如月家の受難、そして…
「どうだ? 中々にショッキングな光景だろう?」
俺は男の言葉に対し、何も答えられなかった。
怒りや絶望、混乱…、色々なものが渦巻いて、俺の頭の中は真っ白になっていたからだ。
「おや? ショッキング過ぎて言葉が出ないかな…? まあ、いいか。おい、彼を特等席に運んでやれ」
男は掴んでいた髪の毛を離すと、他の男達に指示を出してからお袋の繋がれた台車へと近づく。
どうやらお袋は気絶しているらしく、このような状況にも関わらず何の反応もしていない。
俺はお袋の繋がれた台車と対面するように、背もたれのある椅子に座らされる。
手は依然として繋がれたままであり、さらに椅子自体に固定するようにロープまで巻きつけられている。
お袋を見ると、どうやら目立った外傷は無さそうである。
少しだけホッとするが、決して手放しに安堵できる状態ではない。
男の手が、お袋の顎の辺りに触れる。
そのまま顔を上げ、観察するように色々な角度から見まわしている。
「うーむ。やはり中々の上玉だなぁ。少し化粧は濃いけど、これなら十分に楽しめそうだ…」
「っ!?」
男の浮かべた下卑た笑顔に、思わず怖気が走る。
と、同時に、男が何を考えているかを悟って瞬間的に頭が沸騰する。
「お袋に触るんじゃねぇ!」
ニヤニヤと笑みを浮かべていた男が、俺の叫びを聞いてきょとんした顔になる。
「お袋…? まさか、彼女は母親なのか?」
男は、俺とお袋の顔を交互に見る。
どうやら、本当にお袋の事を姉か何かと勘違いしていたらしい。
実際、それは無理も無いとだと思う。
お袋はかなり若作りだし、年齢自体も31歳と本当に若い。
普通であれば、俺くらいの子がいるのはおかしい年齢なのだ。
お袋が俺を産んだのは、十四の時だからな…
「ふむ…、調査では姉と弟二人の3人住まいとなっていたけど、まさか親子とはね。どうやら、随分雑な調査をしたようだなぁ…。これは後で仕置きが必要かな?」
ビクリ、と周囲にいた男の1人が反応する。
どうやら、その男が俺の周囲を調査をしていたらしい。
「まあ、それは後でいいか…。それより、少し計画が狂ってしまったな…」
男はどうしたものか、という素振りで顎に手をやり、考え込むような仕草をする。
(…計画が、狂う?)
もしかして、母親だった事が問題なのだろうか?
確かに、集団で同級生の母親を襲うというのは体裁が悪いというか、ダサい感じはする。
女を襲う時点で体裁もクソも無いとは思うが、なんと言うか、字面の悪さがある。
「…ハッ! そんな年増攫ってナニする気だったんだよ? 熟女モンのAVごっこでもする気だったのか!? 学生の癖に随分偏った嗜好してやがんなおい!」
俺の挑発に振り返る男。
顔は俺の挑発の意味がわからなかったのか、疑問の表情を浮かべている。
「………AV? ああ、もしかして、君のお母さんの恥ずかしい映像でも撮られると思いましたか? それで、ばら撒かれたくなかったら~、みたいな脅しをするとか」
「…この状況で、他に何があるってんだよ!」
「まあ確かに、映像は撮りますよ? でも、別にばら撒くつもりはありません。だって、そんな事をすれば足が付くじゃないですか」
映像を脅しに使うワケじゃないのか…?
じゃあ、お袋を犯されたくなければ従えとでも言うつもりなのだろうか?
…いや、それはないだろうな。
奴らの雰囲気や態度からして、そんな穏便なやり方をするとは到底思えない。
「…! ああ、君は俺が、計画が狂ったと言ったのに反応したのか」
「………」
図星だが、それがなんだと言うのだろうか?
俺の目論見を看破した所で、現在の状況が覆るワケでは無い。
男は姉では無く、母親である事を知って、計画が狂ったと言った。
俺はその言葉から、『脅しの材料』としての価値が下がった、という意味で計画が狂ったのだと予測していた。
お袋はどんなに若作りをしていても、三十路過ぎの子持ちである事には変わりない。
つまり、未婚の若い女と比較すれば、リスクがまるで違うのである。
もちろん、辛い思いをする事には変わりないが、『脅しの材料』としては少し弱いと言わざるを得ない。
「クッ…、ハッハッハッハッ! 図星!? いやいや、如月君は見た目に反して、本当にお目出たい頭をしているねぇ!」
周囲の男達もニヤニヤとイヤらしい笑みを浮かべている。
「まあ、お人好しであればある程、精神を壊すのが容易くなる…。だから大いに構わないけどさ…」
男の手が、イヤらしくお袋の体を這いまわる。
激情しそうになるのを何とか抑え込むが、強く唇を噛んだせいで流血したらしく、口内に僅かな塩気が広がった。
「如月君、君を今日ここに招いたのはね? 君に、俺達の仲間になって欲しかったからなんだよ。君は見た目はアレだが、そこそこ頭が良いからね。前々から目を付けていたんだ」
男は俺に見せつけるように、お袋の胸をいやらしく揉み上げながら、俺に語り掛ける。
「それなのに、君は俺達との接触を拒んで逃げ続けた。俺達は悩んだよ? どうすれば君に仲間になって貰えるだろうか、とね」
「…その答えが、この糞みてぇなやり方かよ?」
「糞だなんてとんでもない! これは儀式だよ! 君と俺達が兄弟になる為のね!」
それまで耐えていたのかのように、噴き出して笑いだす男達。
コイツ等は何が楽しいのか? 俺には全くもって理解ができなかった。
例え俺の立場が違ったとしても、コイツ等と共感する事は決して無いだろうと思う。
「つまり、脅すだなんてつもりは最初から無くてさ、姉弟共々頭ん中ぶっ壊して、仲間にするつもりだったんだよ!」
どうやら、俺は本当に甘い考えをしていたらしい…
この男は、最初から取引などするつもりは無かったのだ。
俺もお袋も、捕まった時点で詰んでいたのである。
「計画が狂ったっていうのは、兄弟になるのが無理になったという意味だよ。まあ、それならそれで、父親で我慢するだけさ。如月君からしたら、 父親がいきなり十人以上になって、少し混乱するかもしれないけどね!」
最早耐えることなく笑い出す男達。
丁寧な口調で語っていた男も、それが本性なのか、口調の節々に悪意が滲みだしている。
「さて、それじゃあ早速、御開帳!」
胸元に手を入れ、強引に服を引き裂く。
飛び出そうと必死にもがくが、椅子はしっかりと固定されており、ビクともしない。
「お袋!!!」
縛られた手の皮が、縄と擦れてズルズルと捲れる。
しかし、そんな事を構っていられる状況では無かった。
「……んん…? ここ、は?」
その時、ずっと俯いて反応を見せなかったお袋が、初めて声を発した。
男に強引に服を破られたせいか、それとも俺の声に反応したのか、ともかく意識を取り戻したらしい。
「くっく…、お目覚めですか? 如月 晶子さん?」
「アンタは……………? って、ああ…、成程、そういう事、か…」
お袋は周囲を見渡し、自分の状態を確認すると、納得したかのように溜息をついた。
「…おや? 意外と冷静ですね? ご自分の状況、理解できていますか?」
「まあ、ね。昔はよくあったからさ。こーゆー事…」
お袋は苦笑いを浮かべながらこっちを見る。
「ごめんね? タクヤ。母さん、ヘマこいちゃったみたいね…。ちょっと見苦しいもの見せる事になるかもだけど、あんま気にしないでね? 大丈夫! 母さん意外とこういうの慣れてるから! …だから、アンタは変な事考えちゃ駄目よ? こんな奴らに付き合ってもロクな事にならないんだからね?」
お袋は妙に落ち着いていた。
これから起こる事が、理解できていないというワケでも無さそうだ。
…だというのに、お袋は自分の事を差し置いて、俺の事を気にしているのである。
自然と、涙が浮かんできた。
「馬鹿かよお袋!! こんな時まで俺の事気にしてんじゃねぇよっ!! …クソが! お前ら…、ぜってぇ許さねぇからな!!!! ぜってぇぶっ殺してやるっ!!!」
「ハハハッ! 無理無理! 君がそうやって感情を昂らせれば昂らせるだけ、余計にね…。 それにしても晶子さん? もう少し危機感とか持った方が良いですよ? これからする事は普段貴方がどこぞのおっさん達としてる事とは全然違いますからね?」
声をかけられたお袋は、嫌そうな顔で身震いする。
「…あの、気安く名前で呼ばないでくれないかしら? なんて言うのか…、虫唾が走るってやつ? 年齢は一緒くらいなのに、あの子達と違ってアンタにそう呼ばれると、鳥肌がたつのよね」
お袋の反応に、男が目に見えて機嫌を損ねるのがわかる。
「…中々に気丈な方ですね。しかし、いつまでその強がりが…」
「あ~! もううっさいわね! そういうのいいから、さっさと始めたら? 言ったでしょ、慣れてるって。アンタみたいなのは昔散々見てきたから、正直飽き飽きなのよ。ぶつくさ言ってないで先に手を動かしなさい? あ、あと一つ訂正しておくけど、私、体は売ってないからね? おじ様方とは楽しいお酒の付き合いをしているだけよ」
それだけ言うと、お袋は黙り込んで脱力する。
目も閉じて、まるで勝手にすればとでも言うような態度である。
周りで取り囲んでいた男達は、お袋のあまりにも太々しい態度に呆気にとられていた。
「ババアが、いきがりやがって…! 朝まで輪姦して、飽きたら風呂にでも沈めてやろうと思ってたが、気が変わったぞ…? お前ら家族、全員奴隷にして一生こき使ってやるよ!」
男は怒りをそのままぶつけるかのように、お袋の腹部に蹴りを入れる。
「ぐっ…」
くぐもった声を上げるお袋を見て、男の顔に嗜虐的な表情を浮かぶ。
「お袋!」
「母さん!!!!」
俺が叫ぶのとほぼ同時に、悲痛な声が重なる。
…? 母、さん…?
その声がした方向に顔を向けると、いつの間にかドアの前に誰かが立っていた。
薄暗くてはっきり顔は見えないが、あれは間違いなく…
「シンヤ、か?」
「兄貴! 大丈夫か!?」
一週間ぶりに聞いた弟の声に、思わず気が緩む。
しかしそれも一瞬の事で、俺の頭の中で再び警鐘が鳴り響く。
何故ならば、状況は改善どころか悪化したかもしれないからだ。
弟の登場は、タイミングとしては最悪だったと言っていいかもしれない…
「馬鹿野郎! なんで来たんだ!? さっさと帰っていつも通り引き籠ってろよ!」
この男は、家族全員を奴隷にすると言っていた。
つまり、それには弟のシンヤも含まれているという事である。
(いつも通り引き籠っていれば、まだ逃げる余地があったかもしれないってのに…)
「っ! …るせぇ! 母さんも兄貴も助けるから待って…っが!?」
慌ててお袋に駆け寄ろうとするシンヤの腹に、男のつま先が突き刺さる。
「如月シンヤ、か? 飛んで火にいる夏の虫って言葉を体現するようだなぁ? 手間が省けたぜ。…しかし、どうやってココを嗅ぎつけて来たんだ?」
腹を押さえて転がるシンヤを、さらに追撃するように蹴り転がす。
「シンヤ!?」
無反応を決め込んでいたお袋が、初めて動揺を見せる。
男はそれを見逃さず、イヤらしく笑みを浮かべる。
マズイ…!
男の矛先が、シンヤへと切り替わるのがわかる。
下卑た笑みを浮かべながら、男は転がるシンヤへと歩み寄る。
しかし、ふと何かに気付いたのか、男はその歩みを止めた。
「クックック、尾田君、聞いたかい? 母さん!!!! だってさ」
「笑うんじゃねぇよ…。タチ悪ぃぞ、神山」
「いやいや、だって普段はお袋って呼んでるのにさ? カワイイじゃないか」
声が聞こえてきた方向、そこにはシンヤが入った来た扉がある。
目だけでそちらを見ると、そこには新たに二つのシルエットが追加されていた。
(あのデカイ体格は…、尾田か? それに横のは…)
二つのシルエットが徐々に近付いてき、その姿を現す。
片方のシルエットは、やはり尾田のようであった。
そしてもう一つは、確かあのクソ女と一緒に屋上に現れた…
「ハァ、ハァ…、ちょ、ちょっと皆さん…、速い…です」
さらに、二つのシルエットが扉から現れる。
片方は全く知らない女だったが、もう片方は例のクソ女であった。
「晶子さん!? ……アイツ等、許さないっ…!」
クソ女が、お袋の状況を見て怒りを露わにする。
しかしその反応は、俺にとっては完全に想定外の反応である
(な、なんであのクソ女がお袋の事を…?)
「落ち着いて、ひーちゃん。怒る気持ちはよくわかるけど、なんとか最悪の事態にはなっていないらしい。さっき打ち合わせた通りに、行くよ」
「わ、わかったわ…」
四人はそのままゆっくりと歩いてき、転がるシンヤの2メートル程手前で停止する。
「…なんだ? お前達は?」
「…正義の味方だよ」
尾田は指をポキポキと鳴らしながら、鬼のような形相でそう答えた。




