恥ずかし読書会
食事を終え、俺は食器を洗い始める。
静子は自分も手伝うと言ったが、丁重にお断りした。
静子にはそれよりも、あの速水さんの本を読み進める事をお願いしたかった。
もちろん、俺も一緒に読んだ方が捗るのは間違いないのだろうが、今の精神状態でアレを読むのは、正直かなり厳しい…
俺は洗った食器を食器立てに置き、手をタオルでさっと拭く。
この食器もタオルも、食器立てでさえも百均で買ったものだ。
これ程の純度の食器や布が百円とは、前世ではとても考えられないが、今世ではこの程度当たり前と化していた。
恐ろしい話である。
「どうだ? 静子」
「…粗方、読み終わりました」
静子の前には四冊の同人誌が並べられている。
その内二冊には、俺や尾田君、如月(弟)君に似た人物が表紙に描かれていた。
「まず、こちらの二冊ですが、これは所謂普通のBL本でした。発行日が去年になっているので今回の件とは直接関係ありませんが、彼女を知る上では中々興味深い作品でした」
「ん? 何か糸口はあった、という事か?」
「はい。まずコチラ、これが恐らく彼女の一作目の同人誌になると思いますが、これは所謂パロディ、二次創作モノになります」
差し出された同人誌、その表紙には確かに見覚えのあるキャラクターが描かれていた。
まだ拙い絵ではあるが、元が何の作品かくらいははっきりとわかる。
「この作品からは、元となる作品のストーリーやキャラクター達に対しての思いがしっかりと伝わってきます。まあ、内容が内容なので偏愛に近いかもしれませんが、それでも彼女がこの作品を愛している事が十分に理解できる内容でした」
題材が俺に関する事でなければさしたる抵抗は無い為、パラっと内容を確認してみる。
…中々にコアな内容であった。
確かに、オリジナルの作品を深く知り、愛していなければ書けないような内容に思える。
しかしこれを、当時中学生だった少女が書いたと思うと、少し寒気を覚えるな…
絵自体は稚拙だが、内容は大人顔負けで(というか性描写がある時点で大人向けだが)、良くできた作品であった。
内容がBLモノでなければ、真剣に読み進めていたかもしれない。
「…確かに、静子の言う通りだな。俺も元の作品は知っているが、この作品に対する情熱は伝わってくるよ」
「ええ…、とても中学生が書いたモノとは思えない出来です。このままの作風で続けていれば、あるいは有名になっていたかもしれませんね」
静子がこんな言い回しをするということは、そうはならなかったということだろう。
「そして、こちらが二冊目です。今度はパロディではなくオリジナル、一次創作の作品になります。これも発行日は去年、彼女が中学生だった頃の作品ですね」
差し出された本を手に取り、中身を確認する。
去年ということは、少なくとも俺が出てくることはないだろうと思ったからだ。
「…………」
この作品は、所謂学園モノであった。
図書委員であった大人しそうな少年が、少しガラの悪い少年に絡まれ、アレやコレやとチョメチョメされるという内容である。
一冊目よりも過激な描写が目立ち、局部の描写などもより細かく描かれていた。
「…コレを、中学生が書いたのか」
「…のようです」
静子は平静を装っているが、顔がやや赤くなっており、隠しきれていない。
正直、無理もない反応だと思う。
速水さんの親がコレを見たら、間違いなく卒倒しそうな内容なのだから…
俺が想像していたよりも、一回りも二回りも上回った濃い性描写が、そこには描かれていた。
何の心の準備も無しに見ていたら、日本オワタ\(^o^)/ をリアルでやっていたかもしれない。
「コレを想像だけで描いたとなると、速水さんの頭の中は相当にヤバイ状態だと思えるんだが…」
こんなモノ、良く発行する気になったものだ。
一冊目とは違い、二冊目は需要が完全に度外視されているように思う。
そりゃあ、普通の大手店舗に流通していないワケだ。
…いや、流通していないのには他にも原因が考えられるな。
恐らくだが、彼女はこの活動を一人で行っている。
普通、未成年が成人向け作品を世に出すには、身分証明を掻い潜れるような協力者の存在が不可欠である。
その存在が居ないからこそ、あんな特殊な店や通販でしか販売がされていないのだろう。
「彼女の頭の中がヤバイことは否定しませんが、完全に想像、とは言い難いかもしれません」
「ん…? それはどういうことだ?」
「…それは、これを読めば分かるかと」
そう言って差し出された、三冊目の同人誌。
…俺と尾田君らしき人物が表紙となっている本である。
「…やっぱり、読まなきゃ駄目か?」
「いえ…。そう、ですね…。では、その…、私が音読しますので…」
…………………………………はっ!?
静子の台詞に、俺は数瞬、思考が完全停止してしまった。
その停止している間に、静子は本を手に取り、音読を開始しようとしている。
すぐにでも止めるべきなのだろうが、あの本を読みたくないという拒否反応から、口が思うように動かなかった。
俺の手は、待つんだと止めるような仕草をしたまま停止する。
そして静子による、どちらがセクハラを受けているかわからないような、赤面不可避の朗読会が始まった…




