BL本のコーナーに男が入ってきたら、腐…、婦女子諸姉はどう思うだろうか?
「…ここが、同人ショップというやつか」
店内に入ると、まず最初に壁の隙間を埋め尽くすように貼られた、美少女やら美少年のポスターが目に入る。
静子に連れられて入った店は、外装は普通の建物のように見えたが、内装は完全にオタクカラー一色であった。
「こっちです、師匠」
静子に引っ張られ、たどり着いたのは18に斜線の入った垂れ幕。
ここが成人コーナーらしい。
ちなみに、静子は現在、俺が渡したマジックアイテム『少し老けて見える眼鏡』を着用している。
これは以前、とある件の対応の為、静子に渡したマジックアイテムである。
効果は文字通り少し老けて見えるだけで、ぶっちゃけ変装にすらならない程度のものである。
こんな玩具を、未だ捨てていなかった事に少し驚いたが、確かに今の状況にはもってこいのアイテムかもしれない。
そんな彼女を見て、俺も変装した方が良いかと思ったのだが、師匠はそのままでも大丈夫ですと言われてしまった。
もしかして、俺って老けて見えるんだろうか…?
そんな他愛もない事を考えつつ垂れ幕を潜ると、そこには先程よりも濃い世界が広がっていた。
「これはまた、凄いな…」
何と言うか、男の俺が見るには、かなり目の毒と言える空間だった。
壁に貼られたポスター、そして飾られている本は、全て男の絡み合うような絵ばかりであった。
これは…、ちょっとまともに見るのが嫌だぞ…
というか、これは男が入って良い空間ではない気がする。
現に、俺が入ってきたことで、何人かの先客が警戒の色を濃くしているのが分かる。
静子、これ、本当に大丈夫なのか…?
(…なんで、カップルがこんな所に?)
(男を連れてくるなんて、マナー違反よ…)
(あ、でも、もしかしてあの男の人って…)
(っ!? 確かに、あの人ってなんかソレっぽいかも!)
(ってことは!? ってことは!?)
(きっとそうだって! ほら、なんかこの先生の本に出ているキャラとソックリじゃない!?)
(あ、本当だ!? じゃあ、もしかして本当に!?)
(サ、サイン貰ってこようかしら…)
え~、皆さま、全部聞こえております。本当にありがとうございました。
「…静子、身の危険を感じる。そろそろ出たいんだが」
「はい、師匠。目的のモノは見つかりました。会計を済ませてくるので、外でお待ちを」
「すまない…」
俺はそそくさと、逃げるように店の外に出た。
まさか、速水さんと同じような思考回路をもつ人間があんなにも居ようとは…
この世界は大丈夫なのだろうか…?
「お待たせしました。次へ行きましょう」
入口の前で凹んでいると、静子が店から出てくる。
「次…、やはり次もこんな感じなのか?」
「いえ、次の店は男性向けの作品も多いので、ここ程ではありません。この店は、所謂腐女子の聖地とされる場所なので、作品も女性向けばかりでしたが…」
客層が女性しかいなかった事から、なんとなくそんな雰囲気は感じ取っていたが、やはりそういう事か…
「しかし、それなら俺は入口で待っていた方が良かったんじゃ?」
「…いえ、私も成人向けコーナーに入るのは初めてでして…。一人で入るのはちょっと…」
…まあ、男の俺でも少し躊躇うものなのだ。
未成年の女子には、酷というものだろう。
しかし…、しかしだ! 先程の俺の状態は、仮に百合専門のAVショップがあったとして、そこに女性が入ってくるような状態なワケであって、それがどういった視線に曝されるかという事は理解して欲しい!
…などと心で叫んでみるが、まさか静子にそのまま伝えるワケにもいかず、俺は自嘲気味な表情を作るしか無かった。
「…いや、すまん、今日の俺は静子のエスコート役だったな。辛いと感じたらいつでも言ってくれ。いざとなれば…、俺が買ってくることも、辞さない、ぞ…」
いかんいかん、言葉の節々に抵抗感が表れてしまった…
自分で言いながら、その光景を想像してしまったんだ、すまない…
「いえ、師匠にそんな無理はさせられませんので…。代わりに、師匠には今日購入した資料について預かって頂きますので、よろしくお願いします」
…………え? 俺が、コレを持ち帰るの?
俺がモデルになった、BL本(成人向け)を?
「そ、そんな絶望的な顔をしないで下さい…。罪悪感が…。でも、先程も言った通り、私が持ち帰るのは少し厳しい状況ですので…」
そう…、だったな…
今の静子には、流石に無理をさせるワケにはいかない…
こんな事で、くじけては駄目だぞ、俺…
「す、すまない…。大丈夫だ。問題無い。ただ…、ウチに持ち帰るのは流石に俺もマズイ。両親に見られでもしたら、俺も居場所を失ってしまうんでな…」
俺自身をモデルとしたBL本を、俺が隠し持ってると母に露見した場合、果たしてどうなるだろうか?
…家族関係は良好だとは思うが、母は昔から俺の異常性に色々と心労を重ねている。
そこにそんな爆弾を投げ込めば…、恐らく我が家は崩壊するな。
「そ、それもそうですね…。しかし、そうなるとどうしましょうか…。尾田君は…、同じ条件で駄目でしょうし、如月君も色々と不味い…。となると、麗美さんに任せるしか…」
「いや、それはそれで嫌な予感しかしない…。一応、代替案は考えた…。購入後の事は気にせず、一先ず残りのブツを買い揃えよう」
「…はい。では師匠、お手数ですがあと二件ほど、お付き合いください」
俺は可能な限り笑顔でそれに応える。
あと、二件…。大丈夫だ…、問題無い。
俺の胃は前世の学会で鍛えられている…、この程度で荒れるものか…
そんな阿呆な自己暗示をかけるほど、俺は動揺していたが、その矛盾に気づいたのは全ての店を回り終えてからであったという…




