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11.培った友情とその先へ


 腹は満たされたが心は寒い。

 そんな表現がぴったりくる心境だ。


「あー、やれやれ、ひどい目にあった」


【自業自得じゃろ】


 なんで褒めただけなのにあそこまで酷い目にあわなけりゃならんのか…。

 とりあえず以後気をつけようと誓った。


 時刻はまだ12時。


 高校の下校時刻を考えるとまだ出雲がやってくるまでには結構な時間がある。

 もうすこしエッセに色々聞いてみよう。


「とりあえず当面の目標は重要NPCになること。

 そのために、いずれやってくる出雲から装備の入手を聞き出す。ここまではわかった。

 その上で聞いておきたいことがあるんだけど」


【なんじゃ?】


「昨夜の鬼のこと。ほら、オレが殺された腕の4つあったアレね。

 さっき狩場っていってたけど、あんなのがうじゃうじゃいるわけ?」


【その鬼とやらはわらわが行ったときにはおらなんだの。

 ただ狩場について、ということならば教えられることはある】


 狩場。

 文字通りの意味であるなら、どこか特定の場所がそういった化け物たちの巣窟にでもなっているんだろうか。


【基本的に狩場というのは限定される。無論あの夜のように神社仏閣をはじめ特定の場所に封じられている魔物が出てくることはあるから絶対ではないがの。

 この近くでいうと…そうじゃな、赤砂山、音無川の上流あたりがいいじゃろう】


 飛鳥市には東に音無川、西に青柳川の2つが北から南へと流れている。特に青柳川は一級河川であり水量も豊富だ。堤防とダムが築かれる前は度々決壊し大きな被害をもたらしたらしい。

 その青柳川の上流には山脈が広がり、そのひとつが赤砂山という。

 どうやら昔、鉄鉱山があり青柳川の水流を活かして南の飛鳥市まで材料を運び出して栄えていたとかなんとか。

 残念ながら小学校の郷土史の事業のときに寝てたので詳細まではわかりません。


「…もしかしてエッセって狩場を全て知ってたりする?」


【無論であろう。管理者として問題が多く起こるのは概して狩場なのじゃからな。

 世界中どこの狩場であってもわらわにわからぬところなどないわ】


 すげぇ。


【狩場そのものについての説明じゃが、お主の知識に入っているゲームのフィールドのようなものと思えばよかろう。

 主人公(プレイヤー)がそこを歩いておれば遭遇エンカウントする魔物。それで間違いない。

 NPCたちが入っても出会うことはないし、逆に主人公プレイヤーたちが狩場に入って魔物と戦っている間はNPCたちがそこに入れぬよう認識阻害が働く。

 魔物と一概にいってもピンからキリまでおるが、わかりやすくいうとこんなところじゃな】


「なんか随分とまぁご都合主義な…」


【当然じゃろう、主人公プレイヤーたちに都合のよいように作っておるのじゃから。

 ちなみにその土地土地の地脈や霊穴などの特殊な力の流れを読み取って、意図的に特定地点で噴出させることで異形の者らを出現させておるから、その土地に由来した魔物が現れる。

 例えばこの日本地域であれば鬼や天狗、そういった妖怪が多いかの】


 確かに前回のも鬼っぽかったもんなぁ。

 例えばこれがヨーロッパならドラゴンとか出てきちゃったりするんだろうか。


【遭遇する敵の情報については事前に調べておけばよかろう。

 具体的には郷土史やこの国の妖怪話を集めておく、などか。あとは戦ってみるしかないが、一般的に敵は鬼なら鬼、天狗なら天狗といった大きな属に分かれておるということを覚えておくとよい。

 同じ属ならば種族の固有能力を持っており、能力や性格などの傾向も共通しておるから倒すにしても話し合うにしても参考になるじゃろう】


「え…話しあえるの、アレ?」


 昨夜の四つ腕の鬼を思い出す。

 どう見ても話が通じるような相手には見えなかったのですが。


【相手によるがの。

 戦闘に入らずに済むように話し合うのか、戦闘でねじ伏せてから話し合うのか、そういった様々なやることがあるじゃろうが、話し合いが必ずしも無理な相手ばかりではないことは間違いない。

 ほれ、知らんか? 昔なんちゃらの小角おづぬとかいう小童が鬼をねじ伏せて使役しておったろう】


 ゴメン、わかんない。

 後で誰かに聞いてみよう。


【まったく不勉強じゃな。

 そのへんも調べておくとよい】


「郷土史か…あとで図書館にでもいってきますかねぇ。

 んじゃもうひとつ、これを聞いておかないと始まらない」


 ひとつ深呼吸。

 本来ならば最初に聞いておかなければならなかった質問だ。


「エッセを解放する、って具体的にはどうすればいいんだ?

 GMの仕事から、って意味だと思ったんだけど、よく考えたら具体的に聞いてないよな?」


【最終的な目的、ということならわらわをこの忌々しい管理者の任から解いて欲しい、ということで合っておる。ただその具体的な方法については……わらわの口からは言えん】


「え? なんで?」


【なんでもじゃ。言えんものは言えん。意味(・・)は自分で考えるんじゃな】


「いや、でもそれじゃどうすりゃいいのかがわからないし」


【当面はさっきお主が言った通りの内容で動けばよかろう。

 そもそも重要NPCにもなっておらん現状で最終的な目的の手段など取りようもないわ】


 そう言われるとそうなんだが。

 とりあえず地道に目の前に出されている課題をひとつひとつこなすしかないのか。

 考えてみると確かに、ゲームとかなんかでも「魔王を倒せ」とか言われるけど具体的にどうやって倒すかとかそういうのは進めていかないとわからないもんな。


【それにお主は今やっておくべきことがあるじゃろう】


「?」


【出雲とやらにどう対応するのか、じゃ。

 その様子じゃと相手の出方をいくつか想定しておるようじゃが、それぞれの場合に自分がどう対応するのか具体的に考えておかぬと、いざというとき道に迷ってしまうかもしれんぞ?】 


「あー、その問題もあったなぁ…」


【本当にお主がそやつを信頼して運命共同体にする、というのならば構わぬが、それまでわらわのことは口外するでないぞ?】


「? なんで?」


【わらわは曲がりなりにもGM、つまるところ管理者じゃ。

 それがひとりのNPCに肩入れしておると知れれば色々面倒になる。それ以外にも主人公(プレイヤー)であればその事実を悪用しようとする輩も出よう。

 情報の漏えいを懸念するならば、戸の立てられぬ人の口はすこしでも減らしておいたほうがよい】


「んな大袈裟な」


【たわけ。念には念を入れておけ、ということじゃ。

 ひとまずわらわは休眠状態に入るでの。ひとりでしっかりと対応策を検討しておくのじゃぞ?

 もし出雲とやらに情報を明かすだけの覚悟が出来たか、話が終わったならば呼び出すがよかろう】


「………」


 よく考えたら責任重大だ。

 ここで対応を間違えたらオレだけじゃなくエッセも運命共同体なんだもんな。

 そう自覚して頭をなんとか動かしてみる。



 出雲の奴が来たのは、それから3時間後のこと。



 1階でインターフォンが鳴る音がして気づいた。

 真面目なあいつらしく最後まで授業を受けてから、うちに来たのだろう。時刻は午後4時前といったところ。

 下で母親が対応している声が聞こえる。

 顔なじみの出雲だから、おそらくそのまま特に案内せずに通してしまうはずだ。


 ギッ、ギッ、ギッ…


 登る階段の軋む音が聞こえてきた。

 なんか緊張してきたなぁ。


 コンコン、と遠慮がちにノックされる。


 大きく息を吸い込む。

 さぁ、いよいよだ。


「どうぞ」


 幸い声が上ずったりはしなかった。



 ガチャリ。



 入ってきたのは、いつも通りの龍ヶ谷出雲。

 一緒にいるとコンプレックスになりそうなその美形な顔立ちと、剣道で鍛え抜かれた体格。昨夜のアレを見てしまうと剣道だけで鍛えられたわけじゃなさそうだけども。


「充、元気か?」

「ああ、まぁちょっと風邪気味だっただけだからさ。大したことないよ。

 先生にも言ったけど明日には登校できると思うよ」

「そか、安心した。綾も心配してたから後で見舞いに来ると思う」

「帰りは暗くなってるだろうから送ってってやれよ?」

「ああ」


 お互い何か遠慮がちな会話になる。

 距離を図りかねているようなそんな感じ。


「………」

「……」


 き、気まずい……。

 出雲は何かを聞こうとして聞けないような、そんな雰囲気だ。伊達に幼馴染を長くやっているわけじゃない。それくらいはわかる。

 そして思いあたることはいくつかある。

 昨夜の出来事、どうして生きているのか、そして出雲が主人公(プレイヤー)として戦っていたこと、そういったことをオレが覚えているのかどうか。

 ただしそれを聞くことは、もし知らなかった場合に藪を突いて蛇を出すことになってしまう。だから問いそのものを出すことができない。


 それはオレの方も同じだ。


 色々考えてみたが「お前、なんで神社で戦ってたんだ?」とか「相手の鬼はなんだったんだ?」とかそういうことを聞いてしまえば、それはオレがあの出来事を覚えていることを肯定してしまう。


 将棋で言う千日手。


 お互い完全に手詰まってしまっている。


 イヤな沈黙が続く。

 このままでは埒があかない。

 何かを得るためには危険(リスク)を取るしかない。


 だからオレは自分が信じられる方に賭けよう。

 エッセから色々言われて考えたけれど、結局出来ることはそれしかないんだ。


「なぁ、出雲」

「なんだ?」

「まぁちょっと面と向かって言うには照れくさい話なんだけどさ。お前とはもう10年以上の付き合いになるだろ?」

「小学校にあがる前からだから…確かにそれくらいになるな」

「でもその間、面と向かって聞いたことなかったんで、ちょっと聞いてみるわ。別に怒りゃしないから正直に答えてくれない?」

「……?」


 昨夜からそりゃもう衝撃的なことが山ほどあって、価値観や世界も含めて身の回り全てがあやふやでぐるぐるで、ごちゃごちゃになってしまったけれど。

 ひとつくらいは信じたいと思ってもいいはずじゃないかな。


 だからオレは出雲の目を見据えてこう言うんだ。


「オレはお前のこと、たとえ何があろうと大事な“親友”だと思ってる。お前はどう思ってる?」

「…ッ」


 目を見開く出雲。

 でも嘘偽りないオレの気持ちだ。

 面と向かって言うのは恥ずかしいから、出来ればこれっきりにしたいが。

 静かに答えを待つと、


「………肝心なところじゃ敵わないなぁ、充には」


 そう言ってあいつは苦笑しながら自分の頭を掻いた。


「俺もそう思ってるに決まってるだろ、“親友”」


 だと思ってた、と拳を突き出す。


 コンッ。


 拳を打ち合わせてお互い気恥しさを誤魔化した。


「はぁ~。緊張した~」

「……その様子だと、もう全部知ってるみたいだな?」

「全部、かどうかはわからんけどね。というか……うわ、なんか思い返すと恥ずかしいやり取りした気がするわ。マジで綾居なくてよかったわ~」


 糸が切れたように緊張感のない会話が始まる。

 いつも通りのオレたちの雰囲気だ。


「実は充、綾好きだからな」

「うげ、バレてた!?」

「当たり前だろ。

 お前が自分の気持ち隠して、俺と綾のために色々やってくれてたことも含めて、全部知ってるぞ?」

「……うぐぐ、出雲に見抜かれていたとは」


 そうこうしていると母親がドラ焼きと炭酸の入ったカップを差し入れてくれた。

 しかし母よ、二人しかいないときに毎回お茶請けを奇数個持ってくるのはやめてほしい。ジョーとか相手だったら奪い合いになるレベルだぞ。


「とりあえず……すまん」


 母親が出ていったのを見計らって出雲は頭を下げた。


「昨夜の件は完全に俺の落ち度だ。

 気の済むまで煮るなり焼くなりしてくれていい」

「可愛い女の子ならともかく、野郎をどうこうしても面白くないっての。

 でもまぁ、ペナルティなしっても出雲はすっきりしないタイプだよな…うーん」


 落とし前はきっちりつけないと気が済まない。

 どこまでも男前気質な親友のため、少し考える仕草をした。


「んじゃ、手助けしてくれるか? 今ちょっと困ってることがあってさ。

 主人公(プレイヤー)としてのお前に、可能な範囲で構わないから助けて欲しいんだ」


 なんとかなく予測はしていても実際知られているかどうかは半信半疑だったのだろう。主人公(プレイヤー)、という言葉が出てきた瞬間、出雲の顔がすこし驚きの色を浮かべる。


「……なんで知ってるのか、を聞くのは答えのあとのほうがよさそうだな」


 目の前でドラ焼きを食べつつ様子を窺うオレを見据えて告げた。


「水臭いことを言うな、親友。無論どんな尽力でも惜しむつもりはない」


 おし、これでいいや。

 んじゃまぁ、一気に情報収集といきますか。


(おーい、エッセさーん)


 頭の中でエッセに呼びかけてみる。

 しかし応答はない。

 なんの反応もない。


「……」

「………? どうした、充?」

「い、いや、ちょっと待って…」


 うーん。

 こうなったら出雲に直接エッセのことを説明して―――


 そう思った瞬間、突然室内を光が包んだ。

 一瞬ではあるが視界を埋め尽くすほどの圧倒的な光の洪水。


【聞こえておるわ、たわけッ!

 お主らのあんまりにも恥ずかしいやり取りに腹を抱えておっただけじゃッ!】


 その原因は、初めて見たときの姿で目の前に現れていた。


【はじめまして、かの。龍ヶ谷出雲。

 日本地域、第五位の上位者(ランカー)よ。

 わらわはエッセ。昨夜因果の縁えにしにより充と結ばれた者じゃ】


 目の前に現れた管理者は銀の髪を揺らして優雅に一礼した。

 まるで実体をもっているようだけど、すこしだけ透明なので幻のように見えた。

 さっき、本体はGMをしているとのことだったので、おそらく幻で間違ってはいないだろう。


 ……結ばれた、のあたりで微妙に誤解を招きそうな気がするけども。

 ま、まぁエッセは美人なので別に、い、イヤじゃあないが。

 むしろドンと来いと!


【たわけめ。その思考といいさっきのやり取りといい、お主の頭の中はどうなっておるんじゃ。

 もっと、こう相手との心理戦になるような慎重なやり取りが期待できるかと思っておったわらわの希望を返すがよい】


「う…って、さっき休眠するとか言ってたじゃんか!

 隠れて見てるなんて酷いぞッ」


【わらわの望みを託す相手がどれくらいの対人技能をもっておるか、測るくらい当然であろう?

 おかげで予想外に青春なやりとりを見て腹を抱えて笑わされてしまったではないか】


「うぐぐ…」


 と、そこで呆気に取られている出雲を見た。

 かといってこっちが冷静なわけでもない。

 よもや実体化してくるとは思っていなかったので、慌て具合はオレも似たようなもんだ。


【実感が沸かぬなら、こう言おう。わらわはお主らの言うところのGMというやつじゃ】


「……ッ!?」


 ざざ、と出雲が腰を浮かして間合いを取ろうとする。


 が、残念。ここは室内。


 入口の戸を背にしたところ以上に距離を開けることはできない。

 扉を体当たりで割るくらいの勢いでいけばそうではないかもしれないが、オレが警戒していないこともありそこまでするつもりはないようだった。


【そう警戒するではない。

 ひとまずお互い情報の共有といこうではないか】


 その言葉にすこし警戒を緩めた出雲は元の座布団の位置に座り直した。


 まずエッセからは昨夜の出来事についての説明。

 具体的にはGMコールを受けて、死に掛けているオレと出会ったこと。自分の手伝いをしてもらう条件として命を助けたこと、などなどである。

 無論その際も具体的に何の手伝いをしてもらうか、といった点は言及していなかった。とりあえず当面は重要NPCになる、というのが目的だと。


【こちらから言えるのはそんなところじゃな。

 そのために充に色々と教えてやってほしい。なにせこやつは昨夜までなにひとつ知らなんだからの。主人公(プレイヤー)としての情報をいくつか教えてやってもらいたい】


「了解した。とはいっても何から説明したものか…」

「…うーん、そうだなぁ…」


 今までの話から聞きたいことを考えてみる。

 そういえば、出雲が来るまでの間に考えてたことがあったな。


「エッセからちょっと聞いたんだけどさ、ステータス画面ってどう出すの?」

「…なるほど。すこし待ってくれ」


 ごそごそと出雲は制服の内ポケットから何かを取り出す。


「……って、スマートフォン?」


 そう。

 取り出したのは国内メーカーから出ているスマートフォンだった。


「基本的にはこいつで一括管理している。

 昔は専用の機械端末にカードを通して印字してその都度見てたから不便だったが、これが出来てからは出先などですぐに確認できるようになったな」

「……そんな機能があったのか」

「ああ、元々こいつを開発したのはアメリカにいる主人公(プレイヤー)だからな。

 今の機能はそもそもオマケのようなものだ」


 うっそ、あの人って主人公プレイヤーだったのッ!?


 驚きと共にそんな感情を抱きつつ、ニュースで見たことがあるだけのスマートフォンを開発した会社を思い浮かべた。

 まぁ確かにあれだけ世界にインパクトを与えた人だから、納得といえば納得だけども。


「で、ステータスチェッカーって種類のアプリがあるから、それをダウンロードして使ってる。一般的に主人公プレイヤーが多く使ってるのはアウダークス社製の“ステータス・ボックス”だけど、俺はカンケル社の“オープン・ステータス”かな」

「…色々種類があるのはわかった」

「話を戻すと、それをダウンロードすると使用者のステータスを表示することができたり、カメラで取ったNPCとか物品のステータスを見ることも可能だ。

 ただ魔物や重要NPC、特殊なアイテム、ステータスを公開してない他の主人公(プレイヤー)のデータについては看破とか鑑定系の技能が必要になることもある。」

「へー」


 うーん、オレが未だに二つ折りの携帯しか持っていないうちに、それほど進歩していたのか。これは明日あたり是非ともスマートフォンに機種変更せねばなるまいッ!


 …でも結構値段するんだよなぁ。

 と、わくわくしているオレに出雲は申し訳なさそうに一言添える。


「でも残念ながら一般のNPCがこのアプリを使っても起動させることが出来ないんだ。

 正確には起動はするけど画面に認識阻害がかかってるから、ただのインターネットの検索サイトの画面にしか見えないようになってる」


 ちくしょー!

 NPC差別反対だー!


 確かに主人公(プレイヤー)がステータス画面見てるときに、後ろから一般の人が見てわかるようだと色々と面倒だっつーのはわかるけども、ワクワクしていた矢先だけの結構くやしい。


【わらわもステータスを見るくらいなら出来るが…充に見せてやることが出来ないのと、この実体化と同じで労力を使うので頻繁に出来ないのが難点じゃな】


 どうやらさっきオレとの会話で実体化しなかったのは節約のためだったらしい。

 打って変わって今回については、オレは一度エッセの姿を見てるけど、出雲は見てないから実体化したのかもな。声だけの存在ってのも胡散臭いし。


【一言余計じゃわい】


「ぎゃふん」


 手刀が頭にヒットした。

 どうやらこの幻、実際に触ることも可能らしい、すげー。


「エッセさんがステータスを見て伝える、って手もあるが消耗するっていうのなら、当面は俺が充をコイツで撮ってステータスをその都度教えるのがよさそうだな」

「悪いね」


 ではせっかくなので早速撮ってもらうことにした。

 おそらく無音設定にしてあるのだろう。

 出雲のスマートフォンのカメラは音もなく静かにオレを撮った。そのまま表示されるデータを出雲が読み、紙に書いた。


「細かい項目まで全部読み上げるのは大変だから、主なところだけだぞ。こんなところだ」



 三木 充


 年齢:16


 身長:168センチ


 体重:62キロ


 所有職キープ・ジョブ:逸脱した者ハエレティクス Lv.0


 技能スキル:なし



「…………」


 とりあえずこれは職業なのか、とツッコみたいが!

 それ以前にレベル0ってなんなんだ!?


「……」


 出雲も結構難しい顔をしている。

 イヤな沈黙が流れたので話題を変えてみる。


「と、とりあえず次は狩場について聞きたい」


【重要NPCにどうすればなれるかはわからぬが、一先ずは主人公プレイヤーがやっていることを真似てみるのが近道なのではないかという話になってな。

 同時にわらわと契約した充はイレギュラーな存在じゃ。昨夜のように認識阻害が上手く機能せずに戦いの場に迷い込んでしまうような可能性もある】


 欠片も否定できないので、黙って聞いているうちに話は進んで行く。


【そんなときでも自分で対処できるようにならねばなるまい。

 その2つの理由から狩場で充が経験を積めるよう、そのあたりの情報がほしい、というワケじゃな。

 ちなみに狩場自体の説明はしておるからな。具体的に適正な狩場を教えてもらえればよい】


 いきなり話題が変わって戸惑う出雲だったが、エッセの説明で納得してくれたようだ。

 ナイスな補足、さすがはエッセ。


「そうだな…さっきのステータスを見た限りだと、赤砂山の麓近辺がいいと思う。

 俺も最初の頃はあそこから始めたからね。麓から登っていくと木に模様が書かれた地点が何箇所かあるから、そこまでが丁度いいはずだ。

 逆にそこから先は飛躍的に敵の強さがあがるから、一度音無川に狩場を変えたほうがいい」


【狩場は基本的に主人公プレイヤーのためのものじゃからな。

 充だけで入れるかどうかはわからぬし、最初は出雲に同伴してもらってはどうじゃ?】


「ああ、確かにそうだ。了解した」


 エッセの提案にも出雲はあっさりと承諾した。


「今週だと平日と土曜日は部活だから、今度の日曜日ということで」

「早ッ!? 日曜日ってもう3日後じゃんっ!?」


 なんという急展開。


 あんまり深く考えなかったけど、狩場ってことはオンラインゲームの突撃鼠エフォドス・ポディキのときみたいに命かけて戦ったりするんだよな……。

 今更ながら怖くなってきた。


「いきなり戦わせたりしないさ。その前にちょっとトレーニングメニュー作っておくから土曜日は時間あけておいてくれよ?

 いざ日曜日に体が動かなくても困るからな」

「………ああ、のんびりダラダラ出来る日々よ、さようなら」


 一体何をしろというんだろうか。

 出雲はこと体を動かすことに関しては冗談が通じないからなぁ。


「そんな大したことはさせないよ。

 そもそも赤砂山も麓近辺ならそれほど危険な奴は出ない場所だから」

「そうなのか」

「ああ。ただ長くなるので具体的な敵の話については、日曜日に道すがら話そう」


 頭を過ぎるのは突撃鼠(エフォドス・ポディキ)

 あれは結構危なかった…。


 いや、あの四つ腕の鬼よりは随分マシだったけども。

 なにせ動きがわかりやすいし、突撃力はあったけどそれでもまた鬼のほうが素早かった。


 …そうだった。あの四つ腕の鬼のこと聞いてないや。


 おそるおそる聞いてみる。


「………あの、四つ腕の鬼みたいなのは出てこないよな?」

「ああ、羅腕童子か。さすがにあんなゴツいのは出てこないよ」


 どうやらあの鬼は羅腕童子というらしい。

 確かに腕が凄かった。


「戦った体感だけど、羅腕童子の適正レベルは30くらいだな。

 適正レベルというのはタイマン張ったときに五分になる確率と思ってもらえればいい。仲間とパーティーを組んで集団で戦う場合は人数にもよるけど、適正レベル+10前後の敵を狙う」

「…30~ッ!?」


 一体30レベルってオレの何倍なんだ…。

 ………………あ、0にいくつかけても0か。

 とりあえず遠い世界なのはわかった。


「……ちなみに出雲はレベルいくつなの?」

「俺か? 確か昨日の段階で36だったかな、ちょっと待て……ああ、間違いない」


 スマートフォンを覗き込みながら事も無げにいう出雲。

 親友のレベルはさらに遠い世界でした、はい。


「相性もあるから、一概にレベルで全てを測るってわけにもいかないけれど、な。武器によっては苦戦したり楽勝だったり、なんてことは日常茶飯事だ」


 あれ?

 なんか武器のことで聞いておくことがあったような。


【たわけが。武具の入手方法を聞くんじゃったろうが】


「あ、それだ。それそれ」


 思わずぽん、と手を打った。


「昨日の夜、出雲なんか刀みたいなの持ってただろ? そういう鬼とかに通用する武器とかってどこで手に入れればいいんだ?」

「買ってくればいい」


 ですよねー。

 オレの聞き方が悪い、とエッセに再度ツッコミを入れられる。


「冗談だ、冗談。基本的には物々交換になる。俺たち主人公プレイヤー相手にやっている店があるから、そこに敵を倒して得た素材を持っていくと、これの中に価値を貯めてくれる」


 冗談だったのかっ!? ツッコまれ損だったよっ!?

 それはともかく、出雲がスマートフォンの画面を変えると、そこには数字が書かれていた。


 P:5185,920


「……何かのポイントってこと?」

「間違ってないな。これはそのまま通貨代わりとして、そういった店で使える。

 ちなみにPはお金(ペクーニア)の略で主人公(プレイヤー)相手の店でしか使えない電子マネーみたいなものだ。

 基本的に敵に対しては特殊な装備でないと効果は薄い。まず最初に装備を整えないと危険なのは間違いない。」 


 素材を手に入れて専用の通貨に換金して費用入手→敵を倒さないとお金がない→装備も買えない。

 ……つまり最初の敵を倒すまでは、装備を整えるお金もないってことでしょうか?

 でも、敵は装備を整えないと倒すのは危険、と。

 軽く詰んでるような気がする…うおぉぉ、難易度高いよぉ!?

 卵が先か鶏が先か的な袋小路じゃないか!?


 そんなオレを見かねたのか、


「一部特定の金融機関に登録してあると日本円を両替してくれるところもある。えぇと、確かここだな。今のレートは…」


 外貨取引のような画面に表示されていたのは「円:P=286.38:1」のレートだった。

 つまりペクーニアを1手に入れるのに、286.30円が必要という意味だ。

 その画面によるとペクーニアは最小1000単位でしか両替してくれないため、最低単位で両替する場合でも1000倍となり28万円以上が必要だ。

 一介の高校生に出せる金額ではない。


「……詰んだ」

「そんな遠い顔をするなよ。あくまで一般的な入手方法を説明しただけだ。

 手助けをするって約束したからな。さすがに初期のほうの装備はもう処分しているか使いものにならなくなっているから渡せないが、通貨でよければ充にやるよ」

「おぉ、ありがとう親友!」


 なんかタカるみたいで申し訳ないが、背に腹は変えられない。

 RPGのゲームとかでも王様から支度金もらったりしているわけだし、これはOKだと思っておこう。

 とはいえオレにもなけなしのプライドはある。


「さすがにもらうのは気が引けるから貸し、ってことで。

 そのうち素材集めるなりバイトするなりなんとかして返すからさ。親友にそんな大金借りっぱなしってのは気持ち悪いし」

「別に気にしなくてもいいんだがな…わかった」


【わらわとしては、そこで素材を売って返す、と言い切らずにバイトとか言っておるところが、男として往生際が悪いと思ってしまうがの】


 いや~、だっていざ戦ってみて敵が滅茶苦茶強かったらどうしようか、ってつい考えちゃうんだよねぇ。我ながら臆病だな、とは思うけども。


「金座大路にある蔵元屋か分塚商店街の加能屋だな…。早速明日いくから、充は夕方時間あけておいてくれ。部活が終わり次第装備を調達しにいこう」

「ほんと、お手数おかけします、ハイ」


【では話はまとまったようじゃな。

 これから充が色々と迷惑をかけると思うが、よろしく頼むぞ、出雲とやら】


「無論です」


 エッセと出雲もとりあえず揉めるような様子はなさそうだし、これでなんとか一件落着かな。

 出雲が来る前はどうなることかと思ったけど、当面必要な情報をたくさん仕入れることが出来たし成功なんじゃないだろうか。


 一階でインターフォンが鳴る音がする。


 どうやら来客のようだ。

 時刻は午後六時前。


 あれ? 何か忘れているような…?

 そんなオレの耳に届く母親の声。


「充~、綾ちゃんが来たわよ~?」


 あぁぁぁぁ、そうだったーっ!?

 わたわたと慌てるオレ。


 でもふと冷静になってみると、慌てる必要はないんじゃなかろうか。

 さっきまでの話題の最中に入ってこられたら困るが、落ち着いていつもとおりの他愛ない話をすればいいだけだ。

 そうすればこの部屋はいつも通り、オレと出雲、そして実体のある幻っぽいエッセがいるだけ。


 ………。

 そこが一番マズかった。


「まずいッ、エッセ、早く隠れて隠れてッ!」


【おぬし、どさくさに紛れてどこを触ろうとしておるか!?】


「落ち着け、充」

「いやいやいや、偶然だから偶然ッ、っていうか部屋にいたらマズいんだって! 早く早くッ!」


 綾なら出雲と同じようにうちの母親はスルーさせて部屋まで通してしまうだろう。

 最早一刻の猶予もない、と焦ったオレは何をトチ狂ったかエッセを押入れに押し込もうとする。


【わかったから触るな、たわけ! 精神集中できねば戻れんではないかッ!】


「ええっ!? オレのせいなのっ!?」



 せっかく初の主人公(プレイヤー)との交渉が上手くいったのに、最後はどたばたと締まらない感じで1日が終わるのでしたとさ、まる。




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