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7.必要なのは現状把握


 さて、とりあえず依頼をひとつ受けることにした。

 内容は以下の通りだ。


 『清き源』

  推奨技能:戦闘系、隠密系、探索系

  期限:1ヶ月

  報酬(P):3000

  評価・貢献ポイント:150

  音無川の源流に“水霊みずみたまの洞”と呼ばれる洞窟がある。

  その最奥に眠る水翠晶を取ってきてもらいたい。

  情報によれば河童の一族の生息地となっているらしいので戦闘の対策が必要と思われる。


 じゃじゃーん!

 そう何を隠そうついにやってきました初ダンジョンでございます!

 一応オンラインゲームではやったけどリアルでダンジョンってのは初めてなのでドキドキわくわくだね。推奨技能に関しては戦闘系と隠密系は持っているので問題なし。探索系がないのがちょっと心配だけど、どうやら8級になってようやく受けられる初歩ダンジョンらしいのでまぁなんとかなるだろう。

 適正レベルが15くらいなので、そこからすれば力押しが出来るくらいだ。これくらいなら探査技能くらいなくても一番最初のダンジョンで詰まるとかはないだろ。


【楽天的過ぎぬか? とはいえいずれ通る道じゃ、一度経験しておくのは悪くあるまい】


 報酬も悪くないしね。

 3000Pといえば日本円にして…あれ、今レートいくつだっけ? まぁいいや。以前確認したのだと日本円にして60万円以上だ。借金返済への道をいざ行かん!


【借金返済、か…くくく】


「? どしたの?」


【いや、失礼した。気にするでないぞ】


 意味深に笑われると何か気になるけど、まぁそれはそれだ。

 とりあえず情報交換の集まりもあることだし、オレは急いで出雲のマンションへ戻っていった。

 時刻は12時半くらい。

 1時からの集まりだからそろそろ誰かしらやってきて、のんびりしているのではないだろうか。 


 ガチャリ。


 だがそんな予測は甘かったことをするに知ることとなった。

 扉を開けると聞こえてきたのは正に阿鼻叫喚。


「……あー! しまった! まさかそこで止められるだなんて!」

「ふふふ…重畳の出来です。綾さん、この封鎖……簡単に解けるとは思わないで下さいまし」

「出口がそこで止められると入っても団子か…さすがに諦めて先を急いだほうがよさそうだな」

「まだ一周終わったばかり。勝負はわからない」


 悲喜こもごもの声。

 まぁ和気あいあいとした感じなので何かをみんなでやっているんだろう。

 一体何をしていらっしゃるのやら。

 頭に疑問符を浮かべつつ廊下を進んでリビングへと進む。


 そこでは出雲、綾、月音先輩、咲弥の4人が何かマップのようなものを広げているところだった。どうもマップ上に駒やらその周囲にカードやらがあるところを見るとボードゲームをしていたらしい。


「ただいま~」

「充か。おかえり。どこ行ってたんだ?」

「ちょっと色々確認することがあって斡旋所ギルドまで、ね。そっちこそ何か愉しそうなことやってるねぇ。玄関まで声が聞こえてたよ」

「ああ、これだ」


 出雲は笑って脇に置いてあったボードゲームの箱を手に取り、そのタイトルを見せてくれた。

 あー、これは……。


「戦車ゲーム?」

「そうだ。昔よくやっただろう?」

「覚えてるよ。そして毎回負けてたのもね!」


 外国製の戦車ゲーム。

 まぁ戦車といっても近代用いられるような大砲がついたやつではなく、古代に使われていた馬に引かせたタイプのやつ。

 マップにマス目があって山から引いた手札のうち好きなものの数だけ進んでいく。そのまま3周やってトップの奴が勝つ、というレースゲームのようなもの。

 作られたのはもうかなり昔の歴史ある(?)ボードゲームなのだ。

 うちの父親がこういった西洋のボードゲームが好きでコレクションしていたのを中学にあがるときにもらって以後、出雲のところに持ち込んでよく遊んでいたのだが、そのうち持ってくるのが面倒になって置きっぱなしになってたんだっけ……。


【……どうした?】


「…いや、ちょっとね」


 うぅ、いかん、家族で別のボードゲーム遊んだときのこと思い出して切なくなってきた。

 割り切ったはずなんだけどなぁ……女々しいにも程があるよ、まったく。

 とりあえず気を取り直して、と。

 前に出雲たちと戦車ゲームをやったのは受験よりずっと前だったから、もう2年ぶりくらいか?

 懐かしいなぁ。

 出雲に聞いてみると、女性陣が用意してくれたお握りと味噌汁があるらしいのでキッチンから持ってきて食べながら、ゲームを終えるのを待つ。

 1ゲーム30分から1時間ほどなのであっさりと終了。タイミングよく食事を終えた。


「ふふふ、お疲れさまでした」

「届かなかったか……」

「なんとか最下位だけは免れたからよし!ね」

「ま、まさか最後そんなオチ……ッ! うわーん、ミッキーちゃん!」

「はいはい、残念だったね」


 ちなみに1位月音先輩、2位出雲、3位綾、4位咲弥。途中まで咲弥がトップだったんだけど策に溺れたというか、無理に2位だった月音先輩を押さえ込もうとしてコース選択を誤った結果、3位の出雲に押さえ込まれ最下位までドボンしちゃったという劇的な展開である。

 ひとまず決着がついた、ということでいよいよ情報交換となった。


「あー、ちなみに隠身さんは?」

「隠身ちゃんと葛城さんは用事があるとかで来ないよ。一応誘ったんだけどね」


 へぇ。葛城さん、ってあの赤毛の人かな?

 まぁ綾の知り合いみたいだしそのうち紹介してもらう機会があれば話せばいいか。

 退院祝いにも居なかったので今日はいなくてもヨシとしよう。


「あいよ……いよいよ情報の共有だな。特に問題が無ければオレのほうからまず知ってることを話して、その後出雲、咲弥、綾、月音先輩と、それぞれが知ってることとか教えてもらう感じでいい?」

「ああ、それでいいだろう。そもそもどの情報が重要でどの情報の優先度が低いのかもわからないからな。メインであるお前に起こったことを1から今日までまず説明してもらって、それから他の人間は言うべき情報を判断してもらったほうがいい」

「じゃあ―――」


【―――わらわの紹介からじゃな】


 止める間もなく目の前が淡く輝いてエッセが顕現する。

 出雲たちが思わず身構えるが一度顔を合わせているせいか、咲弥以外はエッセだとわかると警戒を解いた。咲弥も他のメンバーが構えを解いたのを見て少し警戒を緩める。


【いつぞやは世話になった。初対面の者もおるでの、改めて名乗ろう。

 わらわはエッセ。今から話す内容を聞けばわらわが何者かはわかるじゃろう】


「………ッ」

「気持ちはわかるけど、出てくるなら出てくるでもうちょっと事前に……」


【小さいことを言うでない、大和男子やまとおのこじゃろうが】


 さすがにエッセみたいな明らかに日本人じゃない人に、大和男子なんて古い言い回しをされると思わずびっくりしてしまい戸惑うなぁ。

 声に冗談めかした響きを感じた咲弥も毒気を抜かれ、少し笑顔が浮かぶ。


 さて、ようやくこれでメンツが揃った。

 じゃあ何から話したものかな。

 とりあえずオレは本当の最初、つまりオンラインゲーム部に入った日のことから話し始めた。オレからだけでは説明しづらいところはエッセにも補足してもらう。

 夜に走り込みにいったところ伊達と出雲対羅腕童子との戦いに巻き込まれ死にそうになったこと。そこからエッセと出会ったこと。

 なぜか『創造者クリエイター』のことは話さなかった。なんでかと言われればなんとなくとしか言いようがないのだけど言ったら何かが不味い、そんな気がしたのは確かだ。

 エッセから聞かされたNPC、重要NPC、主人公プレイヤーとの関係。このへんは主人公プレイヤーである出雲や咲弥は周知、伊達との関わりがあった月音先輩も薄々気づいていたので、一番驚いたのは綾だった。

 そこから狩場での修行、ボクシングの対抗戦、と続き対抗戦の後担ぎ込まれた病院から帰る際、羅腕童子に襲われなんとか撃退したところまで話した。

 そしてさらに続く。

 エッセがオレを庇って消滅、そのショックで“簒奪公デートラヘレ・ドゥクス”が目覚め、その力をもって羅腕童子を打ち破ったこと。だが同時に伸びた“逸脱した者ハエレティクス”の効果により種別が重要NPCになってしまい結果家族との繋がりが途切れたこと。

 このへんはさっき知ったことも含めてわかりやすく辿っていく。


「……それで家の位置がわからなかったのですね」

「水臭いな。そういうときは俺たちを頼ればよいだろうに」

「今考えるとそうなんだけどさぁ。さすがに忘れられてると思ってたら怖くて連絡出来なかったんだよ。パニック起こしてたし」


 自暴自棄になっていたときにモーガンさんに拉致され煙狼ワルフと出会って、八束さんに能力について色々教えてもらったこと。このへんを聞いてようやく主人公プレイヤー連中は納得したような顔になる。まぁ“神話遺産ミュートロギア・ヘレディウム”ってのはそれくらい警戒しなきゃいけない相手だってことなんだろう。

 で、学校で伊達に待ち伏せされ逃げ惑い戦い捕まった後、“簒奪公デートラヘレ・ドゥクス”を完全に掌握し“簒奪帝デートラヘレ・インペラトール”として使えるようになったこと。あのときの黒い鎧とか体にまとわりついていた液体みたいなのはその能力だと説明する。ちなみに使えるようになった切っ掛けとかは話さない。

 まさか綾が捕まってると思って大人しく捕らえられ拷問された挙句、殺されたと勘違いしてキレまくったとかいろんな意味で恥ずかしいし!

 伊達との最終決戦、そしてエッセとの戦いを経て、皆に止めてもらうまでの話をひとしきり終えたところで話が止まった。

 話が終わっても少しの間、内容を噛み砕いているのか皆は沈黙している。


「ミッキーちゃん、密度の濃い2ヶ月だね」


 ぼそ、と咲弥がもらした素直な感想に皆うんうんと頷く。


「確かにねぇ。この密度で生活してたら10年もしたら気が狂いそうなヤバさだわ」

「並みの主人公プレイヤーじゃそこまで密度の濃い生き方はできないだろう。そういう意味でも逸脱しているのは間違いなさそうだな」


【充の話としてはこんなところじゃな。さて次は……】


 話し手が出雲に変わる。 

 

「時系列としては充が伊達に待ち伏せされた前日か。伊達に協力した“境界渡し”謹製の転移に引っかかって隣町の廃屋に飛ばされていた。そこで半日ほど1位の轟と戦ってから学校へ向かい、エッセさんや皆と合流。充の状態を効いて共に止めに行った。以上だ」

「あいあい……って、サラっと言ったけどツッコミどころいくつかあるぞ、それ!?」

「? そうか? 罠にかかって充が待ち伏せされたときに助けに行けなかったことについては申し訳ないと言うしかないが」

「いや、そこじゃなくてね!?」


【確認したいところがあるのはわかるが、大筋はそれで間違いあるまい。仔細はまた別の機会に聞くとして次にいかぬか?】


「うぐぐ……」


 そのまま話し手が咲弥へ。

 内容としては以前聞いたのと同じように咲弥と姉の聖奈の話だ。伊達に追われる中オレと分かれた後は結界を突破して出雲を呼びにいったけど入れ違いだったらしいのは昨日も聞いている。ただ話の中で多分鎮馬は蘇生ポイントで蘇生中だという話を聞いたので一安心。実は気になってたんだけど、どう聞いていいかわからなかったので助かった。


「蘇生ポイントって何?」

「んーとね、いくらか費用を支払っておくことで一定以上の術を使える術者がいる特定の宗教施設を死亡時の蘇生地点に設定できるの。それが蘇生ポイント。

 鎮馬の場合はどこかお寺に設定してあるって言ってた。場所知らない」


 そんなのがあるんだなぁ。

 寺の場所が分かっていたら見舞いにいけたんだけど場所がわからない以上どうしようもない。まぁそのうち連絡あるだろう。

 主人公プレイヤー属性を手に入れた以上はオレもその蘇生ポイントとか利用できるのかな? エッセの話だと経験値的なものが下がるっぽいけど保険的な意味はあるだろうし。


 んで次は綾の番。

 といってもこちらもそんなに長くはない。

 伊達の手勢に襲われ、そこで隠身ちゃんが護ってくれたこと。さすが出雲、綾の護衛してくれるようちゃんと手配してあったあたりグッジョブだ! だが敵も然る者、というか“境界渡し”が出張ってきて危うく攫われそうになったところを、“刃姫”クズノハこと葛城葉子さんに助けられたらしい。

 ……というか、よもや彼女が綾の知り合いだったとは。意外と世の中狭いなぁ。

 彼女の情報を頼りに伊達の動きを掴み学校に向かう途中、“逆上位者アビス・ランカー”とかいう相手と遭遇、月音先輩に助けてもらってから出雲と合流したようだ。


「しかしそこでもまた“境界渡し”か……確か出雲を遠ざけたのもあの人だったろう。オレが学校に閉じ込められた結界もそうだし。正直なところ搦手的な意味だとものすごく厄介な相手だね」

斡旋所ギルドへの貢献が低いため序列は低いが、同じ上位者ランカーとして見た場合、金や物をはじめ自らの欲望で転ぶ分だけ動きが読みづらいことは確かだな。

 あと“逆上位者アビスランカー”って何?」

「ふむ…まぁわかりやすく言えば斡旋所ギルドへの貢献が低い者、つまり依頼をこなしたり役に立つどころかロクでもないことばかりやってマイナスになっている者たちについて、下から数えた順位ランキングというところか。

 なかなか口だけでは説明しづらいから機会があれば具体例を出して斡旋所ギルドで話そう。とりあえずそういうものだと思っておいてくれ」

「あいよ」


 タチ悪いのはまだまだいるんだな……。

 ただ“境界渡し”については利が無ければ無闇やたらにこっちを襲うってこともないだろうし、万が一に備えて警戒だけしておけば大丈夫かも。


「……では、わたくしの番ですね」


 月音先輩がゆっくりと口を開いた。



 ふと横を見る。

 なぜかエッセがこれまで説明していた相手に向けていたものと違う、鋭い眼差しを向けていたのが気になった。


 少し口を噤んで意を決したように彼女は口を開いた。


「わたくしは他の皆さんと共に充さんに立ち向かったあの日。

 朝、登校をする際、おそらくは副生徒会長の手の者と思われる集団に襲われました。そのあたりは先程お話しになっていたした綾さんと同じです」


 伊達の手勢による襲撃。

 幸いなことに綾は隠身さんの護衛、そして偶然知り合いだった葛城さんの助力で事なきを得ることが出来た。ならば月音先輩は……?

 言葉として出てきてはいないその疑問に応えるかのように話は続く。


主人公プレイヤーと思しき複数の集団。今となっては彼らの目的はわかりませんが、おそらくはこの身の確保だったかと推測できます。

 多少の心得はありますが、さすがに抗うことは不可能だと思い覚悟した瞬間、“彼女”が現れました」

「彼女……?」

「はい」


 たった一言。



「“メリーディエース”、と。そう名乗っていた銀髪の女性です」



 ピキ…ッ。


 部屋の空気が死んだ。

 その名が出た途端、湧き出した表現しがたく得体の知れない圧力が空間を満たしたのだ。

 まるで巨大な生き物が歩いていく足元にいる蟻のような気分。理解を超えた巨大で、それでいて致命的なまでの差がある何かに蹂躙されることを予感し、漠然と恐怖が鼓動を早くする。


【小賢しい真似を…】


 原因は唯一人、管理者を名乗る女性。

 理由はわからないが、その“メリーディエース”を名乗る相手と因縁浅からぬ仲なのではないかということは容易に推測できた。

 だがそれも一瞬のこと。

 すぐに圧力は霧散し、まるで潜水していた海から顔をあげたように皆一斉に荒い呼吸をついた。


【おっと。すまぬな、話も途中じゃと言うのに水を差してしまったようじゃ。許すがよい】


 我に返ったエッセの謝罪。

 少し待って皆が落ち着いたのを見計らって月音先輩は話を再開した。


「NPC、重要NPC、主人公プレイヤー……そういった世界に形作られた不条理を根こそぎひっくり返すに足るだけの力、それを与えに来たのだと彼女は言っていました。

 わたくしの“魂源アニマ・ゲネシス”から生み出されたその力。それは彼女から与えられたものに他なりません」


 ………なんだ、それ。

 それじゃまるで………。

 そして思い出す。

 校庭での戦いを。

 オレの“簒奪帝デートラヘレ・インペラトール”の攻撃を完全に押さえ込んでしまったあのときの月音先輩の能力を。


「気づけば半日が過ぎておりました。“メリーディエース”さんの話に従い充さんを助けに行くべく、与えられた能力“かぐや姫プリンツェッセン・モーント”を頼りに学校に向かいました。そこから綾さんたちと合流した、というのが大筋の流れとなります。

 その上でエッセさんに聞きたいことがあります」


 おそらくは他の皆も聞いておきたいはずのこと。

 先程のエッセの反応を見た後ならば尚更。


「“メリーディエース”さんは、充さんとわたくしが知り合いだったことに対して、まさかもうすでに接触済みだったなんて、と言っていました。つまり元々能力を得た充さんにわたくしが接触する予定を持っていたと思われます。

 そして充さんは貴女によって“逸脱した者ハエレティクス”となり、わたくしと同様に“魂源アニマ・ゲネシス”をベースとした能力を与えられています。

 これを偶然と考えるのは、先程の反応も含めれば余りにも不自然。もしやエッセさんは―――」


【そこまで理解しているのならば改めて聞くまでもあるまい?】


「いいえ、教えてくださいまし。

 沈黙こそが金という格言もございましょう。しかし言葉を費やさねば届かぬものもあるかと思います。増して今日はこうして言葉をかわすために設けられた席ではありませんか。

 加えて言うのであれば……エッセさんの言い分を聞かずに断定する、そんな振る舞いはわたくしの理想とする淑女ではありません」


【…………ふン。小娘が、吠えるではないか】


 エッセは少しだけ楽しそうに言ってから言葉を引き継ぐ。


【先の疑問じゃが……予想の通りじゃ。その女、“メリーディエース”のことをわらわは知っておる。無論“メリーディエース”もわらわを知っておる。

 わかりやすい表現をすれば、あやつも管理者じゃな】


 わぉ。

 GMがもう1人いたのか。


【誤解をせぬようもう少し補足しておこう。

 管理者はわらわを含めて5人。正確にはもう2人おるんじゃが……連中は自分で動くことが出来ぬ。間違いなく今回の件には絡んでくることはないから気にせんでもよい。

 わらわことエッセ以外の4人、それぞれ“オリエーンス”、“西オッキデーンス”、月音の前に姿を現した“メリーディエース”、そして“セプレントリオー”という名じゃ。意味としては…そうじゃな、日本語で東西南北、方角をそのまま冠しておると思えばよい】


 朱雀とか玄武とか何かそんな感じなんだろうか?

 でも同じ管理者なのにエッセは方角とか関係ないんだな。

 なんでだろうか。


「ちなみに、どんな見た目の人?」


 いや、人じゃないけど一応ね。

 月音先輩も見てるんだし、外見だけでも聞いておこう。もし何かの拍子でばったり出会ったとしても、わかっていれば警戒することくらいはできる。


【人相を聞いても無意味とまでは言うまいが意味は薄かろうて。そもそもわらわ以外の管理者にとって姿形とは所詮容れ物の形状に過ぎぬ。外見を好きにできる存在であるから、以前そうだったからといって今度も同じ姿で出てくるとは限らぬゆえな】


 外見が自由自在とかなんてチートだ。

 オレもイケメンになり放題だったらなぁ…!

 まぁ、冗談ですけどね。

 確かに美形に越したことはないけど家族からもらったこの顔に愛着もあるし誇りもある。


「……その4名が管理者なのは、今のエッセさんの説明でわかりました。

 だがなぜこのタイミングで他の管理者が動いたんです?」


【その4名が動き出した理由は簡単、わらわが動いたからじゃ】


 出雲の問いに短い返答が届く。


【基本的に連中の目的はわらわと同じ。もしわらわがこの管理者の役割から解放を望めば同じように動く。じゃがそれぞれがそれぞれの思考基準に則って動くがゆえに結果については予想がつかぬ。

 例えば今回、わらわは充を選び“逸脱した者ハエレティクス”として見出した。いずれ彼がその能力を伸ばしこの世界ゲームの構造そのものを毀すことを期待して。

 それを知った連中も同様に行動しはじめたのであろう。わらわは一般NPCモブを特別な存在に仕上げることによって逸脱させた。それに対して“メリーディエース”は重要NPCを、という風にアプローチを少し変えてはいるかな】


「え、それって……」


【うむ、月音嬢もおぬしと同様“逸脱した者ハエレティクス”となっておる可能性が高い】


 マジか!?

 いや、でもそうなると月音先輩も能力を増強させていけば、最悪家族とか失ってしまうのでは。

 そんな悪い想像が頭を過ぎる。

 見るからに顔色を変えたオレにエッセは苦笑しながらフォローを入れた。


【その心配は無用じゃ。そもそもあれはおぬしが一般NPCであったがために起こった事態。

 元々重要NPCである彼女ならばすでに設定を切り替える必要はあるまい】


 その言葉にほっとひと安心。

 正直なところ、ここでもまた重要NPCばっかり優遇かー!!?とか言いたい気持ちはあるけども、さすがに月音先輩があんな哀しいようなことになったら困るし。

 

【じゃが油断は出来ぬ。おそらく他の管理者たち……“オリエーンス”、“西オッキデーンス”、“セプレントリオー”もそれぞれ自らの“逸脱した者ハエレティクス”として選んだ者を生み出しておるじゃろうからの】


「? なんでそれがダメなんだ?

 そもそもエッセの目的はこの世界ゲームの管理者という役目からの解放だろう? そりゃオレが出来れば一番いいだろうけど、可能性という意味ではそれを可能とする“逸脱した者ハエレティクス”は複数いたほうがいいんじゃないの?

 失敗するかもしれないんだし」


【このたわけッ! 最初から失敗する気でおるやつがどこにおる】


「あたっ」


 弱気なことを言ってたらはたかれた。

 いつの間にスリッパを手に取ってたんだ、エッセ。


【その弱気を抜きにしても………“逸脱した者ハエレティクス”同士が協力しあうことを前提に考えておらぬか? おぬし】


 そりゃ勿論。

 だって月音先輩ならオレが何かこうしたいと頼んだら協力くらいしてくれるだろうし。

 別に伊達との件で恩に着せるようなつもりはないけど、そういった義理を大切にする人なんだってことくらいはわかってる。


【ならばその予測は正しておくがよかろう。

 おそらく“逸脱した者ハエレティクス”同士でぶつかりあうのは確定的じゃ。おぬしがそれを望もうと望むまいとに関わらず、な】


「ッ!?」

「そんな!」


 ぎょっとして月音先輩を見た。

 向こうも考えたことは同じだったようで目と目が合う。


【おぬしと月音嬢が、とは言っておらぬ。じゃが他の“逸脱した者ハエレティクス”が全て友好的とは限らぬじゃろう? そもそもおぬしの“簒奪帝デートラヘレ・インペラトール”の特性を考えれば事を為すためには他の“逸脱した者ハエレティクス”とぶつかったほうが良い。例えば月音嬢と戦い“かぐや姫プリンツェッセン・モーント”を奪えば、“逸脱した者ハエレティクス”として更なる飛躍を見せるのは間違いない。

 それと同じことを考える“逸脱した者ハエレティクス”がいないとどうして言える? そして管理者の立場からすれば、蠱毒のように“逸脱した者ハエレティクス”同士が殺し合い残った者が事を為すのが一番と考えておっても不思議はない】


 マジか……オレみたいな“逸脱した者ハエレティクス”とも戦わないといけないかも、って考えるとゾっとしないな。


【とはいえ、“オリエーンス”や“西オッキデーンス”は日本ではなく海外、つまり自らの活動範囲からその資格者を得ておるであろうから、当面ぶつかる心配はないがの。

 月音嬢の出会った“メリーディエース”は管理者の中でも活動地域を特定していない変り種。だからこそこんなに早く“逸脱した者ハエレティクス”が出会う羽目になったわけじゃが、あくまでイレギュラーと思えばよい】


「……えっと、もうひとり名前が上がってない管理者さんがいるんですが」


【“セプレントリオー”については……実のところわらわが嫌がることで、面白くなるのであれば何だってする相手じゃからな。なんとも言えん………】


 嫌がることで面白ければ、って、そっち系の人かよ!?

 せっかく月音先輩から嫌がること平気でやりまくる相手を除外したってのに、また面倒そうな相手が増えるとは………。


【まぁよい。わらわからの回答としてはこのような形じゃな。

 月音嬢が“逸脱した者ハエレティクス”となったことについて関わってはおらぬ。じゃが他の管理者がそのような発想に至った発端という意味では原因のひとつではあろうよ】


「はい、ありがとうございました」


 にっこり笑う月音先輩。

 真剣な会話が止まり、室内の雰囲気が少し穏やかになった気がする。


【ひとまずこれで情報は出切ったかの】


 他に言っておくべきことがないか確認するかのようにエッセが一同を見回した。


【ならば情報の共有は終わりじゃ。後は今後どうするかじゃが……月音嬢と充に関してはいずれ来るやもしれぬ戦いに備えて“逸脱した者ハエレティクス”の能力を磨くことが必要じゃろう。降りかかる火の粉は払わねばなるまい。

 それ以前にわらわの目的のためにも“逸脱した者ハエレティクス”の強化は必要じゃ。これまで通り充は自分の能力の把握がてら狩場での研鑽を。月音嬢も時間の許す限りは付き合ってもらおう。

 巻き込んだのは心苦しいが、こうなった以上そうしてもらねば安全も担保できぬ】


「気になさいませんよう。そもそもこの能力を得たのはわたくし自身がゆえのこと。その責を他に転嫁するつもりなど毛頭ありませんよ?」


【うむ、その覚悟やよし。

 そして出雲、綾、咲弥については充たちを手助けしてくれるかどうかという問題がある。無論わらわの目的にそなたらをつき合せるに足る理由はないし、助けになるかもわからぬ。

 じゃからここでの話を内密にしてさえくれれば無理に………】


 その言葉を出雲が遮った。


「すでに俺は充からエッセさんのことも聞いていましたからね。手助けを確約した以上今更曲げるつもりはありませんよ。そこに月音先輩ひとりが増えても同じことです」


 綾が続ける。


「出雲みたいに戦えないし、私が出来ることはそんなに多くないだろうけど。でも私が重要NPC?とかいう存在なんだったら手助け出来ることが0ではないんでしょ? なら幼馴染と素敵な先輩が頑張ってるのを手助けするくらいはしたいな」


 そして最後に咲弥が言った。


「お姉ちゃんの借り、まだ全然返せてないから。ミッキーちゃんのために頑張る」


 きっとエッセの言ったとおり、この先大変な試練とかヤバい状況が待っているんだろう。

 “逸脱した者ハエレティクス”との戦いとなれば尚更だ。

 でもこの仲間たちとならやっていける。

 そう実感させるような安心した雰囲気が室内に溢れていた。



【よかろう。それではこれからも頼むぞ、皆の衆】



 そのエッセの言葉で会議は締められた。




 ふと頭に閃いた。


「あ、せっかくだから皆で戦車ゲームやんね?」

「それもいいな」


 そんなことを出雲に言うと、


「あ、皆さん。よろしければ」


 おずおずと月音先輩が何やら箱を取り出した。

 A4がギリギリ入るかどうかくらいの小箱。

 何かのゲームのようだ。


「一昨日、部活棟を歩いているときに声をかけてくださった“ふぁん”?と名乗る子たちに頂いたものです。なんでも凄く愉しいゲームだそうですので、よろしければ一緒にやってみませんか?」


 へぇ、そうなんだ。

 まぁ伊達がいなくなって月音先輩に声かけやすくなったせいもあるんだろうな。

 そこに書いてあるタイトルを見る。


 ―――人生カードゲーム。


 どこかで知ったタイトルだ。

 つまりこれを渡したのは―――


 頭を過ぎるのは、オンラインゲーム部に入ることになった日のこと。



 ―――あ・い・つ・ら・か!?



 とりあえずロクでもなさそうなゲームなのは間違いないのだが、問題は素直に信じて目を輝かせている月音先輩にどう説明したものか、ということだった。


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