08 カーン伯爵領
「メルウィック様?」
「どうしたの、レティシア」
伯爵家へ帰って、もう2週間ほど。
何故か今もメルウィック様は屋敷に居ました。
というか住んでますね。
なぜ???
「中々、掃除の為の魔法というのは難しいよね。繊細な魔法の組み込みが必要になる。
出力を上げれば良い話じゃないからね」
「いえ、なぜ我が伯爵家の屋敷を相手に掃除魔法とやらの開発をしていらっしゃるんです?」
「それはお世話になっているから恩返しも兼ねて? 俺も生活しているから綺麗にしたいし?」
そもそも何故、一緒に住んでいるんですかね。
いえ、一緒にと言いますが、腐っても貴族のお屋敷ですので。広いんですよ。
メルウィック様の寝泊まりする部屋は、私の部屋から離れていますし。
問題は……ありますけど、ないというか。
いえ、問題では?
お父様? お母様?
社交界から離れ過ぎて、貴族感覚が抜け過ぎていませんか?
メルウィック様は流れてしまう噂とか気にしませんか?
いえ、貧乏伯爵家の事情通な方がそうそう居るとは思いませんけれど。
高位貴族同士では、密偵などが行き交いしているとかいないとか、あるそうで。
カーン家は、まず貧乏脱出! 健全な領地運営を! ……という活動中なので、王国を騒がせる事業などなく、探りを入れてくる家門もないでしょう。
「なぜ一緒に暮らしているのでしょうか」
「国中に解き放った魔法のツバメと、キミの体調経過は近くで観察してデータを取らないとでしょ?」
小首を傾げるメルウィック様。
「そ、それは……そうですよね」
はい。そうでした。
そういう事情ですから、これは当然。
必然のこと、なのですよね。
どうもう気が動転していたようです。
王宮を離れてから2週間。
中々に激動……な気がしました。
いえ、私は療養中なのですけれども。
思いの外、メルウィック様がカーン領の運営についてお父様達と詳しく話をされていました。
私の方がカーン家の伯爵令嬢なのですが?
メルウィック様は、あくまで成り行きでカーン家に関わってくれた方です。
これは負けてはいられないと思い、現在はカーン領について学び直しているところですね。
3年前とは、事情も色々と変わってきているようで。
それも実は2年半も前からカーン家に来ては活動していたメルウィック様の影響が大きいみたいなのです。
「領地の質が向上したのは、カーン家の長い努力の成果だと思うよ?
鉱山運営から農地の開拓への方針変更ばかりは一代でどうにかするのは難しかっただろうし。
鉱夫にいきなり次は農作業をしていけとは言えなかっただろう。
人が多く流れて……」
「はい……」
結局、離れるしかなかった領民達は多くいました。
別の土地に移って暮らしていけたのであれば幸いなのですが……。
貧民地区のような場所に流れ着いてしまった家族も居たかもしれません。
曽祖父の代の閉山で離れた領民の中には、ついぞ帰って来れなかった、来なかった人達がたくさん居ました。
……私がラカン殿下の貧民地区救済に参加していたのは、そういうカーン伯爵家の者としての罪滅ぼしの気持ちもあったかもしれません。
流れ着いたカーン領民の血縁が居るかもしれないと自分でも支援計画に参加していました。
「……民を預かる、というのは重いのですね」
「うん? ああ。そうだね。けれど閉山に付いては、いつかは起きていた事で、避けられない事だったと思う。
難しい問題だよ。
当時のカーン当主も『どうして自分の代で』と嘆いただろうね」
……想像が容易いですね。
私は鉱山が枯れた後で生まれたので、カーン家の栄光の時代を知りませんが……。
歴代の家門の収入源が自身の代で絶たれるなんて恐怖そのものでしょう。
事前に対策を講じながらも『どうかそうならないでくれ』と願っていたに違いありません。
「メルウィック様」
「どうしたんだい、レティシア」
「私の魔法は、鉱山を再起させる事にも使えるのでしょうか?」
「と、いうと?」
首を傾げるメルウィック様。
「その。鉱山に黄金を蓄積しておく、とか」
いえ。生命力を失ってまで、とは今の私は思っていないのですが!
でも、せっかくの魔法を宝の持ち腐れで終わらせたくないのも事実でして。
「レティシアは今まで【黄金魔法】以外の魔法の使い方を知らなかったからね。
才能の活かし方を知らないから、そういう発想になるんだろう」
「それは……まぁ、そうですね」
いくら才能があっても私はそれしか知らなかったのですし。
黄金に拘るのは、私の発想が貧困という事でしょうか?
「レティシアの才能にあった魔法のカリキュラムを特別に作って学んでいこうか。
キミの実力、才能を正確に測れた今なら、不得手だと思っていた事にも挑戦させられるよ。
これでも俺は『万能』の二つ名まで付けられる程の魔術師だからね」
私はその言葉に驚きます。
「よ、良いのですか? それはとても嬉しいです、けど」
結局、魔法の研究・鍛錬という意味では今までの生活の延長線上にある。
ですが、その。
それはメルウィック様の個人授業というか、独占というか、そういう事では……?
「まぁ、それも、もう少しレティシアが元気になってからの話だけどね」
「あ、はい。そうですよね」
それまでは休みつつ、お母様と共にカーン領の勉強ですね。
──少し話が変わりますが。
王宮から離れて1週間ほどの頃。
カーン伯爵家には手紙が届きました。
ラカン殿下の側近であるヴァリス様がまとめたもので、それは貧民地区に作られた孤児院……予定の所に住んでいる子供達からの手紙でした。
「……元気にはしているようだけれど、私に会いたいですって。可愛い子達ですね。ふふ」
私は事情を知るメルウィック様と一緒に子供達からの手紙を読みました。
この子達は孤児。
両親を亡くしている子達の集まりです。
面倒を見る歳上の女性となると、母親のように感じてくれているのかもしれませんね。
「うん。……この子達って、字の読み書きがこんなに出来るの?」
「あら。そういえばそうですね。いえ、多少は勉強も進めていましたが、少し出来過ぎなような気も……?」
まだまだ発展途上というか、支援も半ば。
経営を成り立たせている孤児院とは少し違います。
彼らが住む場所の生活環境は整える事が出来ました。
食事や睡眠、それから衛生環境などはかなり改善され、明日をも知れぬ命……などとは言えない程まで生活を向上できた筈です。
それこそ子供達が元気に遊べるぐらいにまで。
ですが、それと教育面はまた別の話でして。
子供達の学力に合わせた必要な教育は、かなりのバラつきがあり、また彼らの年齢も違います。
一括りの学校的な教育は難しいので個別指導という形に。
彼らに必要な教育とは?
そもそも文字の読み書きから……遊びたい盛り、騒いで遊んで、ああ、あっちも大変、こっちも大変……。
と。
急に10人規模の子供が出来たみたいな事になりまして。
全体的な生活向上と教育は別物なのですよね……。
そもそも私だって、そちらの専門ではありません。
では、それが出来る人材を見つけて雇ってとなると……はい。また資金面の問題が発生致します。
本当に人の人生を預かるというのは大変と言いますか。
「……内容は子供達の気持ちそのもので、偽りじゃあなさそうだね」
「そうですね。あの子達の考えそうな事だと思いますよ」
「うーん。わざわざ子供達の素直な気持ちを聞き取って手紙にしたのかな?
しかも、微妙に子供っぽく字を崩して。
無駄に手間の掛かる事を……」
「ええ? 何ですか、それ」
代筆ですか? わざわざ。
嬉しいですけれども、何故?
「こういう仕事はヴァリスくんかなぁ」
「ラカン殿下の側近ヴァリス様?」
「うん」
彼も何気に侯爵家出身なのですよね。
三男でしたか。
やはり私よりも身分が上と言いますか。
メルウィック様やラカン殿下ほど言葉を交わした事はありません。
どことなく苦労人な印象が強いですね。
ブラウンの髪色と瞳の色をされています。
「……キミに子供達の声を聞かせたい人が用意させたんだろうね」
「まぁ」
便りがないのは元気な証とは言いますが、こうして彼らが元気に暮らしていると手紙で知れたのは嬉しいですね。
ラカン殿下の指示でしょうか?
『彼らには自分が目を掛けているから心配するな』……というところですかね。
ありがたい事です。本当に。
私も心置きなく伯爵家で勉強を頑張れますね。
それから更に時が過ぎ、また手紙が届きます。
今度は直接、ラカン殿下から? ですね。
「夜会へのお誘い?」
「まぁ、レティシア。良いわね! あ、でも」
この手紙はメルウィック様とではなく、お母様と一緒に確認させて貰いました。
「……ダンスパーティー、なんですよね」
「ドレスが……」
「参加するだけなら既製品のドレスでも良いのですけど。第三王子であるラカン殿下のパートナーとなりますと……」
何度も言いますが、貴族令嬢とはいえ、私の家は裕福ではありません。
なので今の流行に合わせたドレスなどありませんし……。
オーダーメイドではなく、既製品を購入する形になるでしょうね。
参加するならば、ですが。
しかし、婚約者の居ないラカン殿下が夜会参加の為の間に合わせで誘ってくださったにしても。
王族の彼に恥はかかせられませんよね。
「……まだ髪の毛もすべては元に戻っていませんし」
今や金色の髪と黒髪のグラデーションな事になってきました。
ちょっと人前に出るには困った色合いの時期ですね。
「メルウィック様に相談して、失礼のないよう丁重にお断りする手紙を返します」
「……勿体無いわね。せっかくの機会なのに」
「それは、まぁ、そうですね」
社交界はどんどん遠い世界の出来事になってきていますからね、我が家。
ドレスで着飾ってダンスパーティーへ。
……興味がないと言えば嘘になってしまいますが。
空想に耽る私。
煌びやかなドレスを身に纏い、髪の毛は全て黄金に戻った私。
エメラルドグリーンを取り戻した瞳の先で手を差し伸べてくれる男性の、髪の色と瞳の色は──
読んで頂き、誠にありがとうございます。。。




