69 ボニファース子爵家の事情
ハルシャがお店番をしてくれるようになってから数日。
「マルリース。お店に娼館マダムのえーっとグレンダがきたよー」
「お。サンキュー」
今日は気分転換も兼ねて、2階の自室で帳簿の整理など事務仕事をしていたところ、ハルシャが呼びに来てくれた。
ああ、店番いるって最高!
私の変わりにお客様を迎えてくれる存在があるこのありがたみよ……。
そして、マダム・グレンダと会うの久しぶりだ。
娼館って、年末年始は繁忙期だからなぁ。
私も年始の挨拶にカードだけ送ったけど、それ以外は特に交流がなかったもんね。
マダム・グレンダからもカードが来て、「落ち着いたら、また行くわね」って書いてあった。
マダム・グレンダに久し振りに会えると思うと心がはずんだ。
私はすぐに立ち上がり、階段を軽やかに降りて店に行くと、マダムの姿がすぐ見えた。
推定身長195センチのマダムはニコニコの笑顔で、カウンター越しにハルシャと雑談していた。
「あーら。マルリン! 遅くなったけどハッピーニューイヤーよぉ。 可愛い子を雇ったじゃなぁい」
「へへへー」
イリュージョン少女のハルシャが、可愛いと言われてご満悦だ。
それを見て、マダム・グレンダもほっこりした顔になっていた。
可愛いものを見ると、自然と癒やされるよね!
「うん、可愛いでしょー。グレンダさん、ハッピーニューイヤー! もう2月だけどね! そうだ、ハルシャ。グレンダさんを中庭に案内して。今日は天気が良いから、そこでお茶するよ」
「あら、立ち話でいいのにー」
「グレンダ。そんなこと言わないで行こうよ~。こっちだよー!」
ハルシャは小さな手を庭への勝手口の前でフリフリしてグレンダさんを呼んだ。
「あらあらまあまあ。それじゃ遠慮なく……」
ハルシャに言われて、誘われるようについて行くグレンダさん。
まるで妖精に誘われて森の奥へ入っていく人のよ……ん、ごふっ。
うん。完全に、『可愛い』に支配されてる顔だ。わかる。
「あ、私はお茶の用意するからハルシャとちょっと喋ってて」
リオネルの領地で侍女から「ちゃんとしたお茶をお飲みください!」……と高級茶葉缶を渡された。
それを開けちゃおう。
「あら、いいの? 可愛い店員さんを、独り占めね」
マダム・グレンダはウインクして椅子に腰掛けた。……マダムが座ると、うちの椅子小っさいな!?
「グレンダと話するの楽しいから好きだよ! いっぱい話そ!」
ハルシャのほうは、椅子が大きく見える。
ちなみに、少し魔力を使うと、椅子くらいなら動かせるそうな。
本人いわく、イリュージョンにエンチャントかけるような感じでイケる、と言ってた。
色々できるな……有能……。
「あらあら、まあまあまあ」
マダム・グレンダ、すっかり顔が蕩けている。
待たせるお客様の話し相手までしてくれるハルシャ、助かるぅー。
二人が庭で談笑している風景は微笑ましく、和気あいあいして見えた。
リージョと2人だけで暮らしてた時は、閑散としていた庭だったのにな。
素敵なムードメーカーが家族になってくれて嬉しい。
◆
中庭のテーブルにガーデンパラソルを開き、お茶菓子を運んだ。
テーブルの下に火属性魔法が込められた魔石を設置しているので、冬の庭でもふわりと温かい。
庭にはあまり雪が積もっていない。リオネルが毎朝、家周りを雪かきしてくれるからだ。
彼が剣で地面をトンと突くと、一瞬で雪が霧散する。
すごいなー、と同時に、アレどういう仕組みなんだと不思議になる。
「えーっと、あのガキ……なんだっけ。出禁にしたら、しばらくうるさかったわよぉ。警備団呼ぶ羽目になっちゃった」
「んー? あのガキって……えーっとビルヒリオ=ボニファース?」
「そうそう、そいつよぉ。もう来ないでくれって言ったら店先で大暴れよぉ」
「ごめんなさい、巻き込んでしまって……」
娼館通いは続けてたんだな……。
私には接近命令、学院は行きづらい状況、そして娼館も出禁か……。
彼のことはよく知らないが、全方向から拒否されているように見える。
「いえいえ、これはこっちのことよぉ。アンタは悪くないわヨ。実は、あの件がなくても出禁にしようかと思ってたところだったしぃ」
「え、どうしてです?」
「――あいつねえ、僕ん家で一番良いワインだよって言いながら、ワインに薬を仕込んでさあ。良い物を奢るフリして、うちのコを別宿に連れ込んで無料で楽しもうとしたことが、何回かあったのよ? 実家がワイナリーなもんだから、未開封の状態で薬入りワインを持ってこれたりするのよ。タチが悪いったらありゃしない……」
「うわあ……。でも良く気が付きましたね。未開封のワインなら、普通は疑わないでしょ?」
「うん、残念ながら最初は気づかなかったのよ。何回かって言ったでしょ? 最初の頃、女の子たちがワインを飲んで急に眠くなったり、体が火照ったりしてね……それで『おかしい』って思い始めて。もちろん、証拠はないんだけど……まあ当たりだと思うわ」
マダム・グレンダは指先でカップの縁をなぞり、軽くため息をついた。
「うっわ、最低! てか、何回かって……なんですぐに出禁にしなかったんですか」
思わずカップを握る手に力が入る。腹立つ!
ホントにあちこちで酷いことをやらかしてる。
「はあ、それはねえ……あの子の家のワインを国王陛下と第1王子がお気に召していてねえ。王のお気に入りのワインにケチがついちゃまずいでしょ。でももう、付き合ってらんないわぁ。それでも一応ワインのことは触れないで、なんとか出禁にはしたわよ。ホント、気を使う商売よぉ」
「なるほど……お疲れ様でした」
王族のお気に入りワイン。
そりゃ……知ってたら気を使うわ。
「あれ? でもなんでノルベルトさんが言ってたような業績不良に? 王族のお気に入りなら流行に乗って売れそうなのに」
「……王族お気に入りのそのワインは、毎年、数本しか作られない限定の高級品なのよ。でもねえ、王に気に入られたからって調子に乗って、他のワインも価格を上げちゃったの。それで売れなくなったところに、別のワイナリーが価格も味もちょうどいいワインを出してきて、市場争いに負けたのよ。価格を戻しても、もう遅かったみたい。おまけにここ数年、材料のブドウも不作でねえ」
……完全な経営失敗ですな……。
「あいつ、恨みの深い顔になっていたから、アンタも気をつけなさいよね。法律で接近禁止しても無駄な奴っているから。ああ、思い出しても気分が悪い。アレ、今後も客として受け入れたら絶対、うちの女の子たちに暴力振るってたわよぉ」
……なんだか段々怖くなってきた。やだなあ。確かにあの子はストーカー気質だし、諦め悪い気がする。
「怖いこと言わないでくださいよ……でも、うちもガーゴイルとか増やしとこうかな……」
「あら、ゴメンナサイ。怖がらせちゃった。まあ、あなたには最強の剣聖さまがついているんだから、警戒してもらうといいわ」
リオネルがいれば、そりゃ怖くないけど、いない時もありますからね!
「それにしても、ボニファース子爵家は、本当にもうギリギリね」
「え、そうなんですか? 数年業績が悪かったとはいえ、良い品物を作っているなら盛り返すことも……」
しかし、グレンダさんは、目を伏せて首を横に振った。
「さっきのことに加えて、投資の失敗。おまけにブドウ以外の農作物もここ数年、不作。1人息子の素行が悪いうえに、借金かさ増しするような娼館通い。今まで付き合いで助けてた他の領地の貴族達も手を引き始めてるから……」
「グレンダさん、貴族並に詳しい!? てか、ボニファース家、本当にギリギリじゃないですか……」
「まあ、それなりに情報網は持ってるからね。最近ツケが増えてきたから怪しいとは思ってたんだけど、ノルベルト君の話し聞いて、最優先で調べ直したのよ。はあ、一気に喋っちゃって喉乾いたわ」
マダム・グレンダはそう言うと紅茶を飲んで一息ついた。
その仕草は優雅ではあったが、疲れの色が滲んでいた。
経営者ってホント、大変だわ……。
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