正義の味方達②
「おいおい、ありゃなんだよ…?」
尾田君が驚くのも無理は無い…
不破の体は、明らかに一回り以上大きくなっていた。
(間違いなく、身体強化を使っている…)
それも見た目に分かる程の強化となれば、相当の負荷がかかっている。
「…随分と無茶をするな。寿命を縮めるぞ?」
「うるせぇぇぇっ!! てめぇら、ぜってぇに許さねぇぞ!! 男も女も、全員グチャグチャにしてやる…」
チッ…、面倒な…
あのような無茶な強化であれば、恐らくは5分も持つまいが…
不破は動かない。
…いや、呼吸の荒さから見て、まだ動けないのか?
恐らくだが、先程の一重の蹴りのダメージがまだ抜けきっていないのだろう。
しかし、だからといって到底安心できる状況ではないが…
(強化の影響から考えて、回復までは約1分って所か)
一重がダウンしたことで、怖気づいていた他の者達も、徐々に気勢を取り戻しつつある。
この状況で、一分以内に怪我人を連れて逃げる余裕はない、か。
如月シンヤはともかく、晶子さんの状態は明らかに深刻だ。
一刻も早く、治療にあたる必要があるだろう。
しかし、アレを止めるのは俺じゃないと厳しい、か…
「麗美、晶子さんの回復を頼めるか?」
「…私では気休め程度にしかなりませんが、この場を凌ぐだけであれば」
回復の魔術は、専門の知識と多大な魔力を必要とする高位術式である。
その知識や技術体系は教会が秘匿しており、僧侶や神官などにしか伝えられていない為、普通であれば魔術師に頼む事自体お門違いだ。
しかし、実はある程度腕のある魔術師であれば、応急処置程度の回復魔術を使用する事ができる。
麗美は前世で、俺の所属する魔術学会の生徒であった。
あの学会は魔術業界でも最高峰の学び舎であり、その生徒は優秀な才能を持った者がほとんどだ。
故に、麗美であれば或いはと思ったのだが、見込み通り何とか応急処置程度はできるようである。
「…優秀だな。宜しく頼む。それから、静子に連絡を…」
「待てよ神山」
晶子さんを預け、立ち上がろうとする俺を尾田君が制止する。
「お前なら、晶子さんを治せるんじゃねぇのか?」
「…一応は可能だ。しかし、それをすれば俺は行動不能になる。アレを止めるのは…」
「そいつは俺に任せろ」
「…見て分かると思うが、アレは普通じゃないぞ? いくら尾田君の身体能力が優れているといっても、普通の人間が相手にするものではない」
身体強化は魔術の初歩中の初歩であるが、その扱いは中々にシビアである。
強化と一言に言っても、術の対象が自分である以上、扱いを誤れば文字通り身を亡ぼすことになる。
魔術の道に足を踏み入れたばかりの新人は、これで魔力の制御方法や使用量の調節を学んでいくのだが、戦士たちの中には大して勉強もせず、形振り構わずに強化を行う馬鹿も稀にだが存在した。
俗に言う、狂戦死である。
今の不破はまさにその状態であり、その腕力は恐らくオーガにも匹敵する。
尾田君がいくら優れたタフネスを持っていようとも、生身では耐え切れる筈もない。
「まあ、さっきの雨宮といい、お前らが何かおかしな力を使っているのは理解しているつもりだ。けどな、アイツのアレが、明らかに無理してる状態だってのは素人目にもわかるぜ? 多分、そんなに持たねぇんだろ?」
「それはその通りだが…」
「だったら俺に任せておけよ。あんな張りぼてに負けるほど、半端に鍛えているつもりはねぇぜ」
…危険だ。
だが、彼の身体能力であれば通常の強化でも…
不破の呼吸が整いつつある。
最早、迷っている時間は無かった。
「…わかった。アレは君に任せよう」
「応。任されたぜ」
尾田君の背中に触れる。
同時に、俺は尾田君に魔力を流し込む。
「っ!?」
これは、魔力起こしと呼ばれる技法である。
彼の中で閉じていた魔力の蓋を、外部から無理やりこじ開けるという、結構乱暴な行為だ。
「う、お…、なんだこりゃ?」
「おまじない、のようなものだ。…頼んだぞ」
あふれ出た魔力を、尾田君の中で循環させるよう調整する。
今の俺に、他人を瞬時に強化する程の魔力量は無い。
時間をかければ或いは可能かもしれないが、残念ながら不和がそれを待ってくれる筈もない。
この魔力起こしは、言わば苦肉の策であり、一回こっきりの裏技のようなものであった。
今俺が行ったのは、彼の中で蓋がされ、滞っていた魔力の門を開放し、循環させるという技術だ。
これにより普段通っていなかった部分にまで魔力が通うことになり、その影響で身体能力の向上という恩恵が受けられるのだ。
純粋な身体強化とは本質的に異なるが、効能的には身体強化と変わらない効果を発揮するだろう。
ただし、この効果はあくまで一時的なモノに過ぎない。
何故ならば、今の状態は全身に魔力が巡ったことで、体自体が一種の興奮状態にある為に引き起こされた、副作用だからだ。
つまり、この感覚に体が慣れてしまえば、今のように身体能力が向上することもなくなる。
だからこそ、一回こっきりの裏技と言えるのであった。
「…ああ、任せろ。あと神山、お前そっちの喋り方の方がしっくりくるぜ?」
…全く、大きなお世話である。
俺は敢えてそれには答えず、晶子さんの方に意識を集中する。
一度任せると決めたからには、尾田君を信じよう。
俺は俺で、やるべき事をやろうじゃないか。
「麗美、補助を頼む」
「はい」
――――術式、開始。




