お前は何を言っているんだ
――――放課後
俺は苛酷な一日を乗り切り、逃げるように部室へと向かった。
そして、到着すると同時に机に突っ伏す。
「し、師匠…?」
いつも通り、誰よりも先に部室に来ていた静子が、俺の行動を見て訝しげにしている。
ほぼ最速最短で部室に向かったハズの俺よりも何故早いんだ? という疑問はあったが、今の俺にそれを尋ねるほどの精神的余裕はなかった。
「う、うぅ…」
「し、師匠!? 泣いてるんですか!?」
な、泣いてないやい!
ただね? 中身は四十路…、いや、通算すると六十過ぎのおっさんなんだよ?
涙腺がこう、少し緩くなってるんだよ!
だから、涙ぐむくらい仕方のないことなんだ!
「…もしかして、朝から流れてる噂の件ですか?」
朝から流れてたのかよ! あれか? 授業中にSNSやってた奴だな!?
怖い…、怖いよ現代の情報伝達速度…
「その、通りだよ、静子…」
結局あの後、教室に戻った俺達は当然のように誤解されてしまった。
俺は努めて表情を崩さないようにしていたが、速水さんの幸せそうな顔が誤解に拍車をかけたのは言うまでもあるまい…
そんな俺を心配して、尾田君が気遣ってくれたのだが、筋肉受けという魔の言葉が頭を過り、まともに彼の顔を見ることができなかった。
ちなみに、筋肉受けという言葉は一応調べてみた。
案の定、想像通りの内容で安心…、じゃねぇ! 落胆した。
「師匠…、あの手の噂は一過性のものです。いずれ、ほとぼりも冷めるでしょう」
ああ、そうだろうさ。そうだろうとも。
大抵の噂は、普通時間と共に風化するものだ。。
しかし、その時間とは、一体何時までなのだろうか?
次の学期? それとも来年? もしくは三年まで続くのか?
少なくとも俺には、あの噂が一週間やそこらで消えるとは思えない。
最悪の場合、卒業まで付きまとう可能性があると見ている。
「…正直、俺は、それはないと思っている。何故ならば、その噂の発生源が、この学校の外にまで情報を流出しているからだ…」
「発生源…、それは速水 桐花さんのこと、ですか?」
!? 流石静子…、既に気づいていたか…
実の所、この件には新たな問題が浮上していた。
俺がそれに気づいたのは、先程筋肉受けについて調査している時のことである。
俺は見つけてしまったのだ…、彼女、速水 桐花のSNSアカウントを…
「確かに、アレは少々マズイかもしれませんね…。彼女のフォロワーにはこの学校の生徒もいるようですし、それが一部で広がる可能性は十分にあり得ます。独自のコミュニティも持っているようですし、オフ会などでより広範囲に拡散される可能性も…」
マジかよ!?
「マジかよ!?」
あまりの衝撃に、つい声が出てしまった。
静子の前だったから良かったものの、如月君などに見られでもしたらイメージが狂ってしまう…
それにしても、速水さん…、予想以上に厄介な存在だな…
彼女のお陰で、結構洒落にならない状況になってきたぞ…?
何せ、もしあのアカウントが彼女のものだと知れ渡れば、必然的に俺のあらぬ噂まで広まってしまうのである。
しかも、それが彼女の妄想のキャラクターなどでなく、実在する人物だと知られでもしたら…
(お、恐ろしい…)
俺は情けなくも、思わず身震いしてしまった。
「…ふむ。師匠、私にいい考えがあります」
「!? 本当か静子!?」
本当にそれは、いい考えなんだよな!?
なんだかその言い回しは、某総司令官の顔が思い浮かんで非常に不安なんだが…、信じてもいいんだよな!?
「はい、師匠。…それでは早速ですが、私とデートしましょう」
◇
一瞬、お前は何をいっているんだ、という顔をしてしまったが、静子が考え無しにそんなことを言い出すハズはない。
…ということで、俺は彼女の案に乗り、他の面子に断りを入れて早々に帰宅したのであった。
一度帰宅したのは、制服を着替える必要があった為である。
(流石に、ココを制服のまま歩くのは気が引ける…)
俺は今、秋葉原にやって来ていた。
日本有数の電気街にして、オタクの街でもあるアキバ。
実の所、来たのは初めてだったりする。
時刻は16時20分。
約束の時間の10分前か…
なんだかそわそわするな…
静子は地理に疎い俺のことを考慮して、待ち合わせ場所に中央改札の壁付近を指定した。
そんなことをするくらいなら一緒に行った方が…、とも思ったのだが、そこはお約束というヤツらしい。
ちなみに、俺達の通う都立 中央誠心高校は、水曜日が隔週で5限目までとなる。
正確にはホームルーム的な時間なのだが、隔週で教師が不在となる為、自由下校可能なのだ。
なんともいい加減な状態ではあるが、お馬鹿学校らしいと言えなくもない。
そのお陰で、まだ明るい時間にこんな所に来れたのだから、ラッキーくらいに思っておこう。
「お待たせしました」
「いや、全然待ってない。今来たところだ」
「テンプレート台詞、ありがとうございます。…それでは、行きましょうか」
「ああ」
自然に手を繋いでくる静子に、少しドキリとする。
もし麗美が見ていたとしたら、親父が何をときめいているんだか、なんて思われるかもしれない。
しかし、中身は親父でも、今の俺は思春期真っただ中の学生なのである。
静子のような可愛い少女に手を握られたら、ドキドキくらいして当たり前なのだ!
…なんか今、リア充爆発しろとか聞こえた気がするが、気のせいだよな?
「折角なので、まずは少しお茶にしましょう。お勧めのお店が有るんです」
「任せるよ。エスコートさせるようで申し訳ないが…」
「ふふっ…、私が楽しいから良いんですよ。じゃあ、付いてきてくださいね」
静子は満面の笑顔を浮かべ、俺の手を引く。
少し情けない気にはなったが、俺はコメントを控え彼女の案内に従った。




