71 いつか幸せの延長を
「あはは、びっくりしてやがる」
「……いや、まあそりゃ……」
魔法を使ったわけでもないのに、この変わりよう。
化粧や演技力っていうのも、侮れないものだな……。
しかし、軽快な口調は変わってはいないけれど。
――いきなり違う人なったんじゃないですか!?
「でだ。オレも、たま~にだが社交界には参加している。生まれは”お城”」
「えっ」
「つまり王族の生まれってこと」
「なんですって……。そんな人が、なんで娼館経営なんて……」
王族……誰だ。言われてみれば誰かに似てる気がする。
たまにしか姿を現さないっていうと……。
「むかし城で働いてた時、警備団の1つを抱えてたんだがな。そこで今やってる娼館を薬物関連で摘発したんだが、潰そうとしたら娼婦どもに泣きつかれてな。潰されたら生きていけないって」
「はあ」
「……それで、警備団をやる片手間で経営を始めてみたんだが、段々そっちが本職になった」
「あの、ちなみに……王族と言われましても、どちら様でしょうか??」
一応、お姿を拝見できる王族はすべて覚えているはずなんだけど、なんか思い出せない。
「今の王の弟だ」
「おと……。……!!」
貴族時代の記憶が瞬時に蘇る。
わかったー!!
王弟・ルシアン=ローゼナルト様じゃないですかあああーーーーー!!
若い頃、青薔薇の君とか呼ばれてたから、蒼薇卿って特別称号もらった人じゃないのよ!!
まったく気が付かなかった!! そして、お姿を拝見したことあるはずだ!
私は王城のパーティに参加した時にお見かけした蒼薇卿を脳内で探し――照合完了! OK、つながった! うん! 王弟さまですね!!
「……そういえば、何度かお見かけした覚えが……良く見れば、たしかに。……え? こんな事やってて許されるんですか?」
「許されてないない。押し切ってる。覇権争い避けでな。実は結構おおっぴらにしてる。娼館経営してる王弟なんぞ、名誉サゲサゲで、担ぎ上げるの躊躇するだろ? オレは自由に生きていたい。むしろ弟に生まれてラッキーだと思ってたもんな。昨年あたりにほら、第一王子が王太子に決まったし、他に担ぎ上げられる若い連中もいるから、オレは逃げ切ったと思ってる。たまに付き合いでパーティには出るがな」
王弟様、というと……えーっと今の国王の1つ下だっけ、というと……32~33歳くらいなのか、マダム・グレンダ。
思ってたより若いな。
「まあ、そういうワケでだ。これからは社交界で会うこともあるかもしれん。その時はよろしくなー」
「あ、は、はい!」
「で、そんな王弟・ルシアン様からの婚約祝いだこれ。受け取れ」
「……ん?」
頂いた包を開けてみると、それはとても高級なタトゥー護符だった。
「わあ!? これ、初めて見ましたよ!?」
何かしらの魔法攻撃や呪いなどを受けた時に、それを防いでくれる。
タトゥーで魂に印字されるので、指輪やペンダントのように落とすことも奪われることもない。
私はたまたま知識を持っているから知ってるけど。
これ、王族かそれに連なる公爵家の人、もしくは戦争時の重要ポジション任された要人だけが持てるヤツじゃないのよ!
「こんなの戦争でも行かない限り使いませんよ!?」
「いやいや。伯爵夫人になるんだし、身につけておけ。リオネル卿と仲良くしたい奴らも多いだろうが、そのぶん敵も増える。彼にダメージを与えるなら本人よりお前を傷つける方が……って輩もでてくる。まだ婚約者ではあるが、もう今から気を引き締めたほうがいい。ほら、早速だが、付けとけ」
そう言うと彼は、私の左手を優しくつかみ、札をそっとかざした。
札からふわっと小さな魔法陣の光が浮かび上がったかと思ったら、私の手の甲にスーッと張り付くようにして消えた。
「わ、わあああ。すごい! ありがとうございます……。存在は知ってたけど、初めて見た!! ……でも、ですよ!? た、確かにリオネルにも、セキュリティ面はふわっとは説明や注意をされてるけど、ここまで必要ですかね?」
「自覚しとけよ。いまなんて、剣聖の最愛が街を護衛なしでフラフラしてるんだぞ? ひょっとしたら優秀な影を付けてるかもしれないが」
さ、最愛……。
その響きに、不意に顔が熱くなった。て、照れるな。
照れるけど、同時に、自分の立場を再確認して真摯に答えた。
「ありがとうございます、気が引き締まりました」
「ホントか? 少し顔がニヤけてるが。……ま、オレは、伝えたからな」
「はい、ありがとうございます。ルシアン閣下」
「こらこら、急に固くなるなよ。そういうわけで結婚式は蒼薇卿こと、ルシアン=ローゼナルト宛に招待状をくれよな」
「勿論です。絶対来て下さいね」
そしてマダム・グレンダこと、ルシアン様かつ蒼薇卿は、
「それじゃあ、またねえ~☆」
と、演技モードを『マダム・グレンダ』戻して、帰っていかれた。
去り際の余裕たっぷりな笑顔が印象に焼きつく。
彼も大変なことは、私では想像できないくらいあっただろうと感じる。
その強さと自由さには、彼が積み上げてきたものの上にできたものなのだろう、と感じた。
うん。帰り際あの笑顔は――人生楽しんでるな!!
◆
その夜、領地から帰ってきたリオネルに、マダム・グレンダとの話を伝えたら、コーヒーを飲もうとしたその手が止まった。
「え……!! 気が付かなかったよ!? この僕が気が付かないなんて!!」
驚きと悔しさが入り混じった声をあげるリオネル。
剣聖さまのプライドが傷ついている……!!
「いや、王族だし何かしら強くて高級なアイテムで悟られないようにしてるのかもよ」
「あ……。それか。ありえるね。でもそれでも、察したい! クソー。悔しい!」
キッチンテーブルに突っ伏した。
悔しがってる。結構負けず嫌いだよね、リオネル。
ふふ。でも、そんな姿も可愛い愛おしい。
ふと、姉の立場だった時と違う感想を持ってる自分に気がつく。
しばらくするとテーブルの上に腕を組み、顎を乗っけたまま、上目遣いでこっちを見てきた。
な、何。そのちょっとスネたような、それでいて甘えた視線。
ちょっと色っぽいような気もする。
ツガイと気がつく前も、家族だっただけにこういう姿は見てたけど、恋人になった今は、ドキリとしてしまう。
うーん、剣聖相手にこの胸の高鳴りは隠せているのかしら。
生体反応に違いがあったらすぐ気が付きそう。
気が付かれていたら恥ずかしい。
気づかれてそう。だって嬉しそうにニンマリ笑ってる。
手玉に取られてる気がする!
私が心臓を鎮めようとやっきになってるのを、知ったか知らないか、リオネルが話題を変えた。
「ところで、話しが変わるんだけどさ。マルリース。そのうちシルヴァレイクでも錬金術のお店開いてくれる?」
「え?」
「シルヴァレイクはまだないんだ。錬金術のお店。なんだかんだ王都に集中するからね、錬金術師は」
「嬉しい申し出だし、できればやりたいけど。でも今は……」
「うん、今は難しいね。手がいっぱいそうだ。でね? シルヴァレイクの方は、僕が誘致するのだから僕がお店を作っておいていいかな?」
「……え」
「僕も、愛する奥さんのお店に出資したい。しばらくはこの店の商品を仕入れて売る形にしたいな。寝具とか、その貴婦人に話題のクリームとかをね」
……アイスルオクサン。
「愛する奥さん」という言葉に胸の高鳴りが再起動する。
ああもう、いいや、バレてても。
隠したってしょうがないし。隠す必要はない。私が恥ずかしくて、ついそうしちゃいたいだけで。
そしてリオネルの出資について考える。
グラナートお父様が以前、「ツガイがやりたいのだからやらせてあげなさい」と言った言葉を思い出した。ノーとは言えないな。
でも、それがなくても、こんな上目遣いでお願いされたら何でも言うこと聞いてあげたくなってしまうな……。
ショウガナイナァ……。
緩んだ顔を隠そうと、無駄な努力をしながら了承する。
「……わかった。そちらは、お願いします」
彼に近づいてその頬にキスをすると、彼は嬉しそうに顔をほころばせた。
愛おしくて思わず抱きしめた。
「マルリース、コーヒーが飲めないよ」
そう言いながらも、体勢を変え、抱き返してくれる。
愛は伝えられなくなってしまったけれど、妖精にならなければ、この気持ちにも気が付かなかったかもしれない。
昔を思い返すと、この気持ちを持たずにリオネルと接していた時間をもったいなく思ってしまうほど。
――そうだ。
その時ふと気がついた、私とリオネルの『生きる時間』の違い。
私は半妖精だから、人間とは寿命が違うかもしれない……。
予感として浮かぶ未来――この幸せな時間を、できるだけ長く延ばす方法を考え始める。
いつかリオネルだけ年齢が進むのが早くなった時は……その時にはツガイの儀式を説明し、愛を囁いていいか尋ねよう。
うん。いつか……この幸せを延長したい。
彼に正式にツガイになってもらって、同じ時を生きたい。
「どうしたの? なにか楽しそうだね。何考えてたの?」
「まだ内緒だよ」
「それはいつか教えてくれるの?」
「……うん。いつかね!」
「うーん、気になるけど楽しみにしてよう」
ソファに移動し、一緒に窓の外を眺めていると、雪がしんしんと降り積もっていくのが見て、穏やかな時間を共有する。
「こんなに雪が降っているのに、もう半月もすれば3月だね。そうしたら今度はリオネルの卒業パーティだ。あっと言う間だね」
「マルリースの誕生日もあるよ」
それには微笑みで返した。
リオネルは私を喜ぶイベントを考えてくれてるかもしれないから、軽い話題にしておきたい。
「他には……隣の敷地に私の新しい仕事場の建設が始まるよ」
職人たちの声や、工具の音が響く未来を想像する。
そこに広がる忙しさに目を回す自分を想像して、苦笑する――けれど、楽しみだ。
そんな事を考えていたら、いつの間にかリオネルの腕の中で眠っていた。
おぼろげに、ベッドに運んでくれる彼の温かい腕を感じた。
私が安心して甘えられる場所。
すべてが穏やかで満たされたこんな時間が、いつまでもあればいい、と思った。
……―――――???―――――……
夕闇迫る、広大なブドウ畑――茜色に染まった空の下、剪定されたブドウの木々は、まるで眠りについたように静まりかえっている。
そのなかにある、大きなレンガ造りの工房の扉前に、数人の男たちが立っている。
1人の男が、鍵がたくさん通されたリングを手にしており、工房の扉の鍵をガチャリと閉めた。
「設備は異常なし、だ。最後の点検おつかれさん!」
「おーし、今日の仕事は終わったな! 飲みに行かねえか!」
「お、いいね!! 行こうぜ!」
「おっと、鍵、鍵!」
一日の仕事を終えた男たちは、鍵を所定の場所に戻し、肩を組みながら工房を後にした。
笑い声が遠ざかると、そこは静寂に包まれた場所になった。しかし。
――カチャリ。
その静寂に小さな音が響き、影がひとつ現れた。
夕闇に照らされながら、男は事務所に侵入し、鍵を手に取る。
それは、ビルヒリオ=ボニファース。
彼は、鍵のリングを指に引っ掛け、くるくると回しながら鼻歌を漏らしている。
薄暗い工房へと歩みを進め、堂々と扉を開けた。
「……これが、例のワインがあるセラーか」
冷たい空気が漂う工房の奥に広がるセラー。
ワインがずらりと並ぶその中でも、ひときわ厳重に封じられた扉が目に入った。
「ひ、ひひひ……見つけた……」
ボニファースは、薄気味悪い声で笑いながら、鍵をひとつずつ試していく。
ひとつ、またひとつ――。
そしてついに、金色の鍵が扉の鍵穴にピタリとはまった。
「ふん……やっぱりな」
扉が開く音とともに、ひやりとした空気が漏れ出した。
セラー内には、品質を保つための魔法陣が淡い光を放っている。
その光がボニファースの顔を照らし出し、彼の歪んだ笑みが浮かび上がる。
ここでなら、ワインを一度開封してもさほど品質は、落ちない。
「ひ、ひひっ……」
彼は震えた声で笑いながら、目的のワインを目にする。
セラーの奥に鎮座していたのは、たった一本のボトル。
このワイナリーが誇る最高の当たり年の特別な一本。
「ああ、リオネル、そしてウィルフレド……」
ボニファースはそのボトルを手に取り、まじまじと見つめる。
「もうすぐだ。僕を馬鹿にしやがって……。最高の舞台で惨めな姿を晒させてやる……! 世の中にはな……剣聖でも殺せる毒があるってよぉ……。おまけに無味無臭ときたスグレモノだとよ。探せば、見つかるもんだナァ……」
ヒヒヒ、ヒヒヒ、と笑い声を漏らしながら、彼は懐から黒い小瓶を取り出した。
「剣聖がなんだ……。僕が、この僕を怒らせたこと、後悔させてやるからな!!」
叫ぶと同時に、ボニファースは特別なワインのコルクを――躊躇なく開けた。
その瞬間、セラー内に芳醇な香りが広がる。
だが、ボニファースはそれに一切の興味を示さず、黒い液体を慎重にそのワインに注ぎ込みながら――狂気の笑顔を浮かべていた。
「リオネル、ウィルフレド……! お前らが俺に土下座して謝る時が来るんだよ……! まあ気がついた時は、土下座なんてできねぇだろうがな!!!」
お読みいただきありがとうございます。




