を装った。





 ◇





「んっ…、良助君…」



「ふぅ…、なんだ? 静子…」



「その…、そんなに押し付けられると…、んぅ…、困ります…」



「ぐっ…、もう少しの間だけ、我慢してくれ…」



「はい…」









「「はぁ…、はぁ…」」



 俺達は二人して荒い息を吐く。



「今日は…、いつにもまして激しかったな…」



「はぁ…、お二人は、普段からこんな状態で登校しているのです、か?」



「いや、今日はいつもに増して混んでた…。少し時間が違うだけで、ここまで違うとはな…」



 俺達二人は、通勤ラッシュでギュウギュウ詰めの車両からようやく解放され、よろよろと椅子に座り込む。

 そんな俺達とは違い、同じ学校の生徒や、どこかの会社のサラリーマンなどは平気な顔をして階段を登っていく。

 同じ電車に乗っていたというのに、彼らは誰一人として休む様子すら無い。

 慣れ、というヤツなのだろうか? 正直感心してしまう…


 額に溜まった汗を手で拭おうとすると、それより先に白い布地が押し当てられた。



「ありがとう、静子」



「いえ、これも妻の務めですので」



「妻!?」



「ふふ…、冗談です」



「冗談って…、と、いや、そのまま続けてくれ」



 思わず大きく反応しかけるが、俺は寸でのところでそれを止めた。



「…見られていますか?」



「ああ…」



 どうやら、いきなりヒットしたらしい。

 俺の張ったレーダーは、しっかりとその視線を感知していた。



「向かいのホームにいるが、視線は合わすなよ? あくまで自然にしているんだ」



「わかりました。では暫しこのままイチャつきましょうか」



 イチャつくってなぁ…

 とツッコミそうになったが、対応としては間違っていないので口には出さなかった。



「イチャつくと言えば、今朝の一重ちゃん…、凄く良い笑顔でしたけど、ゆうべはお楽しみだったようですね」



「…それ、ワザと言ってるだろ? 昨日は遊園地に行っただけだからな?」



「そうですか。でも一重ちゃん元気になって良かったです。少し心配していたので…」



「やっぱり、静子から見ても一重は元気なさそうだったか?」



「はい。何というか、思い詰めていそうな感じでしたね」



 恐らく、一重のそんな違和感に気づいていたのは俺と静子くらいだろう。

 付き合いの長い俺達でなければ気づかない…、そんな些細な違和感しか無かったのだから。



「…まあ、昨日のである程度はガス抜きできたと思う。でも、この件はなるべく早く片付けないとな」



 正直、次に誘惑されたら俺は抗えない気がする。

 一刻も早く、この状況を脱せねば…



「さて、そろそろ行こうか」



 俺は立ち上がり、静子に向かって手を差し伸べる。



「はい、良助くん♪」



 静子はそれを嬉しそうに握り返した。

 俺達はそのまま暫し手を繋いだままであったが、流石に途中で照れくさくなり、どちらともなく手を離すのであった…





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