12.久しぶりにゲーム三昧
ラオグラフィア南門。
城壁に囲まれた街の四方にある出入口のひとつで、オレはジョーを出迎えた。
「ごめーん、待っとったー?」
「ううん、全然……なわけあるかっ!!」
「げふぅっ!?」
待ち合わせの時間を30分ほど過ぎてやってきたジョーが、余りにもお約束すぎるフリをしてきたのでのっかりつつ頭をはたいた。
「遅い!」
「えー、しゃあないやんかぁ。都市間移動便、1本乗り遅れてしもうたんやし。
ちょっとくらいは大目に見てくれてもええんとちゃう?」
使ったことがないのでわからないが、どうやら一度行ったことのある都市間における移動には何か特殊な方法があるらしい。どっかのゲームであった飛行船とかそんな感じのものなのだろうか。
言い訳を述べながらジョーは頭をさする。
よく見てみると何やら装備が一新されている。
凄い装飾のされた拳で握る柄のある刃のついた武器が一対腰についており、鎧そのものも刺々しいというのか獣の牙とか角で飾りがされた肉厚の皮鎧だ。
「……また随分と格好が変わったな」
「あれ? 前に一緒したことあったっけ? まぁええわ。丁度先週、狩猟クエスト“森獣の咆哮”を終えてきたさかい、そこで採れた素材使て鎧一新したんや」
似合う?似合う?と、その場でくるっと廻るジョー。
まぁ水鈴ちゃんみたいな女の子がやってくれたら微笑ましいというのに、男に目の前でやられるとこう無性にツッコミを入れたくなってくるのはなぜなんだろうか。
「……そこはノーコメントで」
「いややなぁ、ミッキーったらそないに遠慮せんでええのに。似合うとったら似合うとるて言うてくれてええんやで?」
「似合ってない」
「酷っ!!?」
ああ、なんかこんなやり取りも懐かしいなぁ。
帰ってきた!って感じだ。
「ま、それはおいといて、今日はどないする?
レベル上げでもええし金稼ぎでもええで。さすがにパワーレベリングはつまらへんから直接的な手出しはせえへんけど、時給的に美味しいとこ案内することくらいはできるで」
「それなんだけどさ、ちょっとジョーを待ってる間に妙なことになってたんだけど。
もしかしたらイベントか何かだったのかもしれないから、教えてくれるか?」
「おう、構わへんよ。言うてみ言うてみ」
くぃくぃ、と得意げに手のひらを動かすジョー。
やり込んでいる先輩プレイヤーの余裕らしい。
微妙にウザいが、ここは我慢だ、我慢。
「手持ち無沙汰だったから、ラオグラフィアの中央広場でのんびりしてたんだよ。
そしたらちょっと妙な人たちが目について、思わず後をついていったんだ。なんか若いっぽい男と、それを追いかける女性の二人組」
「ほほぅ、どないな外見をしとった?」
「男のほうは黒髪で紙袋持ってた。女のほうは両目の色がそれぞれ違う感じで……」
まだ説明の途中だったが、それを聞くなりジョーは苦笑した。
「あー、ついにミッキーも引っかかってもうたかぁ」
「……?」
どうもその口ぶりからするとジョーは知っているようだ。
次の言葉を待つ。
「あれやろ? それを追いかけていったら、なぜか女のほうが路地で待ち構えとって襲いかかられてしもたんやな?」
「………よく知ってるな」
「そりゃそやろ、そのイベントは有名やさかいな」
―――“謎の女通り魔”
オンラインゲーム部ではそんな捻りのないネーミングでそれを呼んでいるらしい。
正式名称は別にあるのかもしれないが、まだ試作の段階でごく限られた人間しかゲームに参加できていない。そのため攻略サイト的なものもなく手探り状態で進めているため、見つかったクエストには適当に名前をつけているとのこと。
「正直うちのメンバーのうち、副部長以外は誰もあのイベントをクリアできとらん。
それくらい難易度の高いやつやな。原因は簡単で、なんでかあの女を倒せへんから。最初のあの女の斬撃も中々キツくて大体レベル20はないと避けられへん上に、“体技”を使い始めたらもうお手あげや。
あれを凌ぎきったのは今のところレベル78の聖騎士職になっとる副部長だけ。ガチガチに防御力特化の防具で被弾覚悟の上で倒される前に撃退した感じやな」
「そんなヤバいのか……初見殺しもいいところだ」
「せやな。まだオレもクリアでけへんやつやから、仕方ないと思うで。
倒しても強制イベントみたいで、すぐに女のほうは逃げてまうし何か意味あるのかもしれへんけど、現段階ではわけのわからんクエストになっとる」
そもそも二か月前にオンラインゲーム始めたばかりで、ヴァーチャル装置を使えないときはあまりやらないオレは最後にやった時点では10レベルにもなっていなかった。
最初の攻撃から避けるのに20レベルも必要な相手が入口のクエストとか荷が重過ぎ……、
「………ん?」
今確かジョーは初撃を避けるのに20レベルが必要だと言った。
でも確かオレが攻撃されたときは“体技”使われるまでちゃんと……いや、ちゃんとかどうかはともかく、生き残るくらいには避けたぞ?
「ジョーって今レベルいくつ?」
「30やけど?」
おもむろにステータス画面を開く。
その項目にざっと目を通して目的の箇所を見つける。
そこに表記された自分のレベル数はなぜか25になっていった。
「………あれ?」
さっきの女の攻撃はレベル20ないと避けられないから、それを避けれたオレのレベルが25以上だった、それはわかる。むしろわからないのは、なんで10レベルそこそこだったオレのレベルがいきなりそんな数になっているのかということだ。
一瞬何かゲーム自体が壊れているのかと思ったけども、オンラインゲームなのでもしデータがおかしいのであればこの装置自体ではなくて、運営のサーバのほうがおかしくなっていることになる。つまり確認する術がない。
まぁ考えてもわからないし置いておくか。
「おーい、ミッキー?」
「え? あ、うん。何?」
「何? やあらへんで。いきなり難しい顔して黙ったさかい、びっくりしてたんやないか」
「ちょっと考え事してただけだよ、悪い」
「それやったらええけどな……で、どうするん?」
「んー、とりあえず金稼ぎかな」
少し考えて応える。
もしかしたら今後また対抗戦のときと同じようにヴァーチャルを活かしてリアルのために特訓する必要が出るかもしれない。そのときに備えて薬を買ったり宿に泊まれるくらいの費用は稼いでおきたい。
「あいよ、ミッキーはレベルいくつなん?」
「25」
「うぉっ!? いつの間に…」
「地道にコツコツやる男と呼ばれてないオレを甘く見たらいけないぜ!」
「わぉ、ミッキーがボケた!? つ、ついにいつもボケだった分ツッコミで返すときが……ッ!
うぐ!? 絶好のチャンスだというのにひ、左腕が疼いてまう! ま、まさかツッコミのダークサイドに封じられし中二の魔力が目覚めつつあるいうんか…ッ!!」
「わけわからんし!?」
「げふぅっ!!? こう喉元へのチョップのツッコミがなんか懐かしいのはなんでやろ…?」
ごほごほと咳き込みながらジョーが器用に肩を竦めた。
南門を出入りする旅人が門の脇で騒いでいるオレたちに何事かと視線を向けているのに気づく。
いかんいかん、つい癖でツッコミを入れてしまった。反省しておこう。
「それやったら……ベックス鉱山で採掘しながら狩りするんがええかもな」
「採掘? そんなこともできるのか」
採掘っていうと何か奴隷とか犯罪者とかが鉱山で強制労働されているイメージなんだけど。
「そうそう。10レベルくらいまでやったら近場の草原で狩りしながら植物採取、20レベルまでやったら討伐クエ受けて森で獣狩りするんが一般的なんやけどな。
20超えたら領主から受けられるクエストで、ベックス鉱山にいけるようになるんや。そこにツルハシ持っていって採掘の合間に住み着いとる小悪魔とか、岩像チマチマ倒すんが一番効率ええ」
……10レベルから20レベルオーバーまでの段階の途中経過を全部すっ飛ばしている感じだから、申し訳なさが半端ないな。
「せっかくジョーが勧めてくれたわけだし、そうしようか」
「おぅ。それを知らんかったってことはまだ領主から依頼受けとらへんやろ?
早速受けてきたらどうや」
頷いて中央広場近くにある領主の館のほうへ向かおうとし立ち止まった。
「…? どないしたん? ボサっとしとらへんでさくっといこうや」
「いや、根本的な話で悪いんだけどさ―――」
浮かんだ疑問をそのまま素直に口に出す。
「―――領主って、どうやって会うの?」
呆気にとられたジョーの顔。
一瞬だけ思考停止していた彼がすぐに我を取り戻して、
「いやいや、何言うとるねん。15レベルになって外から戻ってきたらそこで衛視とカチあって一晩ぶち込まれて~、いうイベントあったやろ? そのときに会うてる髭面の中年おじさんやって」
「…………あ、あはははは」
いつの間にか25レベルになってました、とか言っても通用しないんだろうなぁ。
まぁジョーの言ったことが正しければ、これから南門から入ったら「15レベル以上で衛視と喧嘩イベント発生」に合致するはずだ。
問題はいざこざを起こして一晩ぶちこまれ、という点。
時刻は14時。つまり発生させると確実に12時間以上かかる。
「……そういう顔しとるっちゅうことは、これから領主に会わないといけないんやな?」
「さいです。でも一晩ってのがなぁ……」
眠っておけば一瞬で経過するものの、ゲーム内時間は進んでいく。
つまりリアルと同じように眠っている間、ジョーはその時間だけ待ちぼうけになってしまう。
「ええからやっとき。どの道これから領主には会えるようになっとかんと不便なんやし。しゃあないから今日は適当にお使いクエストでも受けて遊んどくわ」
「悪いな」
そのまま別れて南門の中へ。
目の前には真っ直ぐ山猫通りが続いている。
さて、これでイベントが始まるはずなんだが……。
きょろきょろしつつ衛視を探す。なんだかんだでラオグラフィアは衛視が定期的に巡回しており治安もそれなりに良い。数名見つかるがどうにも喧嘩になりそうな雰囲気はない。
こっちから喧嘩を売らないといけないんだろうか。
「ちょっと! ど、ど、どいてくださーいッ!!」
「……え?」
どがんっ!!!
斜め前から猛烈な勢いがぶつかって来た。
なんとか踏ん張ろうとしたけども勢いを殺しきれずにドタっと倒れる。
何かが覆いかぶさる感覚。
がつんっ!!
「……ぁ…っつぅ…ッ」
うぉぉぉ、痛ぇぇぇぇッ!?
石畳に頭を強かに打ち付けて身悶えする。
なんとか痛みが収まってきた頃、薄く瞳を開けると目の前に透き通るような水色が広がっていた。
どうやらそれは倒れたオレにのしかかるように覆い被さっている女性のセミロングの髪の色だったらしい。現実で染めて見ると違和感バリバリになりそう色なんだけども、そこはゲームの中の世界のためか自然な感じだ。
「ご、ごめんなさい。ボク、ちょっと急いでて…ッ」
わたわたと慌てる女性。
いや、女性っていうよりも女の子って感じの子だな。ちょっと気品のある立ち振る舞いと女性らしさがありつつも少し中性的な顔立ちは宝塚の男性役とか合いそうな感じだ。スカートではなくズボン姿なのもそのイメージに拍車をかける。
そして何よりボクっ娘である。
実物初めて見たよッ!!
「ッ!! す、すみません。これで失礼しますッ!」
何かに気づいたのか急に慌て出して、彼女は急いで立ち上がるなり一礼すると猛ダッシュで走り去っていった。走りながらフードを深くかぶり直しているあたりワケありに違いない。
ああ、あんな勢いで走ってたらそりゃぶつかるわな、と妙に納得だ。
またぶつからないように気を付けてね~、と悠長に声をかけて見送っていると、
「そこの貴様! 止まれ!」
「…は?」
いつの間にか衛視さんの二人組がいた。
息が荒いことから今ここにやってきたばかりだということはわかる。
二人組のうち、片方はまだオレとそんなに年が変わらないくらい若い男、もう片方は40過ぎくらいの偏屈そうな禿げ頭の男である。
なんか、禿げを見ると鎮馬を思い出すなぁ……。
おいらは禿げじゃねぇ!剃ってるんだ!とか聞こえてきそうだが。
「貴様、先程の娘の知り合いだな!」
「いや、別に知り合いとかじゃあ……」
「言い訳をするなッ!!」
いや、なんか問答無用なんですけど、何このハゲ。
「言い訳も何も……」
「黙れ! 詰め所まで来てもらおうかッ!」
「ザコさん、そんなにムキにならないで冷静に……」
「うるさい! せっかく手掛かりになりそうなんだ! こいつから事件解決して点数を稼ぐんだよ!」
名前がザコって……まぁ名に違わないクズっぷりだけど。
ザコさんことその衛視はオレを捕まえる気満々のようだ。おそらくこれが衛視とモメるイベントなのだろう。周囲を確認する限り人々は遠巻きに見ているだけなので、今のうちなら逃げることもできるかもしれない。
衛視に大人しく捕まる。
衛視と喧嘩して捕まる。
逃げる。
選べる選択肢はこれくらいだろう。
さすがにザコさんと喧嘩しても負ける気はしないけど、ここは南門のすぐ近く。すぐに応援がやってきて多勢に無勢、それを突破できるとしても下手をすると御尋ね者だ。
「………なんか釈然としないけども」
仕方ないのでとりあえず大人しく捕まることにした。
そのまま衛視の詰め所の地下にある留置所で一晩過ごす羽目になったのだった。
鉄。
それはとても固い。
ありていに言えばとっても強固だ。
「……とりあえず素手でどうにかできるものじゃないのは間違いなさそうだなぁ」
冷たい石畳に胡坐をかいたまま、目の前の鉄格子を睨んで嘆息する。
とっ捕まったオレはそのまま中心部にある領主の城に連れていかれ、そのまま地下牢に押し込まれていた。目の前には外へと続く廊下と地下牢を隔てるゴッツい錠のついた扉つき鉄格子、ご丁寧に窓にも同じ鉄格子がついている有様だ。
「わかりやす過ぎるくらいわかりやすい展開なのはいいんだけど……何の装備もなしに脱獄とかは難しいかもなぁ」
捕まったときに武器とか鎧とか装備一式含め物品は全て取り上げられている。今は鎧の下に衝撃吸収用に着込んでいた厚手の服だけといった格好だ。ちゃんと一連のイベントが終わったら装備を返してくれるといいんだけども………。
ああ、そうそう。ちゃんとセオリーに従って一応窓の格子が緩まないかとか、近くに居眠りしている衛視がいてその腰に鍵の束があったりしないか調べてみるけど、そんなことはなかったぜ!
【何のセオリーじゃ、何の】
おぉぅ、なんかツッコミが適度に返ってくるのってやっぱりいいよねぇ……。
いや、お約束かな~、って。
正直そこまで期待してたわけじゃないよ!?
実のところ、鉄格子を掴んでガシャガシャ激しく揺らしつつ「出せ~オレは無実だ~」とかもやってみたかったんだけど、ますます白い目で見られてしまいそうなので我慢しておく。
【……結構、余裕じゃの?】
「まぁね」
現実で突然捕まって牢屋入りしてしまった、とかならきっともっと焦るんだろうけど。
予めイベントだとわかっているのでそのへんは気楽でいられる。
………
……
…
さて、どれくらい経った頃か。
そんな感じでのんびりしているうちに眠ってしまったらしい。
足音が近づいてくるのに気づいて目を覚ます。
「出ろ」
がしゃ、と開錠されて鉄格子が開く。
やってきた衛視に連いてくるよう促されて後に続く。
いくつかの扉を経て外に出る。そのまま別の建物に連れてこられた。
そこはさっきまでいた実務主義一辺倒だった殺風景な内装とは違い、高そうな絨毯が敷かれていたり壁に絵画がかけられていたり随分と華やかだ。
「今回の件に対して、領主様がお会いになられる。本来であればこのような些事に関わるような暇はないお方だ。くれぐれも失礼のないようにな」
先を歩く衛視に釘を刺される。
些事かもしれないけど、何も悪いことしてないのに捕まえたことに対して責任者が会ってお詫びってのは当たり前だと思うんだけどなぁ。まぁこの場合、責任者ってのは衛視のトップくらいで十分だから領主様直々ってのは確かに異例か。
途中何度か巡回中の衛視や騎士っぽい外見の奴とすれ違ってから、ようやく執務室と書かれた扉の前に到着。
ノックをすると秘書らしき女性が顔を出し用件を確認、少ししてからようやく入室が許可された。
一枚板を使ったと思われる重々しい扉を潜り抜けた先、そこにあった執務室。
ゆっくりとその室内に視線を走らせた。
異世界にマホガニーがあるかどうかはともかく、それくらい立派な木材を使ったデスクが正面に鎮座している。その赤みをもった美しい光沢を見せる机上にある未決ボックスに決済を待っているらしい書類が積み上げられており、立派な髭を蓄えた男性がそれらをひとつひとつ確認しサインをしては既決ボックスへ入れていく。
漠然としていた領主の仕事イメージにあまりにも合致しすぎて怖いくらいだ。
……まぁ、オレが思い浮かべていたのってどちらかというと領主、というよりもドラマとかで見た課長とか部長といった中間管理職のイメージなんだろうけども。
「ああ、ご苦労。彼を置いて下がってくれ」
領主の言葉に衛視は一礼して退室する。
デスクの手前、入口に近い位置にソファとローテーブル、所謂ソファセットが設置されている。秘書に促されるままそこに腰かけた。
うわ!
予想以上にふかふかだった!?
そんなちょっとした感動はさておき、ようやく領主は仕事を切り上げて対面のソファまでやってきた。心なしかどこか疲れている様子に見える。
「……すまない。本来であればこちらから出向くのが筋というものなんだが、この通り時間に余裕が無くてね。非礼を詫びよう」
「あー、いえ、そこまでしてもらわなくても……」
いきなり頭を下げた領主にあたふたしながら返答する。
相手の企業のお偉いさんから頭を下げられた新卒社員の気分ってこんな感じなのかなぁ。
「今回の件は身内のどたばたに君を巻き込んだ形になってしまったからな。領主以前にひとりの親としてその事実については頭を下げねば気がすまんよ。
さて、自己紹介が遅れて申し訳なかった。領主のハインリヒだ。」
「身内……?」
「確かミツル君と言ったね。君が衛視……そう、ザコ君に捕まる直前に女性と会わなかったかい?」
ああ、そういやそうだったな。
世にも珍しいボクっ娘という貴重な出会いだ。
そしてザコの名前に捕まった屈辱が蘇ってちょっとイラっともした。
あんなどう考えても対して重要じゃなさそうな名前をした奴に捕まるなんて……ッ!!
【……などと思いつつ、元一般NPCだった充としては、ちょっとだけ妙な連帯感を覚えておるのじゃった……と】
おぉぃ、勝手なナレーションすんなぁ!?
ってか、なんでバレてんのよ!?
「その女性が私の娘、アティーナだ。もう16にもなるというのにお転婆が抜けなくてな。
よく館を抜け出して、その度に気づいた衛視たちと君が見たような大捕り物を演じる羽目になっているわけだ。ちなみに君で104人目だ」
「多いよっ!!?」
思わず素の口調でツッコミ入れてしまい、横に立っていた秘書の人にジロリと睨まれる。
アラサーっぽいとはいえ秘書さんもクールビューティ系の中々の美人なので、そんな人に睨まれるのはご褒美って人もいるかもしれないが、生憎とそういう趣味はないので許してください、マジで。
「コホン………もうちょっと抜け出せないようにする方法はないんでしょうか」
「そう思うのも無理はない。様々な試みをしたんだが一時的に抑えることはできても、最終的には突破されてしまうのだよ……我が娘ながら恐ろしい娘に育ったものだ」
ふむふむ……。
というか、ジョーの話が確かであれば、あの娘の捕り物に巻き込まれることがこの領主と知り合うためのきっかけであり、どこぞの狩場に入るために必要なイベントなんだから無くなったら困るか。
「実は恥ずかしながら娘の脱走の手引きをしたのではないか、と誤解されて捕まったのは君が初めてではない。だから、というわけではないがそれに対してどう償えばいいのか、ということについてもいくつか案があるのだが、まずはこれを受け取ってくれ。なに、迷惑料代わりだ」
お。
秘書さんが何か革袋を持ってきてくれた。
ちらっと確認したところ中には金貨が入っているようだ。
「………見たところ、君は戦いの心得がありそうだね?」
「え、あ、はい。まぁそれなりには」
「ならば話が早い。このラオグラフィアはこの地方随一の都市だ。物、金、人、様々なものが大量に集まる場所だ。だが繁栄の分だけ影も濃くなるものだ。
人が集まりその数だけ欲望がぶつかり合えばそれだけ揉め事も多くなる。それを解決するのが領主の大きな仕事のひとつのわけなのだが……それを手伝ってくれる人員を常に募集している。
君をそこにスカウトしたい」
「…………」
「無論強制ではない。スカウトというのも適切ではないな。
こちらの名簿に名前を連ねてもらう。その名簿の人員には揉め事や事件が起こった際に、依頼という形で声をかけさせてもらう。報酬、内容、それらを比較して受けるかどうかは自由だ。
最初は難易度の低いものからになるが、数をこなして実績を出していけば相応のものを受けることができるようになる。少し下世話な話だが、町場の依頼斡旋所で依頼を受けるよりも割りよく金銭を稼げることは保証しよう」
この世界でのクエストはいくつか種類がある。
まず街中で困ってる人から直接頼まれごとをする場合、一番最初の村で村長から受けたゴブリン退治のやつがこれに当たる。
次に冒険者組合に加盟している宿屋とか斡旋所で受ける依頼。
これも結局困ってる人がいてその人が依頼しているのに代わりはないのだけど、前述のものが特定の条件を満たしたプレイヤーだけが受けられるものであるのに対して、レベルだけ満たしていれば自由に受けられたり何度も受けられたりするものがある。
こっちのほうが少しビジネスライク、って言えばいいのかな。
今回の領主の申し出は前者の形式ではあるけれども、条件的には後者に近い。
「断る理由がありません。ありがたく受けさせてもらいます」
「そうか! それはよかった。ではこれを受け取ってもらいたい」
渡されたのは実った小麦と盾が象られた木製の印章。
「これがうちで登録している者……通称“英雄隊”の証明になる印章だ。
私に用がある際もこれを見せれば門前払いにはならないだろう」
「だからといって悪用した場合、それ相応の罰則が適用されますのでお忘れなく」
釘を刺すことも忘れないあたり、さすが秘書さんはいい仕事してるなぁ。
印章を受け取って頭を下げる。
「よろしくお願いします」
「ああ、こちらこそよろしく頼むよ」
さすがに領主は忙しいのだろう。
そこまで話すと秘書に促されハインリヒさんはデスクに戻って仕事を再開する。当然、オレも急かされるように執務室を後にした。
「さて………これで完了だな」
テンプレ的というのか王道的というのか、ありがちな会話の展開ではあったけども。
領主の娘、ってことは今後のイベントにも関わってきそうだよなぁ。
【てんぷれ、というのはよくわからぬが王道というものはいつの世も廃れぬからこそ王道。
それだけ皆に支持される展開だということじゃろう】
「………うぐ」
エッセのぐうの音も出ない正論のツッコミに苦笑していると、ふとポーンという音が響いた。外部からのメッセージが届いたというお知らせ音だ。送ってきたのが誰かは見るまでもなく予想がついている。
オレは館を出てログアウトした。
□ ■ □
視界が暗転する代わりに聞きなれた低い駆動音が響く。
意識が切り替わるようにゆっくりと視界が開けていった。
「ふぅ……」
「おぅ。無事終わったみたいやな」
装置から出ると、ジョーがかき氷をシャリシャリと食べつつ飄々と話しかけてきた。
ちなみにシロップはブルーハワイアンである。
「今日は待たせっぱなしで悪かった」
「ええよええよ、たまにはそういうこともあるて」
ジョーが格好よくサムズアップしてニヒルに笑う。
………いや、ブルーハワイアンのせいで唇が真っ青なのでカッコついてないぞ。
「ミッキーちゃん。時間」
「あいよ。知らせてくれてありがとな」
時計を見れば時刻は5時20分を過ぎていた。
そろそろ出ないと間に合わない。
部長や他の部員に挨拶して荷物をまとめるとしよう。
「? なんや、咲弥とミッキー、揃って下校なんか……ははぁん…」
「………?」
「もしかして、デートとかしよるんか!?」
びし!
かき氷を食べていたプラスチックのスプーンを突き付けながら、犯人はあんただ!的な勢いでジョーが告げる。
「いやいやいや、なんでそうなるのよ。そもそも―――」
「そ。ミッキーちゃんとでーと。じゃあね」
「―――おぉぉい!!?」
「……へ? あ、え…おぅ」
反論しようとしたオレの腕を取った咲弥に引きずられるように部室を出る。
ツッコミを待っていたんだろうジョーは、意外な展開に驚いたのだろうか。
呆気に取られたまま見送った。
「行こ」
「ああ……って、そうじゃなくて!」
あのままだと完全に誤解を招く。
そもそもなんで咲弥はデートだって肯定したんだろうか。
は! もしかして実は伊達との戦いで咲弥への好感度が結構上がっていて、内心で実はオレとデートしたかったとか!?
オレの腕を引っ張って歩いていく咲弥を見る。
改めて言うのもなんだけど大層可愛い女の子だ。ちょっとマイペースなところはあるけどもそれを差し引いてみてもお釣りが来るくらいに。そもそも主人公なんだから美形なのは当然ではあるんだけどさ。
そんな彼女に「なんでデートだなんて言ったんだよ」「デートじゃ…ダメ?」くらいの勢いで想われてるとしたらそりゃもう男冥利に尽きるというものだ。
ヤバい、ちょっとドキドキしてきた。
よし聞いてみよう。
「なんでデートだなんて言ったんだよ」
「あそこで反論してると間に合わなくなる。明日ゆっくり弁解すればいい」
一刀両断である。
はい、現実は無常でした。
確かにおっしゃる通りですよ、ええ。
淡い期待を抱いたオレがアホでしたよ……。
そうやってガックリ落ち込んだオレは、部室を出る直前から咲弥の耳が赤くなってるような些細な変化に気づくわけもないのだった




