四十一話 蛮族の王
戦いの負傷者を癒した私は三日後、王都へ戻った。
同時に、ホーラムル様はスランテル王国に急ぎ戻る。既にイブリア王国軍は戻っていた。ホーラムル様は私への報告のために、私が目覚めるまで残っていてくれたのだ。
幸い、ロンバルラン王国とスランテル王国の国境に集結していた北部連合軍は動かなかったようだ。ガルダリン皇国軍による大規模侵攻の情報を聞いて驚き、帝都近郊での戦いの結果を注視していたものらしい。
何しろフェルセルム様と私が共闘し、戦いの後お互いに倒れるくらいに死力を尽くして戦ったという情報はあっという間に広まったらしいので、北部の各国もフェルセルム様の意向を図りかねたのだと思う。
お陰で内戦突入の危機は回避された。皇帝陛下が南北のどちらかに付く危険も回避された。私としては満足いく結果となったわけである。
王都に戻り、何よりまずクローヴェル様にお詫びをする。何しろ、王都を出立する時には、まさか戦場に出るとは思わなかったのだ。クローヴェル様は私を抱きしめて無事を喜んで下さった。
「本当に貴女は目が離せませんね」
「ごめんなさい。でも、今回は私のせいではありませんよ。皇帝陛下の要請を断れなかったのです」
その皇帝陛下は帰る前にお茶会に呼んで下さって、南北対立に対して中立を約束して下さったが、同時に「大内戦を起こして民を無用に死なせ、帝国全体の国力を疲弊させないように」と仰られた。
私だって気持ちは同じだが、難しい要請だと言えた。同じ要請はフェルセルム様も当然受けたのだろうけど、こればかりは私とフェルセルム様の気持ちだけではどうにもならない部分がある。各国の利害が絡むからだ。
私の報告を聞いてクローヴェル様も難しい表情をなさっていた。
「ロンバルラン王国としては、このまま現状が続いてしまうと、失地の回復は難しくなってきます」
ロンバルラン王国が十年以上も占拠していた土地を、イブリア王国がスランテル王国の為に取り返した訳だが、ロンバルラン王国はこれに対して「既得権益の侵害だ」という言い方で抗議していた。
つまり不法な占拠ではあるが、もう十年もロンバルラン王国が占拠を続けて、土地のための投資も行っている。その事実により元々の帰属はどうあれ、あの土地はロンバルラン王国のものに、既になっている、という理屈である。
しかしながら、その土地が取り返され、スランテル王国が実効支配している期間が長くなればなるほど、今度はスランテル王国により既得権益が上書きされる訳である。
そもそもがスランテル王国の土地であるし、皇帝陛下の御裁可によってもスランテル王国のものだと確定しているのだ。一年もすればロンバルラン王国は領有権を主張出来なくなってしまうだろう。
その焦りがあるロンバルラン王国は北部各国を焚きつけて、スランテル王国への侵攻を主張するだろう。内戦の混乱の中で南部同盟の切り崩しを狙いたいフェルセルム様もロンバルラン王国の主張に乗って、出兵を試みたのである。
しかし、今回の帝都近郊の戦いは激戦で、クーラルガ王国にも大きな損害が出ている。幸い、重傷者は私が使ったキリルミーユの癒しで回復して、彼らは軍に復帰できただろうが、それでも多くの死傷者が出て、馬や武具も失っているのだ。
大国であるクーラルガ王国でも直ぐに内戦に突入するのは難しくなった事だろう。まして皇帝陛下から釘を刺されてもいる。
こうなると一番可能性が高いのが、ロンバルラン王国の暴走である。北部各国の同意無く、単独でスランテル王国と戦争状態に突入するのだ。
しかしながら、同盟、連合の双方は同盟国が戦争状態に陥れば、相互援助する事になっている。ロンバルラン王国が独走して勝手に戦争を始めても、北部連合は否応なしに戦争へ引き摺り込まれるのである。
もっとも、そんな事をすればロンバルラン王国は北部連合各国に大迷惑を掛ける事になり、信頼を失う。そのリスクを負ってでも失地を回復したい、と、ロンバルラン王国が決断するかどうかよね。
私とクローヴェル様が向かい合って座り、考え込んでいると、部屋の入り口が開いて金髪の、小さなクローヴェル様、といった感じの男の子が走って入って来た。
「かあさま、おかえりなさいませ」
私たちの長男、レイニウスはもう三歳だ。父親に似ず健康で、母に似て非常に活発である。最近では乳母のクレアンヌを置き去りにして王宮中を走り回っているらしい。今もクレアンヌが後ろから慌てて追い掛けて来ていた。
ちなみに、娘のフェレスティナにはやはり無領地貴族のピアンヌという夫人が乳母に付いていてくれている。この方は生まれたばかりの子を亡くされ、それで乳母になってもらったので、亡き我が子の代わりにとフェレスティナを溺愛してくれていた。
レイニウスはひとしきり私とクローヴェル様に甘えた後、無邪気な顔でこう言った。
「かあさま、いつ山に行くのですか?」
うぐ・・・。私はちょっと言葉に詰まった。それというのも、レイニウスはどうも私の故郷の山の中と、そこで遊んだ子供たちのことが忘れられないらしいのだ。
王都に帰るのをものすごく嫌がり、帰って来てからもずっと塞ぎ込んでいた。その様子があまりに不憫であったため。私はつい「またすぐに連れて行ってあげるから」などと言ってしまったのだ。
お陰で元気を取り戻してくれたのだが、それ以来、私の顔を見れば「いつ行くのですか?」と言うようになってしまった。これは困ったね。
何とか誤魔化したが、レイニウスは寂しそうな顔をしてしまった。おうう・・・。最愛の息子にあんな顔をさせてしまったと、私は罪悪感に苛まれる。
頭を抱える私を見て、クローヴェル様も頭が痛そうだ。
「リューがいない間は私にあれを毎日言っていたのですよ」
「すいません・・」
このままでは息子に嘘吐き認定されてしまう。由々しき事態だ。私が唸っていると、クローヴェル様がやれやれという感じで仰った。
「一度連れて行ってあげるしかないでしょう」
「連れて行くと言っても・・・」
旧王都は遠いのだ。それは私がブケファラン神に乗って行くのなら半日だが、馬車だと六日は覚悟しなければならない。幼子を連れて行くのだから、様子を見ながら行かなければならない。前回旧王都に行く時も帰る時も大変な騒ぎだったのである。
この情勢が緊迫している時に、そんな悠長に旅をして旧王都で休暇を楽しんでいる暇は無いわよね。しかし、クローヴェル様は仰った。
「貴女が背負って飛んで行けば良いでしょう」
え? 私は流石に絶句した。まさかクローヴェル様がそんな常識外れの事を言い出すとは。
「まぁ、ブケファラン神が乗せて下さるかは分かりませんし、レイニウスが怖がったら無理ですけどね。それというのは、リュー。貴女に一度旧王都に行って貰いたいのですよ」
クローヴェル様は書簡を取り出した。渡されて、私も読んでみる。するとそこには意外な事が記されていた。
その書簡は旧王都のお父様からのもので、それによると、旧王都にまで交易に来たトーマの者がお父様に書簡を届けたのだが、それがなんと、帝国の東北に広がる小国郡の覇者である例のヴェーセルグとかいう王からの物だったのだそうだ。
なんでもイブリア王国の王と会いたい、盟約を結びたいと書いてあるらしい。
むー? ヴェーセルグといえば小国群を統一するとかしないとかいう話になっていた筈。どうしてそれが遥かに離れたイブリア王国と盟約を結びたいという話になるのだろうか?
しかし、ちょっと気になる話ではあった。東北部の小国群は、主にクセイノン王国とクーラルガ王国に国境を接している。つまり北部連合の勢力圏に近い。上手くすれば北部を牽制するのに使えるかも知れない。
「分かりました。旧王都に行ってみましょう。でも、別にレイニウスを連れて行く必要は無いと思いますけど・・・?」
「リュー。レイニウスはあれで結構傷付いているようです。乳母には『おかあさまはウソをついたのでしょうか?』とこぼしていたようですよ」
ひー! 息子に失望されるなんて悲し過ぎるし、悪化すればレイニウスに一生信用されなくなってしまう。
「わ、分かりました。レイニウスを連れて旧王都に飛びます」
私はレイニウスを旧王都に連れて行くと決め、乳母のクレアンヌに相談した。反対されると思ったのだが、クレアンヌはほっとした顔をして賛成してくれた。どうやらレイニウスはクレアンヌにも「いつ行くのですか?」攻撃をしきりに仕掛けていたようで、クレアンヌはほとほと困っていたのだそうだ。
「お許しを頂ければ、私も馬車で王妃様と王子の後を追って旧王都に向かおうと思います」
え? 別にクレアンヌが来る事無いのでは? と思ったのだが、クレアンヌ曰く、王子を一人で放置は出来ないし、レイニウスはもう教育が始まっているので、完全に野生に戻してしまいたくない、との事だった。
それとクレアンヌの息子アーレクも旧王都が随分楽しかったそうで、レイニウスと森で遊んだ話をしきりにしていたのだそうだ。この状態でレイニウスだけが旧王都に行ったら、乳兄弟との友情にヒビが入る可能性があるらしい。
それならレイニウスも馬車で行かせれば良いのでは? と思ったのだが、その時には既に私はレイニウスにブケファラン神のお力で飛んで行くと説明してしまっており、レイニウスは大喜びしてしまっていたのだ。この期待も裏切りたくない。
結局私は予定通りにレイニウスを背負って飛び、馬車で追い掛けて来たクレアンヌ達と合流して一ヶ月ほど滞在する事にした。夏になるし避暑に丁度良いでしょう。
私はレイニウスに暖かい格好をさせて、背負い紐でしっかりと私の背中にくくりつけた。落っこちでもしたら大変な事になっちゃうからね。
レイニウスは私の背中に抱き付いて随分と嬉しそうだった。
「かあさまにおんぶされるの初めてです」
と言われて私は胸が詰まる思いがした。そう言われればそうかも・・・。
私、母親失格なのでは? と若干凹みながら私はブケファラン神を私の馬に憑依させた。突如燃え上がった私の馬を見てレイニウスは驚きの声を上げたが、ブケファラン神が興味深そうにレイニウスに鼻を近付けると、怖がる事も無くその鼻を撫でていた。旧王都で動物には慣れているのだ。
跨ってもブケファラン神はご機嫌を損ねた様子も特に無く、私はホッと一息だ。以前にホーラムル様が迂闊に触ろうとしてご機嫌を損ねて、ホーラムル様が火傷した事があるのだ。
私は見送りに来ていたクローヴェル様に言った。
「では、行って参ります」
「気を付けて。ヴェーセルグへの対応は貴女に一任します」
丸投げだ。これは信頼の証であり、クローヴェル様の深謀遠慮があれば、そうそう彼の想定外の事は起こらないという自信の表れでもある。
私は頷いて、ブケファラン神を促し、空へ舞い上がった。
王都から旧王都までは大体半日だ。途中で一回、レイニウスのおしっこのために降り、再び飛んで昼過ぎには旧王都に着いた。
騒ぎに(巡礼者に見つかると大騒ぎになってしまう)ならないように旧王都から離れた山の中に降り、そこから馬を歩かせて旧王都へ入った。
王宮ではお父様が驚き喜んで下さった。お元気で良かったわ。侍女やザルズも喜んでくれて、慌てて離宮の準備を手配してくれた。
レイニウスは先に侍女に離宮まで連れて行ってもらい、私はお父様とお話しする。まず、ヴェーセルグからの書簡を見せてもらった。意外に流暢な帝国語で、確かにイブリア王国の王と会って盟約を結びたいと記してある。
むーん。正直、私はあんまり小国群の事を知らない。森や沼地が多くて農業に向かず、人々は狩猟採集で生活している、とは聞いている。近年少しずつ農業もするようになっているようだけど。
「ねぇ、ザルズ。貴方は小国群の事知っている?」
お父様の侍従長であり唯一の侍従であるザルズは、私の教育係の一人で、こんなとぼけた顔をしている割には実は他国語にも通じた大変博識な人物だ。子供の頃から彼に質問をして、答えが返ってこなかった事は無い。
この時もザルズはとぼけた顔でスラスラと答えてくれた。
「要するに蛮族の国でございますよ。未開過ぎて古帝国の時代より、帝国に組み入れられなかったくらいです。森は深く豊かで、森で動物を狩り、木の実や山菜を集めるだけで十分に生活出来るために文明が発達しなかったのです」
ザルズはお茶を淹れ替えてくれながら続ける。
「ですが、東方の国や海賊国の向こうにある北の帝国と帝国との交易中継地でもありますから、次第に文明も根付き、今では国家を成すようになっておりますな。ですが基本的には太古の人類社会の雰囲気を残す野蛮人です。大女神様を信じず、別の神、なんでも狼の神を信じていると聞いております」
その他にも変わった風習が沢山あるとか、身体は大きく強い民族なのだとか、弓の技術が高いと尊敬されるのだとか、そういう話もしてくれた。私も本読みなので博識な筈だが、ザルズには敵わないわね。この人どこでこんな知識を身に付けたのかしらね?
それは兎も角、どうやら文明度もあまり高くない者達らしい。帝国とはずっとあまり関係が深く無かったのに、どうしてイブリア王国との接触を図って来たのだろうか?
「恐らく、トーマの者達がイブリア王国に臣従し、そのために豊かになり始めている事を聞きつけたのじゃろうな」
お父様が髭をしごきながら思案気に言った。
トーマの民と小国群とは交流があるらしい。以前に東征の話が持ち上がった時もヴェーセルグがトーマの支援を受け始めているという話だった筈だ。その伝でイブリア王国の話を聞いたのではないかと言うのだ。
「小国群としては、トーマの民と上手くやってるなら、自分達とも上手く付き合えるのではないか。という考えもあるのじゃろう」
トーマの民は小国群の民と同じく、帝国からは文明圏外の野蛮人と見下される民族である。その事が長年の相互理解の妨げになっており、トーマの人々が帝国に隔意を抱く原因にもなっていた。そのトーマの民がイブリア王国には従順に友好的に付き合えている。イブリア王国が対等の存在としてトーマの民を認めて扱っているからだ。ヴェーセルグとしては、同じ扱いを受けられるのならイブリア王国と親しくしたいと考えているのではないか。
ふむ。それはチャンスではなかろうか。イブリア王国としてはトーマと交流があり、帝国の東北部に接する小国群のヴェーセルグと同盟を結べるような事があれば、北部連合を強く圧迫出来るし、いざとなれば小国群を抜けてトーマの騎兵隊でクーラルガ王国なりクセイノン王国なりを奇襲出来る。奇襲出来ると北部に思わせる事が出来るだけでも良い。そうなれば北部もロンバルラン王国とスランテル王国の国境争いに注力出来なくなるだろう。
私はとりあえずヴェーセルグと話してみる事を決めた。トーマの者に書簡を持たせ、イブリア王国に近い所に勢力圏がある族長のボームに、ヴェーセルグとの交渉の場を設けてくれるように頼んだ。急いでくれとは言っておいたが、どう考えても返事が来るまでにはかなりの時間が掛かると思う。
その間、私は離宮でレイニウスと生活する事にした。疎かにしていた母親業を頑張ったのだ。毎日毎日レイニウスと一つのベッドで寝起きして、食事も一緒にして(料理もたまには自分でして)、読み書き計算や礼儀作法の教育もして、そして外で一緒に思い切り遊んだ。
レイニウスのお友達と一緒に森を駆け回り、川で遊び、山を駆け上ったのだ。むぅ。流石に二十五歳にもなると衰えが・・・。でも、私が子供の頃に身に付けた木の実の採り方や魚を捕る方法などを教えてあげたら、レイニウスも含めた子供たちは目を輝かせて喜んでくれたわね。
レイニウスはそれはもう喜んで毎日楽しそうで、私も物凄く幸せだったわ。ふふふ、私がお父様の養子にならずに、農家の奥さんになっていたらこんなだったかしらね?
「そんな毎日、子供みたいに遊び暮らす農家の嫁がいるものですか」
はい。侍女代わりに面倒を見に来てくれる母さんに突っ込まれた。農家の嫁なら遊ぶどころか日が昇ってから沈むまで休み無く働くものだ。母さんがこうして私の面倒を見に来れるのは、父さんの後を継いだ兄さんの嫁が働いてくれているからだ。
母さんは孫のレイニウスを可愛がってくれて、レイニウスも母さんに良く懐いていて見ていて微笑ましかった。顔立ちがちょっと似ているのは、やっぱり血なんでしょうね。
そんな風にして暮らして、一週間後、クレアンヌ達が到着したので私はクレアンヌにレイニウスを任せ、とりあえずトーマの土地へ飛んだ。
トーマの広大な大草原で、移動しながら生活しているトーマ民の集落を見つけるのは容易ではない。のだが、そもそもブケファラン神はこの大草原の守護神だ。物凄くご機嫌麗しく、普段よりも速い速度で飛び回って、簡単にボームの一族を見つけ出した。ボームは私を誘拐した族長で、その一族の所で私は一カ月ほど暮らした事がある。
つまり一族の皆とは顔見知りだ。ブケファラン神に乗って降りて来たので、驚き敬われたが、同時にみんな私を大歓迎してくれていきなり宴会が始まった。羊を一匹しめてくれたのだから物凄い歓迎だ。冬前でも無いのに家畜を減らすなんて良いのかしら?
「イブリア王国のお陰で冬越しがかなり楽になったからな」
とボームが言う。彼は勢力圏がイブリア王国に近く、帝国語に堪能な事もあって、トーマとイブリア王国との取次のような役目を務めるようになっていた。当然、役得も多くあり、彼の一族はかなり裕福になったようだ。前に来た時よりも一族がかなり増えているもの。遊牧民にとっては一族の数が家畜で養える数を越えて増え過ぎるのは大問題なので、これまではかなり人口増加を抑制してたはずだ。
私はヴェーセルグとの交渉についてボームに尋ねた。ボーム曰く、ヴェーセルグと付き合いのある一族はもっと北寄りにいるのだが、この話があってから定期的に連絡を取り合っているから、ヴェーセルグから連絡があればすぐに分かるそうだ。
私はとりあえずヴェーセルグからの連絡を待つ事にし、その間数日遊牧生活を楽しんだ。なんか私、故郷といいここでといい、休暇を取って遊んでいる感じになってきたわね。
そして数日後、ヴェーセルグから交渉したいとの連絡があった。私は場所を指定した書簡を出し、同時にボームの一族の二名をお供に連れて北へと向かった。
二日ほど走ると、トーマの土地と小国群の境目辺りに着く。境目と言っても明確ではないが、草原が減って森が増えてくると、そこは遊牧に不適であるため自然とトーマの者達は立ち入らなくなる。
因みに、トーマの人々は小国群の地域の人々の事を「森の民」と呼んでいた。なるほど。森の民は大昔からトーマの人々と交易をしているそうだ。略奪はしないのかと聞くと、帝国のように穀物をため込んでいる訳では無いから旨味が少ないし、森は騎馬で駆け回るのには向かず、森の民の弓矢は恐ろしいからあまりしないとの事。まぁ、近くに帝国というもっと獲物に向いた連中がいるしね。
その辺りに小さな村があった。トーマと森の民の交易ではいつもここを使うとの事。書簡ではここでの交渉をヴェーセルグに持ち掛けたんだけど、果たして本当に来るのかしらね。
ここは森の民の村なので、住んでいるのは森の民の人種という事になる。見た所、確かに背が高くて肌の色が真っ白で、髪色はほぼ全員が金色と、帝国ともトーマの民とも違う容姿であるようだった。そう言えば、海賊国の捕虜をフーゼンで見たのだけど、あの連中も金髪が多かったような。
彼らは私達を非常に警戒しているようで、村の中に滞在したいという願いは却下された。さもありなん。トーマの人々は略奪は「あまりしない」と言った。たまにはするのだろう。トーマの民が警戒されるのは当たり前だ。
仕方無く村の外で野営する事二日。使者がやって来てヴェーセルグが交渉を求めている事を告げた。私達は村の中に招き入れられた。
村の集会場に入ると、そこにヴェーセルグが二十人ほどの部下と共に待っていた。
大男だった。ホーラムル様よりも大きい。身体の厚みはアルハイン公爵よりも厚く、筋肉質。髪色は金で短めで、ホーラムル様と似ている。緑色の瞳は眼光鋭く、整った顔立ちながら迫力があり過ぎて美男子だと讃え難い。
簡易な鎧の上から毛皮を巻いており、威風堂々。これはもう如何にも「蛮族の王様」という言うしかない格好だった。毛皮を敷いた椅子に座り、同じような格好の部下に囲まれたその姿は威厳に満ちていた。
ほうほう。私は感心していたのだが、対するヴェーセルグは呆れたような顔をしていた。
「なんだお前は!」
猛獣のような声で怒鳴られた。私は首を傾げた。
「イブリア王国のイリューテシア王妃です」
「嘘を吐くな! そのなりは、トーマの格好だろうが! 帝国の王妃がそんな格好をするものか!」
まぁ、そう思うわよね。何しろ私はトーマの女性の格好だ。だってドレス着て草原を縦断する訳にはいかないじゃない。それにお供はトーマの若者がたった二人だ。
「嘘など吐きませんよ。何になるのですか。そんな嘘を吐いて」
「ならば証拠を見せて見よ! 其方が王妃だという! 帝国でもトーマの土地でも怖れられる『紫色の巫女』であるという証拠をな!」
こんな所にまで私の二つ名が聞こえているのはどういう事なのか。それになによ。恐れられているって。私はむくれたのだが、確かに身の証は立てる必要があるだろうね。でも、どうも紋章入りの宝石とかそういうモノでは信用させられそうに無さそうだ。
ここでブケファラン神なりを呼び出すのは簡単だが、力をここで使い切ってしまっては自分の身が守れなくなる。相手の勢力圏に、お供を二人だけ連れてノコノコとやって来れるのは、いざとなれば力を使ってどうにか出来ると思っているからだ。交渉が決裂した時に力が無くなっていたら困る。
うーん。そうね。ここはあの手で行きましょうか。
私は被っていたトーマの頭巾を脱ぐ。黒に近い紫色の髪が露わになる。これで私が噂どおりの紫髪を短めにしている女性だと知れただろう。実は、紫色の髪は結構珍しい。私の二つ名に「紫の」「紫髪の」と表現されるものが多いのは、髪色が珍しいからだ。おまけに、貴族女性で髪が肩まで掛からないのも珍しい。
そして私はギロッとヴェーセルグを睨んだ。ヴェーセルグは流石、眉も動かさなかったが、周囲の者達は僅かにたじろいだ。よしよし。私は紫の瞳に力を籠める。単純に睨むのではなく、金色の力を活性化させ、瞳から放射する事をイメージする。
金色の竜の力の持ち主は、自然に周囲を従わせるオーラを持つ、らしい。フェルセルム様はそれを発展させ、交渉の場では意図的に力で威圧して相手を怯ませているようだった。それをクローヴェル様が怒っていた事がある。
こういう使い方なら神様を召喚する必要が無いので金色の力の消費は少ない。この後に改めて神様を召喚する事も出来る。私は紫色の瞳を爛々と輝かせてヴェーセルグを睨んだ。
「力を見せよと言いますが、覚悟はあるのでしょうね?」
声にも金色の力の影響が出るらしい。私の声に私のお供の二人が仰け反っている。
「イブリア王国の王妃たる私を試すような事をするのですから、私の力でこの村が吹き飛んでも文句は言いますまいね?」
実際、フェルセルム様がやったように、この身に竜を乗り移らせれば、出来無い事も無い。やらないけど。
ヴェーセルグの部下たちが大きく動揺する。脂汗を流し、ヴェーセルグに何事か進言している。あら? 言葉が分からないわ? ヴェーセルグは流暢に帝国語を使っていたから、てっきり森の民は帝国語を使っているのかと思ったのに。
「では、力を使って神々を召喚いたしましょう。何が起こっても知りませんよ!」
私が両手をバッと天に向かって差し上げると、ヴェーセルグが仕方無さそうに手を挙げて私を止めた。
「分かった。信じる。どうやら本物のようだ。イリューテシア王妃。ご無礼の段許されよ」
ふう。やれやれ。上手く行ったようね。ヴェーセルグは不満そうな顔をしているけど、その周りの部下たちはあからさまにほっとした表情だった。ついでに私のお供二人は腰を抜かしていた。こらこら、困るじゃ無いの。護衛の意味もあるお供がそんな事では。
しかし、ヴェーセルグは厳しい表情を浮かべて私を睨んでいる。私の金色の力の放出に怯んだ様子は無い。流石に胆力は有りそうね。私も姿勢を正し、身構える。
そしてヴェーセルグは重々しい口調で言った。
「我々『森の民の王国』は、イブリア王国と同盟を結びたい。条件はただ一つ。東方の蛮族との共闘だ」





