完全にアウトでした
「おお…! ここが正義部のアジトか!」
部屋に入るや否や、興奮気味に声を張り上げる如月君。
まるで子供の様なはしゃぎっぷりである。
まあ、男である以上、その気持ちはわからなくも無い。
男子というものは、何故か秘密基地やアジトに憧れるものだ。
かく言う俺も、いい歳こいておきながら、少しわくわく感が有るのは否定できない。
「如月君、首尾はどうだったかな?」
「…兄者、俺の事はシンヤと呼んでくれと言った筈だぜ?」
「…ではシンヤ君、首尾はどうだったかな?」
色々と突っ込みたいのは山々だが、このままグダグダと会話を続けるのも面倒なので合わせてやることにする。
シンヤ君は別に悪い人間では無いのだが、何というか、微妙にウザイ。
いや、嫌いとかでは無いのだが、何故かウザキャラ感があふれ出ている気がする。
おかしいなぁ…、彼はもう少し引っ込み思案なキャラだと思ったのになぁ…
「ああ兄者、完璧だったぜ」
「おいおい如月、アレでかよ? 正直何にもしてねぇだろ、俺ら」
「尾田…、何もしてないのはお前だけだ。俺はしっかりと調整してきたぜ?」
「…ああ、お前そういや、俺が部屋出てからもコソコソとなんかやってたな。一体何やってたんだ?」
「ちょっとした小細工ってヤツだよ。まあ、上手く行くはずだ……、ホラな?」
そう言ってドヤ顔で見せつけてきたスマホのディスプレイには、沢井 和也からのメッセージが表示されていた。
◇
俺達は、速水 桐花の過去を探るべく、彼女の二作目の同人誌のモデルと思わしき人物、谷中 浩史と沢井 和也の二人に接触を試みた。
田中 純也から得られた情報によると、両名共三年生の後半頃から学校には来ていなかったらしい。
卒業式にも参加せず、卒業アルバムにも別枠で写真が載せられているそうだ。
そして、その切っ掛けとなった事件に関しても、大まかな話は聞くことが出来た。
被害者である谷中浩史の方は、重度の男性恐怖症にかかったらしく、まともに学校生活を送れなくなったらしい。
それでも事件発生前までは必死で学校には来ていたようだが、事件後は完全に引きこもりとなり、進学もしていないようである。
男でありながら男性恐怖症にかかるという悲劇には同情を禁じ得ないが、俺だって同情していられる程余裕があるワケでもない。
申し訳なく思うが、彼からはなんとしてでも情報を引き出す必要がある。
「…では、まずは麗美から調査報告をお願いするよ」
「はい。マスター」
クイっと眼鏡の位置を直し、笑みを浮かべる麗美。
こうして見ると、出来る秘書っぽくて少しドキリとする。
まあ、眼鏡は伊達のようだが…
元々、彼女の容姿は一重に勝るとも劣らないレベルである上、にじみ出る知性が如何にも出来る女という雰囲気を放っている。
美しいロングの黒髪に、常に薄らと微笑みが浮かぶ優し気な表情…
それに加え、着物が似合いそうなスリムな体つきに、スラリと伸びた美しい脚。
まさに、美しいお嬢様と言える容姿であった。
クラスメートの中には、彼女の事を大和撫子だと称す者もいるのだとか。
「私と静子さんは、谷中浩史の家に直接お邪魔してきました。残念ながら家族から協力を得るのが困難だった為、家の敷地全体に催眠の魔術をしかけ、その隙に侵入し、情報収集を行っています。ただ、流石にそれだけでは大した情報を得る事が出来ませんでしたので、田中純也の時と同様、谷中浩史にも自白の魔術をかけ、情報を引き出しました」
一部の生徒から大和撫子とまで称される少女の口から語られたのは、完全にアウトな内容であった。
「お、おい…、それって犯罪なんじゃ…」
「如月君、確かに今回の私達の行為は、犯罪と分類されても仕方ありません。ですが、この件を犯罪として立証する事は極めて困難と言えるでしょう。人払いの魔術をかけたので目撃者はいませんし、睡眠導入に薬物も用いていないので、例え何らかの検査を受けたとしても反応が出る事はありません。もちろん、家宅侵入に関しても物理的証拠は残していませんよ?」
「…えっと?」
「つまりですね、この件に関して何が起きたか認識しているのは我々だけという事なのですよ。今回ターゲットとなった谷中家の者には一切危害を加えていませんし、本人達は何かがあったことさえ気づくことは無い…。これはもう、犯罪とは言えませんよね?」
いやいやいや、流石に暴論過ぎるだろう…
確かに結果だけ見れば、誰も被害らしい被害は受けていないだろうが、犯罪行為は犯罪行為である。
ドヤ顔で論破! みたいな顔してるけど、普通にアウトだからね?
「な、成程…」
そして納得しちゃうんだシンヤ君…
尾田君だってドン引きしてるっていうのに…
というか、白昼堂々と静子を犯罪に加担させないで欲しいぞ…
「それでは、まず物的証拠の類ですが、残念ながら大したものは見つかりませんでした。谷中浩史本人のパソコン、スマホについても確認しましたが、画像データはおろか、メールの類もありませんでしたね」
…誓って言うが、俺はそこまでしろとは言っていない。
探れとは言ったが、家探ししろという意味では決してない。
「…マスター?」
俺が眉間を押さえていると、麗美は何もわかっていなさそうに首をかしげる。
その無邪気そうな表情を見れば、彼女に悪気が無かった事くらいわかるのだが…
「静子…」
「…すいません師匠。麗美さん、なんだか凄くノリノリだったので、ちょっと止められませんでした」
…今回のケースはあのゲス野郎こと、田中純也の件とは状況がまるで違う。
心的外傷、所謂トラウマを抱えた青少年を相手にする、非常にデリケートな案件だったのである。
だからこそ、男性恐怖症の事を考慮し、女子だけで行動して貰ったのだが…
「…いや、いいんだ。俺の指示が悪かったのだろう…。続けてくれ、麗美」
「…私、もしかして何かやらかしてしまいましたか?」
「いや、少し強引だとは思うが、落ち度は無い…、と思うぞ」
「ほっ…。安心しました…。え~、それでは続けますね。先程の述べましたように、物的証拠は見つかりませんでした。ですが、彼自身の体に何らかの形で傷跡が残されている可能性もあります。その為、服を脱がして隅から隅まで確認をしたのですが…、残念ながらそれも見つかりませんでした。てっきり、肛門裂傷の痕跡でも残されていると思ったのですがね…」
「「「……………」」」
俺は頭を押さえながら静子の方を見る。
すると静子は、気まずそうに顔を逸らしてしまう。
…俺は密かに、彼の社会復帰に全面協力しようと心に誓った。




