31.天下無双の槍に抗するは
集まってくる槍毛長たち。
「くそッ、間に合わなかったかッ!!」
これが“槍衾”と呼ばれる無双の槍毛長ことボスの特殊能力であることを知ったのは後のことだ。戦国時代、長槍を集めて密集し騎馬に対抗した戦法を由来としており、周囲の槍毛長を自らの臣下として召集するというもの。
通常ボスがいるはずの池の周辺にはあまり槍毛長がいない。この特殊能力の効果範囲内となればせいぜい1、2体くらいのもの。だから通常この特殊能力はそれほど脅威ではないはずだった。
だがどんな偶然の悪戯か、ボスが最も槍毛長が多い場所に現れてしまったことで事情が変わってしまった。単なる側近を1、2体だけ呼ぶだけの能力が、その数倍の数を呼び寄せることで脅威度を飛躍的にアップしてしまったのだ。
「“硬風!”」
どずっっ!!
ボスに向けて発した咲弥の一撃は現れた別の槍毛長にヒットした。
同時に鎮馬がタックルして吹っ飛ばす。さらに追撃しようとするもまた別の槍毛長が行く手を阻む。
出てきたのは合計5匹の槍毛長だった。
「……ちッ。さすがに間に合わなかった…ぜッ!!」
ボグッ!!
攻撃してきた槍毛長の腕を取ると立ったままそれをへし折ってから鎮馬は下がる。
立ち関節。出雲のノートにあったのを見たときはマジで出来るとは思ってなかったけども目の前で見せられるとは…。
「とっ!!」
咲弥に襲いかかろうとしてきた槍毛長の脚を棒で殴る。もんどり打って倒れる相手を踏みつけてさらに何回か思いっきり殴りつけてから、二人の元へ戻った。
オレ、鎮馬、咲弥の3人に対するはボスを含んで6匹の槍毛長。
突撃していった鎮馬が戻ってきたことで、互いにすこし距離を取って向かい合う。
「こりゃおいらも神官だなんだ言わずに本職の組み技士として頑張るぜ!…と言いたいところなんだが、組み技士は一体一にはいいんだが、多対一はあまり得意じゃねぇんだよなぁ」
確かにタックルいって相手を倒して関節を極めるというスタイルなら向いてないのは納得だ。一匹を倒すのに一々寝転んでいては隙が出来る。ショルダータックルや立ち関節などやりようはあるんだろうけど本領を発揮しにくいのは間違いない。
「つまり……とりあえずあの数減らすことから考えねぇと、だな」
「同感だね」
ダメージを受けている個体がいくつかいるとしても倍の相手は不味いだろう。ただでさえ強敵なボスと向き合っている間に援護されてはたまったものではない。
ただ今ここに集まっているボス以外については、さっきまで戦っていた相手と同じ強さだ。それに基づいて冷静に考え、
「とりあえず援護だけもらえれば3匹くらいは引きつけるよ。その間にボスと手負いのやつを鎮馬と咲弥の魔術で仕留める方向でどう?」
被弾覚悟、というか無傷を諦めれば3匹くらいなら引き受けられる、そう結論づけた。
引き受けられるというより正確には亀のように防御に徹していれば数分死なないんじゃないか、という話なんだけど。
「おま…ッ、それッ無茶過ぎんだろうが!」
おぉぅ!?
せっかく決意して気合入れたのに却下!?
「カーッ! いいね無茶! さっすが若いだけのこたぁある!
男なら無茶上等! わかってんじゃねぇかよ、充ぅ!!」
……と思ったら、なんか感激されてました。
「おし、んじゃ咲弥は“対抗する加護”で援護。充が突撃して敵をひきつけたらおいらが他の奴ぶっとばす感じでいくか。
もし使える状況ならどんどん“硬風”も頼むぜッ!」
頷く咲弥。
敵もこちらの決意が伝わったのかジリジリと間合いを探っている。
倍の敵に向かっていくなんて正気じゃない。
逃げられるものなら逃げたいが、こう見えても槍毛長は動きが速い。特にボスであれば尚更だろう。後ろから攻撃されるのは勘弁してほしい。
「…ッ!」
震えそうな弱音を噛み砕くように歯を食いしばり前に出る。
威嚇の意味も込め乳切棒を長く持つ。
同時に体を“対抗する加護”が包み保護してくれた。
さて、突撃してきたオレに反応するように2匹が前に出た。そのうち1匹はさっき鎮馬に腕の骨を折られた奴だ。チャンスとばかりに明らかに動きが鈍い手負いの槍毛長に一撃を叩き込む。
さらに一撃しようと棒を振るうと、
ドグッ!!
「……~~ッ」
うぐ、痛ぇッ!?
欲張り過ぎたのか、もう1匹の槍毛長が横合いから槌で打ってきた。肩口にヒットし腕が一瞬痺れるような感覚に襲われる。
なんとか堪えると無視してさっきと同じ槍毛長に一撃!
腕を折られてさらに渾身の一撃を二発くらったそいつはゆっくりと倒れていく。その有様を見たのかもう1匹がやってくる。
これで目標の3匹(まぁ1匹は倒してしまったが)引きつけることには成功。
あとは防御に徹するだけだ。
ぶぉんっ!!
ぶぉんっ! ぶぉんっ!!
目の前に2匹の攻撃をひたすら避けることに専念する。さすがに全部を避けるなんてことは出来ていないが、どうしても避けられない部分は棒で受ける。それでも無理なら二の腕などの比較的筋肉の多い部分で受けていく。
どっず!!
がっ…。
今のは受け損ねた…もし“対抗する加護”がなかったら悶絶してたかもしれない。
「どけぇぇぃっ!!」
声のする方を見ると、盛大に槍毛長が吹っ飛ばされていた。
ボスと2匹の槍毛長の攻撃を避けながら、その合間を縫ってショルダータックル。さすがにボスは攻撃を避けながらのタックルならかわせるが雑魚はそうもいかない。
全開のタックルを食らっては吹き飛ばされ、攻撃をすれば骨を折られる。すぐに1匹が倒れてしまった。この調子なら勝てそうだな。
ボグッ!!?
「……がっ!!?」
一瞬余所見をしていたら槍毛長の槌が頭を掠った。
その衝撃にクラっと意識が飛びそうになるがなんとか堪える。
いかんいかん、ただでさえ重荷なことやってるんだから目の前の敵に集中しないと。ここでオレがやられたら戦線が崩れる。
慌てて意識を目の前にだけ集中する。
鎮馬のほうはもう大丈夫そうだ。とりあえず周囲は気にしないで今は自分のやるべきことをやる、それが一番だろう。
「さぁ、来い!」
ィィィィン……ッ!!!
見えてきた勝利の光を、その音が絶望で塗りつぶした。
「………え?」
その音が何であるかは知っている。
だがそれを認めたくない気持ちが動きを止めていた。
がさり…。
先ほどと同じ草をかき分ける音。
ああ、そうだった……ここの槍毛長は再出現の時間が短いが、代わりに本来あまり移動しない槍毛長は再出現位置に主人公がいるうちは次の槍毛長が現れない。
だが今は倒れた瞬間、すでに再出現位置に居ないのだ。
先ほど出てきた5匹のうち倒された2匹の槍毛長が同じ方向から現れた。
そしてさらに別の槍毛長も3匹。
倒したのは2匹のはずなのに、なんで…ッ!?
【…考えられるのは最初の声につられた離れた場所の連中がようやく到着したという可能性じゃな】
言葉が出ない。
ボスを倒さない限り倒しても倒しても出てくる敵。
今の状況でもギリギリなのに、これは悪夢でしかない。
ぶぉんっ!!
そうこうしている間にも目の前の敵の攻撃は止まない。
こっちにゆっくり歩いてくる増援が合流する前になんとかしないと…ッ、
【充…ッ、これは本格的に逃げを考えたほうがいいかもしれぬぞ】
エッセの言葉にハッとして振り向く。
これ以上は本格的に危ないのだ。鎮馬なら避けて逃げるくらいは出来そうだし、後衛の咲弥だけでも逃がすべきだ。勿論オレだって逃げたいが、女の子を先に逃がすくらいの矜持はある。
「咲弥、逃げ―――」
言いかけて言葉は中断された。
別に槍毛長の攻撃で止められたわけじゃない。
単に―――
―――言葉を向けた相手がそこにいなかった、というだけ。
「…………え?」
思えばさっきから援護をもらった後の“硬風”がなかった。それも当然だろう。 すでに咲弥は逃げていたのだから。
がんっ!!
呆けていたオレの頭を目の前の槍毛長の槌が打つ。
本来ここにいないはずの無双の槍毛長。
そして本来するはずの援護をせずに逃亡。
それはつまり………
「――――罠?」
飛びそうになる意識の中、思わず呟いた。
零れ落ちそうになる意識を手繰り寄せる。
「…がぁっ!!」
思わず叫びつつ体勢を立て直す。
危ない危ない。こんなとこで意識失ったら嬲り殺しもいいトコだ。
ぶぉんっ!
追撃にきた槍毛長の一撃をなんとか避ける。
なんとか凌いだけども状況はまるで変わっていない。
敵はボスである無双の槍毛長を含めて4体。そこに新たに5体が加わって9体。オレたちは2人だから軽く4倍を超える数の差である。
「充~ッ!!」
鎮馬の叫びが耳を打つ。
「左右の木を背にして戦え! 四方からよりはマシになる!」
そう言いながら、増援から合流した3体を含め5体相手に器用に攻撃を避けている。大したものだけどさすがに攻撃を挟む余力は減るようで、まずは回避に専念している感じだ。
どんっ!!
彼の真似をして目の前の槍毛長に肩でタックルを当てる。さっきまでいた位置に振り下ろされた槌が通過していくのを尻目に、そのまま体勢が崩れた敵の前を移動し木々のほうへ。
なんとか増援のうち残り2体と目の前の2体が合流する前に場所を変えることに成功した。
ここなら木々の間を動くことで4体の攻撃も木々を上手く障害物に使うことでなんとか2体分くらいに抑えることができそうだ。
よし、落ち着いて状況を把握しよう。
………って、冷静になれるかぁぁぁぁぁぁっ!!?
何さ、この状況!!
いくらなんでもこのタイミングで逃げるとか有り得ねぇだろぉぉぉ!?
本来ほとんど移動しない槍毛長。
それもボスが本来いるはずの場所から大きくオレたちのところに移動してきて、尚且つその特殊能力でピンチに陥っていたところに、仲間を置いて逃亡。
………うわぁ、咲弥がスパイかどうか疑惑、もうまっくろくろすけじゃん。
もしこれが伊達副生徒会長の罠だとすれば納得はできる。
いくら特殊能力が強烈だとはいえ9レベルくらいの槍毛長ボスでは、序列4位の彼に勝てるわけがない。こっちに向かって逃亡するように追い落とすくらいは朝飯前ではなかろうか。
そして現状を見るに、見事にハマっているとしか言えない。
今のオレは例えジリ貧でしかないとわかっていても避ける以外できない。
ぶぉんっ!!!
ぶぉんっ! ぶぉんっ!!
避ける。かわす。捌く。いなす。
もうこうなってはただ集中する以外ない。
打開策はない。
長く保てばどうにかなるというワケでもない。
それでもただ一分一秒でも長く生き続けるために、全ての感覚を総動員して避ける。
ぼぉんっ!
ずがんっ!
ぶぉんっ!
避ける度に外れた槌が土を砕き木々を裂く。
腕、太股、肩、背中、頭…。
木々を利用しようが数にして4倍の相手と戦っていることに代わりはない。どうしたって被弾は避けられず、時間が進むほど疲労とダメージが蓄積されていく。
「………が、っはぁ…ッ」
肺が空気を求める。
まるで水中から息継ぎをするかのように一瞬だけ呼吸し、次の攻撃を避ける。
槌を跳ね上げる一撃。
思わず仰け反って避けると、同時に耳に風切り音。
そのまま後ろに倒れるように転がると頭上を槌が横殴りに掠めていく。
ゴロゴロと転がりつつ起き上がるところに振り下ろしの一撃。
棒で受け止めながら横合いからの別の一撃を片手の手甲で受け止める。
どがっ!!
「……がぁぁっ!!?」
3撃目は背後からの一撃だった。
【充ッ! 囲まれるぞ!】
背中に強烈な痛みを感じて一瞬息が出来なくなるが、無視して強引に棒を大きく薙ぎ払う。軽く当てて怯ませると同時に包囲から脱出した。
ぜぇ…ひゅー、ぜぇ…ひゅー、ぜぇ…。
一時的に間合いが開く。
それまでの負債を払うように体が激しく呼吸をはじめた。
やはり同時に捌けるのは2撃まで。それ以上同じ場所に居ついてしまえば後は完全に包囲されるだけだ。今のは3撃目でエッセが教えてくれたから反射的に離脱したんでよかったものの、もう1撃入っていたら、つまり4匹目に攻撃を受けたら囲まれたままお陀仏だったろう。
ゆっくりと槍毛長たちが近寄ってくる。
鎮馬はどうなったかな…逃げれてるといいんだけど。まぁ向こうのほうがレベル高いんだし、オレよりは逃げれる可能性高いか。
諦めれば楽になるのはわかっている。だがそれでもせっかくエッセにもらった命だ。投げ捨てるわけにはいかない。
「…こいよ、毛玉野郎ッ」
強がりを込めて叫んだ次の瞬間、
ごぉんっ!!!
突如横合いから来た風の塊に槍毛長のうち1匹が吹き飛ばされた。
これは、もしかして“硬風”……?
思わずそちら―――森の奥のほうを見ると、杖を構えたままの一人の魔術師が立っている。
咲弥だった。
「ッ!!」
驚いているオレを尻目に残った3匹のうち2匹が咲弥のほうへと向かう。なんとかしようと思いつつもオレの目の前にも2体がいる。
まずなんとか数を減らそうと“硬風”で攻撃された奴にトドメを刺した。渾身の振り下ろしを2回。
それでなんとか沈むものの残った1匹が横合いから殴りつけてきて思わず膝をつく。
女魔術師へ向かう2匹を追いかけることすら出来ない。
「咲弥ぁッ!!」
槍毛長が肉薄するのをただ見守るしか出来ず、思わず無念のままに名を呼んだ。
前衛ですらない咲弥では2匹相手に立ち回れるとは思えない。
目の前までやってきた槍毛長が槌を振り上げる。
同時に咲弥の右足が軽く土を打つ。
タンッ!!
「ッ!?」
リィィィィン…ッ
次の瞬間、まるで鈴が鳴るような澄んだ音が響き同時に槍毛長の足元に幾何学的な円形の模様が出現。
頭上4メートルほどの場所で木々に隠れるように生成されていた巨大な氷柱が動き出す。
咲弥が悪戯が成功した子供のように微笑んで、
「“氷角”」
ズガァァァンッ!!!!
高さ2メートルの氷柱。その重さたるや何百キロになるだろうか。
直撃を受けた槍毛長が一瞬にして消滅する。
さらに余波で隣の槍毛長も体勢を崩して転ぶ。
これなら間に合うッ!!
オレは目の前に立ち塞がる槍毛長に猛然と襲い掛かった。
相手が槌を打ちつけてくる。
どず…っ!!
敢えて避けずにわき腹にヒットしたその槌の柄を手で押さえる。
「邪魔なんだよッ!!」
なんとかその槌をひっぺがそうとする敵。
空いている手で攻撃すればいいものを…武器である槌に拘る心、それが敗因。
ガンッガガンッガンガガンッ!!!
残った片方の手に持った棒で脳天をひたすら殴る。五発ほどで崩れ落ちた。
わき腹の痛みを堪えつつ、咲弥のほうへ駆け出す。
間に合え…ッ。
だがその祈りも届かず、オレの見ている前で槍毛長が立ち上がる。
対する咲弥は顔色が悪い。まるで気力を使い果たしたかのような感じで立っているだけで精一杯といったところ。槍毛長が槌を振り上げた。
がつん…っ!!!
杖で受け止めるも勢いを殺しきれずに咲弥の小さな体が横に跳ねる。
そのまま木に叩きつけられて止まる。
さらに追撃しようとする槍毛長に、
「女の子相手に手ぇあげてんじゃねぇぞッ!!!」
がんっ!!!
投擲した乳切棒が頭にクリーンヒットした。
思わずふらつく槍毛長。
その隙に目の前まで走りこんだ。
この野郎、オレの目の前で散々好き勝手してくれたなッ!!!
湧き上がる衝動と共に気づけば拳を固めていた。
ズッ…ガッ!!
教えてもらった通りのジャブからストレート。
ふらつく頭にさらに拳をぶつける。
ズガッ!!! ドズッ!!! ドガッ!!!
お世辞にも綺麗なフォームで打っていない。素人に毛が生えた程度の拳をひたすらに打ち付ける。
その手ごたえが消えたことで目の前の槍毛長が既にいなくなっていたことに気づいた。
「…………はぁ…っ…はぁっ…はぁっ」
荒く息をついてから我に返った。
慌てて咲弥のほうへ駆け寄る。
「大丈夫か!」
「へ、平気……」
近づくと彼女はなんとか手を起こしてブイサインを作った。
「いいから、早く。ミッキーちゃんは鎮馬のトコへ」
ゆっくりと体を起こすのを見守る。
「咲弥はどうするんだ?」
「気力が切れたから足手まとい。再出現を抑えるためにも残る」
それで気がついた。
ここ、午前中に槍毛長2匹と遣りあった場所だった。
つまりここに主人公がいる限り、ここの倒された槍毛長は再出現しない。
「計算通り…」
ぶい、と手を出して彼女はまた微笑んだ。
「わかった。すぐに戻る」
その笑顔にバツが悪くなったオレは背を向けて元来た方向へ向けて走り出した。
理由は簡単。
自分の勘違いが恥ずかしくなっただけ。
何が罠だ。
何が逃げた、だ。
今冷静に考えればよくわかる。
敵が増えた段階で攻撃目標から外れるように姿を隠す彼女の行動は正しい。もし彼女が残っていればそちらに敵がいかないようにその場に留まるしかない。結果として森のほうへ逃げることだって出来ず囲まれる羽目になる。
そして完全に攻撃から外れたところで森に逃げたオレを追う。敵の再出現位置まで戻ったら、不意打ちで攻撃。向かってきたら攻撃前に張っておいた“氷角”で倒す。
攻撃力はあるが使うのに難がある“氷角”を有効利用しようとすれば、こっそり仕掛ける必要があるからああいう形でしかなかったのもわかる。
オレが森に逃げなかったらどうするつもりだと思うが、長い付き合いっぽい鎮馬がああいう判断をするのはわかっていたのだろう。もしかしたら似たような状況があったのかもしれない。
お互い臨機応変に判断し瞬時に対応を考えるあたりオレとは違う経験を感じさせる。
だがそれよりなにより、そんな一生懸命逆転の方法を考えてくれていた仲間を一瞬でも疑った。いや正確には一瞬じゃなくて結構疑った。
恥ずかしいなんてもんじゃない。
例え技能で負けていても心根だけでは負けていないつもりだったのに。
疑うことばかりで大事な覚悟が抜けていた。
走る。
【だが過ぎてしまったことはもう変えられぬものじゃ。
ひとつできることがあるとすれば挽回するための行動のみ。ここからのおぬし次第であろう】
エッセの言葉に頷く。
走る。
さっき槌を食らったわき腹が痛む。
もしかしたらあばら骨を痛めているかもしれない。
だがそれは今気にするべきじゃないんだろう。
だんっ!
森を抜けた。
石階段の麓では未だ熾烈な戦いが繰り広げられていた。
階段の手前に陣取る槍毛長のボス、そしてそれを取り巻く2体の計3体相手に立ち回る鎮馬の姿。攻撃を避けながらもなんとか突破口を見出しているようで順調に相手の数を減らしている。
だがさすがに攻撃の際に周囲の槍毛長に攻撃されているのだろう。
彼はところどころ着ているウィンドブレーカーを赤く染めながら攻防を繰り返していた。
がんっ!!!
横合いから雑魚に一撃食らわせる。
突然の乱入に驚きつつもその隙を逃すことなく、思わずたたらを踏んだ槍毛長に鎮馬がタックルを食らわして仕留めた。
これで残り2体。
ィィィィィィィィィィィン…ッ。
だがまだ終わらせてくれないらしい。
「おう、充。無事だったか。こっちに来れたってこたぁ咲弥も上手くやったっつうことか」
「ええ。まぁ正直助けられてばっかりでカッコ悪いんですけども」
「いいんだよ、駆け出しの頃くれぇカッコ悪くねぇと。おいらたちだって何度かこういう経験してるからこそ対応できるわけだしな」
がさがさ…がさ…ッ。
再びのボスの招集に槍毛長たちは応えたらしい。
周囲に気配がやってくる。
数は5匹。
どうやら咲弥のお陰でさっきよりはマシな数のようだが、それでもジリ貧なのは否めない。
オレと鎮馬にかかっている“対抗する加護”も徐々にその効力が落ちてきているのか光がかすかになっていた。
結局のところ覚悟を決めなければ戦況をひっくり返すことなど出来ない。
「ちょっと無茶させてもらえません?」
「…?」
「このままやってもジリ貧なんで、勝負賭けたいんですよ。前に言ってましたよね、切り札のこと」
「……正気か? あれやっちまったらもう逃げられねぇんだぞ」
鎮馬が戸惑うように確認してくる。
「伊達や酔狂で言わないって。本音を言えば、女の子に活躍ばっかりされて面白くないってトコで。どうせジリ貧なら大博打に出るべきだと思ってね」
「無茶な野郎だ」
確かに無茶だ。
だがその価値がある。
この信頼すべき仲間のために命くらい賭けないでどうするッ!
敵の数は7体。
鎮馬はさっき5体で渡り合えていた。
つまるところオレがあと2体を圧倒できるようになれば勝機が見える。
「でも、そんな無茶が大好きでしょ?」
「わかってんじゃねぇかッ!!」
敵が合流しきる前に、うちの神官が祈りを開始した。
目の前の槍毛長たちに敗走と恐慌を与えるために。
彼は自らの軍神へと祈りを届ける。
それは即座に聞き届けられた。
―――“蛮化”
さぁ、無双の槍だかなんだか知らないが心しておけ。
今からオレの覚悟を見せてやる。




