リア充爆発しろと言われた日
「良助! 次はアレに乗りましょう!」
無邪気な笑顔で腕を引く一重。
こんな無垢な少女が、昨晩のように強烈な色香を放つなどと誰が思うだろうか?
少なくとも女性経験の乏しい俺には、全く想像できない色香であった。
前世に、毎日のように娼館に通う同僚がいたのだが、成る程、あれが女性の魅力だと言うのであればハまるのもわかる気がする。
いや、全ての女性があれ程の魅力を放つのであれば、世界は女性が支配していてもおかしくはない筈…
やはり、一重が特別なのだろう。
…そう思いたい。
「早くしてください良助! 一日って凄く短いんですからね?」
そう言って俺を引っ張る彼女からは、やはり昨夜のような妖艶さは一切感じられない。
どう見ても、俺の女神はイシュタルなどでは無い…、と思う。
(しかしなぁ…)
昨夜のことを思い返すと、どうにも自信が持てないのであった。
◇
「はぁ…、はぁ…、痛い…」
何かのタガが外れ、おもむろに一重にのしかかろうとした俺は、ギリギリの所で理性を取り戻す事に成功した。
魅了や混乱といった精神異常への最も簡単な対策は、肉体的刺激である。
僅かながら理性を取り戻した俺は、自らの頭を机に打ち付けることで、この興奮状態から脱出を試みた。
結果として俺は無事意識を取り戻すことが出来たが、加減など出来なかった為、かなり強かに頭を打ち付けることになった。
(痛い…、が行動としては間違っていなかった。しかし、これは間違いなく魅了の魔術…。こんな術、教えていないというのに…)
「リョー、クン…?」
俺の不可解な行動に、不安そうな表情を見せる一重。
しかし、その格好に加え、依然として放たれる異様なほどの魅力に、またしても意識を持っていかれそうになる。
(落ち着け…、これが魔術なら、防御は可能なはずだ…)
俺は視線を一重から外し、深呼吸をして精神を落ち着かせる。
同時に、精神安定の魔術を自身にかけて精神感応に対する防壁を築く。
(よし、落ち着いてきた…。しかし抗えぬほどではないが、未だ干渉されている気配を感じるな…)
防御策を張ってなお、その気配を感じるという事は、俺の防壁が一重の魅了に負けているという証拠でもある。
(なんの予備知識もなく、ほとんど無意識で放たれているであろう魅了の魔術を、俺が解呪しきれないとはな…)
俺の魔力量は一重に比べれば遥かに少ないが、呪法に対する防御は魔力よりも知識である。
そして俺の知識でも解呪しきれないということは、恐ろしい程高度な魅了であるということを意味している。
というのも、俺は前世で、人類の中でも五本の指に入るであろう魔術知識を持っていた…、という自負がある。
その俺に解呪できない魅了となれば、サキュバスなどの高位の魔族が放つものと同等と言っても過言では無いだろう。
…そんな危険な魔術を、放置しておくことはできない。
「一重、今すぐ魔力を放つのをやめろ」
「…? 私、魔力なんて使ってないよ…?」
「いや、よく意識しろ。少しずつだが、魔力が漏れているだろ?」
「え…? あ、本当だ」
一重は自分の周りに漂う魔力に気づき、流出していた魔力を停止させる。
普通、無意識に流れ出る魔力を止めるのにはそれなりの時間がかかるものだが、一重にはこの手の制御しっかりと教え込んでいるため、実にスムーズに流出は止まった。
「ごめんなさい、こんなこと、初めてで…」
「いいんだ。ただし、外では絶対に出さないよう気をつけてくれ」
「うん…」
こんな強烈な魅了を街中で放てば、多くの男達が理性を無くして一重に襲い掛かってくるだろう。
ただでさえ目立つ容姿をしているのだから、その効果は正直計り知れないものがある。
ほとんど無意識だったのが少し不安だが、今意識したことで今後同じようなことが起こる心配は薄れた、と思いたい。
俺は視線を一重に戻す。
ドクン
おかしい、動悸が止まらない。
既に魔力の流出は抑えられ、魅了対策もしているというのに、何故…?
「ひ、一重、乱れたタオルを正してくれ。目のやりどころに…、困る」
「あ…」
一重も自身がどんな格好をしていたのか思い出し、少し顔を赤らめる。
しかし、それでも一重はそのまま動こうとしなかった。
「駄目…。リョー君が抱いてくれるまで、このままでいる…」
再び俺の中で衝撃が走る。
そうか、これは単純に魔力だけの話ではない。
サキュバスと同様、魔術的要因以外の魅了効果…
純粋な艶やかさが、俺の男たる部分を刺激しているのだ。
「くっ…、ひ、一重、そんな言葉を、どこで覚えたんだ…?」
一重からは可能な限り、性的な要素を遠ざけてきたはずだった。
ちょっと過激なドラマや、インターネットには十分な注意を払っていたし、深夜アニメなども見させないようにしていたのに…
「漫画とか、アニメとか…?」
なん…、だと…!? じゃ、じゃあ、俺の注意は不十分だったということか!?
…いや、確かに心当たりはある。
最近の少年誌、夕方にやるようなアニメにも、やけに過激な表現が目立つものが多い気はしていた。
所詮は少年誌と容認していたのだが、それが仇となったか…
「リョー君、リョー君が私のためを思って、色々なことを考えてくれているのは昔からわかっているよ? でもね、私だってもう大きくなったし、そういうことを意識するんだからね?」
「そ、そうかもしれないが…。しかしだな…」
「リョー君!」
瞬間、腕を引かれ、バランスを崩した俺は、一重の隣に倒れ込むように突っ伏してしまう。
視線を外していた上、すっかり油断していた俺は、一重の行動にまるで抵抗ができなかった。
「一重! なにおぷ!?」
何をするんだと続くはずの言葉は、途中で押し付けられた柔らかな肌色に阻まれてしまった。
「っっっっっ!!??????」
俺の頭部は、どうやら一重に抱きかかえられてしまったらしい。
柔らかな肌色が顔面に押し付けられ、目と口が塞がれてしまう。
辛うじて息はできるが、これは流石に苦しい…
だというのに、俺は抵抗できずにいた。
それ程までに、この柔らかなものは、強烈な破壊力を持っていたのである。
「リョー君…。リョー君が心配しなくても、私はずっとリョー君のモノだし、ずっとリョー君と一緒にいるつもりだよ? でも…、私がその気でも、リョー君の気持ちはわからないから、私…、凄く心配なんだよ?」
「………」
俺はそれに反論しようとするも、柔らかな肌に阻まれて言葉が紡げない。
無理やり口を開こうとすれば、なにか突起のようなものが口に入りそうで、試してみる気にすらなれない。
「私ね…、静子ちゃんならいいかなって、思ってたこともあるの。麗美さんも綺麗だし、仕方ないかもって…。でもね、最近になって、リョー君が二人とだけ一緒にいて、どんどん不安になっていったの…。ひょっとして、私、捨てられちゃうんじゃないかって…」
そう言って、俺の頭を抱く一重の力が増す。
一重の身体能力は一般のレベルを遥かに凌駕しているため、その圧迫力には正直危機感を覚えるレベルであった。
だというのに、顔に押し付けられる柔らかな感触が、それを無意識に緩和していく。
何かが俺の耳で、怖くない、と囁くのだ。
「リョー君が他の女の子と付き合ったりするは、少し嫌だけど我慢できる。静子ちゃんや麗美さん以外だったら自信ないけど、多分ちゃんと我慢できると思うの…。でも、離れるのは嫌…。私が一番じゃなくてもいいけど、今の関係だけは壊れて欲しくないの。そんなことになるくらいだったら、やっぱりリョー君は私のものにする…。だからリョー君、このまま、私のものになって…?」
一重のホールドが緩む。
そして、一度顔を解放し、再び両手でロックされた。
一重の顔が、徐々に近づいてくる。
放たれる魅力も今までで最高のレベルに達していた。
しかし、俺はそれでも、冷静さを保てていた。
やんわりと、一重の顔を押しとどめる。
「リョー君…」
一重の表情が悲しげに歪むが、今度は俺から一重を抱き寄せ、頭を撫でてやる。
「不安にさせて済まなかった。しかし、安心して欲しい。俺はこれからもずっとひーちゃんと一緒だし、離れるつもりなんか一切ないよ。むしろ、離れられても一生監視するくらいのつもりだ」
「…本当に?」
明らかに気持ち悪い台詞を吐いたというのに、まるで嫌がる様子がない。
ほとんどは俺に責任があると思うが、中々に危うい育ち方をさせてしまったな…
「本当だ。昔からそう言ってきただろう? その言葉に偽りは無い。俺は未来永劫、ひーちゃんを手放す気はないよ」
「でも、だったら、なんで最近は…」
「実は、それなりに厄介なことに巻き込まれていてね。それにひーちゃんを触れさせたくないんだ」
「厄介なことって…?」
「触れさせたくないって言っただろ? 秘密だよ。これはひーちゃんのためでもあるし、俺のためでもある。俺はひーちゃんに…、何と言うか、変なものは見せたくないんだ。それも別に今に始まった話じゃないし、わかるよね?」
「うん。リョー君は昔から、私をエッチなものから遠ざけてきたよね。っていうことは、今回も何かエッチなことなの?」
ぐぬ…、そんな風に思われていたとは…
しかし、いささか不本意だが、その方が納得して貰いやすいか…
「エッチ、ということは無いと思うが、ややマニアックな部分があることは否定しない。ただ、それもあと数日の辛抱だ。それが終われば、また一緒にいる時間は増えるはずだ。だから、もう少しだけ待ってくれないか?」
一重は暫し黙っていたが、大きく息を吐くと、そのまま俺を抱きしめ返してくる。
「わかったよ、リョー君。でも、一つだけ、お願いを聞いて欲しいな」
◇
その時のお願いが、この遊園地デートである。
計画実行の直前ではあるのだが、静子からの後押しもあり、今日は一日一重のためだけに使うこととなったのだ。
一通りアトラクションを遊び尽くした俺達は、現在観覧車の中で夕焼けを見つめながらのんびりとしている。
「良助! 私、今日は凄く楽しかったわ!」
「ああ、俺も最高に楽しめたよ」
この気持に嘘偽りはない。
はっきり言って、俺は俺で一重とのデートを満喫できていた。
絶叫マシンは辛かったが、それ以外は満点をつけても良い一日だったと思う。
思えば、休日にこうして二人きりでデートする、というのは初めての経験であった。
今までもプチデートのようなものや、複数人で遊ぶことはあったが、二人きりでがっつり一日遊んだことはなかったのである。
楽しそうにしている一重を見るのはとっても嬉しいことだし、俺自身も十分にアトラクションを楽しんむことができた。
(遊びは人数が多い方が盛り上がるというイメージだったが、二人だけで遊ぶというのも中々に楽しいものだな…)
二人だけということは、会話が分散しないため、より充実した二人だけの空間を形成することに繋がる。
俺と一重は長い付き合いだが、趣味が似通っているため会話の種が尽きることもなかった。
正直、ここまで充実した一日は、前世でも数えるほどしか無かったと思う。
「もうすぐ、下についてしまうわ…」
「そうだな…。なんなら、もう一回乗ってもいいけど?」
「ううん、これで最後って決めたから。でも、明日から数日はまた我慢しなくちゃいけないと思うと、ね…」
一重が少し寂しげに瞳を伏せる。
俺は少し前に体を傾け、そんな一重の頭を撫でてやる。
「別に、放課後以外はいつも通りなんだ。寂しがる必要は無いぞ? 家でなら可能な限り一緒にいるしさ」
「…うん」
嬉しそうに微笑む一重。
そして、下につく寸前、俺が腰を浮かしたその瞬間――
一重の唇が、俺の唇に重なっていた。
「リョー君、大好きだよ」
その日最高の笑顔を見せた一重。
俺は一瞬、何をされたかもよく分からず完全停止していたのだが、待っていた他の客から、歓声や、リア充爆発しろ! などと声があがったことで、慌てて意識を引き戻す。
「一重…」
「さ、降りましょう? 良助」
俺は満足に反応も出来ず、手を引かれるまま観覧車を降りる。
その後、俺はしばらくぼーっとマヌケな顔を晒していたらしい…




