16.新入部員歓迎会
無事に狩場から帰還した翌日。
正直ダルくて仕方ないけど、いつものように通学した。
チャイムが鳴り、ホームルームが始まる。
教室の窓から正門のほうを見ると遅刻してきた人たちがチラホラおり、一生懸命走ってきている者もいれば、もう諦めてのんびり歩いてきている者もいた。
月曜日の朝は誰だって気が緩みがちだから仕方ないのかもしれない。
もう結構な昔のことなので、オレは知らないが現在のように週休二日になる前は土曜日も授業があったらしい。あるときから週休二日に切り替わり連休になったため、さらに気が緩みがちになり週明けの月曜日に休み気分が抜けなくなる学生が増えたとか増えていないとか。
ちなみに現在も土曜日授業の高校もあるが生憎うちの学校は週休二日なのである。
しかしそんな休み気分は今のオレとは縁遠い。
なにせ土曜、日曜共に盛大に体を酷使していたのである。昨日まででも十分に酷かった筋肉痛が今日はさらに強烈さを増していた。
具体的には階段を上り下りするときに手すりを使わないとキツいくらいに。戦闘のせいもあったが正直山の登り降りが地味に効いていたということかな。
これを毎週+毎日続けてる運動部って凄いなぁと思う。
しかし本当に色々なことがあった一週間だった……。
月曜日と火曜日はまだなんともなかったけど、水曜日からがハンパなかった…。
5月8日(水):オンラインゲーム部に入った。夜頑張ってランニング始めたら、鬼と遭遇。よくわからない攻撃で死んだ。エッセに会って助けてもらった。
5月9日(木):学校休んだ。実はこの世界はゲームで、出雲とエッセに色々教えてもらった。
5月10日(金):装備を整えた。月音生徒会長を助けたら伊達副生徒会長に目をつけられた。
5月11日(土):戦い方をちょっと習う。武器を買い直した。
5月12日(日):初めての狩り。ちょっとだけレベルがあがった。
うん、すげぇ密度だわ。
この密度が毎週続いたら一年終わる頃には何がどうなるかわからないくらいの。
とはいえ先のことも考えないといけないんだよなぁ、と考える。
正直6月早々になれば中間テストもあることだし学校のほうに時間を取られるだろう。幸いオンラインゲーム部ということで部活動はそんなに負担にはならないわけだし、せめて5月についてはしっかり計画を立てて効率よくレベルアップするべきだ。
ホームルームが無事に終わり1時限目が始まった。教科書を準備して適当に授業を受けつつ、さらに今後のことを考える。
まずはレベルアップ計画だ。
当面赤砂山で戦うのはいいとして、問題は頻度だ。本来なら毎日行くのがいいんだろうけれど、それはさすがに交通費(なんと片道190円、往復で380円もかかる。毎日いくとそれだけで月々の小遣いが吹っ飛ぶ計算である)と時間の問題で難しい。
結論としては土日の両方で行くか、日曜日だけにするか、という問題だ。
土日で行くことのメリットは単純にレベルアップのチャンスが2倍になる点、日曜日だけのメリットは出雲の同行が見込めるので安全度が高い点だ。
どっちにしようかな…。
【レベルアップは急いだほうがよいと思うぞ?
何せただでさえ出遅れておるのじゃからな。それに目をつけられた伊達とやらに、いつ見つかるかもわからん。せめて自衛の力は身につけておけ】
それもそうだ。
ここで油断して、いざというときに対処出来なかったりすると、文字通り命に関わる。
一人だと危険とはいっても、羅腕童子やら伊達副生徒会長に比べれば安全もいいところだ。では土日は狩場ということで何か予定がない限りは埋めておくとしよう。
まぁ、月音先輩みたいな美人とのデート!とかだったら絶賛予定いれちゃうけど!
【そんな予定はまずないじゃろうから、安心せよ】
……いや、デートとか言ってみたかっただけなんです、ゴメンなさい。
ん…?
でも冷静に考えると、エッセは時間制限はあるものの実体化できるわけだし、実は四六時中彼女とデートしてると考えることもできるわけか。
そう考えるとちょっとドキドキするなぁ。
エッセも負けず劣らず美人なわけですし?
【……な、なにを気色の悪いことを言うておるんじゃ!
いくら褒めても、わらわはおぬしの緊急事態以外では実体化したりはせん! そこのところを勘違いするでないぞッ!】
…うわぁ、ゴメン、もうツンデレにしか聞こえません、それ。
まさかリアルで聞ける日が来るとは…。
思わずにやけそうになるのを我慢する。だって教室で授業中にいきなりにやけるとか不審過ぎるし。
さて、話を戻そう。
そうなるとあと4日は赤砂山にいける計算になるか。出雲に確認してもらったところ、1日で杖術のスキルと武芸者(なんでマーシャルアーティストなのかと思ったけども、調べてみると武術に英語をあてたのがマーシャルアーツらしいので、杖術とか武術やってる人はみんなこのカテゴリになるんだろう)があがっていたので、RPGのお約束的にレベルが上がるごとにどんどん上がりづらくなるとはいえ、4日もあれば4レベルくらいにはなれるんではなかろうか。
よし、乳切棒の使用に必要な能力と技能を満たすことができるということもあり、4レベルを5月の目標とする。
あとは費用的なものか。
前回の狩りで得ることが出来たのは黒の風切り羽が10本。これは1本あたり5Pなので合計50P。蜘蛛火を倒してドロップした蜘蛛の糸が1つで20P。しめて70P分である。
日本円にして2万円ほど。序盤の稼ぎでこれなんだから、さすが主人公プレイヤーの稼ぎ方は最高だ、やめられない。
出雲への借金が最初の490Pにプラスして、乳切棒を買い直した50P、さらに河童の軟膏を2つ買い足したので合計560Pある。
そのため狩りで得た70Pのうち60P分は出雲に渡した。これで借金がキリよく500Pになったわけだ。残りが10Pで河童の軟膏1つ分しかないが、伊達副生徒会長に食らった一撃のときと、昨日の狩りで1つずつ使ったものの、まだ2つはあるので補充はそこまで切羽詰まってないし安心だ。
【この調子でいくなら借金も問題なく返済できそうじゃの】
だねぇ。
とはいえ、これまたRPGの定番で技量があがればすぐに次の装備を欲しくなるだろうし、あまり無駄遣いはできなそうだけども。
1回の狩りで70P。蜘蛛の糸はドロップ確率が50%くらいのようなので計算しづらいのだけど、単純に考えれば4回分の狩りで280P稼げる計算になる。狩りを重ねてステータスが上がれば敵を倒す効率もよくなるだろうし、300Pを目標にするとしよう。
で、そのうち50Pは薬代(河童さんに感謝?)として250Pを出雲に返却。
計算上はなんと半分以上借金が返済できてしまうのでした。
とりあえず5月の目標はそんなところか。
生徒手帳で6月の予定をちらちらと見てみる。
ふむ、中間テストが6月の前半にあって、その直前1週間がテスト休みになるのか。逆にいえばこの期間に無理に詰め込まないでいいようにしておけば、部活も休みになるし出雲に色々習うとか出来そうだな。
5月の平日は簡単なトレーニングだけにしておいて学業に集中することにしよう。正直いつもテスト前になってから必死こいて勉強して間に合わせているオレですが、割と切実に命がかかっているので直前でなくてもきっと頑張れる!!……はず。
今日の予定を立てているうちに無事に一日が終わる。
放課後になったのでさっさと帰ろうと鞄の中に教科書を詰めていると、背後から関西弁の声がかけられる。
「今日はオンラインゲーム部の新入部員の顔あわせやろ。何帰ろうとしとるん?」
あれ? ジョーってこんな声だっけ?
振り向くと、そこにはそこそこ背の高い女の子が一人。おそらく165センチくらいだろうか? 肩口からすこし下くらいまでの髪を三つ編みにした結構勝気そうな感じの子だ。
制服から1年生であることはわかるのだが見覚えがない。
「え…?」
「なんや、丸塚やんか。ミッキー、もう物忘れが入ったん?」
いやいや、待て待て。
ジョーは男だったはずだ。
そんな実は女だった的な展開がまかり通るような女顔でもなかったはずだ!?
「ま、ええわ。はよ行こや」
ぐぃぐぃ腕を引っ張られる。
呆気に取られたままのオレは為す術もなく引きずられるように続く。出来たのは鞄を忘れないように持っていくことくらいだ。
ただでさえ体中筋肉痛だというのに、無理矢理引っ張られて不自然に歩くとますます痛みが強くなる。だが抗議しようにも頭の中は軽くパニックを起こしていた。
これは一体どういうことだ?
まさかこれが出雲の言う世界の修整、というやつなのだろうか。何かオレが色々とおかしなことをしたから、学校のほうに歪みが出ているとか!
どうなのさ、エッセ。
【…………】
しかし答えはない。
でも、答えられないというよりも沈黙している、という感じだ。
一体どういうことだ…でも確かに腕を引っ張っているジョーは女性だ。腕を引っ張られてるときにあたる感触とか、男にはないものだ。見た目よりも結構あるなぁ、とか思ってしまった。
つまるところエッセが答えないのはそういうことなのだろう。
すまない、ジョー。だけどお前が女性になってもオレは変わらない友情を誓うからな。
「おぉ、来おったか。元気そうやないか」
そう思っていた時期がオレにもありました、的な展開。
そんなことはなかったぜ!
女の子に引っ張られて引きずり込まれたオンラインゲーム部には、いつもと変わらぬジョーの姿。
あっれぇぇぇ?
【……くっ、くくく、ははははッ】
エッセがついに我慢できなくなったという感じで笑い出す。
「ん? どないしてん? ああ、そか。まだ紹介してんかったな。
そっちのがうちの妹の水鈴や。4月生まれの俺と、3月生まれの妹やから同じ学年っちゅう不思議な感じになっとるけど」
ああ、道理で面影があったわけだ。
そして春に子供生まれてから11ヶ月で次の子とか、ご両親頑張っちゃったんですね。
……と、そういう問題じゃない。さてはエッセ、気づいてたな?
【くく…っ、当たり前じゃろう。
そちらの女子は丸塚以外名乗っておらんのだから、血縁者の可能性が最も高いというだけの話におぬしときたら……ふふふ、面白すぎて何も言えなんだわ】
うぐぐ…。
「丈兄ぃ、わたしのこと紹介してへんかったんか? てっきりもう言うてるもんやと思て引っ張ってきてもうたやないか」
「すまんすまん、驚かせたろか思て」
「あー、ゴメンなぁ? わたし、丸塚水鈴や。丈兄ぃの言うてる通り、年は違うねんけど学年は一緒やからちょっと違和感あるかもしれんけど、仲良う頼むわ」
すまなそうに自己紹介をしてから握手を求められた。
悪い子ではなさそうなので握手を返しながら、
「あー、うん、ちょっと吃驚したけど大丈夫。三木充です」
こちらも自己紹介を返す。
「オンラインゲーム部にいるってことは、ジョーが言ってた新入生の女の子がひとりいる、って言ってたのが水鈴ちゃんのことだったんだね」
「へ?」
「え?」
うわ、なんか吃驚された。
まずいこと言ったか?
「あー、すまん。水鈴のことは女の子とか思てなかったからついひとりて…ごぶぅっ!?」
「あは、イヤやわ、丈兄ぃ」
今すっげぇ速度でビンタした。
黒羽鴉の攻撃よりも倍は早かったんではないか。
「えと…つまり新入生のオレとジョー以外の2人は、実は両方とも女の子だったってこと?」
「そう! それや! さすがミッキー! 理解がはやい! ミッキーばんざーい!」
「うん、水鈴ちゃん、そのアホちょっと黙らせて」
「了解や」
「げふぅっ!?」
笑顔で言うと水鈴ちゃんのツッコミがジョーに炸裂した。
さすがにエッセや月音先輩ほど凄い美人ではないが、ころころと表情が変わって愛嬌がある可愛い女の子だ。これを女の子じゃないとか、もっと叩かれていいと思うぞ、ジョー。
「お、おかしい…。ミッキーは俺の味方やと思っとったのに…」
「普通、野郎と可愛い女の子だったら、女の子のほうを味方するだろ」
「い、いややわぁ、可愛いやなんて~」
うぉ、怖っ。
咄嗟に避けたからいいけど、今ツッコミがオレの顔があった位置を掠めたぞ。
どうやらこれが水鈴ちゃん流の照れ隠しらしい。
おそるべし。
そんな感じでダベっているうちに部室には徐々に人が増え始めた。
部長、副部長、先輩…。
このへんの影の薄さは相変わらずである。多分オレと同じ一般NPCなんだろうな…重要NPCには見えないし。そう思うと何か切なくなってきた。
そして残るひとりの新入生も入ってきた。
眼鏡をかけた女の子。コンパクトなショートボブベースで、唇のラインから下にかけて毛先に段がついているため縦長のシルエットの髪型だ。身長はこちらも水鈴ちゃんと同じく160センチちょっと。目鼻立ちもハッキリしており結構可愛い。
室内を見回してオレを見たその一瞬だけ目を細めたように見えたのだが、気のせいだろうか。
「初めまして。天小園 咲弥です」
あまり感情を感じさせない平坦な口調でそう告げた。
三木 充。
丸塚 丈一。
丸塚 水鈴。
天小園 咲弥。
以上。
今年のオンラインゲーム部に入部した新入部員である。
どうやらオレ以外の3人はすでに顔を合わせているらしく、天小園さんがオレを一瞥したのは単に初対面だったかららしい。
改めて自己紹介を一通りすませてから、歓迎会に移った。
歓迎会、といってもそこは学生の部活。
ポテトチップスや煎餅など適当に摘めるものを持ち寄りジュースで乾杯だ。ジョーがどこからか調達してきた缶に発酵させた麦の汁の名前が書いてあったりするが、そんなことには気づかないでおくのが大人の対応である。
「いや~、やっぱ授業の後のビールは最高やな!」
「……なんで、ジョーがそんなに飲みなれてるのかがまず吃驚なんだけど」
「ミッキー、そないなお堅いこと言わんといて。うちの丈兄ぃは15年前に初めてビールの味知ってもうてんのやさかい、今更や今更」
はえぇよ!?
ってか、15年前って1歳だよ!?
誰だ飲ませたアホは!?
「ははは、ミッキーは真面目やなぁ」
「ったく……とりあえず空き缶はちゃんと処分しとけよ。バレたら部活停止処分もんだぞ」
「…………」
そんな馬鹿な会話をしているわけだが、さっきからオレの斜め後ろに座っている天小園さんが無言なので視線が痛い。そりゃまぁ新入生歓迎会でいきなり当の新入生が酒盛りまっしぐらでは呆れも相当なものだろう。
「ゴメンね、ジョーも悪気があるわけじゃ…」
フォローしようと思って振り向いて絶句した。
何せ天小園さんの手前のテーブルにジョーが飲んでいるものと同じ飲み物の空き缶が5本ほど置かれていたのだから。当の本人はというと6本目をフィーバー中である。
ただでさえクールそうなのに、目が据わってて恐ぇよ!?
「誰だ、天小園さんにまで飲ませた奴はぁぁぁっ!?」
「あー、俺」
「やっぱりお前かぁぁぁぁぁっ!」
だっはっは、と大笑いしているジョーの襟首を掴みあげてガクンガクンと振る。
ダメだコイツ…。
なんとかしないとどんどん被害が広がっていくぞ。
「…ビールは初めて飲みましたが、このチープさが中々病みつきになる味」
「ジョーのアホおぉぉッ! お前、ビールの味知らないまっとうな女子生徒になんてこと教えこみやがったぁぁぁっ!? これが原因で悪い道に走ったらどーするんだぁぁ!?」
「あーははは、丈兄ぃが振られすぎて目ぇ回しそうになっとる~」
見ると水鈴ちゃんも舐める程度ではあるが酒に手を出していた。
なんたるカオス。
オレ以外の新入生が全員酔っ払いとか先輩にどんな目で見られているのか恐ろしいこと限りない。おそるおそる先輩方を見ると、丁度部長と目があった。
―――そして満面の笑顔で逸らされた。
部長おぉぉぉぉ!?
そんなだから影薄いって思われるんだぜ!? そんな一般NPCの弁えみたいなのは今は要らないから! 是非ともここは部長の威厳ってやつで事態を収拾してほしいんだぜ!?
「そんなに気にしなくても大丈夫。ビールは初めて、というだけ」
え? ビール“は”?
フォローするように言ってきた天小園さんのほうを見る。
彼女はつまみの柿ピーをぽりぽりと食べながら、
「葡萄酒なら夕食に毎日頂いているので」
……ダメだ、彼女もジョーと同類だった。
もはや、この世に神はいないのか…。
ってか毎日ってよっぽどだな、おぃ。
「マジか…」
「ん。嘘だけど」
「………」
「まぁまぁ。ミッキーもせっかくオンラインゲーム部に入ったんやから、そない心配せんと、もっと部活動の内容に沿った話でもしようやないか~」
「誰のせいだ、誰の」
とはいえ、もう飲んでしまったものは仕方ない。
今後の親睦を深める意味も兼ねて会話はしておいたほうがいいか。
「…やれやれ。まぁ丁度聞きたいこともあったからそうする」
「お、なんやなんや。さては水鈴に惚れたかぁ~?」
「い、いややわぁ、ミッキーったら!」
うぉ、危なっ!?
水鈴ちゃんの高速手刀をなんとか回避。
鼻先を掠めたときに聞こえた風を切る音がちょう恐かった。
「ジョーの妹さんってことは水鈴ちゃんも関西の出身なんだよね? なんでこの学校に?」
「え? オンラインゲーム部に入りたくなったからやけど?」
うん、ごめん。
聞くまでもない質問だったね、君らホント兄妹だわ。
「正確には丈兄ぃがこないにマジメになってまでやってみたかったことを、見てみたいっちゅうんがあったんやけど」
「………マジメ?」
「うわ、酷っ!? 俺ってば、こないにマジメな純朴少年なのに~」
「水鈴ちゃん」
「はーい!」
「ぶべらっ!?」
とりあえずノリがいい妹さんなので助かる。
そしてナイスなツッコミだ。
「冗談はおいといて、俺も昔は結構やんちゃしとってな~。なんや毎日むしゃくしゃしてたんやけど、この学校にいった先輩が面白いもんあるっちゅーから、来てみたらハマってしもてな。
それまでアホやったから試験までもう死にもの狂いで頑張って親拝み倒してやっとここにおるねん」
つまりアレですか。
不良ヤンキー→オタク、というクラスチェンジをしてた?
「丈兄ぃがそないになってまで頑張って入ろういうんやから、一体どない凄いもんなんやろか、って思うんは普通のことやろ?」
「あー、まぁわからなくはない、かな?」
二人ともこっちに行くのを許してくれたってことは、きっとご両親はジョーの変貌ぶりに喜んでしまったんだろうなぁ。ここで止めたら昔のジョーに戻ってしまう!的な。
「貴方はどうしてこの部活に?」
おっと、意外なところから質問がきたな。
見ると、天小園さんはもふもふとラムネをひとつずつ食べている。
「んー。ジョーに誘われてやってみたら意外と面白かったから、かな。それに部活としても融通が利く活動をしてるから、何か用事ができたときにも困らないし」
「そんなに多忙な人?」
「そういうわけでもないんだけど……んー。ほら、高校生活って一度っきりでしょ。バイトとか色々したくなるかもしれないしある程度時間はあったほうがいいかなと」
本当は帰宅部だったので、毎日部活に出るのが面倒なだけですが。
ただ今みたいな状況になると時間に余裕のある部活でよかったと心底思う。これが文化部でえらく忙しいところだったらロクにレベルアップもできないので、いきなり辞めざるを得なかったかもしれない。
それに辞めるにしても理由に困る。
魔物と戦ってレベルアップする時間が取れないので辞めます、とか誰が信じてくれようか。かといって上手い言い訳を思いつける自信もないし。
話題のお返し、とばかりに切り返す。
「天小園さんは……」
「咲弥で」
「咲弥さんは……」
「咲弥で」
「……」
「咲弥で」
無表情で淡々と言われると予想外に迫力あるな…。
そしてなんというマイペース。
「……咲弥は、どうしてオンラインゲーム部に入ろうと思ったのかな?」
そして無駄な抵抗はしないのがオレの流儀だったり。
「人を投げれるから」
「へ?」
「実家が古流柔術道場。習った技の中には使えないものもある。それを試すことが出来るから」
オンラインゲームならどんだけ投げ飛ばしても、どんだけ危険な技でも問題ないというのは確かにありそうだが…なんでオレの周囲は武闘派ばかりなんだろうな。
咲弥ちゃんなんか見た目こんな華奢なのに、と見ていると
「えっち」
…………うぐ。
下心はないものの見てたのは本当なので反論できない。
「やーい、ミッキーのえっちー、略してミッチー」
「略すなッ! そして囃し立てるなッ!」
「そ、それやったら言うてくれたらええのに…ミッキーやったら、うち別に…」
「はい、そこ! からかうなら笑いながら言っちゃダメだからね!?」
ジョーと水鈴ちゃんはすっかりテンションあがっている感じだ。
酔いつぶれないうちにジョーに聞けることは聞いておいたほうがよさそうだな。
「ちょっとオンラインゲームで聞きたいことがあるんだけども」
「ほぃほぃ、なんや?」
「オンラインゲームって基本的にどうやったらクリアになるわけ? どっかのRPGみたく魔王を倒すのじゃ~、的な感じかな」
「クリアか~、クリアっちゅうクリアはないのがほとんどやな。勿論運営側がそのオンラインゲームの運営を打ち切るいうときになんかイベントやってラスボス倒すとかいうんはあるやろけどな。
実際のところは普通のRPGと同じようにストーリーもあって魔王みたいなボスもおるんやけど、それを倒しても遊びたいだけ遊べるのがほとんどやね。
もし倒したらクリアになるラスボスがおって、そいつ倒したらクリアになってそこでオンラインゲームが終わったりしてまうと、後から入ってきた連中が遊ぶ時間すくななるし」
うーん。
つまるところ普通のRPGみたいな明確なクリア条件はないと。
「ただストーリーモードがあって、それを進めたプレイヤーだけラスボス倒したらクリアになるいうんもなくはないか。つまりAさんからCさんまでおったとして、Aさんがラスボス倒したらAさんはクリアになるけど、BさんとCさんは関係ない、的な感じやな。
つまりラスボスは最大でプレイヤーの数だけおるっちゅーことや」
なるほど。
つまるところエッセの目的っていうやつも、ラスボス的な奴がいるかもしれない可能性はあるんだな。
「ジョー的に効率よくオンラインゲームをする秘訣みたいなのってあるか?」
「ま~た藪から棒やな。
オンラインゲームは自分のペースでのんべんだらり楽しむんがええところやで? そないに急がんでもええやんか。効率厨もプレイスタイルではあるから否定はせえへんけど」
「例えばの話だよ」
「確かに常に最先端突っ走ってたいトッププレイヤーもおるから、そういうんも否定するつもりはないけどな。そうやなぁ…。
まずは攻略情報や。例えばネットの掲示板やらサイトやら、情報をアップする奴もようけおるからな。そこから一番効率のいい方法見つけて強くなったり金稼ぐんがまずひとつ。
あとは仲間やな。仲間たくさん作って色々なこと試して、情報を共有することでひとりで手探りするよりは断然早く物事も進むようになると思うわな。
それに仲間がおったら一人では勝てんような強敵とも戦える。強敵と戦えるいうことは一人ではよう行けんようなところでも進めるっちゅーことになる。
すなわち! レアアイテムをゲットできる可能性もあがるんや!」
攻略情報と仲間、か…。
現状で仲間といえばエッセと出雲だけ。
それ以外で知っている主人公といえばオレを殺した伊達副生徒会長くらい。
仲間という意味では圧倒的に足りていない。
もし、機会があれば他の主人公を仲間にしたいところだ。
…ん?
そういえば出雲が、前に上位者のイベントで伊達副生徒会長と知り合ったとか言っていたな…もしかしたらある程度強くなるとそういう交流系のイベントがあるのかもしれない。今度出雲に聞いておこう。
闇雲に主人公を探すよりも楽だろうし。
そのためにも当面必要なのはレベルアップか。
目的としては一般NPCから重要NPCになることなんだけども、現状では一般NPCから片足半分はみ出たくらいのところから先に進む具体的な方法が見えていない。
ただどういう方法になるにしても、危険がある可能性は高い。
四つ腕の鬼のときに思い知ったけども、一般NPCでなくなるということはああいった危険を避ける認識阻害の外に出るということだから。
あとさっきの咲弥ちゃんの話で気づいたけども、このオンラインゲーム。技の鍛錬には使えるんじゃなかろうか。今は出雲から教えられた通り杖術の素振りとかしているけれども、身体能力的に筋トレをするならともかくとして素振りの感覚とか、そういったものを会得するためにはオンラインゲームのバーチャルでも問題ないはずだ。
むしろゲームの中では時間の経過が遅いのだから、上手く使えば効率的に鍛錬できるじゃないか。
「あ、ミッキー。なんや難しいこと考えとる顔になっとるな~、水鈴!」
「わかっとる」
「咲弥!」
「ん」
え?
色々考えていると突然、両腕をジョーに拘束された。
そしてビールを手にじりじりと近寄ってくる水鈴と咲弥。
なんという絶体絶命!?
「こないな美人に飲ませてもらえるんや、往生しいや。さぁ、どっちに飲ませてもらいたい?」
ジョーの最後通告に心が折れそうになる。
だが、オレの心は最後まで折れない!
「なら両方で」
どうせ負けるのなら、盛大に負けるべきなのだ。
可愛い女の子二人に飲ませられてアルコールが回る。
酩酊しつつも、明日また今日の情報を使ってレベルアップ予定を修整しよう、と決意を新たにしようとしたオレでした。
いや、酔ってるから無理でしたけども!
【……まったく。
ハメを外しすぎじゃ、たわけ】
遠くなる意識の中、最後に呆れたようなエッセの声が聞こえた。




