BL本を朗読していたら、いつの間にかシリアス展開に…?
※序盤に、人によっては受け入れがたい描写があるかもしれません。
さらりと読み飛ばすか、可愛い女の子が朗読しているのを想像しつつ乗り切るのが良いでしょう!
「神山、ちょっといいか」
ああ、ついに呼び出してしまった。
ずっと秘めているハズだった思い……
しかし、もうどうにも止めることができなかった。
切っ掛けはそう、あの転校生が現れたことだ。
転校してきたばかりの彼女は、何故かやたらと神山と親しそうだった。
一体何故!? 一度胸に過った疑念は瞬く間に俺の心を侵食していった。
耳を塞ぎたくなるような周囲の噂に、頭がどうにかなりそうだった。
何故? 神山には雨宮がいる。
どう見ても、お似合いの二人だ…
だから俺は、この気持ちを封じ込めたというのに、あの転校生はそこに何の躊躇いも見せず、踏み込んでいった…
これでは、我慢していた俺がバカみたいじゃないか!
そう思ったが最後、俺の歯止めは効かなくなっていた。
誰もいない空き教室――
俺はここを勝負の場に選んだ。
「それで、なんの…、んんっ!!??」
振り向いた瞬間、俺は神山の唇を奪った。
強い抵抗、しかし、逃がさない。
俺は腕力に任せて神山を黒板に押さえつけ、唇を貪る。
「ん…、くぁ…」
やがて、神山は抵抗を止め、俺に為すがままにされる。
そして、俺の舌はそのまま神山の首を伝い、下へ、下へと…
「スト―――ップ!!!! 参った! 勘弁してくれぇ! 降参だぁ! 後生だからやめておくれぇぇぇ!!!」
過呼吸気味になった俺は、人生で二度目のフライング土下座を決めていた。
まさか人生でもう一度フライング土下座をすることになるだなんて、思ってもいなかったぞ…
しかも、またしても静子関係でだ。
俺は山田家にフライング土下座を決める運命にでもあるんだろうか?
「しかし、師匠、ここからが超展開なのです」
「いやいやいやいや! 今までのでも十分超展開だから! 死んじゃうから! 俺の精神が死んじゃうから!!!」
「そうですか…。残念です…」
何が残念なんだよ! ていうか静子さん? これは華の女子高生が朗読するような内容の書物じゃないからね!?
間違いなく禁書だよ! 厳重な封印処理を施して、樹海の奥にでも埋葬すべきだよ!
「て、ていうか、その静子さんは恥ずかしくないのですかね? その、男の自主規制だのナニだのと…」
「も、もちろん恥ずかしいですよ? ただ、師匠の反応がなんだか可愛くて、つい興が乗ってしまったというか…」
確信犯かーーーーーいっ!!!
クッ…、これは不味いぞ? 俺は静子に、とんでもない弱みを握られてしまったのかもしれない。
そしてどうしよう! 暫く尾田君のことをまともに正視できないぞ!?
「…静子、朗読のプランは中止だ。というか禁止だ。いいな?」
「…はい、師匠。なるべく口には出さないように気を付けます」
なるべく!? それはもしかしてアレですか!? 他所で俺を師匠と呼ぶくらいの頻度で解き放たれるってことですが!?
「じょ、冗談です! そんな泣きそうな顔をしないで下さい! その、ドキドキしてしまいます…」
ああ、あの書物はどうやら静子の中の、何か押してはいけないスイッチを押してしまったらしい。
あの素直で純朴な彼女はもう戻ってこないのだろうか…?
やはり禁書か…、触れさせるべきではなかったのかもしれない…
「オ、オホン、まあ朗読はもうしませんが、一応その後の流れを簡単に。終始尾田君が攻めているかと思いきや、突如立場が逆転してしまいます。実はここまでの流れは、全て師匠が仕組んだことだったのです。そして空き教室に入ってきた麗美さんが、今までの行動や言動は全て、尾田君を動かすための演技だったと暴露、ショックを受ける尾田君を、今度は師匠が徹底的に…」
「オーケー! 良く分かった! もう十分理解した! だからダイジェスト版も結構です!四冊目もね!」
「そうですか…」
何故残念そうなんだ!
「四冊目は麗美とでも検証してくれ…。二人の解釈をあとで説明してくれればいい」
「…わかりました。しかし、今ので師匠も大体気付いたのではないでしょうか?」
…もちろんだ。
嫌という程理解したよ、彼女の世界というものを。
「今語った内容が、正に速水さんの目に映っている世界、ということだろう? 信じ難いことだが、彼女の中では本当に俺達があんな状態になっているんだろうな…」
そう、今語られた内容は中身こそまるで違うが、実際の俺達の行動そのものなのである。
つまり、この本は実話(?)を元に描かれているのだ。
「…なあ、静子。一応聞くけど、本当に俺達、そんな風に見えていないよな?」
「もちろんです。噂の件を加味しても、せいぜいが妄想程度で止まるレベルです。噂自体も、面白おかしく脚色が進んでいるだけで、いずれ風化するレベルでしょう」
俺にとっては何も面白おかしく無いのだが、噂なんてそんなものだろう。
一刻も早く風化して貰いたい所だが、今は静かにやり過ごすしかない。
「静子の意見を信じる…。それで、今後の対策だが、どうすべきだろうか」
そう、本題はこれなのである。
決してBL本を朗読したり、解説したりするのが目的でこんな所に集まったわけではないのだ。
「…やはり、彼女の世界観を壊すレベルで現実を見せつける、というのが効果的でしょうね」
「まあ、そうだよな…」
真っ先に思いつくのがソレだ。
ただ、彼女は空想虚言者という厄介な存在でもある。
一体どの程度の現実を見せつければ、彼女の世界観は崩れるのだろうか?
「…ですが、それも中々に困難だということは、師匠も理解している通りです。…彼女は恐らく、どんなに苛酷な現実に直面しても、自分の世界を崩すことはないと思います。それは、例え登場人物の誰かが死んだとしても、です…」
…かなり穿った考え方だが、俺もなんとなくそんな気がしている。
実際俺は、魔術込みで真剣に会話したのにも関わらず、彼女には何も伝えることが出来なかった。
まるで煙のような手ごたえの無さ…
正直、あれに気持ちを伝えるのは不可能とさえ思える。
「…厳しいな」
最早、泣き寝入りする事すら視野に入れないといけないかもしれない。
まだ一年生だというのに、出来ればそれだけは避けたかったのだがな…
「確かに、厳しいです。ですが、まだ道は残されているかもしれません」
「っ!? それは…?」
「これです」
そう言って静子が手に取ったのは、速水さんの二冊目の同人誌である。
「それが、残された道…?」
静子が何を言いたいのか、俺には理解出来なかった。
……いや、確かに何か引っかかりを感じはしたが。
「一冊目と、二冊目の違い…、二次創作か一次創作かの違いに、あとは描写か…。それで、二冊目と三冊目は一次創作で…………っ!?」
「…お気づきになりましたか?」
満足そうに笑みを浮かべた静子は、もう片方の手に一冊目の同人誌を持つ。
「一冊目と二冊目、これには大きな隔たりがあります。一次創作から二次創作に切り替わったことももちろんですが、二冊目はより描写が過激で、リアルになっていました。これ程作風が変わることは、普通ではありえません」
「そして、同じ作風である三冊目は、彼女の見てきた世界をそのまま本にしている。つまり…」
「…はい。この二冊目にも、恐らくモデルが存在しています」




