2.幼馴染
軽快にペダルを漕いで行けば、すいすいと流れていく景色。
「~♪」
いつもと変わらない通学路。
最寄りの駅までは自転車で10分。
そこから乗り換えが1回あったり駅を降りてから結構歩いたりで、片道でトータル40分ほどの道のり。
最初は新鮮な気持ちもあったし、初めての電車通学にドキドキしたりもしたが、さすがに一ヶ月も通っていればイヤでも慣れる。
「おはよう~」
「お、今日もちゃんと間に合ってるね」
道中、同じ高校の制服を着た男女と合流する。
二人ともよく知っている相手だ。
女の子のほうが、和家 綾
野郎のほうは、 龍ヶ谷 出雲
腐れ縁というくらい長い間柄。
ちょっと羨ましがらせる言い方をするのなら幼馴染というやつになる。
実際のところ古くからの友達や知り合いはいくらかいるけれど、高校まで一緒となるとこの二人だけ。
それくらいの関係だ。
特徴?
そう、敢えて特徴をあげるなら彼女のほうは結構な美人。
ウェーブがかったセミロングの髪をした女の子で、身長150センチほど。
すこし背が低いのが悩みの種らしい(160cmほしかった!と嘆いていたのを聞いたことがある)。
さらに小さい頃はあまりわかっていなかったけど、なんというか古めかしいというか古式ゆかしそうな名前の通り結構良い御家の女の子という、一般ピープルには中々眩しい感じである。
愛嬌のある笑顔が人気の秘訣なのは知っている。
で、出雲のほうなんだが…。
あー、言いたくない。
言いたくないが敢えて言おう……美形であると!
なんかその個性的な名前に名前負けしないくらい、端正な顔立ち、所謂甘いマスク。そして180センチの長身。これでモテないわけがない!
爽やかなスマイル! 運動神経はばっちり! そして割と成績もいい!
ちくしょー! なんか一個分けてくれやがって下さい!?
……と、ちょっとオレが錯乱してしまうくらい、イイ男なのである。
「ふふん、オレだって高校に入ってからはちゃんと間に合ってるだろ? 中学時代とは違うのさ」
胸を張るように言ってみるが、必然的に出雲と話すときはすこし目線を上げる体勢になる。
オレもあと2センチありゃ170センチいってたのになぁ……くそ、まだ成長期終わってないからな!
頑張れ、オレの身体。やれば出来る子だって信じてるぞ?
いや、やれば出来る子って結局やらない子ってことが多いから、なんか言ってて自分の可能性を信じ切れていない気がするのは置いとこう。
「そんなこと言って~。またおにーさんに起こしてもらってるんじゃないの?」
「うぐ」
「……あっさり馬脚現しすぎだろ、充」
さすがに付き合いが長いだけあって察しがいいのか。
綾の追求に言葉を無くしたところを、出雲にツッコまれてしまった。
何度も家に遊びに来ている二人は当然ながら、兄貴とも面識がある。
「そういえば、さっき充が来るまで綾と話してたんだけど、充はどうするんだ?」
「?」
「いや、そんな不思議そうな顔をされても…」
???。
「不思議そうな顔がダメなんじゃなくて、意味が分かってないのがダメなんだから、そこでいきなりキリっとした顔をしようとしても意味ないぞ」
……割と頑張って決め顔したつもりなんだけどなぁ。
要領を得ない会話に首を傾げると、出雲はすこし困った顔をする。
「ダメだよ、出雲。充は基本的に寝たら忘れる子だから」
「……確かに」
「? ああ!」
その言い方で思い出したのは昨日の帰り際にしていた話題だ。
…そして確かにそのとおりなんですが何気に酷くないですか、綾さん?
「もしかして今日が入部の申し込み最終日か!」
「もしかしなくても今日なの! 私は中学と一緒で茶道部だし、出雲も同じ剣道部に仮入部してたからそのまま入っちゃうからいいとして…充だけだよ、決まってないの」
うちの中学は剣道部とか茶道部がちゃんとあっためずらしい学校だったのである。
「全然忘れてたから決めてないです、はい」
「…うちはどっか部活入らないといけないんだぞ。どうするんだよ」
「帰宅部」
「それを本気で言ってるなら、まず部を作るところからだぞ」
「………」
現実逃避すべく放った一言は一刀両断されてしまいました。
さすが剣道部。
「あー、なんか楽できそうな部ないかなぁ」
「インドア系ならいくつかあったんじゃないかな。ほら、ゲーム部とか」
「へー、何するんだろ」
「あ、私知ってるよ。この前、人生カードゲームしてたの見たもの」
「地味な…」
駅の駐輪場に自転車を止め鍵をかけてから、丁度やって来た赤いカラーリングの電車に乗り込む。
オレの自転車がママチャリ。対して出雲の自転車はマウンテンバイクなあたり、家の経済力にもやはり超えられない壁を感じてみたりするのは毎度のことだ。
実際のところは、オレのは兄貴のおさがりで出雲のは高校入学に際して購入したものなので、細かく見ればさらに格差は開いていく一方である。
朝の通勤通学の時間帯のため、車内は割と混んでいるとはいえ席に座れないレベルでしかなく、東京のような一大都市のニュースで流れるギュウギュウとした満員電車感はない。
他の人の邪魔にならない比較的空いているスペースで吊革につかまると、そのまま話は続いていく。
「決まってないんなら、剣道に来たらどうだ?」
「剣道かぁ……でもうちの剣道部って結構人数いなかったか?」
「それがさ、仮入部で参加してた新入生が20人くらいいたんだけど、いつもよりちょっと緩めの稽古内容にしたのに半分くらい逃げて入部やめちゃったんだよ。そのせいで主将も不作だって嘆いてたし。
ここで充が剣道部員になってくれたら間違いなく歓迎してくれると思うよ」
「……仮入部の新入生が逃げ出すくらいの難易度の運動を耐えれると思ってるならビビるわ!?」
帰宅部を舐めてもらっては困るな!
中学時代の体力測定で大半が平均より下だったんだぞ!
AからEまでの四段階評価でCとDしか取ったことないからな!?
「じゃあ、茶道部はどう? 一緒に入ろうよ」
「……そのへんが現実的かな」
茶道部にするかどうかはともかく、そういった文化系じゃないとキツいだろうなぁ。
五月の柔らかな日差しが木々の青葉に映える中、電車は進む。
駅に到着し学校へと向かう道には、オレたちと同じ制服を着込んだ人影が増えていく。勿論着慣れている者とそうではない者がいるし、制服のカラーリングはほとんど同じなのだが、裾などに入っているラインの色が学年によって違ったりもするので、新入生と上級生の区別は歴然だ。
まっすぐ正門を抜け、1-Bと書かれた教室へと向かう。
幸い、というべきかオレと綾、出雲の幼馴染3人組は運良く今年も同じクラスになっている。
教室に入ると見知った顔が何人かいたので挨拶をしつつ、自分の席へと向かう。
クラス毎に始まる朝礼、1時間目の授業、2時間目の授業…。
中学と時間配分が少し違うカリキュラムにも随分と慣れたせいで少し余裕が出ているのか、ふと教室を見回すと綾と目があった。
小さく微笑みを見せる彼女に愛想笑いを浮かべつつ視線を外す。
出雲は、といえば真面目に授業を受けていてこちらが様子を盗み見ていることには気づいていないようだ。
なんと表現すればいいのだろうか。
幼馴染は幼馴染で大事な仲間であり、友人であることに変わりはない。
変わりはないが最近微妙な距離感を覚えている。
小さな頃に漠然と信じていた平穏で変わることのない毎日。
さすがに高校生にもなってみると、何の根拠もなくそれを信じるのは難しかった。
いつまでも同じもの、なんて存在しない。
良きにせよ悪しきにせよ、多かれ少なかれ、変わっていく。
そのことに気づかされたのは何が理由だったか。
―――初恋を自覚したときだったろうか。
同じ相手のことをあいつも好きだと知ったときだろうか。
親友として、そんな彼の相談にのったときだろうか。
無事に二人が彼氏彼女になったときだろうか。
当時は自分でもわからない感情に振り回され、勝手に周囲と距離を置いて横道にそれてしまったときだろうか。
もっと言うならそれを原因の二人によって今の関係まで引き戻されたときだろうか。
それとも……。
どれも変化を自覚した原因のようにも思えるし、どれもあまり関係がないようにも思える。
思い出す度に傷は疼く。
理由なんてない。
でも、そんな思い出すら時間が癒してくれるのか、もう傷口にはカサブタくらいは出来ているんだろう。
ほんのすこしの甘酸っぱさに顔をしかめるだけで、振り返ることが出来ているのだから。
いつまでも仲良し三人組ではいられないのが普通のことなんだろうなぁ、なんて益体もないことを考えているオレの頭は、「入る部活を決める」という重大な任務を五時間目の数学が終わるまですっかり忘れていたのでありました…なむ。




