小さな幸せに差す影
「簡単なもので済まないが、召し上がってくれ」
俺は小さなテーブルの上に、所狭しと総菜を盛った皿を並べていく。
テーブルの手前に敷かれた座布団にちょこんと座った静子が、先程の戦利品を読みながらペコリと頷く。
中々の集中具合だが、そんなに内容が気になるのだろうか?
まあ、薄い本なのですぐ読み終わるだろうが…
現在の時刻は19時過ぎ。俺達は地元に帰ってきていた。
今いるこの場所は、麗美との戦闘後に彼女を運んだ空き部屋である。
坊ちゃんにはココを自由に使う許可を貰っており、今ではそれなりの生活ができるくらいにはリフォームが進んでいた。
何故この部屋に来たかと言うと、先程の戦利品をチェックしつつ保管する為である。
持ち帰り先に困るこれらの戦利品をどうするか? その答えがこの部屋に保管する事であった。
ここであれば、保管に関するトラブルは避けられるし、人目をはばからずに中身のチェックも可能だ。
正直、やや抵抗は有るのだが、条件を満たす場所が他に思いつかなかったのだから致し方ない。
幸い、この場所を頻繁に利用するのは他に麗美くらいであり、一重の目がコレに触れることはまずないだろう。
「…ふぅ、中々、濃密な内容でした…」
静子の顔がやや赤いのは、やはり内容が過激だったからであろうか?
「いただきます、師匠。……っん、相変わらず師匠のご飯は美味しいですね…」
「そう言ってくれると助かる。本当は折角のデートだし、レストランでディナーをとも思ったんだが、済まないな…」
デートなど、前世も含めてほとんど体験の無い俺だが、それくらいの気遣いはしていたのである。
まあ、俺が精神的にダウンしてしまった為、地元に引き上げざるを得なかったのだが…
「いえ、私にとってはこちらの方がご馳走なので。それに、なんだかこの状況は、その、凄く………、なんでも、ないです」
そう言いながら、顔をさらに赤らめて俯いていく静子。
どうやら顔の赤さは、薄い本の内容のせいだけではなかったらしい。
静子にしてはかなりレアな反応だが、よくよく考えてみれば今のこの状況は確かにアレである。
若い男女が、同じ部屋で、テーブルを挟んで食事する。
この状況はまるで、同棲をしている恋人同士、または新婚夫婦のようでもある。
仲良く食事をつつきあい、片づけをしてから風呂へ、そして…………………ぶはっ! 俺は何を考えているんだ!
「…ふふっ、師匠も一応、意識はしてくれているんですね?」
「う、うるさい! 冷める前にさっさと食べるぞ!」
「はい♪」
照れ隠しに語調を強めて言う俺に、静子は嬉しそうな笑みを浮かべて応えるのであった。
◇
ああ、今日はなんて素晴らしい日なんでしょう!
思い切って確認して本当に良かった!
やっぱり、私の想像は間違っていなかった!
入学式の時から目を付けていた、あの二人…
思えば数々の可能性を視野に入れながら、私はあの二人、いえ、三人を見ていたと思う。
強い結びつきを感じさせる、神山君と雨宮さん…
きっとあの二人には、私の想像以上の絆があるのだとは思う。
でも、そんな中、神山君と尾田君は出会ってしまった…
二人は惹かれあい、やがて結ばれることになる。
運命を決定づけたのはあの日、転校生がやって来て数日経った放課後のことだ。
神山君と雨宮さんの関係を知りながら、それでも止められない思いを抱えた尾田君は、ついに神山君に告白をした。
途中で何故か彼らを見失った為、実際にその現場を見たわけではないが、あの日を境に急激に仲良くなったことから、間違いないと思う。
また、三人の関係が進展したのは、新たなる登場人物である杉田さんのお陰である。
きっと杉田さんは、この物語を彩るキューピッド的な存在なのだろう…
そして、この物語はまたしても新たな展開を繰り広げる。
1-Cの生徒である、如月君の登場だ。
彼はしばらくの間、学校に来ていなかったらしいのだけど、ある日を境に登校を再開した。
彼の登場は、私の心を大きくかき乱した。
なにせ、彼はいきなり舞台に上がり込み、神山君を兄者などと呼ぶようになったのだ。
正直、一体何が起きたのだろうと思った。
しかも彼の存在を、尾田君も、雨宮さんも、キューピッドである杉田さんまでもが認めているようなのである。
信じられない光景だった。
でも、調べてみるとなんとなくだが背景は見えてきた。
私の仮説ではこうである。
元々、如月君は尾田君のことが気になっていた。
しかし、尾田君が神山君のことを意識しているのを知ってしまう。
そんな如月君は焦りを覚え、ついに尾田君を放課後に呼び出し告白をするが、その思いは届かなかった。
心に深い傷を負った如月君は、それが切っ掛けで不登校になってしまう。
しかし、尾田君もそのことを密かに気にしていたのだろう。
思いつめた尾田君は、このことを神山君に相談した…
神山君は、ああ見えてかなり優しい所がある。
だからきっと、如月君のことを放っておけなかったに違いない。
そして、神山君は行動し、今の状況に至った。
現実が想像を超える瞬間。
そういったことは人生でいくらか体験してきたが、この時程衝撃を受けたことはなかった。
如月君は、尾田君の恋人にはなれなかった。
しかし、彼は紆余曲折を経て、兄弟という第三の道に至ったのである。
恐らくは神山君、そして杉田さんの助力があったことは間違いないだろう。
彼は神山君を兄と慕うようになり、果てにはその…、自慰行為の極致について教えを乞うような仲にまで発展していた。
こんな展開、誰が予想できるだろうか? 少なくとも私には絶対に無理だ。
私は興奮した。
興奮のあまり、神山君に直接確認してしまったのは、冷静になると凄く恥ずかしかったけど…
でも、後悔はない…
恥ずかしい気持ちは残っても、それが後悔に繋がることは決してなかった。
男の人を呼び出すなんて大胆な行為、きっとこの先、もうできないと思う…
でも、その最初で最後の一回が、今日で良かった。
…ただ、一つだけ気にかかることがある。
今日、神山君は1-Aの生徒である、山田さんと一緒に下校した。
それも、二人だけでだ。
遠くからそれを見ていた私は、二人が凄くお似合いに見えて、何故か胸にズキリと痛みが走った。
あの二人の関係は、一体何なのだろう?
日記を書いていた筆がピタリと止まる。
胸にまた、ズキリと痛みが走った。
先程までの幸せな気持ちが、急激に冷めていくのを感じる。
ああ、嫌だな…
彼女は、嫌だ。
地味な少女。
容姿は整っているが、絶対に目立たないだろう少女…
あんな子は、私の物語に…
いらない




