回復魔術
――――術式、開始。
まずは自身の魔力を体に循環させ、波長を整える。
十分に循環させた後、今度はそれを晶子さんを含めるかたちで行う。
回復魔術や他者への身体強化、教会に所属する僧侶や神官が法術と呼ぶこれらの術は、対象者に魔力が通っている事が前提とされる。
その為、意識を失った者や、魔力が無い者には、そのままの状態で術を行使する事は出来ないのである。
意識の無い晶子さんには、先程の尾田君のように魔力起こしをしても意味は無い。
仮に出来たとしても、衰弱した体で魔力起こしなどすれば、一気に体力を失う事になり非常に危険だ。
こういった場合、まずは対象者を巻き込むように魔力を循環させる事で、疑似的に魔力を通わせる。
この状態であれば、例え相手に魔力が無かろうとも術を行使する事が可能となるのだ。
今の俺は輸血パック…、いや、外付けの心臓と言っても良い状態だろう。
まあ、通っているのは血では無いがな…
実はこの他者を含めた魔力循環こそが、法術に大量の魔力を必要とする原因だったりする。
魔力を他者に循環させるという事は、循環をさせている間、術者は常に魔力を消費し続ける事になるからである。
しかも、魔力の波長合わせには、それなりのコツが必要だったりする。
魔力には人それぞれ波長が存在するのだが、その波長が合わなければ基本的に術は効果を発揮しない。
それどころか、かなりの確率で悪影響を与えてしまう危険性があった。
どのくらい危険かと言うと、この悪影響をより悪質にしたのものが呪術である、と言えばわかりやすいだろう。
つまり回復魔術とは、非常に扱い難く、厄介な魔術なのである。
しかし、こんな厄介な魔術を専門とする僧侶や神官は、さぞ優秀な魔術師なのだろうと思うかもしれないが、実はそうではない。
彼らは相手から波長を合わさせたり、自分の魔力消費を最小限に抑える一種の『裏技』を有しているからである。
むしろそれこそが、彼らを法術の専門家たらしめる、重要な要素なのであった。
それがなければ、そもそも僧侶も神官も、職として成り立っていなかっただろう。
だからこそ、教会はこの技術を秘匿しているのである。
「す、凄い…。こんなに短時間で波長を合わせるなんて…」
麗美が感嘆の声を上げる。
まあ、驚くのも無理は無いだろう。
この波長を合わせる技術はかなり高度な技術であり、本来であれば完全に同調させるのには数分を要するものなのだ。
実際の所、前世の俺でも、ここまで素早く波長を合わせる事は出来なかったと思う。
では、何故今の俺にそれが出来るのか?
それは、この世界の発達した知識、情報のお陰だったりする。
俺は先程、自分を外付けの心臓と例えたが、それは魔力と血液が性質的に似ているからでもある。
前世では知り得なかった事だが、血液には血液型というものが存在し、それが合わなければ様々な悪影響を及ぼすらしい。
俺はこれを知った時、魔力の波長との類似性に着目した。
もしかしたら、魔力も型に落とし込めない、と。
結果、俺は気脈の性質により、ある程度波長の切り分けを行い、それをテンプレート化する事に成功した。
魔力が通っていない晶子さんにも、気脈は存在する。
俺はこの気脈に軽く魔力を当て、性質を読み取り、テンプレートの中から素早く適した波長を選択した。
これこそが、短時間で波長合わせに成功したカラクリなのであった。
(さて、あとは魔力の巡りが悪くなっている箇所や傷の患部に対して、治癒力の強化などを施すだけだけなのだが…)
この時点で、俺の魔力は既に枯渇寸前であった。
どうやら、魔力5では2分ももたないらしい…
ここから先は『転換の秘法』による供給となる為、より集中する必要がある。
麗美はそれを素早く察知し、俺の補助に回る。
俺が魔力の波長を乱さないよう、外部から干渉するのだ。
しかし、思ったよりも内蔵の損傷が酷い…
これは、色々と覚悟が必要かもしれない。
…………………………
………………
………
不破の汚い悲鳴がフロアにこだまする。
どうやら尾田君は、あの状態の不破を倒す事に成功したようだ。
本当に、大したものである。
尾田君はそのまま如月兄への助太刀に入り、あっという間に場を制圧してこちらに戻ってくる。
「おい、神山! 晶子さんは!?」
「大丈夫。なんとか命の危機は脱したよ」
「そうか…。良かった…。ってお前も大分顔色悪いが、大丈夫なのか?」
「はは…。大丈夫に見えるかい?」
『転換の秘法』で著しく体力を失った俺は、麗美に支えられてなんとか上体を起こしているが、正直このまま倒れていてもおかしくない状態であった。
「いや…」
言い淀む尾田君越しに、倒された不破を見やる。
………やれやれ、どうやらもう一仕事しなければならないようだ。
俺は最後の力を振り絞り、ふらふらと立ち上がる。
「マスター!? 起き上がっては駄目です!」
麗美が慌てて止めようとするのを手で制す。
「いや、残念ながら、もう一仕事あるみたいなんでね…」
俺はそのままノロノロと不破に近づく。
(やはりな…)
既に不破の体は身体強化が解けており、元のサイズまで縮んでいた。
身体強化が解けているという事は、つまり…
「おい、神山?」
「…尾田君、さっき静子に連絡をして、研究所に応援を頼んだ。後始末は全て彼らがやってくれる。尾田君と麗美には、彼らが来るまで俺達の護衛をお願いするよ」
「護衛…? おま、何を…?」
俺は不破に触れる。
…大丈夫、これならまだギリギリいけそうだ。
「…何、友人を人殺しにするワケにはいかないからね。とりあえず、後の事は頼んだよ?」
「!? お、おい!」
尾田君の声を無視するように、不破の状態を確認していく。
不破は、文字通り虫の息であった。
このままでは、あと数分足らずでこの息の根も止まるだろう。
(全く、前世なら間違いなくこのまま放置しておくような手合なんだがね…。でも、今世ではそうもいかないからな…)
不破の顔を確認すると、床に擦れたのか酷い状態であった。
しかし、顔については命に別状があるワケでは無いし、このままにしておこう…
こうなったのも自業自得なんだし、そのくらいは自分でどうにかして貰いたい。
(さて、気は進まないが、術式開始だ…。とりあえず死なない所までは治してやるから、ありがたく思えよ…)




