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同人誌を買いに行きます



 キョロキョロと周囲を見回す。

 なんというか、普通の喫茶店であった。

 いやまあ、お洒落ではあるのだが、特筆すべき点が無いと言うか…、少なくとも俺の想像とは異なる喫茶店であった。



「…メイドは、いないんだな」



 静子は俺の呟きに一瞬キョトンとした顔をして、次の瞬間にはプッと噴き出した。



「師匠、もしかしてアキバの喫茶店がメイド喫茶だけだと思ってたんですか?」



「いや、何か他にも色々あるらしいとは聞いていたが、普通の喫茶店もあるのだなと」



「そりゃありますよ。もしそんな状態だったらチェーン店なんて進出出来ないでしょう?」



 確かにその通りだが、それはそれ、これはこれ的に区分けされていると思っていた。

 静子が有名チェーン店をあえて避けてこの店に入ったので、てっきりその手の店だと思ったんだがな…



「…すまない。不勉強だった。それにしても、静子はここによく来るのか?」



「月に1~2回程度ですが。やはりこの街には色々なパーツが揃っているので、重宝はしています」



 パーツ、というのはパソコン関連のパーツの事だろう。

 静子にこの手の知識を手ほどきしたのは俺なのだが、彼女は俺の与えた知識をベースに独自に学習を重ね、今では俺など足元にも及ばない専門家と化している。

 元々静子にはそういった事に対する才能が有ったのだろうが、ここまでの成長を遂げるとは正直想定していなかった。

 静子の実力は、例えるならスーパーハカーや、電子の妖精とも言えるレベルに達しているだろう。


 そんな優秀な彼女に師と仰がれるのは大変光栄なのだが、出来ればこのような場で俺を師匠と呼ぶのは本当に止めて欲しい…

 まあ、この件に関してはもう諦めかけてはいるのだが…


 呼称に関しては、今までも注意をしてこなかったわけではない。

 むしろ、毎日のように注意していた筈だ。

 しかし、結局今に至るまで、彼女の呼び方が矯正されることはなかった…

 効果が無かったわけでは無いのだが、3回に1回は師匠呼びになるので矯正出来たとは言い難い。

 正直、ワザとやってるんじゃと疑った事もあるのだが、どうもそうでは無いらしい。

 ワザワザ魔術まで使って調べたのだから、最早疑う余地はあるまい…



「…熱心な事は良い事だな。しかし、静子くらいの年齢の女子が、一人でこの街を歩き回るのはあまり感心できないぞ」



「…それでは師匠、私がアキバに買い物に行く際は、今日のようにお付きあい頂けますか?」



「ま、まあ、時間があれば構わないが」



「ありがとうございます」



 そう言って微笑んだ静子に、俺は少しドキリとしてしまう。

 静子は、一重や麗美のように端麗な顔立ちをしている訳では無いが、十分に可愛い顔立ちをしている。

 化粧っ気も無く髪型も地味、しかも基本無表情なので非常にわかりにくいのだが、時折見せる微笑はそんな印象を吹き飛ばすくらいの破壊力を持っているのだ。



「と、ところで、今日の目的は一体なんだ? やっぱり、PCのパーツを買いに来たのか?」



 俺は、そんな内心を誤魔化すように話題を変える。



「一応それも目的の一つではありますが、あくまでついでですね。本題は別にあります」



「というと?」



「…その話をする前に、師匠は『空想虚言者』というものをご存知でしょうか?」



「いや、知らないな…」



 空想、虚言、そんな単語が並べられてる時点でなんとなく想像はつくが…



「『空想虚言者』とは所謂サイコパスの一種です。想像力が旺盛で、空想を現実よりも優先したり、自分でついた嘘を信じて疑わなかったり、といった特徴を持っています」



 …んん? なんだか聞き覚えのある内容だな。

 …いや、それってもしかして…?



「私は、速水 桐花(はやみ とうか)が『空想虚言者』なのでは、と考えています」



 …やはり、そういう事か。

 確かに、今言った『空想虚言者』とやらの特徴は、今朝の速水さんと特徴的に一致している。

 あの、何を言っても無駄な感じ…

 メンヘラにしても大分重症だとは思っていたが…



「…成程。確かに特徴自体は一致するな。…しかし、サイコパスね…、そんな身近に居たりするものなのか?」



「サイコパスは全く出会わないという程希少な存在ではありませんよ? 例えばニューヨークでは、サイコパスが10万人以上存在すると言われています」



「マジか…」



 怖いよニューヨーク…

 俺は心の中で、旅行に行ってみたい国リストから、そっとニューヨークを消した。



「まあサイコパスと一口に言っても、全てが全て危険人物という事ではありません。特に『空想虚言者』に関しては分類こそサイコパスの一種と見なされていますが、直接犯罪に結びつかない事も多いようです。…まあその分、結構身近な存在だったりするんですがね…」



(う~む…、それはもしかして、一種の自己暗示みたいなものだったりするのかな?)



 俺は専門じゃないが、精神学については前世で軽くかじった事がある。

 思考誘導の術なども、その際に覚えたものだ。



「速水桐花の場合、弁舌だったり自己中心的だったりという特徴はありませんが、同類の精神疾患である可能性が高いです」



「…ふむ。しかし、そうだとしたら、増々厄介だな…」



 思考誘導や意識改変の魔術は、本人の趣向や信じるモノを変えさせるほどの効力は無い。

 罪悪感などが有ればなんとかなる可能性もあるが、速水さんの場合、それは難しいだろう。

 もしそれを行うとしたら、それは洗脳や催眠の領域である。

 そんな事は、当然するつもりがない。



「精神病質…、サイコパスは、完全な治療法が存在していません。しかも、基本的に無害である速水桐花の場合、周囲の人間は愚か、本人すらもソレを意識していないでしょう。つまり、今後医療機関にかかる予定も無いという事になります」



 無害…、まあ対外的にはそうかもしれないが、俺の精神は大ダメージを受けているんだぞ…

 おっさんのナイーブな精神には、今の状況は少々キツイものがある。

 しかし、そもそも完全な治療法が存在しないとなると、本格的にお手上げか…?



「…ですので、正攻法ではこの状況を解決する事はできません。だだ、私達には幸い、魔術という裏技があります」



「…まあ、それはそうなんだが、さっきも言った通り、速水さんのようなタイプには、精神干渉系の魔術が効きにくいぞ?」



「その辺の事情については、研究所の設備を利用すれば多少融通が効くかと。その上で、まず私達がしなければならないのは、彼女の世界を知り、研究する事です。今日ここに来た目的は、その為の資料を集める為になります」



 静子にしては、珍しくやる気に満ちた顔をしているな…

 ただ、俺の経験上、静子がやる気を出す時って、大抵悪い方向に向かって行く時なんだよなぁ…



「という事で師匠、これからその為の資料、『同人誌』を買いに行きます」



 ほら、やっぱり…




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