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 Ex.5 丸塚 丈一(1)

 夜の帳が全てを包む頃。


 河川敷。

 橋の下。


 目の前の学生服を着た男と対峙する。


「お前、うちの者を随分かわいごうてくれたらしいな」


 二人の背後には、それぞれ20人ほどの男子生徒の姿がある。

 どいつもこいつも腕に覚えのある血気盛んな連中ばかり。先頭に立つリーダーが押さえていなければ、すぐにでも目の前の相手に飛びかかっているであろうことは間違いない。


「それはこっちのセリフだ。貴様がやったことは度しがたい」


 ゴキンッ!

 片方の男が思わず指を鳴らす。


 ジャリッ…。

 対する男が脚に力を込める。


 互いの視線がかち合う。

 主張は平行線。

 一般であればどちらに非があるのか話し合うこともあるだろう。

 だが事ここに至っては最早言葉では決着はつかない。


 遺恨のない白黒の付け方。


 その方法だけが二人とも一致していた。

 互いの頭だけでの一対一。


 街の筋者ですら一目置く強者同士の激突。


 だんっ!!


 先に手を出したのは関西弁の男。

 力任せに振るった一撃を対する男は掌で打ち落とすと、同時にもう片方の手で反撃。

 顔に迫るその一撃を関西弁の男は勘だけで避ける。

 理論と野生。

 それぞれ種類の違うものに裏打ちされた攻防が続く。


 東中の丸塚丈一。


 西中の佐々木俊彦。

 

 二人の幾度にも渡る勝負のはじまりはこの時だった―――



 □ ■ □



「…-っ……」


 ………?


「…ョーッ……」


 ……???


「ジョー!」

「おぉぅっ!?」


 思わず頭をあげると、そこには見慣れた友人ことミッキーがおった。

 あかん、どうも机に突っ伏して寝とったらしい。


「あー、おはようさん」

「おはよう、じゃない。もう放課後だぞ」


 おぉぅ、昼前から記憶があらへんな。

 どうも熟睡しまくってもうたらしい。まぁ過ぎたことを気にしとってもしゃあないから気にせんようにしとこう。

 わざわざ起こしてくれるあたり、ミッキーはええ奴や。


「放課後かぁ。よっしゃ部活いこか」

「……中間近いのに大丈夫か? 真面目に授業受けてるからノートくらいは貸してやれるけど」


 うぅむ、ホンマにええ奴やな。


 今日は月曜日。

 ミッキーも部活に行く日やから一緒に部室へと急ぐ。


「まぁテストくらいなんとでもなるやろ」

「その前向きさは凄いけどな」


 どっちにしてもこの高校入るための受験勉強で、一生分!いうても過言じゃないくらいの勉強はしてもうたからな。しばらくは楽したい。

 個人的には留年にならんくらいの赤点ギリギリの成績でええと思てるから楽なもんや。


 オンラインゲーム部の部室にやってくる。

 先輩部員への挨拶もそこそこに部室の中にある大きな機械を見る。

 先週までと違い、そこにはオンラインゲームをリアルに体験できるヴァーチャル用の端末が2台。


 そう、ついに同時プレイが可能となったのだ。


「…2台で1憶6000万だと思うと、なんか金額が雲の上すぎて実感わかないよな」

「せやなぁ。まぁ学生はそないなせせこましいこと考えんと、大人しゅう楽しんどったらええと思うで」


 早速二人それぞれが体感用のスーツを着て機械を駆動させる。

 ちなみにヴァーチャルマシンの使用時間はこれまでが1年生が月曜日から木曜日。金曜日と土曜日が2年生、日曜日が3年生という割り振りになっとる。1年生が4人、2年生が3人、3年生が2人といったところやから1週間あたり1年生は3~4時間、2年生は6時間、3年生が6時間ほどの計算や。

 誰がどの時間に使うのかは学年毎に決めて、欠席などがあればその時間は同じ学年の人が優先的に使うようになっとる。

 2台目が入ったことにより同時プレイもできるようになるし、さらにこれらの使用可能時間も倍になるわけやから、マシンが増えることを歓迎しないはずあらへん。



 ヴヴヴ…。



 すこしすると視界が開ける。

 そこはプロトス村の広場やった。

 夜が明けたばかりらしく日の光が心地よい。

 先週ミッキーもプロトス村でログアウトしたさかい、すぐに目の前におる。


「おー、ミッキーのキャラてヴァーチャルで見るとこないに見えるんやなぁ」

「見えるもなにも、元の自分をそのまま登録しちゃったから同じようにしか見えないだろ」

「そこはあれや、気分的なもんやね。

 友人がゲームの中でまで同じ姿やとかちょっと感動せえへん?」

「わからないでもないが…それより、聞いていいか?」


 ……?

 ええよ、と先を促すと、


「…なんか先週よりもジョーは随分と装備がいいんだけども」

「あー」


 実は先週ミッキーと一緒に小赤鬼ゴブリン退治にいった後、パソコンを使って進めとったから装備はすでに鉄シリーズになっとる。鉄の鎧、鉄の小手、鉄の兜、鉄の盾などなど。


「さすがに週一でやっとるミッキーより時間はたっぷりあったさかいな。ちまちま進めとったんや。まぁ別にはよ進めるんがええわけちゃうし、せっかくのオンラインゲームなんやからのんびりやっていったら、おいおい装備も変えれるて」

「だな。せっかくマシンが2台になったことだし、もう1日くらい部に顔出すつもりだし」


 それからすこしミッキーと今後のことについて話す。


「とりあえずミッキーに出来るんは、この村にある3つのクエスト受けて皮装備充実させるか、もしくは狩りにいくか、くらいやな」

「おぉ、皮装備! 前にジョーが着てたやつだな」

「せやせや。3つのクエストでそれぞれ部位装備が2つずつもらえるさかい、それをこなすとアクセサリとかの特殊装備以外は一式揃うようになっとんねん」

「そりゃ魅力的だな…だけど、それだとジョーと一緒の意味あまりないだろ。ヴァーチャルで初めて一緒なんだから、そうじゃないとできないことしようぜ。

 やっぱ友人はツルんでナンボ、って感じだしさ」


 ……たまにこういうことをサラっというミッキーにはホンマ勝てんわ。


「それやったらラオグラフィアに行くっちゅうんはどうや?」

「ラオグラフィア?」

「ひらたく言うたら、この村の次の集落やな。そこそこ大きい町で、レベル20くらいまではしばらくはそこを基地にして動く奴が多い。何を隠そうこの鉄装備もそこで手に入れたもんやし」

「おー! いいね」


 そんなこんなで村を後にして街道を進んでいくことになった。


「あー、ちなみにラオグラフィア近辺の敵て基本的に小赤鬼の酋長ゴブリン・ロードクラスのが一番弱いレベルやから気ぃつけてな」

「出発してから言うな!?」


 ぎゃふん。

 相変わらずミッキーのツッコミは冴えとるで…。

 プロトス村からラオグラフィアの町まではそれほど遠くもない。パソコンのゲーム中で2時間ほどだから、ゲーム中の時間では10時間ほど。距離的には問題ないものの、敵のレベルが一段あがるのに加えて複数で出現することが多くなるわけやし、一般的には村で装備を整えてレベルを上げてからやないと無事にたどり着くのは難しい。

 とはいえ、俺は一度行っとる上に装備もレベルも十分。フォローさえしてやったらミッキーもラオグラフィアまで着けるやろ。

 

 村を出て30分。

 街道脇の茂みから何かが飛び出してきおった。

 飛び出してきたのは灰色の山猫リンクス

 山猫リンクスの中では最も弱い相手やけども、実際の強さは小赤鬼の酋長ゴブリン・ロードとほぼ互角。


「そりゃ山猫リンクスやな。爪で攻撃してくるだけのシンプルなやっちゃ。

 ただ動きが結構素早いから気ぃつけや」


 一匹しか出てこなかったのでアドバイスだけして見守る。

 なんだかんだ文句を言いながらもミッキーは剣を手に山猫リンクス相手に戦い始めた。


「おぉ、なかなか…」


 その様子を見つつ感心する。

 パソコンのゲーム画面では戦闘に関してここまで細しゅう見ることが出来ん。例えば攻撃した際に足の踏み込みの強さの加減とか指先の動きとかまではわからへん。ヴァーチャルマシンと比較するとどうしたって情報量に圧倒的な違いがあるわけやし仕方ないんやけども。

 せやからお互いヴァーチャルでやってみたとき、ミッキーの動きが予想を超えてたことを初めて理解したんや。


 ふとさっき放課後まで机の上で寝とったときに見てた夢を思い出す。

 中学時代の夢。

 トピーと初めてタイマン張ったときやったな、あれは。


 別に不良になっとるつもりはなかった。

 単に地元の小学校から中学校まで普通に通っとったから地元の友人が多かった。その友人がなんやモメて殴られたとかカツアゲにおうたとか、そういうんがある度に相手をシメにいっとったらいつの間にか番格みたいな扱いされとっただけや。


 そんな中、うちの生徒が殴って金取られた、いう話が出て西中の番はっとったトピーと一戦交える羽目になった。実際んとこは北中の番長いうんがズルい奴で、当時弱小やった自分とこの勢力のばすために、色々画策してトピーと俺を潰し合わせたかったらしいんやけども。

 とりあえずそんな策略にまんまとかかって、トピーと俺は互いに自分とこの生徒に危害加えた相手やと思いこんでしもたんやな。結果タイマンになってしもた。

 そのときは1時間くらい殴りあい続けたんやけど、結局勝負つかず。さらに4度くらいやったけど、2勝2敗でイーブン。


 そないなことしてるうちに、あれ?この相手がそないなことする奴か?いう疑問が出てきたんや。

 で、話を聞いてみたら、案の定互いに誤解しとったことが発覚。

 これて拳で語ったいうことになるんやろか? まぁええわ。


 そこから互角の相手として仲良うなった。ツルんでるうちに、トピーがボクシングやっとることがわかって推薦である高校いく、いうからそこ調べたら知り合いがいっとる高校やった。

 そのツテを頼って色々見てたらなんや凄いヴァーチャルマシンがあるいうやないか。それをやってみて感動した。

 以来、この部活目当てに受験してきて今に至る。


 そないな生活を送っとったさかい、正直殴り合いとかにはちぃと自信がある。

 その俺の目から見ても、目の前で山猫リンクス相手に格闘しとるミッキーはなかなかええ動きをしとった。

 始業式で話したときは、そないなイメージはなかった。

 いかにもシャバっぽい男子生徒やったはずや。


 地元では多少悪さしてしもたさかい悪名もあった。そのせいやろか、近づいてくる連中は盲目的に心酔しとったり暴力に恐怖したりしとる奴ばかり。普通の真面目な生徒は話しかけてきたりもせんかった。

 せやから、せっかく遠方の高校にきたっちゅうこともあって、普通に友人作ってみよ思た。関西弁のお喋りなキャラを自分で作ってみたり、結構我ながら涙ぐましい努力やなぁ。


 そう決意して初めて出来た友人がミッキー。

 三木充。

 まぁよくも悪くも普通や。

 別段勉強とか運動とか何かが得意なわけでもない。喧嘩も弱いやろな、と思とった。大体立ち振る舞いとかで強い奴いうんはそれらしい気配しとるもんやし。



 そこまで考えているとミッキーが山猫リンクス倒しよった。


「ジョー、終わ…ッ…うぉっ!!?」


 と、思たらまた横から山猫リンクスが出てきおった。

 まだしばらくかかりそうなので考え事を続行しとこ。 



 あー、どこまでいったやろか。

 そうや、特に喧嘩も強そうやなかった、ってトコまでやな。

 それがある日変わった。

 オンラインゲーム部に入った翌日に休んでから、ミッキーは何か不安いうんかちょっと恐怖しとるというんか、そないな感じをちょっと醸し出しとった。

 経験上、こないな感じがするんは大体が勝てへん相手がおってそいつから逃げられもせんときや。

 え? なんでわかるのかて? まぁ同級生がいつもカツアゲされとったときとか、そういう風になっとったさかいな。


 ちなみにミッキーが二匹目の山猫リンクスを倒しそうになったとき、また一匹飛び込んできた。

 ええ経験になりそうやから、危なくなるまでもうちょい見守ろか。

 あ、また一匹増えた。 


 さて、ミッキーの原因がカツアゲなんかイジメなんか。

 それはわからんけども相談しにくるようやったら助けたろとは思とった。

 付き合いは短いいうても友人は友人。ミッキーはああ見えて友人を大事にする奴やっちゅうのうはわかっとる。もし逆の立場やったらきっと俺を助けてくれるはずや。

 なら俺も同じようにするんが対等な友人関係やろ。


 でもそれをせんかった。

 土日を境にして徐々に何か気合が入ってきおった。

 腹が据わっとるいうんか、覚悟を決めた顔つきになっとったんや。

 立ち振る舞いもちょっとずつ良ぅなっていった。すこしやけど体つきも変わったし、日常生活のちょっとしたことでも反応が目に見えて違う。

 ヴァーチャルマシンで確かめたら、実際はそれ以上に強くなっとったさかい驚いたちゅうわけや。


 つまるところ自分で乗り越えていこ決めたんやろ。

 友人としては寂しいとこやけど、自分の友人を選ぶ目が確かやったちゅうことでもある。昔の俺はそこを失敗してしもた。勿論みんながみんな自分で強くなれるわけやないけど、自分でなんとかしよ思わん人間ばかりを友人にしてたんや。アホやった俺はそれを助けることが友情やと勘違いしとったんやな。

 一方的な依存関係やない。

 本当に苦しくなるまで歯を食いしばって、最後にだけ手を貸してもらう。それが対等な友人やと気づいたんはミッキーと出会ってから。


「せやからミッキーが本当に手を貸してほしいときまで、今は見守るとしよう」


 うんうん、と頷く。


「ば…っかっ!!? もうすでに本当に手を貸してほしいときだわ、バカ!!?」

 

 はっはっは、まだ山猫が4匹やないか。

 きっとミッキーやったら5匹はいけるはず!

 信じとるで!

 ニヤニヤしながら見守る。


「うぉ~~~!? これで死んだら覚えてろよ~~!?

 お前のキライなピーマン口にツッコんでやるからな~~っ!!?」


 ……あー、あかんかもしれん。

 急いで助けにいこか。


 そんなこんなで加勢することしばし。



 ずぞんっ!!


 最後の山猫リンクスを斬り捨てる。

 斬るも斬ったり、12匹。

 普段は単独行動が多い山猫リンクスが倒しても倒してもすぐに出でくるちゅうのは、完全に予想外の事態や。勿論フィールドにおける魔物のポップや徘徊コースは運次第なところもあるから、あってもおかしくはないんやけども。


「こないにリンクしまくったんは初めてやなぁ…、ミッキーって不幸の星の下に生まれてへんか?」

「………うぐっ!?」


 冗談めかして、その運の悪さを言うたら、普段心当たりでもあったんやろか。ミッキーはグサっときた感じで落ち込んでしもた。


「とりあえず次のんが来ぃひんうちに戦利品回収しとこや」

「あいよ」


 山猫リンクスの戦利品は山猫の爪と呼ばれる素材や。名前がまんまやさかい面白みはないけども、そこそこの値段で売れるさかい、ミッキーにはええタイミングやったな。


「しかし最初からこんな有様じゃ、ラオグラなんとかに無事着けるのかどうか不安になってくるよ…」

「ラオグラフィア、な。まぁ普通はこんなんありえへんし、たまたまやろ。たまたま」

 

 再び街道を進んでいく。

 街道いうても現代の舗装された道とは比べ物にならん、ただ踏み固めただけの簡素なシロモノ。ゲームの中やから長時間歩いてもええけど、リアルやったらしっかりした靴履いてへんかったら足を痛めてしまいそうやな。


「なぁ、ミッキー。山猫リンクスと会ったん初めてやったよな?」

「? そうだけど?」

「そやろ? その割には2匹目くらいから攻撃結構ひきつけて見切ってなかった?」

「あー…まぁゲームの魔物って行動がある程度決まってるし、読みやすくない?」


 ミッキーは事も無げに言った。

 確かに初期の魔物はルーチンで動いている部分が多い。だから行動を見切れば避けやすいのはわかるんやけど、それとギリギリで避けれるかどうかは話が別や。

 ギリギリで避けたほうが反撃しやすいのは間違いないし体力も使わへん。ただそれは動きのパターンとは別に、動き回る自分と相手の相対距離の中で攻撃の射程を正確に把握せなあかん。

 飛びかかってきおる相手がどれくらいの距離縮めるんかを踏み込みで測る、とかそない別の技術を持った上で、さらに恐怖を殺して攻撃スレスレまで近づく胆力が必要となる。

 ミッキーのはスレスレで、というほど完璧に見切っとるわけやないけど、なんとか形になりそうなくらいしっかり回避しとる。

 肚を据えてない男にはでけへん芸当や。

 うーん、半月くらいでえらいイメージ変わったなぁ。どない鍛えたらあない精神的に違てくるんか興味あるなぁ。


「ミッキーがこないゲーム上手なるやなんて…なんか男子三日坊主とか言うのはホンマやってんな」

「ポクポクポク…チーン!……って、ンなわけあるかっ!? それ、男子三日会わざれば刮目して見よ、だからな!? 三日坊主だったらダメなほういっちゃってるからねっ!?」

「おぉぅ!? わかったから剣で頭剃ろうとするんはやめぃ!?」

「ふっふっふ…そんなに坊主が好きなら坊主になってみればいいじゃないかと…」

「なんでそうなるんやッ!?」


 いつも通りアホな会話をしつつ進んでいく。

 1時間ほど歩くと、道で倒れている男がおる。格好は商人風で、肩から提げるタイプの鞄を持っとる。遠目には目立った外傷はないみたいやけどピクリとも動かない。

 おぉ、もしかしてこれはアレやな?

 内心のワクワクを隠しつつ進んでいくと、ミッキーも男に気づいたらしい。


「誰か倒れてるぞ!」


 ミッキーが慌てて近づいていく。

 とりあえず遅れへんようにすこし後ろをついていこか。

 倒れている人まで後2メートル、といったところで、


 ざざっ!!!


 突然両脇の茂みから男が1人ずつ飛び出してきおった。

 粗末な服装とバンダナ、そして短剣ダガーを手にしている無精髭の男たち。

 

「おまえら、荷物全部置いてきな。

 それともここで倒れてる男みたいに、抵抗して次の餌になってみたいか?」


 そう、こいつらは盗賊なんや。

 倒れている男を餌に、男たち2人が待ち伏せをする。これがプロトス村からラオグラフィアへの道中、初めて通るときにだけ起きる盗賊イベント“念入りな盗賊ズ”。


「へっへっへ。身包み置いていけば、命だけは助けてやるぜぇ?」


 げっへっへ、と笑う男。

 何度聞いてもベタベタな笑いやなぁ。

 ちなみに男は嘘は言うてない。降伏したら所持金とアイテムを全部取り上げられた上で奴隷として売られるっちゅう、なかなかでけへん体験をすることになるだけや。

 ただ剣闘士グラディエーターになってみたりとか一部の特殊な経験はこの奴隷ルートしかでけへんことも最近わかってきとってな。わざわざここで奴隷ルートを選択する連中もおる。


 が、ここで退いたら男が廃る。


「盗賊に下げる頭はない!」

「おぉー…ミッキーがかっこええ~」


 ミッキーが剣を抜いたのを見て、俺と同じ考えなんを確信する。

 戦闘開始や!


 向こうも2人、こっちも2人やから必然的に1対1の状態に。


 正直俺とは装備も違うしレベルも違う。

 今はミッキーとPTパーティー組んどるから盗賊と戦えとるけども、本来は俺くらいになったらわざわざ戦うような相手ちゃう。

 あないな短剣ダガー、ただでさえリーチが短いっちゅうのに何の考えもなしに、普通の剣持っとる俺に突っ込んでくるとかアホかいな。


 する…っ…どしゅっ!!


 突っ込んできた盗賊を一刀で切り捨てる。

 動きも別に速ないからリーチ差がそのまま結果になる。はやい話が向こうの短剣ダガーがこっちに届く前に切りつけるだけで終了、や。


 どさ…ッ。


 そのまま突進してきた勢いをそのままに、男が前のめりに倒れた。

 まぁ現実でホンマに人斬ったら、嫌悪感とか色々あるんやろうけどもゲームの中やからそのへんは感じないですんどる。多分過度な感情に繋がる部分は若干補正されとるんやろうけど。


「さて…ミッキーはどないなっとるかなー?」


 見ると、盗賊の攻撃を必死に避けていた。

 いや、ちょっと誤解を招く表現やな。

 盗賊の攻撃を、間合いを見切るのに必死になりながら、避けとった、いうんが正確なとこや。

 安全にいくだけやったら多分俺みたいに相手の攻撃が届く前に攻撃してまうんが一番。勿論俺とはレベルも装備も違うから仕留めるのに一撃やのうて、三か四撃くらいは必要になるやろけど。


 ミッキーはそれを選ばへんかった。

 やろうとしとることはわからんでもない。

 攻撃を見切るいう“経験”を積もうとしてるんやろなぁ。

 ここで出てくる盗賊みたいな弱い相手に安全に勝つことに意味はあらへん。ましてこのイベント盗賊は不意打ち・・・・なんが脅威なんであって、強さそのものは小赤鬼の酋長ゴブリンロードより若干弱い程度でしかないんやから。

 それやったら、と割り切って見切りの練習をしとるんや。

 無論この盗賊の、ではのうて、初対面の相手に対して見切る、ということに対して。小さな挙動のひとつひとつに注意を巡らせて洞察の眼を張り巡らせる、そういう行動の練習や。


 それは一般にP  S(プレイヤースキル、と呼ばれとる。


 システム上デフォルト設定されているキャラクターのスキルに対して、プレイヤーそのものの技量で可能となるシステムとは別の種類のスキルのことを指す。

 例えば格闘ゲームで、それぞれキャラクターが持っている技があったとして、Aという技を出した直後のコンマ何秒のタイミングでBを出すと無敵状態になりながら2つの技繋げられるとする。

 この場合のキャラクターのスキルはAやBという技そのもの。

 そしてコンマ何秒のタイミングを確実に出せる、これがプレイヤースキルというわけや。

 このゲームにおいても、P  Sプレイヤースキルは確かにレベルが上がって戦闘でできる選択肢が増えてきた頃には必要となってくる。

 せやからミッキーがP  Sプレイヤースキルを磨くことそのものは変なことやない。


「…ゆうても、こないレベルが低い頃からやることちゃうやろ」


 感心半分、苦笑半分。

 まぁ、P  S(プレイヤースキルとか多分本人はそないなことわかっとらんのやろけども。


 そうこうしているうちにミッキーは盗賊を倒しおった。


「大丈夫ですか?」


 ミッキーが倒れている男に駆け寄る。

 勿論俺も近くまで寄っていく。

 男はまだ息があるらしく絶え絶えになりながら、抱き上げようとしているミッキーに手を伸ばそうとする。



 ―――こっそり、白刃の煌く手を・・・・・・



 これが“念入りな盗賊ズ”のイベントのクライマックス。

 勘のええプレイヤーやったらあっさりバレるかもしれへんけど、実はこの行商人風の男が盗賊の親玉。

 戦闘能力は他の盗賊と同じやけども探知技能だけ高く、遠くから来る新米の冒険者を補足し罠を張るのがやり口や。

 知り合いの高レベルプレイヤーに検証してもらった結果―――まぁ部長なんやけどな。あの人レベルが100で現状の上限キャップまでいっとるし―――この盗賊の探知技能はおよそ20。こいつらが準備する前に発見するには隠蔽技能が20は必要、つまり20レベル以上でなければあかん。

 プロトス村から初めてラオグラフィアに行く低レベルのキャラでは、どう足掻いても見つけられへんちゅう仕様なんやな。


 さて、肝心のミッキーやけど、まるで予想しとらんかったような感じで、盗賊が握ったまま袖に隠した短剣を取り出そうとしとるのにまったく気づいとらへん。傍から見たらわかるけど、近くで抱き起こそうとしてる人間には死角になる位置やし。

 なんだかんだ言うてもお人好しやからなぁ~。

 こうなる思て近くで待機しとったわけやし、ギリギリで助けたるか。

 全部事前に助けたら、それはそれでゲームが面白ないしな。


「……ッ!?」


 ひゅんっ!


 なんや!?

 ミッキーが突然右に体を傾けた。

 それによって盗賊が突こうとした短剣が空を切る。

 直前まで全然気づいてへん風やったのに、見えてへん角度から来た短剣をあっさりとかわした。


「……ッ!?」


 驚いているのは俺だけやなかった。

 避けられた肝心要の盗賊が目を丸くしとる。

 が、ここでゲームセット。

 最後の奇襲が失敗した盗賊に打開策があるはずもなく、あっさりとミッキーに切り伏せられた。

 

「……あぁぁぁ…まさかここで不意打ちとは…」


 無事に戦闘が終わったが、ミッキーはなんか苦悩しとる。


「まぁまぁ。油断したらあかん、て勉強になったんやしええやんか。

 最終的にはそれもちゃんと避けとるわけやし」

「そりゃそうなんだけどさ…」

「ちなみにこれが最初の街道イベント“念入りな盗賊ズ”なんや」

「念入りすぎるわッ!?」


 大丈夫や、ミッキー。

 結構みんな同じこと思てるさかい。


「その念入りさをまともな職業に就く方向に向ければいいのに…」

「ゲームなんやし、ツッコんだら負けやで」

「………うぅ、反論できない!」

「まぁ盗賊倒したんやし、結果オーライで。あと、最後の奴が持ってたやつ持ってくのを忘れんときや」


 倒れていた盗賊が持っていた鞄。

 実はこれが今まで盗賊が仕留めた犠牲者の持ち物だったりする。


「勝手に持っていっていいのか? 盗品だろ?」

「ここに置いといてもどうにもならんやろ。気になるんやったら衛士にでも渡したらええだけやし」

「それもそうだ」


 鞄を回収するミッキーにふとさっきの疑問を投げかける。


「それにしてもよく避けたなぁ。途中まで全然気づいてた素振り見せへんかったのに。もしかして、実はミッキー演技派なんか?」

「いや、演技じゃなくて実際わかってなくてさ、エッセが声かけてくれなかったら今頃……ごほんげふん!!? な、なんか悪い予感がしたんだよ! うん!」

「………???」


 ミッキーが不自然に慌てとるなぁ。


「さ、さぁ! ラオグラフィアにゴーゴー!」

「いや、なんか話逸らそうとしとらへんか…?」

「そ、そ、そんなことないぜ!」

「ほれほれ、おにーさん怒らへんからホントのこと言うてみ~? ホンマに怒らへんから、な? な?」

「予想外にしつこいッ!?」


 空は快晴。

 街道の周りは緑が綺麗で絶景。

 こないなとこを友人と二人で馬鹿話しながら歩きはじめる。

 いやぁ、贅沢やなぁ。

 ん? まぁ足元に盗賊の死体が転がってるのは見ないことにしとったらええねん。

 ほら、空見とき、空。


「怖いんは最初だけ、最初だけやから。ほら、決意してみたら後は怖なかったりするんやで?」

「なんか話の方向ズレてないか!?」


 結局、ラオグラフィアに到着後、ログアウトするまでアホな会話を楽しんだ。

 あ~~、今日も楽しかったわ!

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