72 リオネルの卒業式
――3月某日。
リオネルの卒業式の日がやってきた。
「マルリースお嬢様!! 起きてくださいまし!!」
「ひゃあああ!? うあ!? ここどこ!?」
「ホテルです!! リオネル様のお式のためにお泊りになったでしょう!」
「そーだった!!」
いつもより数時間早い起床に対応できず、一緒に宿泊していた昔なじみの侍女に叩き起こされた。
そうだった。リオネルの卒業式の身支度のために、ホテルのワンフロアを借りて宿泊し、シルヴァレイクからもわざわざ使用人たちに来てもらったのだった。
なぜなら我が家は狭い。
身支度のために人を何人もいれたりすると、身動きが取りづらい。
それに、リオネルと私、2人の支度となると、さらにスペースも足りない。
お風呂とか一つしかないし、小さいし、交互で使うと時間が足りなくなる。
今日はお貴族様が集まる場所へ行くので、早朝から侍女の手を借り、身なりを完璧に仕上げて向かわなくてはならない。
「――あれ」
バタバタと動く使用人のむこう、ドアの入口に、元・宿屋の娘だったレナータさんがシルヴァレイク騎士団の制服を着てキリリとした顔で立っているのを見つけた。
「あれ? レナータさん……?」
「お久しぶりでございます。マルリース様」
こちらへ歩いてきて、綺麗な姿勢で礼をし、挨拶をされた。
――え……。
前より屈強になってませんか!?
久し振りに見たレナータさんは、シルヴァレイク騎士団の制服を着ているが、その下には以前より筋肉がついてるのが明らかだ。
つ、面構えも変わってませんか!?
シルヴァレイク騎士団で就職して2ヶ月弱ですよね!?
「はい、レナータでございます。まだまだ見習いですが、卒業式でマルリースさまのお付きの侍女兼護衛をさせて頂きます!」
そう言って爽やかにニッコリ微笑む。
まるで騎士のような物腰。いや、騎士団入ってるから見習い騎士なんだけど。
「わあ、もう初任務?」
は、早くない!?
「はい! 私は今後、マルリース様とご一緒することが増える予定ですので、その兼ね合いから、この度任せて頂けました!」
なんでも、レナータさんは、入団時には、すでに基礎体力が他の騎士に並んでいたそうだ。
しかも、騎士団長に「おまえ、ホントはどっかの騎士団いただろ!?」と言われるほど、訓練を軽くこなし、スイスイと剣技を覚えているという……。
「私は幾多数多の戦場を(推しのために)生き抜いてきた者……。実践の数が他の騎士たちとは違いますとも……」
つ、面構えが違う!!
こういうの天職が見つかったっていうんだろうか。すごいな、レナータさん……。
それに、初任務が比較的安全な卒業式での護衛というのは、難易度が高くなくて、ちょうどいいかも。
私は壇上に立つわけでもないし。他の貴族の護衛たちもいるし、学校が雇った警備もいる。
「ああ、なるほど。そのうち私の送迎をするのが決定事項だものね? 仲良くしてね! ……しかし、なんか、変わりましたね……? その、以前よりたくましくなられたというか……」
私は不躾ながら、彼女の筋肉に目がいってしまっていた。
女性にしっかりした筋肉がついているのを目にすることは少なかったので、つい……。
「ふふふ。鍛えられてますので、前より力は強くなった気がします!」
袖をまくり、女性とは思えない筋肉を見せつけられた。ムキャッと。
……これは、筋肉を自慢している!!
「す、すごい筋肉つきましたね! ……あの、レナータさん。シルヴァレイクで働いて……幸せですか?」
私はおずおずと聞いた。
リオネルにいきなりスカウトされて、その日のうちに転職?を決めてしまった。
後悔なかったのかな、とちょっと気になってたのだ。
「はい! とてもとても待遇がいいんですよ! 一生、リオネル様とマルリース様の下で働いてシルヴァレイクで暮らしたいですよ!! まだまだ修行中ですが、春にはマルリース様を安全安心かつ超スピードで送迎できるように目標たててます!! お楽しみに!!」
うお。すごい勢いで言われた。
ああ、でも頑張ってくれてるんだな。
顔も良く見たらイキイキしてる。……良かった。
「そうですか。では来年度からよろしくね」
私がやんわり微笑むと、レナータさんも頬をすこし紅潮させてニッコリした。
可愛い。
「はいはい、お嬢様。喋ってないで着付けしますよー。お風呂にまずお入りくださいー!!」
そんな雑談をしていると、侍女に呼ばれた。
「あ、はーい。じゃあレナータさん。しばらく休憩がてら待機しててね」
「かしこまりました! では、待機しております!」
返事は元気、だが物腰が落ち着いている!
すごい成長だ!
そして。
「あわわわわ!」
レナータさんとの会話が終わるやいなや、鬼気迫る侍女たちにバスルームに引っ張り込まれてじゃぶじゃぶ洗われ。
「ほわー……ぐえっ!?」
「お嬢様……なんですか、この身体は……! 固くなってますよ!!」
マッサージで身体をほぐされ、説教され。
「ぶべべべべ」
「お嬢様!! 嘆かわしい! なんですかこの肌は!! 許せません!!」
仕事で疲れきった肌にクリームを塗ったくられ。
「ぐおぉ……」
「レディーの出す声じゃありません!!」
コルセットで締め上げられ……。あ、化粧作業は平和でした。
「さて! ドレスですよ!!」
「お……おおう……やっと……」
完全体への変身完了(謎)が近づいてきた私は嬉し涙が出そうになり、
「泣くな!! 泣くと化粧が崩れる!!」
「はいぃ!!」
たまに敬語忘れるスポ根性の年配の侍女に、涙を引っ込まされた。
苦労のかいもあり、鏡の中には仕事にくたびれた平民から舞踏会へいくお姫様のような自分へと変身していた。全部侍女様たちのおかげですけど! ありがとうございます。
「(つ、つかびれたー!)」
つかびれた、とは疲れたとくたびれたを悪魔合体(謎)した私の造語である。よく使う。
口に出してはいけない。侍女たちはもっと大変なのだから……。私は、涼しい笑顔を浮かべ――
「みんなありがとう。お陰でとても素敵に仕上がったわ」
と、令嬢スマイルを浮かべお礼を言う。
とんでもありません、と笑顔で返してくれる侍女たち。
うん、すでにとても疲れたけれどこのあとも頑張れる気がする!
ちなみにドレスですが、年末にリオネルの領地に泊まった時にサイズ合わせしたもの。
「……卒業式までサイズが変わらないよう油断なさらないでくださいね……」
「わ、わかってるぉ……」
年配侍女に念押しされて怖かった。でもそのおかげで、気を引き締めて生活はしてた。
そのドレスは、上半身がホワイトでスカート部分が徐々に淡いブルーに変わるグラデーションデザインだ。リオネルの金髪を意識してウェストラインとドレス裾に金糸の刺繍がなされている。
あとはところどころにレース、散りばめられたビーズや宝石で華やかだ。
パーティ用に、いくつか作ってあるサークレットも今日は金色に額石隠しのブルーダイヤが額の上にくるデザインだ。
今までは額石が赤色だからルビーが多かったけど、これからは青系の宝石が増えるだろう。
髪はハーフアップにし、サークレットのサイドにパールの髪飾りを入れる。
だいたいいつも似た髪型に仕上げている。
なぜなら、どうしてもサークレットを付けることになるから、レパートリーが他の令嬢より減っちゃうのよね。
社交界では無類のサークレット好きだと思われていた……。
すべての支度が終わる頃、ちょうどリオネルがやってきた。
「わあ、マルリース! とても綺麗だよ! 普段のマルリースも綺麗だけれど、ドレスで着飾ると、本当……どこの令嬢にも負けないよ」
そう言って微笑むリオネルは、まばゆい王子様である。
袖口や裾などに金糸刺繍を施したホワイトゴールドのタキシードに赤い宝石で留めた青いペリースを肩から流している。
ポケットチーフやシャツはおそらく私の髪色に合わせた白緑系を身に着けている。
髪は、額が少し覗くように七三分けしてセッティングしている。
とても聡明そうである。そして眩しい。ホントは光属性なんじゃないのこの子。
「リオネルも素敵だよ。どこの絵物語の王子様かと思うよ!」
その言葉は本当で、少し頬を染めて言ってしまったかもしれない。
リオネルもちょっと恥ずかしそうにクスっと笑った。
「ありがとう。……じゃあ、行けるかな?」
「うん! 行こう!」
今日は、リシュパン子爵家の家門の入った馬車である。
リオネル的には"リシュパン"家として卒業したいらしい。
リオネルに手を取ってもらって、私は馬車に乗り込んだ。
◆
馬車が学院につき、リオネルに手を引かれて降りる。
一旦ここでリオネルとは別れる。
私は、見学席へ行くからだ。
「じゃあ、マルリース。あとでね」
「うん、行ってらっしゃい。ちゃんと見てるからね」
その言葉にリオネルは嬉しそうな笑顔を浮かべ私の頬にキスをすると、講堂の入場口に向かった。
私はリオネルが会場に入るのを見届けると、レナータさんにエスコートしてもらい、同伴者用の入場口へ向かう。
そこへ行くには裏口近くを横切ることになり、そこでは、係員がバタバタと動き回っていた。
ご苦労さま~、と思いながら通り過ぎようとした時、
「ボニファース子爵家の者です。ワインをお持ちしました」
という声が聞こえた。
「(え、ボニファース? ワイン??)」
パーティ会場じゃないのに、ワイン?
見ると、ボニファースの使者が手にしているのは、どう見ても1本分の木箱。
……あ。卒業式の行事で何かしら祝杯でも上げるのかな……ありえないことではない。
「ああ、聞いております。受け取ります」
「うちのセラーで直前まで保管しておりましたからね、風味はバッチリ、品質は最高ですよ! はい、ではこちらに、サインを……」
「いやぁ、私も飲みたいですねえ……」
和やかなやりとりが聞こえる。
でも……。
「……?」
なにかが引っかかる。
『ボニファースのワイン』だからだろうか。
ふと、何かしら薬が入ってはないだろうか、と頭をよぎった。
しかし、厳粛な卒業式だし、『ビルヒリオ=ボニファース』が用意したものではないだろうし……。
気にしすぎ、かな。
「マルリース様、どうかされましたか?」
「あ、うん。なんでもない」
気にはなったものの、確認する術もなく、胸は小さくくすぶっていたが、私は観覧席へと向かった。
お読み頂きありがとうございます。




