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6.因と果

旧版から若干加筆しております。


 てんやわんやの夜が終わり、無事に翌日の朝がやってきた。


 ゆっくりと覚醒した意識が見たのは出雲のマンションの空き部屋。

 8帖ほどのクローゼット収納付きの洋室。

 そこがしばらく居候することになったオレの部屋だ。

 実家にいた頃は6帖もないくらいの広さだったので、ちょっと広さに落ち着かない。一応隠袋に入れておいた衣服や小物なんかはクローゼットに入れておいたものの、机などといった大きな家具がないためどこかガランドウで寂しい殺風景な室内。

 まぁおぃおぃ買い揃えていけばいいし、広さにもそのうち慣れるだろう。


「ふわぁぁぁ……」


 大きく欠伸をし上半身を起こしつつ時計を確認。

 ぐお…ッ、昨日よりはまだマシだけどまだ体がバキバキだ。少し動かして温まったらなんとかなるだろうけど、そのままじゃ壊れたロボットみたいなぎこちない動作しかできそうにない。

 こりゃ当分こんな重い感覚が残ってそうだなぁ。


 時刻は朝5時。


 しかしホント変われば変わるもんだ。あれだけ寝坊しまくってたオレがこうやって朝目覚ましが鳴る直前に目が覚めるんだもん。

 すでに明るくなっている外を見ながらそんなことをしみじみと思う。

 まだ二度寝の誘惑はあるけどね!


 軽く体を伸ばしてから着替えてリビングへ行くと、似たようなタイミングで出雲も起きてきていた。


「おはよう。早いね、出雲」

「お互い様だな。よく眠れたか?」

「頭の中すっきりするくらいにはね」


 そのまま出雲のロードワークに付き合う。

 狩場に行くようになってから毎日、しかも対抗戦が決まってからさらに量を増やしていたので走り込みには自信があったのだけど、


「……うげぇ……ま、マジか……」

「充は病み上がりというのもあるが……。

 さすがに今年になって始めたばかりの充に負けるわけにはいかないだろ?」


 出雲と走ってみたらついていくだけでヒーヒー言ってしまい軽く自信喪失した。

 さすがに全国クラスの剣道選手……というか、それ以前に鍛えてきた年月が違い過ぎるか。一応レベルだけでいえばNPCだったときよりも圧倒的に近づいてはいるはずなんだけど。


【まだ本調子ではないせいもあるじゃろ。気落ちせぬことじゃ】


 ……うぅ、ありがとう。

 直接オレだけに聞こえてくるエッセの声。

 しばらくぶりなせいもあって、懐かしさとありがたみが身に染みる。

 で、戻ってきてからシャワーで汗を流し朝食。

 男所帯なのでトーストに目玉焼きとサラダくらいで適当に済ませた。出雲は午前中だけ剣道部の練習があるとのことで外出。

 独り取り残されていた。


「さて、どうするかなぁ…」


 部屋で軽くストレッチしながら考える。

 昨日の話で出ていた現状把握のための情報交換は昼過ぎからの予定だ。

 時間的にまだ4時間以上はあるのだが、それまで部屋でゴロゴロしているのもなんだか無駄にしか思えない。


【気にせずのんびりすればいいではないか。また何かあれば忙しくなるかもしれぬのじゃ。休めるときに休んでおくのも一流の所作であるぞ?】


「うーん…そうなんだけどねぇ」


【しばらく駆け抜けるようにイベント続きじゃったからの。それに慣れてしまっておるから、何もしない時間というものが無駄に感じられるのかもしれぬな】


 エッセのその意見が一番しっくり来るかな。

 高校入学当初だったなら、休みは休みで思う存分ダラダラ怠けて1日を終えるのもよくある話だったけど、今ではその時間に出来ることがあるのを知っているせいもあり、どうしても時間を無駄にする気にならない。


 それこそ狩場に行けば金も稼げるしレベルだって上がる。

 いや、まぁ先日随分と上げたばっかりなので早々簡単に上がるかどうかというのはあるけど、それは別問題として、少なくとも前に進んでいることに違いはない。

 エッセと話した内容を考えれば、これからも色々と“逸脱した者ハエレティクス”としてトラブルに巻き込まれる可能性が高いわけで、どんなことが起こっても対処可能なように自分を磨いておくというのは重要だし。


「漠然と困っていても仕方がないので、とりあえずやるべきことを書き出してみるか」


 そう考えてボールペンを握って、思いつくままに適当に書きなぐっていく。

 しっかり考え意味のある目的からちょっとした思いつきまで、特に選別することもなくどんどん書いてから、改めてそれをすぐに出来そうなこと、後でも大丈夫なこと、難しいものなど分ける。

 とはいっても、最終的に今日急いでやることとして出てきたものは、優先順位1が「金」、その2が「鍛錬」という案の定単純なものだった。

 新たな人間関係の構築とかそういった項目もあるけど、そのへんは学校もはじまってみないと動くのが難しいところもあるので、後回し。

 まず現在の自分の状況―――居候で借金有り、というどうしようもないところを改善しなければならないので、必然的にお金が第一に来る。

 完全に家族と縁切れてるから、高校の学費とか、書類上でのオレの扱いがどうなってるのかとか確認したい点は他にもいくつかあるけど、確認するにも今日は役所もやってないし。

 休み明けでそれを確認したときにどうとでも動けるように、出来るだけ金は稼いでおきたい。


【出雲からの借り入れはあるが、利子がつくわけでも期間があるわけでもあるまい?

 あやつほどの主人公プレイヤーであれば金銭的に痛くも痒くもないはずであろうし、無理に独立を急がずともよいとは思うがの。

 拙速に事を運ばずとも、むしろしっかりと足元を固めてからのほうが、出雲も綾も安心するであろうし】


 わかっちゃいるんだけどさぁ……ッ!

 なーんか一方的に恩恵を被ってる立場って落ち着かないんだよなぁ。


【友人とはフェアでありたい、対等な相手として向き合っていきたい……その心意気は買うがの】


 ……改めて言葉にされるとかなり恥ずかしいので勘弁してもらいたい。


 それはさておき、その金回りを改善することを第一として、第二は自分磨きとして色々と試して“簒奪帝デートラヘレ・インペラトール”の能力把握とレベル上げをしたい。

 今日はそれを念頭に置いて動くとしよう。


【そうじゃな……暇であるというのなら、斡旋所ギルドにでも行ってみてはどうじゃ?

 家を追い出された身であれば、どちらにせよ金子きんすも必要であろう。手頃な依頼を確認するだけでも価値はあると思うが】


「おぉ、それいいかも!」


 その発送、もとい発想はなかったぜ!

 いや、借金まみれの身で忘れてんなよって感じだけども。

 そそくさと外出の準備をしてマンションを飛び出した。


 あれ? でもそういえばエッセ、さっきオレが今日の目的を考えてるとき家を追い出されたって話に対して、全然驚いてなかったな。

 前に言ったっけか?

 出雲の自転車を借りて駅に向かいがてら聞いてみることにする。


【予測しておったと言っておるじゃろう?】


「じゃあどうしてああいう風になったか、ってことも……」

 

【うむ、知っておる】


 多分“逸脱した者ハエレティクス”がレベルアップしたせいなんだろう、と漠然と考えていたけども合ってるんだろうか?


【おぬしの推測通りで概ね正しい。じゃがより正確に言うのであれば、“逸脱した者ハエレティクス”の顕現の効果として種別が一般NPCから重要NPCになった、それが理由になるかの。

 この際じゃ、“簒奪帝デートラヘレ・インペラトール”の件も含めてまず言っておかねばならぬこともあるから、ステータスを見るがよかろう】


「あ、うん」


 そうだそうだ。

 すっかりステータス確認を忘れてた。

 隠袋からスマートフォンを取り出してアプリを起動させる。


「…………あれ?」


 うんともすんとも言わない。

 もしかして……壊れたか?

 そりゃまぁあれだけの戦いのときに持ってたわけだからその可能性もなきにしもあらずってトコだけども、特にタッチパネルが割れていたり目立って壊れている点はない。


「ま、まさか…ッ!!」


【電池切れじゃの】


 ……うん、確かにずっと充電してなかったわ。


 仕方なくスマートフォンをしまう。

 もし可能そうなら斡旋所ギルドで電源借りて充電しよう。

 幸い充電器は隠袋の中に入れっぱなしだし。 


【ま、まぁよかろう。おそらく種別の欄に“主人公”が追加されておるはずじゃ】


「おぉ、ついに!!」


 苦節二ヶ月、ついに主人公に…ッ!!

 あれ? なんか二ヶ月とかいうと大したことないように聞こえるな……。

 思い返すとどんだけ密度の濃い二ヶ月なんだ、と思うけど……普通に生きていれば出来ないような経験をしこたました日々は思い出すだけで遠い目をしたくなる。


【これは詰まるところ、おぬしの存在そのものが“主人公”と同等の重みとなったことを示しておる。無論、そうなった理由については“簒奪帝デートレヘレ・インペラトール”で奪い取った主人公プレイヤーたちの存在そのものが中にあるからじゃ。

 さらに言えば、“逸脱した者ハエレティクス”であるおぬしはその枠に縛られることはない

一般NPCから重要NPC、そこから主人公に至るまでその場その場で好きに種別を変更することができる。種別の欄の端にあった黒い逆三角はそれを意味しておる。

 わかりやすく言うのであれば、俳優が役に縛られないようなものじゃな。劇中の人物は現実世界に出てくることはない。じゃが劇を演じた俳優、つまり劇そのものから逸脱した存在であればAという役、Bという役、好きなときに演じることが出来るというわけじゃ】


 ふんふん。

 とりあえず自転車に乗りつつあんまり頷いてると変な奴なので、こっそり小さく頷いておこう。


【じゃがここでひとつ問題が生じる。

 一般NPCと重要NPC以上の立ち位置の違いじゃ】


「立ち位置…?」


【うむ。ほれ、あるじゃろう。

 小説とか物語で主人公が特別な生い立ちやら才能を持っておることが】


 ああ、確かに。

 あれだな、昔の勇者の末裔とか、世界を救う予言をされている救世主とか、何か計り知れないチート能力を生まれながらに持ってるとか。

 ファンタジーとかだとよくある話だよね。


【重要NPC以上というのは、そういった活躍が約束されておる階梯、つまりある種物語の主役としての役割が与えられておる。主人公プレイヤーはその呼び名のごとく世界の中で自由が出来る主役であるし、重要NPCも基本的にはその生のうちに何らかの分野で世界に影響を与えることが出来る重要な役じゃからの。

 ゆえに、彼らにはそういった特別な設定を持って存在しておる、逆に言えば元々が一般NPCであるおぬしにはそれが無い】


 ……相変わらず何度聞いても格差社会を思い知らされる話だよなぁ。


【じゃがおぬしは重要NPCになってしもうた。ならばどうするか?

 一般NPCとして取るに足らない存在になる設定しか持たぬおぬしが重要NPCであるという矛盾。

 それをどう解決するか。それが今回の原因。

 どのような存在を選んでも問題がないように設定自体を作ってしまえばよい、その方向で世界が修正をさせたと考えるのが妥当じゃろう】


「いや、設定を作るって……そもそもオレがあの親から生まれてあの家で育った事実は変わらないわけだしさ、無理じゃね?」


【世界が矛盾を解決させる必要を感じるのは因果が合っておらぬところじゃ。そこには因と果の順序は含まれておらぬ。つまり果が変わってしまったのであれば、因をそれに合わせてしまおう。

 その程度の発想でしかないのじゃが……結果おぬしは家族からその存在事実のみを抹消された。正確にはおぬしの家族が少しずつ変質させられたのじゃが、まぁ細かい話はよかろう】


「つまりオレの家族は、重要NPCの家族としては相応しくないから、その繋がりが消えた…?」 


【端的に言えばそうじゃな。

 ほかの人々も同様じゃ。

 おそらく一般NPCに関しては背景設定が壊れたおぬしとの記憶を失っておろう。

 救いなのは主人公プレイヤー、そしておぬしが親しい重要NPCの記憶はそのままだということじゃな。理由は簡単でな、主人公プレイヤーはそもそもこの世界の外からの参加者であり、そして重要NPCは主人公プレイヤーにとって重要な存在。

 おぬしが特別な存在になった以上、親しい重要NPCは他の主人公プレイヤーに対するものと同じく影響を与える存在として重要じゃからの。記憶を失ってしまえばおぬしに対しての影響力まで消えてしまい不都合があったんじゃろ】


 うーん、色々とぶっ飛んでていまひとつピンとこないけどそういうものだと思うしかないか。結果そうなっているわけだし。


「だから……」


【うむ、わらわが契約を破棄すれば取り戻せる、といった所以じゃ】


 主人公や重要NPC以上になってしまったために、相応しくないという理由で家族を失った。逆に言えば元通り一般NPCになれば……。

 つまりはそういうことなのだろう。

 自分から拒否した以上今更ではあるけどね。


「ま、まぁでも前向きに考えよう! 今が主人公枠なんだし、これ以上はもう失いものはないと思えば後は上がっていくだけさ!」


【ポジティブじゃの】


 無事に駅についたので自転車を駐輪場に置き電車に乗り込んだ。

 特に問題なく斡旋所ギルド最寄りの駅に到着。普段はスーツ姿のサラリーマンも多く利用する駅なんだけどさすがに土曜日のせいか私服の人が多い。


 いつも通りオフィスビルに入って斡旋所ギルド受付へ行ったんだけども……。


「多ッ!!?」


 思わず目を見張る。

 受付がある2階は主人公プレイヤーと思しき人たちが結構な人数いた。どう少なく見ても30人はいるな。かといって別段依頼を受けるわけでもないようで、依頼確認用の端末は空き放題。何かを問い合わせるかのように受付に殺到している。

 こんなにたくさん人がいる斡旋所ギルドを見るのは初めてだなぁ。


【日本エリアの主人公プレイヤーが選ぶ斡旋所ギルドのある基幹都市圏は5つじゃからの。単純計算でもひとつの都市圏に50人以上はいる計算となるわけじゃから、まぁ有り得ぬ話でもなかろう】


「そんなもんなのかなぁ…?」


 なんとなくどんな話をしているのか気になるなぁ。

 近寄って聞き耳を立ててみる。


「仲間と連絡が取れないんだよ! 前にそいつが受けてた依頼とか教えて欲しいんだ!」

「データがないとか、それどういうことだよ!」

「畜生! ログアウトして確認してきたのにまだアイツは意識が戻らない……一体どういうことだ」


【……まだ聞くかの?】


「………いや、もういいです」


 はい、オレのせいでした、すみません。

 話の内容からすると多分オレが主人公プレイヤーの資格を剥ぎ取った連中と関わりがある奴らなのだろう。

 とりあえずあんまり考えずにやってしまったけど、あのときの連中は一体どうなったんだろう。


【ふむ、まぁさっきのおぬしの話と逆じゃな。

 主人公プレイヤーでなくなった以上、最早連中は一般NPCとして生きていくしかない。そして一般NPCになってしまった以上認識阻害を始め数多くの制限を受けることとなる。

 特に問題がなければかつての仲間と会うことはできようが、もしそうなればおぬしの能力が露見する。すでに主人公プレイヤーであるおぬしと一般NPC、どちらが優先されるかは明白じゃ。

 つまり結論として、斡旋所ギルドにはやってこれない上になぜか運悪く・・・・・・仲間とも会えないから今どうなっているか知らせることもできない。

 おまけに一度死んだらそこで終了。

 冷静に考えて怖いことになって後悔しておると思うぞ?】


 ひぃぃぃ。

 あのときはもう完全にキレまくってたからなぁ…。

 もし一般NPCになってしまった主人公プレイヤーさんと会ったときに、伊達の企みに協力したことを反省しているようなら返してあげてもいい気はする。


【正直面と向かって殺しに、しかも周囲まで巻き込んで騒動を起こそうとしていた連中相手じゃ、命があるだけ儲けものだと思うがの。

 相変わらず甘い男じゃ】


 ちっちっち。 

 そこは優しい男、と言ってもらわないと。


【わかった。優しい男じゃ】


「………」


【照れるなら言わせるでない】


 ま、まさかそんなあっさり言われると思わなかったんだよッ!


 そんな風にがやがやと受付に詰め寄っている主人公プレイヤーたちを尻目にオレは依頼をチェックしていった。出来るだけ気づかれないようにコソコソしてしまったあたり小心者だなぁとは思う。


 確認した中から選んだ依頼を受けて、そそくさとその場を後にしたのだった。



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