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45.邪な河童と豪傑河童


 朝:河川敷をロードワーク10キロ、インターバル走200メートル×5本、坂道ダッシュ×20本、ロープスキッピング所謂縄跳び10分。

 夜:ワンツー2時間。シャドーボクシング3分×5セット。


 うん、改めて書き出してみると、とんでもねぇな。

 放課後の部活以外だけでもこんだけやってるんだ、仕方ない。


【倒れ込んだまま、ベッドから動けなくなった理由をどれだけ挙げても、何かが変わったりするわけでもなかろうに】


 うぐ。

 ごろり、と多大な労力を払って寝返りを打つ。

 一番酷い二の腕は元より、全身がまるで熱を持ったかのようになっていて疲れきっているのに眠ることもできない。

 天井を見上げながら息をつく。

 ようやく明日は日曜日……ついに対抗戦まであと一週間になった。

 ボクシング部での本格的な練習としては月曜日の最終調整で最後になるから、そこからは軽めの調整でこの疲労を抜いていくことになる。

 つまりこの過酷な詰め込み練習を乗り切った、というわけだ!


「………ホント、よくもまぁ最後まで保ったなぁ」


【うむ、努力は認めてやってもよかろう】


 ここ数日泥のように眠っていたものの、偶然起きてしまったりすると体中が熱を持っていて意識がぼんやりしたまま寝れなかったり、体調が安定していなかった。

 体はとっくにオーバーワークを訴えている中、騙し騙しなんとか今日までやりきった。


「と、いうわけで明日は家でゴロゴロしていたんですが」


【却下】


 ぎゃふん。

 容赦の無い一言に黙り込んでしまう。


【無論行動するのはおぬしじゃからな。いくらわらわが言っても聞く耳を持たぬのならば仕方あるまいが……そもそも体が動かしづらいからといって、敵が待ってくれるとは限らん。

 対抗戦まではともかく、その後のことを見据えれば1つでも多くレベルアップをしておく必要もあろうし、それに試したいものもあったのではないか?】


 おぉ、そうだった。

 思い出して荷物が置いてあるところに視線を向ける。

 そこには刀袋に入ったひと振りの刃物。

 今日の放課後、加能屋によって弥生さんから頼んでおいた武器を受け取ってきていたのである。

 出来ていたのは、


「……そういえば、あの小太刀の切れ味確かめておかないといけないよなぁ」


 そう、小太刀である。

 まぁ小太刀といっても刀剣上の分類では小太刀という確固たるカテゴリーはない。銃刀法の刀剣区分においては脇差に分類されている。

 わかりやすくいうと刀のうち、60センチ以上のものを大刀、それ以下のものを小刀といい、この小刀が脇差と呼ばれるものだそうな。脇差については30センチから60センチまであり、さらに短いものは短刀にあたる。今回言っている小太刀については、そのうちの60センチに近い刃渡りの脇差、通称大脇差という意味で使っている。


 とにもかくにも、もらったのは刃渡り50センチほどの小太刀。

 銘はない。


 刃物、という希望だったのでちゃんとリクエスト通りに作ってもらっている。これで前に買った白樫の乳切棒とあわせて以前よりも大幅な戦力アップは間違いない。

 問題は使い方だ。

 一応出雲からは簡単な刀の使い方の基本を教えてもらってあるが、こればっかりは実際振ってみないと仕方がない。杖術もいくらかは活かせるらしいが、そもそも人間は刃物を見ると反射的に硬直して動けなくなるという。まず使って刃そのものの恐怖に慣れてからでなければ活かすことはできないだろう。

 だからこそ明日の日曜日はいつも通り狩りに行くべきだ。

 そうエッセが主張しているわけなのである。


「へぇへぇ、頑張りまーす」


 弱い心に負けそうになりつつも、なんとか堪える。



 翌日、ベッドから起きようとしない体をなんとか引きはがし準備。

 準備をして音無川上流に到着する。

 以前来た狩場の入口のあたりで大きく伸びをしてから、体の感触を確かめるようにゆっくりとストレッチを始める。

 うーん、一晩ぐっすり寝たので体も回復…と言いたいところだが筋肉痛が未だに酷い。客観的に見ていつもよりも2割くらいは動きが鈍くなりそうな感じだ。


【与えられた状況でいかに最善を掴むか、というのも大きな課題じゃ。

 その経験を積むのだと思えばよいじゃろうて】


 エッセにフォローされながら河川敷を歩き始める。

 いつも通り手頃なサイズの石を手に、邪な河童を探してうろうろ。

 二度目なのだから川岸を歩いて誘い出すのもいいかも、と思うのだが筋肉痛の体を引きずっている身としては少しでも楽をしたいのも確かだ。


 さて、例によって茂みに動くものを発見。

 石を投げる。

 見覚えのある河童が飛び出してくる。

 ここまでは前回と同じ。

 邪な河童が水球を吹き出すのと同時、避けながら小太刀を抜く。

 さて、どうしようか。

 とりあえず、投げてみた。


 かん…っ。


 目標の真横30センチくらいのところを通過して落ちた。

 あっれ~? こう、小太刀で牽制しながらその隙に懐に入る予定だったのに!

 外れてしまったものは仕方がないので、攻撃をかいくぐりながら懐に入り皿を攻撃。

 5回目で皿を割って倒すことに成功した。

 残っている河童の軟膏を拾いつつ、落ちた小太刀を回収した。


「うーん、難しいな。やっぱり石とは重量もバランスも違うから、そのへんを考慮して投げないといけないのかも?」


【そもそもなぜ投げた?】


「いや、なんか前に漫画でそういうのやってたお侍さん?っぽい人のやつがあったからさ」


 あまりよく覚えていないが、あれは確か脇差を投げてひるんでいる間に攻撃をするとかなんとかいう奴だったはずだ。


【言いたいことはわからぬでもないが、これだけの大きさのものとなれば正確な投擲は難しかろう。無理に投げるよりは別の使い方をしたほうがよいと思うぞ】


 ごもっともで。

 投げるにしても今のオレの力量じゃ当てるのすら難しいってことがよくわかりました。


 さて、では気を取り直して二匹目を探してみる。

 同じように茂みにいる生き物を発見。

 投げようと石を振りかぶって、


「……あー、そういえば隠密が結構上がったんだっけか。ちょいと試してみるか」


 ふとそういうことに気づいて石をしまう。

 代わりに小太刀をいつでも抜けるようにして、茂みを大きく回り込むようにゆっくりと移動を開始した。ゆっくりゆっくり…気づかれないように慎重に。

 どきどきしながら進んでいくと、茂みに潜んでいると思われる邪な河童の背中側2メートルほどの距離まで近づくことができた。意外に見つからないもんだなぁ。


 チキ…ッ。


 可能な限りゆっくり音を立てないように小太刀を引き抜いた。

 そのまま一気に邪な河童まで肉薄する!


「グワァッ!?」


 すぐ近くまでいくと河童も気づいたが、もうすでに手遅れだ。

 振りかぶったオレはそのまま走り込みつつ上段から一気に刃を振り下ろす。


 どずっ。


 狙いは過たず、刃は河童の皿を切りつけ割って尚そのまま頭に4センチほど斬り込んだ。ただ斬る力が足りていないのか、それとも斬り方が悪かったのか、理由はわからないがヤツの頭に刃が沈みこんだまま、それ以上刃が進まなくなってしまった。

 邪な河童は反撃しようと水球のために水を吐き出し始める。


「…まずっ!!?」


 咄嗟に小太刀から手を話して乳切棒に持ち替えて攻撃しようとするが間に合わない。

 ダメージを覚悟して思わず体を固める。


 ……どしゃっ。


 が、その反撃もここまで。

 皿を割られ頭に刃が刺さった状態のまま、邪な河童は地面に倒れた。作成途中だった水球は、作成者を失ったことにより空中で力を失い、そのままただの水として地面に落ちて染み込んでいった。


「あっぶな……」


 ほっと胸をなで下ろした。

 不意打ちのアドバンテージもあり仕留められていたからいいものの、もしあそこで反撃する力が残っていたら間違いなく喰らっていたはずだ。

 うーん、やっぱり素人が刃物を使うのは難易度が高いんだろうか。

 そう思いつつちゃんと小太刀を拾って河童の軟膏は回収しておく。幸い倒してしばらくすると消えて無くなるから、わざわざ動かなくなった小太刀を抜く必要はなかった。

 小太刀を鞘に収めた。


【食い込み過ぎて動かなかったのならば、もうすこし浅く斬ってみるか、斬るときにもっと体重をかけながら引くように斬撃自体を重くしたり、色々と試してみるしかなかろう】


 刀は引くときが斬れるって理屈はわかってるつもりなんだけど、自分も相手も動きながらで距離感に気を付けながらだと、なかなかそこまで気が回らない。そうなると、あとは数をこなして意識しなくてもできるように体に覚えこませるしかないか。

 

 よし、次だ、次!

 と、そう思ってガッツポーズを取った瞬間、


「ッ!?」


 なんか凄い勢いで引っ張られた。

 気づくと膝ぐらいまで川に引きずり込まれている。


「……ま、さか…ッ!?」


 なんとか首を回すと背中に河童がしがみついていた。

 その場で踏ん張ろうとするものの、水深が深くなるごとにどんどん河童の引っ張る力も強くなっていく。そのまま足がつかなくなりそうなギリギリのところまで連れていかれてしまった。

 このままでは溺死間違いなしである。


「がぼ…っ、ごぼぼッ!?」


 息継ぎをしようにも中々水面に顔が出せない。

 離せ! このアホ河童め!

 死にもの狂いで手を振り回していると、偶然肩口にヒットした瞬間ゴキっと妙な手応えがして掴んでいる手が緩んだ。


【充! 今じゃ!】


 おう!

 チャンス、とばかりにオレは一気に岸のほうへと泳ぐ。

 邪な河童はしばらく怯んだものの、いくらかすると気を取り直してオレを追いかけてきた。そもそも基本の泳ぐ速度が違うため腰くらいまでの浅さのところまで戻ったところで追いつかれてしまう。

 迎え撃とうと思ったものの手に棒がない。

 どうも最初に引きずり込まれたときに岸に落としてきてしまったらしい。


「グギャァッ!」


 奇声をあげて襲ってくる邪な河童。

 この…っ、調子に乗りやがって!!


 ばんっ!!


 思いっきり踏み込んで左ストレートを放つ。

 偶々カウンターで顎に入って相手は一瞬クラっとたたらを踏んだ。


 ドずッ…っ!!


 一撃。

 怯んだ隙に小太刀を抜き、両手で握って渾身の力で頭に向かって振り下ろした。

 刀身が皿を貫通して20センチほどめり込む。

 青い体液を吐きながら邪な河童は白目を向いた。

 そのまま足を引っ掛けて蹴り飛ばすようにして小太刀を抜く。


 ばしゃ。


 邪な河童の遺体が川を流れていった。

 死んでいるとはいえ泳ぎ達者な河童が川を流れていく光景はなかなかシュールだ。これが河童の川流れというやつなのだろうか、と笑えない冗談を言いながら岸のほうへと向かっていく。


 ぜぇ…ぜぇ…ぜぇ。


 足りていない酸素を一気に補充する。

 いやぁ、危なかった。

 まさかこんだけ川縁から離れてても引きずりこんでくるとは…完全に油断してたわ。

 やっぱりボクシングやっといてよかった…俊彦先輩に言われた練習はキツくてイヤになったけども、咄嗟のときに出るくらいにはしとかないと役に立たないもんなんだな。それにキツいロードワークやっていなかったらあんなに息も続いていなかっただろう。感謝感謝。


 無事岸に上がって周囲を確認。

 どうやら邪な河童はいないようだ。

 乳切棒を拾って服の裾を絞る。ぼたぼたと水が地面に染みを作った。

 背負っていたリュックは防水仕様になっているので、濡れたまま風邪をひかないうちに中の服に着替えるとしますか。


「とりあえずやっぱり川岸で戦うのはやめておこう」


 先ほどあがってきた岸辺を見て呟く。

 水の中は息ができないという絶対的な不利に比べ、水の抵抗による動きの阻害まである。さっき腕を振り回したときに掴んだ手が緩んだのは、おそらくデータに出ていた外れやすい腕に運よくヒットしたからだろう。幸運が何度も続くとは限らないし、一匹川の中で邪な河童を倒したとしても、岸にあがるまえに次の奴に襲われる可能性だってあるのだ。

 安全にいくのなら河川敷で戦うべきなのは間違いない。

 前に話に出ていた豪傑河童の豪傑甲羅で水中適正のあがる武具を作ってもらえば話は違うのかもしれないが、そんなのはまだ先の話。

 それに、他にも大きなデメリットがある。


「川の中だと、倒した後の戦利品の回収がキツいんだよねぇ」


 さっき川を流れていった邪な河童の遺体。

 それが消えて河童の軟膏が出た頃には、すでに川の深いところまでいっていた。あれを回収しにいくのは非常にリスクが高い。

 まぁ河童の軟膏だからまだ良いけども、もし尻子玉みたいな高価な品だったら悔しすぎる。


「へっくし!!」


 一応6月も半分ほど終わっていたからよかったようなものの、もうちょっと寒い時期だと確実に風邪引いてたよな、これ。

 オレは着替えを兼ねて一度休憩を取るべく狩場の入口のほうへと戻っていった。


 わっしわし…。


 タオルで強引に髪を拭いた。

 着替えも無事に済んでなんとか人心地、といったところ。


 さて、河童の軟膏集めを再開するとしますか。

 目標数20個のうち、邪な河童を倒してゲットしたのはわずか7個。結構少ない。

 先週の日曜日は途中から隠身の指導による隠密トレーニングをしていたし、昨日の土曜日はオンラインゲーム部で地獄のボクシング練習25時間をやっていた。

 そのため、そもそも河童のいる狩場に来れていない。

 出来れば今日中に残り13個を手に入れてしまいたい。10日の期限のうち今日で9日目。明日には提出しないといけないから、期限としてはもうほとんど猶予がないのだ。

 このままでは店で買ってきて納品する羽目になる。


「もし尻子玉とかレアなやつが出てくるようなら、足りない分は店で買って納品してもお釣りがくるんだけども……」


 あと30で9級へ昇格できるかもしれないのだ。

 依頼を不成功にすることだけは避けなければならない。

 リミットを自覚して気合を入れてから再び狩場へ。邪な河童を探し始める。今度は単純に探すだけじゃなく周囲を警戒することも怠らない。

 獲物を狩るときが一番無防備だ、とかなんとか聞いたこともあるしな。


 そのあとは比較的順調だった。

 まず邪な河童を見つける→周囲を確認しながら忍び寄る→小太刀の練習もかねて攻撃、というある意味ルーチンワーク的な活動。

 小太刀の攻撃がなかなか難しく、近すぎてもダメ、遠すぎてもダメ、ということで最適な斬撃距離を把握するのに手間取った。勿論多少ズレていても使えるが、切り込みすぎると次の攻撃に移りづらいし、浅すぎるとダメージが軽くなる。

 どちらかというと微細な距離感が要らない突きのほうが使いやすい感じだ。


 5匹目の邪な河童を倒したあたりで入口まで戻って休憩。

 もしかしたら赤砂山の広場みたいに安全地帯があるのかもしれないが、こんな入口に近いところでウロウロしていては見つからないようだ。

 水を飲みつつ、用意した弁当をかきこむ。ちなみにメニューは近所のお弁当屋さんから買ったハンバーグ弁当である。

 合挽肉の牛の比率を多くすることで肉汁がジューシィになるようにしたハンバーグと、カリっと揚げられたカラアゲは冷めても旨く人気メニューである。

 野菜が少ないのでバランスはあまりよくないが、肉をがっつり食べたい男子にとっては大盛りしょうが焼き弁当と共に人気を二分するほどだ。


「…午前中の戦果としては倒した邪な河童の数が8匹で、ゲットした河童の軟膏が7と。総数としては10だな。先は長そうだわ」


 もぐもぐと頬張りつつため息をついた。

 依頼達成のためにはもう10手に入れなければならない。さすがにドロップ率が激低だけあって尻子玉とかは出ていないし。ただ午前中だけで8匹倒しているのだから、午後に10匹というのも決して無理な数ではないと自分を鼓舞した。


 弁当を食べ終わり多少休憩を挟んでから、狩場に戻る。


「さって…じゃあ次の河童を探そうかな…っと」


 きょろきょろしていると、目の前が暗くなった。

 あれ? なんでこんなところに緑色の壁があるのだろうか。


 ぽむぽむ。


 触って見ると結構な弾力。なんかごつごつしてるし。これってどっかで見覚えがあるような…ああ、そうだ、腹筋だ腹筋。前に出雲に見せてもらったシックスパックとかいう割れた腹筋だ。


「………ぇ?」


 視線を上げた。

 そこには身長2メートルをさらに超える緑色のマッチョがいた。


 ごぅんっ!!


「……がっ!!!?」


 咄嗟にガードしようと動けたのは本当にボクシングの御陰だ。

 頭部を守ろうと構えたところに凄い勢いがぶつかってきた。その衝撃を殺すことができず2メートルほど横に吹き飛んでしまった。


「……ッ~、…っ」


 なんとか倒れずに足を踏ん張る。

 何をされたかは簡単。

 張り手をくらったようだ。

 さっきまでオレがいた場所に相手が手のひらを振り切った体勢でいるのがわかる。


「あれってまさか…豪傑ごうけつ河童かっぱ?」


 のっしのっしと近づこうとしてくる相手から間合いを取りつつ、まじまじと観察する。

 身長は2メートルを超えている。多分2メートル10ちょいくらいだろうか。完全にオレよりも頭ひとつ半分違う。

 おまけに首も腕も丸太みたいに太くて凄くゴツい。まさにボディビルダーもびっくりなマッチョ具合である。あれが目の前50センチのところに出現したら、そりゃ壁だと思ってしまう。

 体は緑色で基本的な構成パーツは邪な河童と違わない。

 筋骨隆々具合と背中の甲羅の光沢が違うくらいだ。

 しかし…、


「確かに検索だと、河童属の中でも体格が大きく肉弾戦に重きを置く珍しい種類、とか言ってたけども、いくらなんでもデカすぎねぇッ!?」


 邪な河童なんかオレよりちょっと小さいくらいだったのに、まるで大人と子供くらいの違いがある。これなら確かに豪傑と言われるのも納得だ。

 槍毛長のボスも結構な鍛え具合だったがあっちが、どちらかというと力と動きの鋭さを兼ね備えたアスリート的なものだったのに対し、豪傑河童は純粋に力自慢な感じでダンプカー的な怖さがある。

 まぁ、わかりやすくいうと全然勝てる気がしねぇ、って話。


【たやすく諦めるでない、たわけ】


「そりゃそうなんだけど…っとぉっ…!!?」


 ぶぉんっ!!!


 エッセの声を聞きつつ、再び振り回してきた張り手をサイドステップで避ける。

 バックステップで避けるのは簡単なのだが、相手は相撲のような格闘ベースの相手。おそらくまっすぐ下がるとどんどん前に出てきていつか避けきれなくなってしまう。だから後ろに下がるだけじゃなく側面に回り込む動きも必要だ。


 ぶんっ!


 今度は蹴りを放ってきた。

 ローキックというよりは足を刈り取るような感じのものだったが、足先で蹴っているような射程の短いものだったので、張り手を軽快している距離感のまま避けることができた。


 うん、攻撃を避けることは出来る。

 見た通り典型的なパワーファイターだから、速度において優位に立つことは可能だ。それよりも問題なのはその体格差。相手の身長が高すぎる。


「たっ!!」


 乳切棒で相手の頭を打つ。

 相手も避けようとして少し動いたので首を打つような感じになった。衝撃が通った手応えはあったが、筋肉の弾力に結構弾かれている気がする。


「………くそぅ、皿が」


 そう、一番の弱点であるはずの皿に攻撃が届かないのだ。

 正確には届かせることは出来るのだが、角度的にどうしても強く打つことができない。思いっきり棒を振り上げて振り落としたとしても、皿よりもさきに額にあたってしまう。

 転ばせるか、より高い位置から攻撃する必要があったが、それは無理だ。

 相手を転ばせるためには体勢を崩させる必要があるが相撲ベースだけあって豪傑河童の構えは低い。重心が低すぎて転ばせるのが難しい。

 高い位置から攻撃、となるとジャンプでもするかという話になるが一撃を入れれば倒せるならともかく、そうでないのなら着地のタイミングで狙われる。そして一度捕まったらなんか殺される気がひしひしとして仕方ない。

 八方塞がり。

 ならば、やることはひとつ。


 ごぅんっ!!


 張り手を避けて、乳切棒を振るう。


 どむっ。


 そう、毎度お馴染みのチクチク戦法だ。

 強敵と出会った場合は状況が好転するか何か打開策が出るまで、武器のリーチ差を生かし相手と距離を保って攻撃を避けつつ、先端でちくちくダメージを与えていく。蜘蛛火のときにも使ったことがある有効な戦法である。

 さすがに豪傑とまでいわれる相手にちくちく攻撃したところで、どれくらい削れるのかはわからないがとりあえず先送りして時間を作れば打開策を考えることだってできるのだ。


 ぶぉんっ!

 どっ。


 ごぉぅっ!

 どふっ。


 ぶぅんっ!

 どずっ。


 ちまちま続けていく。

 うん、集中力も維持できているし、いい感じだ。

 むしろ前に蜘蛛火とやってたときよりも、色々戦いを経験しているし、ボクシングで日頃から見切りを鍛えている関係で、ずっとやりやすい。避けるにしてもステップワークも大分スムーズだから、次の動きにだって繋げやすい。

 …結構強くなってないか、オレ?


 どずむっ!!!


「……~~ッ!?」


 ぐぅっ!?

 ……いかんいかん。

 ちょっと調子に乗って集中力が一瞬切れたみたいだ。

 体重をかけた突進からの突っ張りを受けて吹き飛んだ。そのまま倒れる。ガード越しだったけど鼻血が出ているのを知って、もしガード出来ていなかったら、と背筋が凍った。

 ただ吹き飛んだおかげで3メートルほどの距離が出来ており、急いで立ち上がることは出来た。

 立ち上がり様に石を拾う。

 追撃しようと突進の準備に入った豪傑河童の顔に投げる。


 がんっ!


 的が大きいから外しようもない。

 それくらいで突進は止まらないものの、目の近くにヒットして多少たじろいだおかげで勢いが甘くなった。少し横に出て脇を抜けるような感じですれ違う。


「ギャワッ!!?」


 そのまま突進して2メートルほど行き過ぎた豪傑河童が苦痛の声をあげる。

 まぁわかりやすくいうとすれ違い様に脇腹を小太刀で切り裂いてやったのだ。

 リーチでは負けるものの、やはり単純なダメージという意味では刃がついているので乳切棒よりもいい感じだ。

 再び向かってくる豪傑河童。

 そこからは先程のチクチク戦法のやり直しだ。

 片手で乳切棒、片手で小太刀。

 連続攻撃を避けるときは遠間から乳切棒、突進を避けて隙が出来たらこっそり小太刀で切りつける。


 ただひたすらそれだけを続けていると、変化が訪れた。


「………ん?」


 時間にして20分ほどもしただろうか。

 さすがにこっちも疲労で体が重くなってきたところだ。豪傑河童の動きが見るからに悪くなってきていた。時折ちらちらと川のほうを向いたりもする。

 理由はわからないが、何かえらく消耗しているらしい。


 ―――チャンスッ!!


 視線が川のほうを向いた一瞬。

 決死の覚悟を決めて懐に飛び込んだ。

 突撃の全体重をかけて腰だめに構えた小太刀を突き出す。古いヤクザ映画なんかであるようなタマ取ったるわー的な感じだ。


 どずっ!!!


 小太刀が腹部に沈んでいく。30センチほど突き刺さったところで手を離してバックステップ!


 ぶぉんっ!!!


 オレを捕まえようと伸ばしてきた手が目の前を通過していく。

 だが腹部に刃物を突き刺されたまま動いたためか、勢い良く手を伸ばした勢いを踏ん張れず豪傑河童は前かがみになった。

 そう、念願の皿を攻撃しやすい高さまで頭を下げた。


「だぁぁぁっっ!!!」


 その隙を見逃さず一息で乳切棒を振り下ろす。


 がんっ!!


 そのまま何度も叩き下ろした。


 がんっ!! がんっ!!


 3発ほどで予想外に容易く皿が割れた。

 そのまま豪傑河童が倒れてきたので横に避ける。


 ずぅぅ…ん…。


 何度か棒の先でつんつんと生死を確認する。

 どうやら倒したらしい。


「っしゃぁっ!!」


 思わず拳を握った。

 見ると皿の割れ方がこれまでの邪な河童と違う。

 邪な河童は攻撃を受けて耐え切れなくなったところがビキっとヒビが入って割れていたんだけども、豪傑河童の皿は攻撃を受けた箇所から放射状にヒビが広がって全体的に割れている。

 うーん、いきなりオレの叩く力が上がったり、なんてことはないと思うんだけど。


【そうじゃな…どちらかというと豪傑河童の皿のほうが些か乾燥しておるようじゃが】


 そのエッセの言葉に納得する。

 そうか、なるほど…確かに河童は皿が乾くとマズいとかなんとかいう話があったな。

 途中から動きが鈍くなってきたのもそのせいなのかもしれない。その上で乾燥すると皿が脆くなっていたというのはありそうだ。

 見ていると、そのまま豪傑河童は消えてしまい、仄かに光るビー玉くらいの大きさの球体と、腹部に刺さっていた小太刀だけが遺された。


「おぉぉっ!!?」


 こ、これはまさか…そう、尻子玉っぽい!!!

 ひゃっほぅっ!!

 思わず手に取ろうと近寄ると…、


 がさり…ッ。


「………?」


 周囲の物音に気づく。見るとそこかしこの茂みから邪な河童が出てきていた。数にしておよそ5。その全ての視線が尻子玉と思しき球体を見ている。

 まるで大好物を見るかのような目だ。

 そこで尻子玉の説明を思い出す。


 “人間から採取された魂の一部。河童にとっては食料にもなる貴重なもの”


 なるほど。

 つまりコイツらはこれ幸いとばかりに横から尻子玉を掻っ攫おうという連中というわけか、うん。

 …………ひでぇ!?


「はっはっは、オレの1000Pを奪えるもんなら奪ってみやがれ!!」


 1対5とか普段なら心が折れてしまうが、今の欲に目がくらんでしまっているオレならば話は別だ。小太刀と尻子玉を回収して脱兎のごとく走り出した。




 かくして邪な河童とオレの盛大な追いかけっこが始まる。

 敵は数も多く、途中で豪傑河童も出てきて追いかけてくる始末。

 だが男には負けられない戦いがある。

 まぁ何が言いたいかというと―――



 ―――絶対尻子玉、持ち帰ってやるぅぅっ!!!



 こうして河童の軟膏を揃えられないまま、日曜が終わるのであった…なむ。




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