『正義部』へようこそ
どうしてこうなった?
俺の短い人生の中で、最も多く、自らに問いかけた疑問である。
一番初めは俺が三つの頃、親父が失踪した時だったと思う。
幼いながらも理解できる程のクズ野郎だった親父は、ある日を境に家に帰ってこなくなった。
最初は俺も兄貴も、それを心から喜んだ。
暴力を振るう上に、家に居ても何もせずテレビを占領する親父が、俺は大嫌いだったからだ。
しかし、そんな俺達の感情を他所に、母さんは家を空けることが多くなり、日に日に窶れていった。
どうしてこうなった?
その疑問は結局、答えを得られないまま、うやむやになった。
当時の俺は幼かったし、そんな疑問よりも、親父が居なくなったことの方が重要だったからである。
親父が居なくなって特に嬉しかったのが、テレビのチャンネル権を得られたことだった。
兄貴も母さんも、特に見たいチャンネルを主張しなかった為、チャンネル権は丸々俺に移ったのである。
俺がアニメや特撮を好むようになったのは、この時チャンネル権を得られたことが切っ掛けだ。
特に、特撮のヒーロー達は、クズ親父を見て育った俺にとって、まさに憧れの存在であったと言ってもいいだろう。
そんな憧れを胸に抱いていた俺は、ある日同級生のイジメ現場に遭遇してしまう。
そう、不運にも、遭遇してしまったのである。
ヒーローに憧れ、正義感の強かった俺は、それを止めずにはいられなかった。
そして次の日から、今度は俺がイジメの対象になった。
助けた筈の同級生までもがイジメに加担していたことには、怒りや悲しみより、呆れに近い感情を抱いたのを覚えている。
どうしてこうなった?
疑問を胸に抱きながら、俺は心身ともに傷を増やしていった。
しかし、そんな日々は、ある日唐突に終わりを告げる。
俺をイジメていた奴らが、唐突に謝罪をしてきたのである。
どうしてこうなった?
その答えはすぐ出た。
どうやら兄貴が、不良として学校で名を馳せるようになったかららしい。
兄貴を恐れた奴らは、手のひらを反したかのように、媚びへつらうようになった。
それからは俺も、自分の身を護る為に喧嘩の仕方を覚えたり、不良の真似事のようなこともした。
そして俺は悟ったのである。
正しく、真面目に生きることは、美徳でもなんでもなく、ただ愚かであるということを。
正義なんてものは、より強く、より多い思想に左右される虚構に過ぎないのだと。
あらゆるメディアからもたらされる情報が、それが事実であるという裏付けにもなっている。
…結果として、俺は自らに疑問を投げかけることがなくなった。
だというのに…
「おい! シンヤ! 大丈夫か!?」
肩をガクガクと揺さぶられる。
表情から心配しているは伝わってくるが、随分と雑な対応に思える。
まあ、兄貴らしいと言えば兄貴らしいが…
「…大丈夫だ兄貴。それより、少し退いてくれねぇか?」
「あ? ああ…」
兄貴が横にずれ、再び視界が開ける。
視線の先には、倒れた神山を背負って立ち上がる、尾田の姿が見えた。
意識が戻り、一部始終を見ていた俺は、あの二人が何をしたかを大まかに理解していた。
そんな二人を見ていると、もう失われたと思っていた自分への問いかけが、蘇るような感覚を覚える。
それと同時に、何か、胸に熱いものが宿るのを感じ取れた。
「…兄貴」
「ん? どうした?」
「……正義の味方って、本当に、いたんだな…」
◇
――――三日後。
「痛っ…」
こめかみの辺りに、鈍い痛みが走る。
割とギリギリ近くまで『転換の秘法』を使った弊害か、未だに頭痛が残っていた。
煩わしい事この上ないが、はっきり言って偏頭痛程度で済んでいるだけマシとも言えるだろう。
『転換の秘法』は生命力を魔力に変換する秘術である。
生命力という曖昧かつ危険な概念を利用している為、前世ではほとんど実験もできず、実用に至らなかった禁術だ。
そんな危険な術ではあるが、コチラの世界で知識を得たことで、一応ながら実用レベルに至ったと俺は判断している。
こうして副作用が出ているのを考慮すると、まだまだ完成は遠そうだが…
「大丈夫ですか? マスター…。無理せずお休みになられれば良いのに…」
「そうしたい所だが、そうも言ってられんのだよ…。まあ気にしないでくれ」
三日前の件で、俺の皆勤賞はなくなってしまった。
だから無理して出席する意味はほとんどないのだが、俺が問題視したのは一重と同じ期間休んでしまうことである。
二人揃って同じ期間休んだりしたら、一体どんな噂が立つやら…
これ以上のイメージダウンは、避けなければならない。
「まあ、マスターがそう言うのでしたら…」
麗美はそう言いながらも、心配そうな表情をする。
それを見てかはわからないが、一部男子生徒から剣呑な気配が伝わってくる。
…もしかして、何をしても敵を作るのは変わらないのだろうか。
「そういえば、一重さんはまだ復帰できない状態なのですか?」
「いや、八割がた回復はしているよ。大事を取って休ませているだけだ」
一重の体力はほぼ回復しているが、学校への復帰は来週からを予定している。
ちょっとした大型連休になってしまうが、大事を取るに越したことは無い。
休んだことによる学力低下は、少々心配だが…
「あの術の反動、ですか…。マスター、あの術は一体どのような術なのでしょうか? 身体強化の一種だとは思いますが…」
「ああ、あれはだな…」
ガラガラ
俺の言葉を遮るように、部室の扉が開かれた。
「そいつは俺も少し聞かせて欲しいな」
「…尾田君か。わざわざ部室まで来るなんて、どうしたんだい?」
「一々口調変えるなよな…。まあいいけど、…おい、そんなとこいねぇで入って来いよ」
「あ、ああ」
尾田君が少し体を横に避け、招くような仕草をする。
その様子から判断すると、どうやら尾田君自身の用事ではないらしい。
そうして姿を現したのは、如月シンヤであった。
「喜べよ神山。なんと入部希望者だ」
「お、お前! 俺から言うって言っただろ!? …………あ~、俺は1-Cの如月シンヤだ。この『正義部』ってのに、俺も入部させて貰えないか?」
如月シンヤは照れくさそうな仕草で、少し遠慮がちにそう言ってきた。
…もちろん、断る理由など無い。
「ようこそ。入部を歓迎するよ、如月シンヤ君」
――――こうして、『正義部』に新たな仲間が加わったのであった。




