-速水桐花の世界-
既に用意していた回答を反射的に答えた俺は、その瞬間フリーズした。
な、何が、起きた? いや、彼女は何と言った?
受け? 攻め? 何のことです!?
「良かった! やっぱり私の思った通りだったんですね!」
いやいやいやいや! 何も良くないよ!?
っていうか今の質問はなんだ!? 話の流れ的に色々とおかしくないか!?
彼女の台詞で少し我に返った俺は、その質問の意味をなんとなくだが理解することができた。
攻めと受けとは、つまり腐った意味でだよな!?
い、一体何故に…!?
何故にホモかどうかの事実確認をすっ飛ばして、ホモ前提の質問なんだ!?
…俺は普段、感情ををなるべく表情に出さないよう努めている。
これは前世からの癖のようなものであり、今世に引き継がれている数少ない要素だ。
しかし、そんな年季ものの仮面が、今はボロボロに崩れてしまっている…
これは表現するならばアレだ、所謂〇ルナレフ状態というヤツに違いないだろう。
あ…ありのまま 今 起こった事を話すぜ!
おれは ホモじゃないと否定するつもりだったが
いつのまにかホモだと断定されていた
な… 何を言っているのか わからねーと思うが
おれも 何を言われたか わからなかった…
頭がどうにかなりそうだった… 魔術だとか科学だとか
そんなチャチなもんじゃあ 断じてねえ
もっと恐ろしいものの片鱗を 味わったぜ…
信じがたい事だが、彼女の中では、俺がホモだと確定しているのようであった。
何故そうなったかさっぱり理解できないが、そうでなければあんな質問にはならないだろう。
…こんな理不尽があって良いのだろうか?
まさか、否定する余地さえないとは思わなかったぞ…?
何と言うか、これは漫画やラノベなどで見かける、因果律を捻じ曲げる類の攻撃に近いものを感じる。
過程をすっ飛ばし、結果を押し付けると言うアレだ。
元研究者である俺にとっては、過程をすっ飛ばすなど到底受け入れられない。
そんな事が認められるのなら、俺はもっと若くして賢者と呼ばれていたであろう。
過程のない結果など、認めるワケにはいかない…
「…速水さん、今、なんて?」
という事で俺は、都合よく聞こえなかったフリをすることにした。
難聴系というヤツである。
「え…? えっと、だからその…、神山君は攻め、なんだよね? 尾田君は、筋肉受けで…」
筋肉…、受け?
な、なんだ、それは…、う…、頭が…
一瞬理解しかけた頭を、それを戒めるかのような頭痛が襲う。
頭が、クラクラする…、どうにか、なりそうだ…
「か、神山君!? 大丈夫!?」
「…あ、ああ、大丈夫だ、問題ない」
嘘だ。問題だらけである。
「ご、ごめんなさい…。突然こんなこと言われても、困るよね…。私、あまりにも即答だったから、つい舞い上がっちゃって…。わ、私、教室に戻るね? 詳しい話は、また今度でいいから!」
そう言って、俺とすれ違うように階段を降りていく速水さん。
俺はその彼女の腕を掴み、ギリギリで引き止める。
それは本能というか、反射に近い反応であった。
(良く反応したぞ、俺…)
ほとんど放心状態だった俺でも、このまま彼女を教室に帰したら不味いことくらいは流石に理解出来る。
「か、神山…、君…?」
振り返った速水さんは、やや頬を赤らめ、ちょっと照れたような、それでいて少し幸せそうな表情をしていた。
間違いなく、他のクラスメートが見たら誤解を生みそうな状態である。
恐らく、このままクラスに帰せば、根掘り葉掘りと質問攻めにあう事は間違いないだろう。
内向的な彼女のことだ…、恐らく、ここでのやり取りを外に漏らすなんてことは、まずないだろうと思う…
しかし、だ…
残念ながら、彼女がそれに答えようが答えまいが結果は悪い方にしか転ばないのである。
例えば、彼女が質問に対し、こう答えたとしよう。
「そ、その…、えっと…、秘密…(ポッ」
…十中八九、俺は今よりも酷い扱いを受けるに違いない。
男子からは暴力を伴う嫌がらせを受け、女子からは完全に無視されかねない…
では仮に、彼女が正直に答えたとしたら?
「あの…、やっぱり神山君は攻めで、尾田君が筋肉受けみたいなの!」
彼女の発言を、何人の人間が理解できるかは分からない。
しかし、受け攻めという言葉から、ある程度理解する者は出てくるはず…
そして、その有識者から情報が伝播することで、男からも避けられる事態に発展するのである。
いや、それだけならまだマシかもしれない。
最悪の場合、社会的に抹殺される恐れすらあるだろう。
…なんとしてでも、ここで誤解を解いておく必要がある。
「は、速水さん、待ってくれ…。君は重大な誤解をしているよ」
「ご、誤解…? やっぱり、神山君が、受けって事…?」
「断じて違うよ。まず第一に、俺と尾田君はそんな関係じゃないんだ。彼とは友達だけど、決して恋人同士なんかじゃない。彼も俺も、いたってノーマルさ。普通に、異性の事が好きなんだよ」
速水さんの肩を固定し、真剣な表情で訴える。
彼女の視線を逃がさないよう、魔力も使わせて貰った。
テクノブレイクLV2…、これで俺の魔力は、残り1である。
「神山君…。あの、私…、わかっているから…」
わかっている…? 何をだ…?
「神山君、バイ…なんだよね。ちゃんと、気付いてたよ? 私…」
バ…イ…? 売? 倍? バイバイキーン?
彼女は何を言っているのだろうか? あれ? え? バイ?
「私、本当にずっと、神山君達の事、見ていたから…。神山君、いつも雨宮さんと一緒にいるのに、時々尾田君の事をチラチラと見てたよね?」
いや、確かに見ていたけど…
それはただ、コイツ戦士か何かか? とか思ってただけなんだが…
しかも座席が真ん前なもんだから黒板見辛いし、かといってそれで文句を言うのもアレだし、色々と気を使っていたのである。
それが…、なんだって…?
「神山君が、雨宮さんを大事にしているのは凄くわかるの。でも、それと同時に尾田君にも惹かれていた…。じゃ、邪道かもしれないけど、私はそれもアリかな、なんて思ってたんだ…。それが最近、妙に仲良くなった二人を見て、確信したの。ああ、きっと勇気を出したんだなって…。だから、私も勇気を出して…」
「ま、待ってくれ! それは誤解だよ…。本当に俺は、ノーマルなんだよ!」
「うん…、わかってる。社会的には、そう言うしかない、よね…。でも、少しくらいは理解者がいたって良いと思うの! だから私は…、神山君の理解者になりたくて…、だから、勇気を出して、神山君達の関係を…」
震える声でそう言った速水さんは、目を潤ませ、鼻を赤らませていた。
俺はそれを見て、焦ったりはせず、むしろ冷静になっていった。
その理由は、違和感である。
会話をしているというのに、この手応えの無さ…
もしかしてこの娘、根本的な所がおかしいんじゃ?
俺の話を無視しているワケでは無いのだが、彼女はさっきから、自分の主観に沿うようにしか物事を捉えていない…
(さっきのこともそうだ…)
彼女の中では、俺と尾田君がそういった関係であると確定されており、一切確認もされなかった。
それはつまり、彼女の中で確定した事が、彼女にとっての現実になっているという事である。
(妄想と現実の区別がついていない…?)
これが所謂、メンヘラというヤツなのだろうか?
しかし、そうだとしたら…
(…不味いな)
もしそうだとしたら、現時点で彼女の誤解を解く事は不可能である。
俺の今の魔力では意識を誘導する事は出来ても、精神を捻じ曲げることはできないからだ。
『転換の秘法』を使えばできる可能性はあるが、それには俺だけでなく彼女にもリスクが発生する。
最悪の場合、廃人になる可能性すらあるのだ…
俺はそんな危険を冒すつもりはないし、そもそもそんな禁術めいたことをするつもりもない。。
(手詰まりだ…)
キーンコーンカーンコーン♪
切迫とした空気を破るように、どこか間抜けなチャイムが鳴り響く。
これは予鈴だ…、つまり、そろそろ戻らないと不味いということである。
「…か、神山君?」
速水さんも焦りを覚えたのか、少し不安そうな顔をしている。
そんな彼女を見て、俺はため息を吐きつつ、ハンカチで涙を拭ってやった。
彼女は俺の行動に少し驚いたようだが、素直にそれを受け入れる。
「このまま教室に戻ると、色々誤解をさせるからね…」
「あ…、うん、そうだね。ごめんなさい…」
「いや、いいんだ、それより…」
俺は言葉を止め、覚悟する。
嫌だ、本当に嫌だ…
けれども、これ以上被害を広げない為には、これが最も確実だろう…
俺は今から発する言葉に、なけなしの魔力を注ぎ込む。
「…このことは、俺達だけの秘密にしてくれないか?」
「…っ!? う、うん! もちろんだよ!」
返事をする彼女は、とても表情は幸せそうな笑顔を浮かべていた。
…恐らくこの状態では、最初に危惧した誤解は避けられないだろう。
しかしこれで、彼女の口から俺が攻めだの受けだのといった内容が流布されることはなくなったハズ…
その為に、わざわざなけなしの魔力を込め、言葉に強制力を伴せたのだ。
絶対的保証があるワケではないが、彼女の性質を曲げる内容ではない為、しっかりと誘導されるハズである。
恒久的な対応については今後考えていくしかないが、今は拡散を防ぐのが第一だ…
こうして俺は、偽りの理解者を得たのであった…
はぁ………




